“欧州南翼”がどう揺れ動くか
1. 1947年時点:三国は“形式上はGETTO側”に属する
■理由
ドイツが欧州大陸を統合
フランス(ヴィシー系)が大陸側に組み込まれる
イタリア・スペイン・ポルトガルは地理的に大陸側に近い
英国は大陸不干渉を選択
アメリカは参戦せず、欧州に直接関与しない
このため、三国は “大陸側の周縁国家” として扱われる。
ただし、ここで重要なのは、
という点。
つまり、主体的にGETTOを支持しているわけではない。
2. 1950年代:三国がGETTOから距離を取り始める構造的理由
■① 地中海は“海洋側の海”である
イタリア・スペイン・ポルトガルは
海洋交通路に依存する国家。
貿易
食料輸入
海運
観光
海洋金融
これらは 大陸側(GETTO)ではなく海洋側(MTO)と結びつく。
■② 英国が大陸不干渉 → 地中海に集中
英国は大陸に関与しない代わりに、
地中海・スエズ・インド洋の海上交通路を死守。
三国は自然と英国と協調する。
■③ アメリカが地中海を重視
アメリカはMTOの中心として、
地中海を“海洋側の前線”と位置づける。
三国はアメリカの経済支援を受けやすい。
■④ GETTOは“北欧・東欧・バルカン”を優先
ドイツの大陸戦略は北方・東方が中心で、
地中海は優先度が低い。
三国は「大陸側の周縁」として扱われ、
不満が蓄積する。
■⑤ 日本の中立外交が三国に影響
日本はアジア第三極として中立的で、
地中海にも技術協力を行う。
三国は「大陸側に固定される必要はない」と気づく。
3. イタリア:最も早くMTO寄りに傾く
■理由
地中海国家として海洋側と利害が一致
英国との歴史的関係
アメリカの経済支援が魅力
大陸側(GETTO)に対する“周縁扱い”への不満
観光・海運・貿易が海洋側に依存
■結果
1950年代後半、イタリアは
“GETTOに属しつつ、実質的にはMTO寄り”
という二重外交を展開。
日本とも技術協力を進め、
アジアとの関係も強化する。
4. スペイン:静かにMTOへ接近
スペインは地理的に大陸から離れており、
海洋側との結びつきが強い。
■理由
大西洋国家として海洋交通路が生命線
英国・アメリカとの経済関係が深い
大陸側(GETTO)とは文化的距離がある
地中海よりも大西洋を重視
■結果
スペインは “非公式MTOパートナー” として扱われ、
海洋側の経済圏に徐々に組み込まれる。
5. ポルトガル:最も自然にMTO側へ移動
ポルトガルは歴史的に海洋国家であり、
大陸側に属する理由がほとんどない。
■理由
大西洋国家
英国との伝統的同盟
アメリカとの経済関係
大陸側(GETTO)との接点が薄い
■結果
ポルトガルは 1950年代の早い段階でMTO寄り となり、
海洋側の“南欧拠点”として扱われる。
6. 1960年代:三国は“GETTOの外縁”から“海洋側の内縁”へ
1960年代になると、三国の立場は明確になる。
国 | 立場 | 特徴
-----------
イタリア | MTO寄りの中立 | 地中海の要衝、海洋側と経済統合
スペイン | 非公式MTOパートナー | 大西洋国家として海洋側と結びつく
ポルトガル | ほぼMTO側 | 英米との伝統的同盟、海洋国家
三国は “大陸側の周縁”から“海洋側の内縁”へと移動 する。
**総合結論:
イタリア・スペイン・ポルトガルが
GETTOから距離を取り、MTO寄りになるのは
この世界線の構造上、極めて自然な流れ。**
地中海・大西洋は海洋側の海
英米の影響力が強い
大陸側(GETTO)は北方・東方を優先
三国は“周縁扱い”に不満
日本の中立外交が三国に選択肢を与える
経済・海運・観光は海洋側と結びつく
その結果、
南欧は“海洋側の前線”として再編され、
GETTOは北欧・東欧・バルカン中心の大陸ブロックへと収束する。




