第11話 「影裂きの沼、煌めく爪と咆哮の牙」
お疲れ様です!通勤&通学お勤めご苦労さまです!!
さあさあ、いよいよ出てきましたよ!
キーマンが!!!!
最弱と呼ばれた従魔たちがどこまで進化するのか――
牙の刻が、始まります。
――
◆ 「影を突破する謎解き」
夜は深燈の刻を過ぎ、沼地には息を潜めた獣のような冷気が満ちていた。
雲間を縫う月光すら、闇の底で蠢く何かに怯えるかのように、その輪郭を滲ませている。
古びた村の外れに、《無銘の牙》の四つの影が泥の上を滑った。
ナナシの背に揺れる短剣の柄が、夜気を吸い込み、微かに光を帯びる。
プルリ、ミミ、ルルカの三姉妹は獣のごとき本能を研ぎ澄まし、わずかな風のうなりすら聞き逃さぬように耳を伏せた。
「……居るな。」
低く絞り出されたナナシの声に、プルリが爪先を泥に沈めた。
ミミの耳が沼の湿り気を裂き、ルルカの尾が沼面を薙ぐ風に溶け込む。
沼の中央――黒く淀んだ水面に、仄かな銀色が瞬いた。
それは月光ではなかった。
水底で蠢く《何か》が、自らを“ここに在る”と示すために放つ、獣の煌めきだった。
「影は……そこだ……。」
プルリが低く唸る。
ナナシが顎を引く。
「――掛かれ。」
獣の影が、子供の姿を借りて沼の中央に立つ。
その小さな背は、雷禍の爪を孕む銀狼の虚像。
それが静かに笑った。
刹那、空が裂けた。
雷鳴と共に、水面が爆ぜる。
ナナシが地を蹴った瞬間、三姉妹の牙が同時に閃いた。
「ぷる……かむ……!」
「ミミ……ひらく……!」
「ルルカ……さく……!」
影が裂け、沼に稲妻のような光条が迸った。
ナナシの豪腕が影を抉る。
確かな手応え――だが、影は割れない。
裂けたかに見えた黒は水のように滑り、再び縫合されたかのように形を戻した。
《獣王子ビーストロード》。
銀狼の幻影は、子供の皮を被ったまま、その瞳に僅かな嘲笑を灯す。
「……足りねぇ。」
ナナシの額に冷や汗が滲む。
三姉妹もまた、爪と牙を振るった刹那の虚無感に、尾を低く垂れた。
爪は届く。牙も通る。
だが核心を穿つ何かが、決定的に欠けている。
――ただの獣ではない。
プルリが震える声で呟く。
「ぷる……かげ……ふえる……。」
ミミの耳が夜気を震わせる。
「ミミ……かげ……わかれる……。」
ルルカの瞳が沼の縁を睨んだ。
「ルルカ……ちる……。」
ナナシは僅かに目を伏せた。
――黒衣奉纏。
思考の隅を過ぎった言葉は、古い聖典の頁の端に書き込まれた忘れられた術の名だ。
《主の影を千切り、世界に散らす》。
それが《獣王子》の生存術にして、隠れ蓑。
《刻環十二聖王座》の眷属のひとつ――雷爪の咆哮。
その顕現を許さぬための、知恵と影の魔。
「……これが黒衣、黒い影と。」
ナナシが呟く。
雷が再び空を裂き、沼が閃光に呑まれた刹那、影の子供の形が笑った。
『愚かよな――届かぬ刃を振りかざすとは。』
その声は音ではなく、頭蓋を震わせる囁きだった。
プルリが吠える。
「ぷる……つかまえ……!」
だが影は裂けず、三姉妹の牙をすり抜ける。
ミミが耳を裂き、ルルカの爪が水を斬るが、雷禍の爪は沼の泥の奥で嗤うだけだった。
ナナシが息を呑む。
「……一旦、引くぞ。」
誰も言葉を返さず、四つの影は沼を離れた。
泥を蹴り、獣のように息を合わせ、一気に森の縁を駆け抜ける。
月が雲間から顔を覗かせた時、村の集落の灯が遠くに滲んだ。
――
◆
一時退避。
集落の仄暗い納屋に、ナナシと三姉妹は息を潜めていた。
獣の血の匂いと、夜気の湿り気が混ざる。
ナナシが短剣を磨きながら呟いた。
「……あの影は《村人全員の影》に潜んでやがる。」
プルリの尻尾が震える。
「ぷる……みんな……かげ……?」
ミミが小さく耳を伏せた。
「ミミ……きく……?」
ナナシは頷く。
「そうだ。村の灯の下で、奴は影を裂いて潜った。俺たちはずっと、表の影だけを追ってたってことだ。」
ルルカの爪が柱を叩く。
「ルルカ……みつける……!」
ナナシは納屋の梁を見上げた。
「――村の影を集めるしかない。」
プルリが声を潜めた。
「ぷる……どうする……?」
ナナシは口元だけ笑った。
「村人全員に会って、聞き出す。影が裂けてるなら、必ず残滓があるはずだ。全て繋いで、本体を引きずり出す。」
雷鳴が遠くで轟いた。
その夜、《無銘の牙》は村を割るように散った。
――
◆
静宵の刻。
集落の灯りは、まだ夜更けの生温さを含んでいる。
ナナシは干し肉屋の裏で老人と向き合った。
「……おじい、何を見た?」
老人の目の奥で、月光が滲んだ。
「……あの沼の獣さ。いつだって影は裂かれる。だが全部は残っちゃいない。誰かの灯の中に紛れて生き延びる。」
ナナシは短剣を握る。
「――何を残してる?」
老人は口を開いた。
「……泣き声だ。影は声を残す。」
――
◆
その頃、プルリは井戸端で娘と向かい合っていた。
「ぷる……なに……みた……?」
娘は怯えた瞳で首を振る。
「見てない……でも……夢で……銀色の狼が……母さんの影を食べてた……。」
プルリの尻尾が震えた。
「……ぷる……あつめる……!」
――
◆
村の納屋に、夜明け前の風が吹き込む。
火の気は絶やされ、吐く息は白い。
ナナシは膝を立てて座り込み、膝に短剣を横たえた。
プルリ、ミミ、ルルカは囲むように彼の周りにうずくまっている。
沼地で得た手応えの無さと、村で集めた欠片のような言葉の数々が、ナナシの脳裏で絡まり、ゆっくりと結び目を作り始めていた。
「……声を残す。」
ナナシが小さく呟くと、ミミが尻尾を振った。
「ミミ……きいた……こえ……。おばあ……わらう……こえ……。」
プルリが頷く。
「ぷる……こども……ゆめ……おおかみ……。」
ルルカは梁に登り、鋭い瞳で暗い天井裏を睨む。
「ルルカ……かげ……しる……。」
ナナシは顎に手を当て、ぼそりと続けた。
「黒衣奉纏……影を裂いて潜む……。つまり影は、一つの器じゃない。主の姿を映すのは、あの銀狼の殻だけじゃない……村人一人ひとりの影だ。」
そうだ。
干し肉屋の裏で、老人が吐いた言葉――“灯の下に紛れて生き延びる”。
この村全体が、“あの影”の肉であり、皮であり、血脈であり、爪だ。
全てを一つに戻さなければならない。
それが、《雷爪の咆哮バリシャ》を顕現させる鍵。
だが、どうやって?
ナナシの目の奥で、雷禍の閃光の残響が走った。
「……全部の影を集める。」
言葉が形になる。
その声に、プルリが耳を震わせる。
「ぷる……どう……あつめる……?」
ナナシは短剣の柄を握り直した。
「影は声を残す。つまり、影の裂け目は、残響の中に刻まれてる。」
彼の声は低いが、獣の爪が岩を削ぐような鋭さを宿していた。
「《黒衣奉纏》は、主の姿を散らすための秘術。だが、裂かれた影には必ず“芯”が残る。全てを溶かすことはできねぇ。……だから影は、村人の囁きや夢の形を借りて、僅かな記憶を吐き続ける。」
ナナシはミミを見た。
「お前の耳なら、残響を集められるな?お前の耳が突破口になるかもしれねぇ!」
ミミは小さく頷く。
「ミミ……きける……!」
プルリの尾が泥のように地を叩く。
「ぷる……あつめる……!」
ルルカが梁の上で、わずかに牙を覗かせた。
「ルルカ……つなぐ……!」
ナナシは目を閉じた。
沼の冷たい泥に浸かるように、意識の奥で銀色の狼の嘲笑が蘇る。
――届かぬ刃を振りかざすとは。
届かせる。
振りかざすだけではない。
噛み裂く。
「……残響を繋ぎ、影を一つに束ねる。」
ナナシの言葉に、三姉妹の瞳が夜の奥で光った。
「……村の灯の下に散った影は、村人一人一人の中で形を変えてる。声で残ったそれを、全部掬い取る。」
ナナシは立ち上がった。
梁の上の埃がわずかに落ちる。
「俺とプルリは村の中心を回る。ミミは耳で全ての残響を繋げ。ルルカは匂いと爪で“偽の影”を削ぎ落とせ。」
ナナシの背に、古びた短剣が銀の鈴のように震えた。
外はまだ夜だ。
だが遠雷が微かに響いている。
あの咆哮は、刻環十二聖王座《雷爪の咆哮バリシャ》の鼓動だ。
村の灯が呼ぶ。
影の奥で黄金の虎が嗤っている。
――雷爪の牙は、咆哮の向こうで息を潜めている。
ナナシは静かに目を伏せ、息を吐いた。
「影を裂くぞ。必ずだ。」
プルリ、ミミ、ルルカが獣のように低く声を重ねた。
「ぷる……かむ……!」
「ミミ……さく……!」
「ルルカ……つなぐ……!」
その声が納屋の中に響いた時、遠くで雷鳴が割れた。
夜気を裂き、村の屋根を滑り落ちる稲妻が一閃した。
それはまるで、遠くで虎が笑ったようだった。
《雷爪の咆哮バリシャ》。
刻環十二聖王座の一柱。
雷鳴を纏い、黄金の毛皮を揺らし、刻を統べる銀狼の主。
その牙を引きずり出すため、《無銘の牙》の狩りが始まる。
夜の底、獣の呼気と雷鳴が交わる。
雷爪の咆哮が、もうすぐこの闇に実体を与える。
裂け目の向こうで、銀の狼が低く吠えた。
――続く――
ここまでお読みいただきありがとうございます!
次話では、ナナシたちがどうやって《獣王子ビーストロード》の影を穿ち、裂け目を出現させることができるのか!!!
こうご期待ください!
小さな一歩ですが、やがて誰もが振り返る伝説の一頁になります。
さらに加速する“牙の伝説”をどうぞお楽しみに!
引き続き『ナナシの豪腕とモンスター三姉妹 ―最弱から始まる最強クラン伝説―』
略して『ナナクラ』をよろしくお願いいたします(^^)/