第10話「影を追う牙、雷牙《ライキ》の咆哮を穿て!」
お疲れ様です!通勤&通学お勤めご苦労さまです!!
さあさあ、いよいよ出てきましたよ!
キーマンが!!!!
最弱と呼ばれた従魔たちがどこまで進化するのか――
牙の刻が、始まります。
陽が昇りきった頃。
ナナシと三姉妹――プルリ、ミミ、ルルカは、森を抜けた先の小さな集落に足を踏み入れた。
数日前、刻環十二聖王座の一柱《雷禍環牙》の眷属、その牙の先を掴むため東の樹海を探索し、夜の反省会を経てから、さらに二日が経っていた。
爪痕を探す旅は容易ではなかった。
雑魚どころか、雑音すら落ちてこない。
森の奥で血塗られた獣の残滓を嗅いだが、牙を磨くには足りず、気配は湿った土に吸い込まれて消えた。
森を抜け、ようやく人の住処に辿り着いたのは、刻の巡り合わせに違いなかった。
災禍の兆しは、必ず人の営みを侵す。
そう信じて、ナナシはまず村の者に声をかけた。
畑を耕す農夫、広場で洗濯物を干す女たち、古道を行き交う猟師――
何人もの口から漏れたのは、遠い夜の雷鳴と、見えない影の噂だけだった。
「最近、森で獣の群れを見た者はいないか?」
「……狼と猪はいるさ。だが、遠吠えと足音に混じって……ドンッて、遠雷みたいな音がする夜がある。」
農夫は空を見上げ、鍬を肩にかけた。
「東の古道の先だ。沼がある。あそこから……夜道が鳴るんだ。」
ナナシが頭を下げて去ろうとしたその背で、農夫はぽつりと呟いた。
「……あの沼じゃ……何年か前に子供が一人、戻らなかった。」
ナナシの足が止まる。
だが農夫はもう鍬に目を落とし、話を終えた。
***
小さな広場の端に腰を下ろし、ナナシは水筒の栓を外した。
冷たい水を喉に流し込むたび、胸の奥の苛立ちが静かに沈んでいく。
プルリ、ミミ、ルルカが戻ってきた。
それぞれの小さな爪と耳と影で、集落の息を拾ってきたが――
「ぷる……おと……しず……。」
「ミミ……ひと……いない……。」
「ルルカ……にお……ぬま……。」
――収穫は同じだった。
沼。
子供。
そして、遠雷。
ナナシは焚火の残り香を思い出したように、額に手を当てる。
頭の奥で、小さな違和感の糸が絡まっていた。
そのとき。
市場の奥に目をやったナナシの耳に、かすれた独り言が引っかかった。
干し肉屋の裏、古びた腰巻をまとった中年男が、酒瓶を抱え、地面を見つめていた。
「……あの影さえなきゃ、夜道も怖くねぇってのによ……。」
影。
ナナシの背筋が一瞬にして粟立つ。
音に混じるものではない。
気配を食らい、形を滲ませる――それが《雷牙の咆哮》の牙だ。
すぐに声をかけようとしたが、男の姿は人波に紛れ、呟きは風に溶けた。
残ったのは“影”という言葉だけだった。
***
村を離れた集落外れの小屋に戻ると、ナナシと三姉妹は小さな焚火を囲んだ。
安い干し肉を煮た鍋をかき混ぜる音と、薪の爆ぜる音だけが夜気を裂く。
「……なぁ、お前ら。」
ナナシが匙を置き、プルリの目をじっと見つめた。
「村で聞いたあの“影”の言葉、気にならねぇか?」
プルリは小さな爪を動かし、火の向こうで影を追った。
「ぷる……かげ……?」
ミミが耳を揺らし、周囲の音を探る。
「ミミ……おと……なく……。」
ルルカが焚火の向こうで小さく尻尾を立てた。
「ルルカ……すべ……る……。」
――滑る。
ナナシの脳裏に刻環の古文が甦る。
《獣王子ビーストロードは雷爪の咆哮バリシャの眷属にして、黒を纏い歩む者なり。》
ただの獣ではない。黒とは何だ?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そうか、影か!!!
全部必要ってことか!!!!!
影と雷を纏う、“環牙の刃”そのもの。
「……そうか。奴は獣じゃない。“影”だ!」
ナナシは立ち上がり、焚火の火が揺れた。
「影を纏って滑る――“気づかせない”のが奴の本性だ。俺たちは……ずっと、目の前にいても、気づかなかっただけだ。」
プルリが牙を鳴らした。
「ぷる……いる……!」
ミミが耳を立てた。
「ミミ……きく……!」
ルルカが牙を剥いた。
「ルルカ……かむ……!」
ナナシは腰に下げた革紐の手帳を開き、古い頁に刻まれた《刻環》の走り書きを指でなぞった。
『雷牙の咆哮は、黒を裂き、雷の音鳴を纏い、己の“主”を隠す』
影は入口だ。その入り口を爪で裂いて裂け目を出現させるわけだ。
奴の隠れ蓑ではない。
“姿”そのものだ。
――つまり。
ナナシは焚火の火を睨んだ。
「プルリ、ミミ、ルルカ。どうやら、俺たちは、もう奴に見られてるみたいだ......。」
沼が囁くように遠くで雷鳴を落とした。
その低い響きに、ナナシは笑みを浮かべる。
「牙を、いや今回は爪を磨くぞ!影ごと喰らい尽くす!!!」
プルリが拳を握った。
「ぷる……いく……!」
ミミが声を震わせる。
「ミミ……おと……ひらく……!」
ルルカが影から爪を覗かせた。
「ルルカ……さく……!」
ナナシは焚火の薪をくべ直し、小屋の扉を開け放った。
東の古道の先――沼。
“子供が戻らなかった”その場所は、村人が知らずに触れた《刻環》の裂け目だ。
《雷禍環牙》の影は、沼に潜むのではない。
沼そのものが奴の爪痕だ。
ナナシは革のマントを翻し、刃を鞘に戻した。
「行くぞ。影の裂け目を引き裂く。」
夜気を裂いて、雷鳴が遠吠えを連れてきた。
それは、ただの咆哮ではない。
気づけば、ナナシの足元に黒い影が滲んでいた。
焚火の明かりを裏切るように、そこに影が“生きて”いた。
プルリが短く鳴いた瞬間、影はうごめき、狼のような牙を覗かせた。
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「気づくのが遅ぇよ。」
声がした。
だがそれは誰のものでもなかった。
影が裂け、夜気が唸る。
雷牙の咆哮――バリシャの名を刻む咆哮が、集落を震わせた。
そして、その前に――
“ずっとそこにいた”ビーストロードが、ナナシの瞳の奥で笑った。
――続く――。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
次話では、ナナシたちがどうやって《獣王子ビーストロード》の影を穿ち、裂け目を出現させることができるのか!!!
こうご期待ください!
小さな一歩ですが、やがて誰もが振り返る伝説の一頁になります。
さらに加速する“牙の伝説”をどうぞお楽しみに!
引き続き『ナナシの豪腕とモンスター三姉妹 ―最弱から始まる最強クラン伝説―』
略して『ナナクラ』をよろしくお願いいたします(^^)/