淫乱種族と人は呼ぶ
サキュバス。
彼女らは伝説上の悪魔と同一視され、夜な夜な男性から精気を吸い、
醜悪な容姿と本性を巧みに偽装して世に潜む邪悪な存在である。
と、悪し様に言われている。
実際、世の男性を魅了する能力は持っているが、それは生存戦略。
優れた容姿を持つ者ばかりでもあるが、こちらも生存戦略である。
これはサキュバスの男性版、インキュバスにも言える事なのだが、
なんと彼ら彼女らは同種族同士で子孫が残せない厄介な特性を持つ。
他種族と交われば、子孫は必ずサキュバス、インキュバスとなる。
そうやって血を繋ぐ、世界でも稀にみる種族なのである。
ちなみに伝承とは異なり、別に角もないし翼もないし尻尾もない。
無論ひづめなどもなく、子の外見種族は親が交わった側を引き継ぐ。
人と交われば人、エルフと交わればエルフの姿のサキュバスとなる。
身体能力も親の相手種族と大差なく、社会には溶け込みやすかった。
子孫を残さなければいけない、という本能の成せる技かは不明だが、
男女の営みは他種族と比較して長時間で積極的で執拗で激しくなる。
そうした部分が拡大解釈された結果、この伝承が残ったと思われる。
それを理解している者は世界にほぼいない。当人達ですら。
◆
だがその本能、彼女らが受け入れているかどうかはまた別である。
奥底から湧き上がるものを全開にしてしまえば社会生活が難しい。
自分達は少数派なのである。問題を起こして排斥されたくはない。
よって現代でのサキュバスは人里離れた場所でひっそり暮らすか、
町中にあっても決して目立たぬよう細心の注意を払って過ごすか。
伝承とは真逆の苦労を背負い、彼女らは隠れるように生きている。
とはいえ、全く何者とも関わらない生き方は非常に難しい。
自給自足を貫こうとしてもどうしたって限界というものがある。
ここにいる十二歳の女冒険者、エリーソもサキュバスである。
下級の一つ星で斥候、なのに誰かと組むことなく単独行動を取る。
斥候が一人で活動するのは戦闘面からすれば正直困難が伴う。
仲間と行動してしまえば他人と接する機会が増えてしまうからだが、
その行動が他人からは不自然に見える為、逆に目立ってもいた。
小柄な体格と相まって、今は小さい依頼で食いつないでいる。
素顔はかなりの美少女なのだが、絡まれにくい様薄汚れた格好をし、
桃色の髪も目立たぬよう茶色に染めていた。顔も泥で汚している。
無意識に男性を魅了してしまわぬ為に、用心を重ねていた。
そんな彼女だったが。
今それが簡単に無に帰している。魔術師の少年によって。
◆
「すみません、ちょっとお話を伺いたいんですが」
冒険者組合の建物へ入ってすぐ、エリーソは唐突に話しかけられた。
黒髪黒目の少年である。年齢はエリーソと同じぐらいのようだ。
正直あまり他人には関わりたくない。異性ならなおさらのことだ。
エリーソが断ろうとすると、
「王国から依頼された調査なんです。是非ご協力を」
と少年から言葉を遮られ、大銀貨を握らせられる。
何とも胡散臭い。しかし今は金欠でもある。エリーソはつい頷く。
組合の応接室を借り、二人で中へ入る。鍵をかけられた。
緊張が走ったエリーソだが、次の一言でさらに警戒心が高まる。
「サキュバスの習慣や禁忌について教えていただきたいんです」
これは何としてでも逃げるべきか?とエリーソは考えを巡らせたが、
逃げたら逃げたで自分がサキュバスと認めるようなものである。
用心を重ねながらも問いかける。
「いったい何が知りたいの?貴方は何者?何が目的なの?
こんな場所で騒ぎになれば疑われるのは貴方よ?」
女性の監禁だぞ、と暗に問いかけて動揺を誘ってみた。
ここで魅了をかけて言う事をきかせ、外に出るか?と考える。
上手く使えば切り抜けられるかもしれないと。だが。
「ですから、習慣や禁忌についてです。
王国では今、どんどん人口が増えてきているんですが、
あまりいなかった少数種族の方も入って来てまして。
貴女みたいな方々にお話を聞いて混乱をできる限り抑えたい。
そう王国の方から依頼されたんですよ」
さっきと同じ話だ。嘘にしては随分と壮大な話ではある。
「ああ、信じてもらえないかもしれませんが、自己紹介しますね。
僕はロド・ドラゴネグロと申します。現在五つ星冒険者です。
年齢は十二歳で王国男爵位もいただいています。
で、先程の依頼書の写しがこちら。王国の認印もありますよ」
依頼書の写しとやらを見せられる。認印は豪華で本物に見える。
王国で貴族の詐称は重罪である。それを堂々と少年は言い放った。
これでも事実とは思えないが、エリーソは話を聞く気にはなった。
万が一本当に男爵なら、彼にうかつな対応も出来ない。
◆
心を許したわけではないが、自分の知る限りのサキュバスについて、
エリーソはロドに一通り説明していった。
特に何かをされる訳でもなく、お礼を言われて報酬を受け取る。
一つ星冒険者では正直見るのも初めてな大金である。
さすがにここまで報酬を出しておいて、嘘はないだろう。
終始礼儀正しかったロドをエリーソは一応信じる事にする。
ここで先走って魅了をかけずに良かったとも。
後日、エリーソはロドから女性冒険者を数名紹介された。
「彼女達も少数種族なので、仲間にどうだろうか」と。
同性同士ならば魅了は作用しない。お互い気遣いも出来そうだ。
条件の良さに、一人斥候でやってきたエリーソは快諾した。
ロド達との付き合いで、後々エリーソは様々な恩恵を受ける。
話を聞いておいて正解だったなと、彼女はかつての選択に満足する。
「少数派のわたし」で触れていたサキュバスは彼女。
あ、この世界「悪魔」とか「魔族」とかはいません。




