第25話「街影に潜む牙 ― 探す者たち」
お疲れ様です!
今回から鍛錬パートに入っています!
そしてナナシたちがさらに奮闘します!
最弱と呼ばれた従魔たちがどこまで進化するのか――
牙の刻が、これからも続いていきます!
■ 鬼交代
「今度は俺が隠れる番だ」
ナナシが言った瞬間、広場の空気が少しだけ張り詰めた。これまでの訓練では彼が常に“鬼”として彼らを追い詰めてきた。だが、今回は逆だ。三人にとって、師であり仲間であるナナシを“探す”番が巡ってきたのだ。
ナナシはわずかに口角を上げると、背を向け、石畳の路地の奥へと消えていった。軽やかで自然な足取り。その背が見えなくなるまでに、息を呑むような短い静寂が訪れる。
「……どこに行くと思う?」ミミが口火を切った。犬耳をぴんと立て、鼻先をくんくんと動かす。
「市場だと思う!」ミミは鼻を鳴らし、広場の南へ視線を走らせた。「あそこなら人が多くて、気配を消すにはぴったりだし」
「いや、屋根の上だ!」プルリがぷるんと身体を弾ませた。「ナナシ、よく高いところから全体を見てるし、空気の流れに紛れるのが上手いから!」
「……地下の貯蔵庫かもしれない」ルルカが静かに言う。瞳は細く鋭く光り、尾の先だけが微かに揺れていた。「暗闇と静寂。あの人なら、気配を完全に消せる」
三人の意見は三様に割れた。だが、誰も引かない。三人の胸には同じ感情が燃えていた。
――絶対に、今度こそナナシを見つけ出す。
「じゃあ、別れて探すしかないな」ミミが腕を組み、決意を固めるように言った。
三人はそれぞれの信じる方向へと駆け出した。夕暮れが迫る街に、彼らの足音だけが散っていく。
***
■ 消えた足跡
ナナシは市場の中を歩いていた。人波に紛れ、まるでただの旅人であるかのように。背筋はまっすぐ、
歩幅は安定し、呼吸は周囲の人々のそれと完全に同調している。視線はまっすぐ前を向き、余計な動きを一切見せない。彼は「隠れる」のではなく、「ただそこに在る」ことによって消えていた。
市場は活気に満ちていた。焼きたてのパンの香ばしい匂い。魚を並べる音。香辛料の刺激的な香り。
子どもたちの笑い声や商人の値切り交渉が響き合う。そのすべてが雑多に絡まり、渦を巻いていた。
そんな中に混じれば、たとえ鋭敏な耳や鼻を持つ者でも、ただ一人を探し出すことは容易ではない。
ミミは市場の屋台を飛び回り、犬耳をぴんと立て、鼻を鳴らして匂いを追った。だが、肉の焼ける匂い、香辛料の刺激、果物の甘酸っぱさに混じって、ナナシの気配は完全に溶けてしまっていた。
「くっ……匂いが、わからない……!」ミミの顔に焦りが浮かぶ。
一方で、プルリは屋根の上に登り、瓦の上でぷるぷると震えながら街を見渡していた。風に混じる気配を探るが、ナナシの影は見えない。夕日が屋根の縁を黄金色に染め、長い影を落としている。だが、そのどこにもナナシの姿はなかった。
「屋根じゃない……? でも、絶対どこかに……!」プルリの身体が悔しそうに小さく波打つ。
ルルカは地下の貯蔵庫へと足を踏み入れていた。ひんやりとした空気が肌を撫で、湿った石壁に囲まれた暗闇が続く。人の足音も声も遠く、静寂の中に心臓の鼓動がやけに大きく響く。尾を低く垂らし、鋭い視線で闇を切り裂くように進んだ。
だが、そこにもナナシの気配はなかった。
「……違う」ルルカは小さく呟いた。「この静けさは、あの人のものじゃない」
三人はそれぞれ全力で探した。だが、ナナシは市場の喧騒の中でただ歩いているだけで、彼らの感覚をすべて欺いていた。まるで“影”そのものとなって、街に溶けていた。
時は過ぎ、やがて夕暮れの鐘が街に鳴り響いた。黄金の光が石畳を染め、人々のざわめきが一段落する。だが――その音は、三人に敗北を告げる合図となった。
『………………へぇ~。少しは楽しめそうじゃないか。三日後が楽しみだ。』
***
■ 訓練の余韻
広場に戻った三人は、肩で息をしながら悔しげに顔を上げた。汗で毛並みが湿ったミミ。色を変えてまで探したのに成果を得られなかったプルリ。尾を垂らし、わずかに牙を噛みしめるルルカ。三人の顔には同じ色――悔しさと、そして尊敬が浮かんでいた。
「……お疲れさん」
広場の中央に立つナナシが微笑んだ。いつの間にかそこに立っていたのか、三人は驚いて声を上げることすらできない。
「今日はそれぞれ良かったが、改善点も見えたな。匂いに頼りすぎるな、音を消すだけでは不十分だ、人混みに紛れる技を身につけろ……一人ひとり、まだ伸びしろがある」
ミミは悔しそうに拳を握り、「絶対勝つ!」と吠えた。犬耳をぴんと立て、その瞳は闘志に燃えていた。
ルルカは静かに頷き、「……もっと工夫する」とだけ言った。その言葉は短いが、尾の動きから決意が伝わる。
プルリはしばらく黙っていたが、やがてにこにこと身体を揺らし、「晩ご飯はカレーにしよう!」と
叫んだ。
ミミとルルカが思わず吹き出し、ナナシも小さく笑った。その笑い声は広場に柔らかく広がり、訓練の緊張を解きほぐしていく。
橙色の光が街を包み、彼らの影が長く石畳に伸びていった。今日の訓練は終わった。だが、彼らの心はもう次の挑戦に向いていた。明日こそ師を捉えるために。自らの成長を証明するために。そして――共に強くなるために。
――続く――
ここまでお読みいただきありがとうございます!
さらに加速する“牙の伝説”をどうぞお楽しみに!
引き続き『ナナシの豪腕とモンスター三姉妹 ―最弱から始まる最強クラン伝説―』
略して『ナナクラ』をよろしくお願いいたします(^^)/