第37話「最終調整日の朝 ― 影葬の追跡、前朝」
お疲れ様です!
今回から最終調整日の《無銘の牙》の鍛錬回のお話に入ります!
「影葬の追跡」の本番前の最終調整回を是非お楽しみください!
頭の中でイメージしながら読み進めると物語とシンクロして面白いですよ(^^♪
最弱と呼ばれた従魔たちがどこまで進化するのか――
牙の刻が、これからも続いていきます!
夜明け前の街は、まるで呼吸を潜めているように静かだった。
石畳には夜露がまだ色濃く残り、淡く煙る朝靄が家々の影をぼかしている。
遠くから鳥のさえずりがかすかに届き、世界が少しずつ目を覚まし始めていた。
ナナシは、いつものように一番に目を覚ましていた。
彼は布団の上で静かに身を起こすと、窓を細く開け、流れ込んでくる冷たい外気を吸い込んだ。
肺に澄んだ空気が満ちると同時に、背筋が自然と伸びる。
(……今日が、最後の調整日か)
あの夜、一の牙が告げた指定日――
《影葬の追跡》最終日。
残された時間は、今日と、明日の本番だけ。
ナナシは刀の柄に触れながら、深く目を閉じた。
彼にとって「朝」はいつだって戦いの始まりであり、心を整える時間であったが、この朝は違った。
街全体がどこか緊張しているように思える。
空気の奥底に潜むざらりとした気配が、確かに迫り来るものを告げていた。
■ 仲間たちの目覚め
背後から、もぞもぞと布団の音がした。
ミミが毛布を蹴飛ばし、尻尾をぱたぱた揺らしながら寝返りを打つ。
「んん〜……もう朝ぁ?」
耳がぴょこんと立ち、寝ぼけ眼で周囲を見回す。
続いてプルリが、まるで溶けるようにベッドからずるりと滑り落ち、慌てて立ち上がった。
「ふぁ……あ、あさ、だ……! ぼく、起きてる、起きてるよ……」
まだ半分夢の中のような声で、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
最後にルルカが、きちんと整えた寝姿のまま瞼を開いた。
彼女は布団からすっと身を起こし、髪を整えながら小さく息をつく。
「……今日が、三日目」
自分に言い聞かせるように呟く声は、微かに緊張を帯びていた。
ナナシは振り返り、三人を見渡した。
昨日よりも、彼らの表情は引き締まっている。
恐怖と期待、そのどちらもが宿っているのが分かる。
「おはよう。……整えろ。今日一日を無駄にできない」
その言葉に、三人はそれぞれの仕方で応じた。
「おっけー! ちゃんと目ぇ覚ます!」ミミ。
「う~、起きるぅ~ぷる……!」プルリ。
「……分かってる」ルルカ。
三人は洗面のために順に立ち上がり、顔を洗い、衣服を整える。
水音が小さな宿の部屋に響き、朝の清涼感をいっそう強めた。
ミミは冷たい水を浴びて「ひゃっ」と声を上げたが、その後ぱちりと目が冴えたように尻尾を立てる。
「んーっ! よし! 今日も元気百倍だよ!」
プルリは真剣な顔で、何度も頬をぴしゃぴしゃ叩いている。
「ちゃんと起きる……ちゃんと、やる……」
小さな身体からは想像できないほど必死な気迫が滲んでいた。
ルルカは丁寧に長い髪を梳かし、整えられた制服の襟を正す。
その横顔には凛とした決意が浮かんでいるが、内心は波立っていた。
(……本当に、通用するのか。二の牙に……)
ナナシはそんな彼女らの一挙一動を静かに観察していた。
それぞれが緊張を抱えながらも、確かに“戦う顔”になりつつある。
昨日までとは違う、最後の調整日を迎える者の姿だった。
■ 朝食の支度
整容を終えた後、ナナシは仲間たちに手を叩いて告げた。
「――食うぞ」
三人は顔を見合わせ、ほっとしたように笑った。
食卓に向かうと、鍋の中では朝食用のスープが温められていた。
香草と野菜の香りが広がり、胃を刺激する。
ミミがぱあっと顔を輝かせる。
「うわぁー! いい匂い! ねぇナナシ、今日のごはんは?」
「野菜と肉の煮込み、それに黒パン。腹に残るやつだ。……最後の調整日だからな。空腹で臨むのは論外だ」
プルリはこくこく頷きながらパンを両手で抱え込む。
「ナナシって、やっぱり“ごはんも訓練の一部”って考えてるんだね」
ナナシは短く笑う。
「当然だ。腹が減れば牙は鈍る。強さを保つには、食うことも戦いだ」
ルルカは真剣な表情でスープを口に含み、静かに言った。
「……そうだね。生きる力は、こうして培われる」
テーブルを囲む彼らの表情は、ほんの少し和らいでいた。
しかし内心では誰もが知っている。
これはただの朝食ではない。――戦いに臨む前の、最後の“心の支え”なのだ。
■ 作戦会議 ― 最終日の調整
食事が一段落すると、空気は自然と引き締まった。
食卓の上に簡易の地図が広げられ、三人はその周りに身を寄せる。
「今日が最後の調整日だ。俺たちがやることは三つ」
ナナシが指を立て、淡々と告げる。
「一つ、呼吸を完全に合わせる」
「二つ、役割の確認。誰が何を担うかを明確にする」
「三つ、情報の伝達。迷わず即座に共有する」
ミミはうなずきながら拳を握る。
「任せて! 今度こそ、ナナシを捕まえる!」
プルリは不安げに地図を見つめながらも、勇気を出して言った。
「ぼく……今日も“違和感”をちゃんと伝えるよ。みんなが動けるように」
ルルカは視線を落とし、やがて顔を上げる。
「わたしは剣で、最後の壁になる。……一瞬でも捕らえる、そのつもりで動く」
三人の声を聞き、ナナシは静かに頷いた。
彼の胸中には言葉にできない熱が広がっていた。
(……いい顔だ。もう“恐れている”だけの奴らじゃない。牙を研いでいる。確かに、強くなろうとしている)
その思いを胸に、彼は短く告げた。
「よし。今日一日、最後まで研ぎ澄ませる。……明日、必ず勝つために」
食後の片付けを終えると、三人は自然と外の光を浴びるために中庭へ出た。
陽は既に昇り、街全体を黄金色に染めている。
新しい一日が始まろうとしていた。
ミミは両手を空に掲げて大きく伸びをする。
「ふぅーっ! よーし! 今日も全力で行くよ!」
その声には、恐怖を振り切った明るさがあった。
プルリは深呼吸を繰り返し、小さな胸を精一杯膨らませる。
「こわいけど……でも、ナナシもみんなもいる。だから、ぼくも……!」
ルルカは剣を腰に差し、静かに目を閉じる。
「――刃は、恐れを切り裂くためにある。明日、それを証明する」
ナナシは三人を見渡し、心の奥で小さく呟いた。
(……これでいい。この朝を越えれば、明日――)
そうして、彼らの最後の一日が始まった。
――続く――
ここまでお読みいただきありがとうございます!
さらに加速する“牙の伝説”をどうぞお楽しみに!
次話の投稿は、明日夕方17時10分の予定です!('ω')ノ
引き続き『ナナシの豪腕とモンスター三姉妹 ―最弱から始まる最強クラン伝説―』
略して『ナナクラ』をよろしくお願いいたします(^^)/