第一章 「とある一家の、とある一日」
〔20XX年 4月7日〕
「おーい、支度できたか~?」
「ちょ、ちょっと待って~。あと少しだから~」
「時間はまだ余裕だから、焦らなくてもいいぞ」
「はーい」
俺の名前は柚原翔。
蘿蔔学園に通う二年生だ。
父さんと母さんは、共に海外での職についており、現在長期出張中。よって、今この家には俺と妹の二人だけが暮らしている。特に困った問題もなく、兄妹仲も良好、毎日充実した日々を送っている。
「おまたせー。ごめんね、お兄ちゃん。待たせちゃって」
「ん、気にすんなって」
この子が柚原奏。
今日から同じ学園に通う、俺の妹だ。
茶色の長い髪を肩の上でツインに結って、その二本のテールをパタパタとゆらしながら降りてくるその姿は、幼い容姿とマッチしていて、とても愛らしい。(決して、兄の贔屓目ではないぞ!)
少々生真面目な部分もあるが、優しくて、気さくで、誰とでもすぐに仲良くなれるのが、この子の魅力でもある。まあ俺や葉月たちの前では、結構甘えん坊だったりするんだけど、ね。
「ねえ、お兄ちゃん」
奏は俺を呼ぶと、そこで一回転して見せた。真新しいスカートを翻し、ツインテールをなびかせながら。
「じーー」そして今度は俺を見つめてくる。何かを期待するような眼差しで.....
...なるほど、そういうことか。
「よく似合ってる。すごく可愛いよ」
「えへへ、ありがとう、お兄ちゃん♪」
奏はそう言って上機嫌に笑った。
「よし、それじゃぁ行こうか」
「うん、葉ちゃんと征ちゃん、もう来てるかな?」
「さすがにまだでしょ。今から行けば、待ち合わせ10分前には着くぞ。あの征が起きてるとは思えん」
そう言いながら、俺達は待ち合わせ場所へと向かった。
「あ、葉ちゃんおはよう!」
既に葉月は来ていたようだ。というか奏、お前ホントに目がいいな。
「ええ、おはよう奏。翔君もおはよう」
「あぁ、おはよう」
彼女は姫宮葉月。
俺のクラスメイトであり、幼なじみでもある。
身長以外は比較的平均的な身体つきをしていて、髪はベージュのストレート。その長い髪を風に揺らしながら、微笑みかけてくるその姿は、一瞬見とれてしまうほど。
葉月の周りは空気がぽわんとしていて、見る人話す人を和ませてくれる。
「翔君、どうです?似合っますか?」
お前もか...。
「あぁ、よく似合って......ん?ってお前は二年目だろうが!」
そうでしたか?と首を傾げる葉月。全く、何でも可愛く首を傾げればすむと思ってやがるな.....実際可愛いとは思うけどさ。
「それより征はまた寝坊か?」
「いえ、お兄様は入学式の打ち合わせがあるとかで、先に学園に行きましたよ」
「生徒会長って、やっぱり大変なんだね」
「今日は寝坊も重なって、朝も食べずに行ってしまいましたし...」
やっぱ寝坊はしたんだな、征。
「それで、葉月は手軽なむすびを作って届けてあげるんだな」
「ええ、お兄様もたぶん待ってるでしょうから」
そう言って手にした袋を掲げてみせてくる。
「それじゃ、早く行ってあげないとね。行こう、お兄ちゃん!葉ちゃん!」
奏は俺達の手を取って早く早くと引っ張ってくる。
「お、おい、そんな引っ張んなって」
そんな俺の声は聞こえていないらしい。
「ふふ、楽しみなんでしょうね、奏も」
隣で同じように引っ張られてる葉月は、どこか嬉しそうに微笑んでいる。
「......だな」
俺も同じように微笑むと、前にいる奏を見ながら思った。
―――――また、四人一緒の楽しい学園生活になりそうだなぁ
学園に着くと、奏は同級生の友達と一緒にクラスを見に行った。
俺と葉月も自分たちのクラスを確認しに行き、それぞれ新しい教室に向かった。......って、
「また一緒のクラスかよ」
そう、俺と葉月は又しても同じクラスに。これで何連続だよ...
「何か、運命めいたものを感じますね」
頬を赤らめながら、葉月は俺に話し掛けてくる。
「いや、特には感じねぇけど」
「そうですか.....残念です」
本当に残念そうにそう言う。
「でも、これだけクラス替えをしても一緒ってことは、それだけ俺達の仲がいいってことだな」
「.....ふふ」
「な、何だよ」
「素直に『また一緒のクラスになれて嬉しいよ』って言えばいいじゃないですか」
「ばっ、バカ言うな。んなこと思ってるわけ、」
「翔君。私はまた翔君と一緒のクラスになれて、凄く嬉しいですよ」
「....//」
な、何でこいつはそんな恥ずかしい台詞を平然と言えるんだよ!?
....というかクラス替えの度にこんなやりとりしてるよな、俺達。
「ところで葉月、征に届け物があったんじゃないか?」
「ええ、今から行きますよ。翔君も行きますか?」
「そうだな。暇だし、付き合うよ」
そう言うと、俺達は生徒会室へと向かった。
生徒会の先輩方は、入学式前ということですごく忙しそうだ。
「お兄様」
葉月が奥にいる一際目立つ人に向かって声をかけた。
「ん、あぁ、葉月。ちょっと待ってな」
そう言うと、その男は手元の書類を手早くまとめ、書記の人に渡すと、こちらに歩み寄ってきた。
「よう、翔も一緒か」
「ああ。今朝いなかったから、また寝坊かと思ったぜ」
「おいおい、それは酷くないか?それじゃまるで、俺がいつも寝坊しているようじゃないか」
「事実だろ?」
「まぁ、そうだけどさ」
自覚してんなら治してくれ。
「今日は奏の入学式だぜ。いつも以上に張り切って仕事するに決まってるじゃないか」
「お兄様はいつも頑張っていますよ。でも、身体には気をつけて下さい。はい、簡単なものなら食べられるでしょう?」
そう言って、手に持っている袋を差し出した。
「サンキューな、葉月」
「いえ。それではお仕事の邪魔をしてはいけないので、翔君、帰りましょうか」
「だな。じゃあ征、頑張れよ」
「ああ。俺の新入生歓迎の挨拶、きっちり聞いててくれよ」
「校長と来賓の話で眠らなかったらな」
「それでは、失礼します」
俺達は、軽く会釈をして生徒会室を後にした。
入学式は滞りなく進んだ。
校長のありがたく眠い話の後に、生徒会長の征が歓迎の言葉を読み始めた。
(やっぱ、征の生徒会長してる時の姿は、目を引くものがあるな。)
気づけば周りの女子たちは、征に熱い視線を送っていた。
そして今、新入生代表あいさつでは、奏が堂々とした口調と態度で話している。
そこには普段の甘えた声はなく、生真面目で物怖じしない、もう一つの妹の姿があった。
やがて式も終わり、奏たち新入生は授業がないため、下校となった。
俺達はと言うと、何故か通常どおり授業があるため、まだ学園にいる。
「はぁ~、何で入学式の日までかったるい授業があんだよ」
俺は一人溜め息をつきつつ、授業に臨んだ。
―――――放課後。
「わりーな。生徒会の仕事がまだなんだ。先に帰っててくれ」
征にそう言われた俺たちは、二人で下校することになった。
「はぁ~、何で入学式の日までかったるい授業があんだよ」
「翔君。今日だけで何回言うつもりですか?」
溜め息をつく俺の隣で葉月が苦笑している。
「奏、家で退屈してないでしょうか」
「退屈?メチャクチャしてるよ」
「何で断定なんです?」
俺は証拠と言わんばかりに自分の携帯を見せる。
そこには今朝、入学式を終えて家に帰ってる奏から1時間刻み(酷いときは30分刻み)にメールや着信が届いていた。
「...あの子、何がしたいのでしょうか」
「さあな」
「でも、律儀に全て見て返信したのですね」
お疲れ様です、といった表情で俺を見てくる。
「返信しないと、後で何言われるかわかんねえからな」
「そうですね。あの子は生真面目なとこがあるので、確かにきちんと返さないと後が怖いですね」
「誰が怖いのかな?」
「誰ってそりゃお前に決まって......って、奏!?」
「あら奏、いつの間にいたのです?」
ん?なんかわざとらしくないか.....まさか
「葉月、おまえ気づいてやってたな.....っておい!」
あろうことか、葉月はもうスタスタと前方を歩いていた。そこから「先に帰ってますね~♪」とかいう声が聞こえてきた。
「さて、お兄ちゃん」
「ん、どした?」
奏は今にも怒り出しそうだ。
「まあ、落ち着けって。今から買い物に行くんだろ?一緒に行こうぜ」
そう言って俺は手を差し出す。
――――これは昔の経験を生かした対奏専用の技。怒らせたり、機嫌が悪くなったりしたとき、手を繋いでやることで、一転して上機嫌になるのだ――――
「うん、行こうお兄ちゃん。」
経験通り、奏は上機嫌に手を握り返してくる。
「でも私。さっきのことについてはまだ納得してないから」
......わが妹は日々成長していたようだ。
買い物を済ませて家に帰ると、今度は葉月がつまらなそうにテレビを見ていた。
「やっと帰ってきましたか。二人仲良く買い物もいいですけど、私のことも気にかけて下さい」
葉月は頬を膨らませて抗議してくる。
「お前が一人ばっくれるからだろうが」
そう言って俺は葉月を軽く叩く。後ろでキャアキャア言ってるが、無視無視。
「それじゃあ晩飯を作るとしますかね」
「えっ?今日は私の当番でしょ?」
「何言ってんだ。今日はお前の入学祝いなんだから、主賓が料理作ってどうすんだよ」
「でも...」
奏は何か納得いかないといった表情をしている。
「ほら、奏。むこうでWilのパリオテニスして遊んでましょう」
ナイス、葉月!
「う、うん。わかったよ。...ありがとう、お兄ちゃん」
「良いってことよ」
奏は葉月と一緒にキッチンから出ていった。
「さて、腕によりをかけるとしますか!」
程なくして、征も帰ってきて、四人で奏の入学祝いをした。
学校では見せない少年の塊のような征。
そんな兄を窘めるように、けれども楽しそうに輪に入ってくる葉月。
そんな二人は家は違えど、俺達にとって大切な家族だ。
幼い頃より仕事で家を長期空けることの多かった両親。俺も奏も淋しさを表にこそ出さなかったが、きっと淋しいと感じていたはずだ。
そんな時、あの花畑で偶然出逢い、友達となった俺達。
その頃からの絆は、日々強くなり、今の関係に至る。征達の両親が他界してからも、お互いを家族として支え、支え合い、俺達四人はいつも一緒に過ごしてきた。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
気づいたら隣から奏が俺を呼んでいた。見ると、征たちも同じように俺を見ている。
「いや、もう10年になるんだなぁって思ってさ」
俺がそう言うと、皆も俺の考えていたことがわかったのか、懐かしそうにその頃のことの思い出話に花を咲かせた。
時計は9時をまわり、征達は家に帰っていった。
「楽しかったね、お兄ちゃん」
俺のベットで足をバタつかせながら奏は話し掛けてきた。
「別に珍しいことじゃないだろ、毎日こんな感じじゃないか」
「もう、お兄ちゃんたら。毎日が楽しいのは当たり前のことじゃないんだよ」
「俺達が毎日を楽しくあろうと努力してるからこそ、だろ?」
「さっすが私のお兄ちゃん!」
奏は満足そうに微笑む。
そりゃ同じことを再三再四言われたら、嫌でも覚えるって.....
「さてと、夜更かしは禁物。よい子は寝る時間ってね」
「小学生かお前は」
「それは偏見だよ。...それじゃぁお休み、お兄ちゃん」
「ああ、お休み。奏」
奏が部屋に戻った後、俺は今日のことを思い返していた。
奏が入学し、また四人の学園生活が始まる。俺は.....いや、俺達はどこかウキウキしていた。それは今日の皆の様子を見ていれば一目瞭然だ。
「これからも、こんな毎日が続けばいいな。.....そう思うだろ、奏」
そんなことを考えながら、俺は眠りに落ちた。
ここまでが実質のプロローグのような感じです。次章から本編の本格的なストーリーに入っていきますので、応援よろしくお願いいたします! SL
(追記)男性キャラの外見に関する説明は特に書かないので、ご理解お願いします。