アイドルは神さまなんだよって話
その昔、なにかどうしても叶えてほしい願い事があって、それはお金ではどうにもならないことだったようにも思うし、或いは私がそう思っていただけで実はあっけなく叶うことだったかもしれないけれど、とかく子供時分の私にはどうしようもないことだったので、私は貰ったお年玉の全部を賽銭箱に投げ入れて、手を合わせたのを覚えている。その金額は、当時の私にとってはなんだって買えるのではないかというような大金で、まぁ神頼みをしたということは買えなかったのだろうけれど、実際には精々が2300円ほどだったはずだ。それを握りしめて人の犇めく神社に駆け付け、ジャラジャラと鈴を鳴らした。お願いごとがなんだったのかはもう忘れてしまって、それがチョコレートの雨を降らせてほしいというメルヘンチックなものだったのか、両親の不仲が改善してほしいという切なるものだったのかも定かではないけれど、確かなことはひとつあって、その願いは神さまに聞き届けられなかったということだ。
たぶんここで、私は現行の神さまというものを信じなくなった。それまで信じていたかと聞かれると、やっぱりそれもあやふやなのだが。
「それで、その話がどうアイドルに繋がるってのさ」
それはどこか快活な雰囲気のある、最近ちょっとした偶然から知り合い、そういうことが何度か続いて、気付けば私の無二の親友の座を掻っ攫った、笑窪が素敵な女性によるものだった。彼女はよく話を聞いてくれて、聞き上手というのはこういう人を言うのだろうと、その言葉が載った辞書なんてあるか知らないけれど、もしもあるならその横には彼女の顔を貼り付けておけば長々とした解説なんて一言だって要らないと請負ったって構わない、そんな人で、今日もまた同じように私は誰にも明かしたことのない子供時代の話をしていた。
「アイドルってのはさ、神さまにいちばん近い仕事だと思うんだ」
けれど、それは精々が前提に過ぎなくて、つまり彼女は話の大元。私がなぜアイドルなんて職業を選び、大成するわけでもなく、かといって食っていけないわけでもなく、それでもやはり余裕なんて欠けらも無いからあまり褒められたことではないような、もちろん枕なんてしてないけれど、それにほど近いことにも手を染めてまでこの業界に縋りついているのかということを尋ねているのである。
彼女は放っておけばイナゴでもとってきて煎餅にして食べるなりしそうだという目で私を見て、純朴な心配と、僅かな好奇心と、それから幾許かの愉悦を滲ませて、いつも私の話を楽しげに聞く。
「はぁ?何じゃあ、アリスは神様になりたいの?」
「うーん、ちょっと違うかな。今の神さまを神さまじゃなくしたいんだよ。だって、子供の願いも叶えられないんだよ?」
再三になるけれど、アイドルは神さまにいちばん近い職業だ。それはどこぞの教会の教祖さまだとか、はたまた敬虔な信徒だとか、そういうものなんかよりもずっとそうで、聖なんたらティウスだとか、神さまのお言葉を地上に発信する天使だとか、それから代わりに色々と小間使いのように扱き使われる霊獣なんかよりもまたそうだった。それは誰もが知る公然の秘密のはずだ。
「へぇ、なんでそう思うわけ?」
彼女が興味深そうに目を細める。それに私は気を良くして朗々と語った。アイドルという言葉のその語源は、〈idol〉であり、それは神さまをかたどる像であって、即ち人の思い描く神さまの似姿そのもののはずであるのだとか、そういうことを言って聞かせる。
私がそこまで踏み込んだ話をすることができたのは、彼女がこれまで私の話に疑問を差し込むことはあっても、決して真っ向から否定することがなかったからだ。大抵が、先のように愉快げに笑うか、可愛らしく小首を傾げるか、そういう反応をすることがほとんどだった。だから、それに照らし合わせれば、今回の反応もいつもと変わらぬように見えた。ただ、彼女の吐いた台詞だけが違っていた。
「そんなわけないじゃないの、ばっかねぇ」
それは明らかな嘲りを含んでいて、私は愕然とした。それが彼女以外であれば、私はこうも取り乱さなかったと思う。けれど、現実にはそれを言ったのは彼女で、それからの記憶は少し曖昧だ。なにかひどいことを叫んだ気もするし、涙を流してどうしてと泣きついた気もする。そうした痴態が一頻り終わる頃になると、彼女は来週を楽しみにね、と告げて帰っていった。そこだけははっきりと記憶に焼き付いた。その笑顔のなんと妖艶で、なんと魅力的なことだっただろう。
『おかけになった電話番号は現在……』
あれから何度か電話をかけたけれど、一向に繋がる様子はなくて、そろそろ約束の一週間が経過する。




