葬り酒(はぶりざけ)~月夜に君を思いながら~
果たされなかった約束と 君への想いを
今一度 グラスに込めて。
夜、皆が寝静まった時間に、階段を降りて
リビングのキャビネットを開き、機関車の模型を取り出す。
その模型の中には、ブランデーが詰められた小瓶がある。
僕はその小瓶をゆっくりと引き抜いて、テーブルの上に2つの小さなグラスと共に置く。
本来は、一人で飲むはずではなかったもの。
でも、もう二人で飲むことはできない。
君と出会ったのは中学生の頃だった。
最初は部活の同級生として。
そして、部長と副部長という立場になり、
話をするうち、お互いに惹かれあった。
スタートは、部活の後の片付けをしていた時。
「ねえ、好きな人って……いるの?」
「……今目の前にいるんだけど?」
「……!」
場所が倉庫の中ってのが減点だよね。
雰囲気も何もあったもんじゃない。
しばらくたって、二人して笑ったっけ。
同じ高校に進学しようと二人で頑張っていたけれど、君は散々悩んだ末に私立高への進学を決めた。受験直前にはお互い不安定になって、職員室で担任の先生から「俺も若い時はな……」って話をされたのを、覚えてるかな。
君は高校の寮に入ったので、卒業してからはほとんど会う機会が無くなって、結局GWには「別れよう」って手紙が届いた時は、そりゃあもう落ち込んだんだよ。
「留学で渡米してくるね!」ってあっさり日本を飛び出した君は、セスナパイロットの資格を取ったり、英語をバッチリ話せるようになったりと、ごく普通の僕にとっては、その自由さがとても眩しかったんだ。
そんな君は間もなく結婚したけれど、たまたま僕の住んでる近くで仕事をする事になって引っ越してきた。この「機関車の小瓶」は、その時に久しぶりに会って、受け取ったものだ。
「いつか、2人共独り身になったら、その時に一緒に飲もうね」
君はそう言って、悪戯っ子の様に笑っていたね。
いつでも君は自由で
少しわがままで
甘えっ子で
泣き虫で
そして向日葵の様な笑顔が印象的な人だった。
病気になって
入院を繰り返しても
君はその明るさを失わなかった。
どれだけ苦しくても
君は明るく振る舞った。
一度位は「しんどい」って
言ってくれても良かったのに。
どうしようもできなかったけど
泣き言くらいはきけたのに。
でも だからこそ
君は僕に言わなかったのだろうね。
ただ、電話をかける度に
「なんで別れたんだろう」
「あの時が一番幸せだった」
「ねえ、今日夢に出てきたよ」
って言うのは、ちょっと困ったよ。
いや、かなり、かな。
それこそどうしようもできないじゃないか。
あのさ。
「悲しまないで」なんてメッセージを残すなよ。
そんな事言われたら、涙も流せないじゃないか。
だったら僕は、君が「病の苦しさ」から
やっと解放された事を喜ぶことにするよ。
僕は、君が言うほど優しい人間なんかじゃない。
僕は、君が思っているほどうまく笑える人間じゃないんだよ。
君は、僕にとって間違いなく「大事な人」だった。
何年も会えないままだったけど
もう二度と声も聞けないのは
やっぱりさみしいんだよ。
リビングの吹き抜けの窓から入ってくる
冷たくもやわらかい月明りの中で
1人君の事をこうやって思い返すことがある。
君は今、何をしているだろうか。
2つのグラスにほんの少しだけ、注ごう。
君がいなくなってひと月後に一度飲んだので、多分次で瓶は空になってしまうかもしれない。
そっと縁を合わすと、小さく澄んだ音が微かに響く。
グラスはリビングに差し込む月明りを受け止め、テーブルに仄かな影を映している。
僕はその一つを持ち上げ、ブランデーを喉に落とす。
喉と顔の熱さは、今夜もお酒のせいにしておこう。
残りは、今度会った時のためにとっておくとするよ。
ちゃんと持っていくから、その時は。
あの時の笑顔で、出迎えてほしい。
だから、今は安らかに。




