【第4話】焚き火と湯気と、新たなる誓い
お仕事お疲れ様です、焼豚の神です。
今回の第4話は、ナナシと最弱の三匹が、初めて“ひとつの焚き火”を囲む
お話です。
ほんの小さな焚き火の灯りが、彼らにとってはどれだけ大きな希望になるのか。
そして“湯気”に込めた小さな安心と、新たな約束のはじまりを、
じんわり味わっていただけたら嬉しいです。
ではどうぞ、《無銘の牙》の物語をお楽しみください。
まだ朝日が昇りきらない森の奥。
焚き火のぱちぱちという音だけが、夜明けの静けさを割っていた。
ナナシは一度組んだ腕を解き、薪をくべながら深く息を吐いた。
プルリ、ミミ、ルルカは焚き火を囲み、名前を得た嬉しさに頬を弛ませつつも、
どこか落ち着かない面持ちでナナシを見ていた。
「……さてと。名前も決まったし、次は――これからの話だ。」
ナナシが低い声で切り出すと、
ぷるん、とプルリが揺れ、ミミの耳がぴくりと立ち、ルルカの尻尾が小さくシャッと鳴った。
「ワタシタチ……これから……ナニ、する……?」
「ゴシュジン……これから……?」
「ルルカ……ワカラナイ……」
三匹が口々に、不安そうに問いかける。
ナナシは火の向こうにある三匹の顔を順に見た。
一匹ずつの瞳に、わずかだが確かに宿る光を確かめる。
「いいか。お前らも見たろ。あの街で、お前らがどんな扱い受けてきたか。」
ナナシは鼻で笑った。
プルリたちは少し身体を縮めたが、すぐに真剣な目をナナシに向け直した。
「オレは、もうあんなふざけた真似は許さねえ。……だから、クランを作る。」
「クラン……?」
「ナニ……ソレ……?」
「オシエテ……ナナシ……」
カタコトの声が焚き火越しに揃った。
「クランってのは……一言で言えば、“ギルド”だな。様は、組織みたいなもんだ。冒険者や傭兵、学者、鍛冶屋……何でもありだが、共通してるのは、目的を同じくする仲間でまとまって仕事を受ける集団ってことだ。」
ナナシは火に手をかざしながら、昔のことを思い返すように少し目を細めた。
「クランにはランクがある。上から順に――ブラックダイヤモンド、ダイヤモンド、プラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズ、アイアン、そしてスクラップだ。」
プルリがぷるぷる揺れて聞き返す。
「ブラック……ダイヤ……?」
「そうだ。ブラックダイヤモンドランク……これは、伝説の称号だ。達成条件すら正確には伝わってない。だから、今この世に到達したクランは存在しない。」
ミミの耳がぴょこぴょこと上下する。
「ダイヤ……は……?」
「ああ。ダイヤモンドランクは次に高い。世界に4つだけあるクランだ。それぞれの大陸に一つずつ拠点を持つ。オレらの大陸だと……“煌雷の双翼”ってクランがそうだ。」
「スパアク……ウイング……ツヨイ……?」
「強い。バケモンみたいなやつらばかりだ。大陸をまたぐ交易や魔物討伐、王侯貴族の裏仕事まで請け負ってる。だから、上位クランに属するだけで国一つより影響力があるって言われるぐらいだ。現状、オレが所属するクラン《鋼鉄の杯》はプラチナランクだ。でだ、次にダイヤモンドランクに最も近いといわれているのが《蒼月の牙》と呼ばれるクランだ。」
ミミが、耳をピコピコ動かしながらつぶやく。
「ソウゲツ……ノ……キバ……。」
ルルカが尻尾をゆらりと揺らす。
「ナナシ……ナナシ……ソレ……ヤル……?」
ナナシは口の端を吊り上げた。
「もちろんだ。どうせやるなら、一番上まで行く。……オレが作るクランは、
ブラックダイヤモンドまで行く。途中で止まる気なんざ一切ねぇ。」
言い切るナナシに、プルリがぷるんと跳ねた。
「……デモ……プルリ……モンスター……クラン、ダメ……?」
ミミも小さな声で続けた。
「ワタシ……モンスター……ヒト……ナイ……クラン、ハイレナイ……?」
ルルカも目を伏せた。
「……ムリ……ナナシ……ムリ……ルルカ……」
焚き火の赤が三匹の小さな影を揺らす。
ナナシはふっと鼻を鳴らした。
「そうだ。魔物は正式なクランメンバーにはできねぇ。規約で決まってる。」
三匹の目が一斉に落ちた。
「でもな――それがどうした。」
ナナシは座り直し、焚き火越しに身を乗り出した。
「お前らが“ヒト”の形になれば、それで済む話だ。擬人化――“新覚醒”ってやつだ。」
三匹は同時に目を見開いた。
「プルリ……ヒト……?」
「ミミ……ヒト……?」
「ルルカ……ヒト……ナレル……?」
ナナシは、がしっと拳を焚き火の前に突き出した。
「そうだ。お前らが、もっと強くなって、もっと成長して――自分の殻を破れば、“ヒト”と同じ姿に進化できる可能性はある。」
「……デモ……デモ……ムズカシ……」
「ムリ……カモ……ミミ……ムリ……」
「ルルカ……コワイ……」
三匹の声は小さく震えていた。
ナナシは、力なく揺れる火の粉を見つめ、低く笑った。
「……最初からできないと思うやつに飛躍なんざねえ。」
三匹がはっとして顔を上げる。
「我武者羅に、何が何でもやり抜く気概を持ったやつだけが、“化物”になれるんだ。失敗したら修正すりゃいい。できなきゃ工夫すりゃいい。どこまでも、何度でも、立ち上がって殴り続けるんだよ。」
プルリがぷるぷる震えながら、か細く声をあげた。
「……プルリ……ヤル……! ヤル……!」
ミミも耳をぴくりと立てて、つぶやいた。
「ミミ……ヤル……! ミミ……ヒト……ナリタイ……!」
ルルカの尻尾が力強く地面を叩く。
「ルルカ……ヤル……! ナナシ……ミテ……!」
ナナシは、ふっと目を細め、焚き火越しに三匹に言った。
「よし。まずはお前らの修行だ。レベルも経験値も全然足りねえ。最低限の知識も装備もいる。――まずは身体作りからだ。」
そして、焚き火に掛けた鍋をぐるりと回す。
「その前に――メシだ。何事も腹が減ってちゃ始まらねえ。飯は体の基本だ。旨い飯を食わなきゃ、命を張る仕事なんてできやしねぇ。」
ナナシは立ち上がり、腰の袋から干し肉と根菜を取り出した。
「ナナシ……ナニ……ツクル……?」
「オイシイ……ノ……?」
「……ニオイ……イイ……!」
ナナシはにやりと笑った。
「今日はな――獣の干し肉と山芋のとろ煮だ。ほかに香草と茸を刻んで、焚き火でコトコト煮る。腹に染みるし、疲れた体にもいい。」
鍋の中に刻んだ香草が入ると、ふわりとした香りが夜明けの森を包む。
干し肉は脂が溶け、茸の出汁が溶け出す。
山芋のとろりとした白が煮汁を覆い、焚き火の上でゆっくり泡が弾けた。
プルリがぷるぷると鍋の縁をのぞき込む。
「……イイニオイ……プルリ……オナカヘッタ……」
ミミの鼻がひくひく動き、尻尾をぱたぱた振る。
「ミミ……オナカ……グゥ……」
ルルカの瞳がきらりと光り、尻尾を小さく振った。
「ルルカ……タベル……!」
ナナシは鍋をおたまで混ぜ、塩をひとつまみ、山菜をぱらりと加えた。
「はいよ。……ほら、器を並べろ。ちゃんと一人前ずつだ。お前らも魔物だろうが、まともな食事を取らせる。それがオレの流儀だ。」
粗末だが丈夫な木の椀に、とろりと熱々の煮込みが注がれる。
香草の緑が白いとろ煮に映え、茸の旨味が湯気に溶け込む。
プルリが、そっと一口。
「……! ……ウマ……! プルリ……シアワセ……!」
ミミが舌を出してぺろりと味を確かめ、耳をぴょこんと立てた。
「ミミ……ウマ……! アタタカイ……!」
ルルカも小さく啜り、尻尾をぶんと振る。
「ルルカ……スキ……! ナナシ……スゴイ……!」
焚き火の傍ら、三匹の頬が緩む。
夜明けの空はゆっくりと藍から橙に変わりつつあった。
ナナシは、湯気の立つ鍋を見つめながら、小さく笑った。
「――腹を満たせ。強くなるために、何よりもまず、生き延びるためにな。」
プルリ、ミミ、ルルカが、小さな声で揃えた。
「ナナシ……アリガト……!」
「ナナシ……ダイスキ……!」
「ナナシ……ズット……イル……!」
焚き火と湯気と、朝の光が混じり合う。
名を持った三匹と、名を無くした一体のオークの、小さなクランは――
まだ誰にも知られていない。
だが、確かにここからすべては始まった。
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(続く)
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
焚き火と湯気だけの、何もない夜。それでも、名前のない彼らにとっては確かな“誓い”の時間になったと思います。
これからもナナシと小さな仲間たちを見守っていただけたら幸いです。
ご感想や応援の言葉、とても励みになります!
ぜひ次回も、焚き火の続きを一緒に見に来てくださいね(^^)/
今後は、投稿時間を「17時10分」に固定して投稿していきます。
引き続き『ナナシの豪腕とモンスター三姉妹 ―最弱から始まる最強クラン伝説―』略して『ナナクラ』をよろしくお願いいたします(^^)/