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『ナナシの豪腕とモンスター三姉妹 ―最弱から始まる最強クラン伝説―』  作者: 焼豚の神!
第2章:『雷牙の狩場 ―覇雷獅王との邂逅―』
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第9話「尻尾を追う無銘の牙」

お疲れ様です!お仕事or通学お勤めご苦労さまです!


ナナシたちの時間軸では、まだ陽が登り切る前――新たに結ばれた「牙の誓い」を胸に、ナナシと三姉妹は今日も動き出します。


最弱と呼ばれた従魔たちがどこまで進化するのか――


牙の刻が、始まります。

あれから二日。

森を駆け、谷を渡り、沼の底にまで目を光らせて探したが、獣王子(ビーストロード)の尻尾は見えなかった。

森に残された獣の血の痕跡は途中で途絶え、刻環の痕も掠れたように薄く散り、追跡は何度も途切れた。


ナナシは苔むした倒木の上に腰を下ろし、額の汗をぬぐうと、空を仰いだ。

樹冠の隙間から、午後の光が蜘蛛の糸のように地面を縫っている。

プルリは少し離れた小川のほとりで水を飲み、ミミは耳を小刻みに動かしながら辺りの物音を探っている。

ルルカだけがナナシの足元にまとわりつき、時折、空気の匂いを嗅いでは尻尾を打った。


「……足がつかめねぇ。」


独り言のように呟き、革紐で綴じた手帳を開く。

獣王子と呼ばれるユニークモンスターに関する古い記述は、数千年前から存在が噂されながら、その実体は曖昧なままだ。

刻環十二聖王座――その名の下で王座を守護するとされる異形の眷属たち。その一角が、雷爪のバリシャとその牙《獣王子》。






だが、どの記述も断片だ。痕跡を示す地図はすべて風化し、伝承の多くは誇張か幻想に塗れている。


「どいつもこいつも……尻尾が長いだけの幻獣か……?」


小川から戻ったプルリが、木陰に丸まりながら首を傾げた。


「ぷる……つか……まえ……?」


ナナシは笑みを浮かべて、プルリの額を軽く叩く。


「そう簡単に尻尾が見つかる相手なら、獣王子なんて二つ名は付かねぇさ。」


ミミがすっと寄ってきて、耳をぴくりと動かすと低い声を漏らした。


「ミミ……おと……ない……おと……きえ……た……。」


「……そうか。」


何もない、何も残さない。

――それこそが、あの獣の狡猾さか。

ナナシは顎に手を当て、じっと考える。


そのとき、ルルカが木立の陰を駆け抜け、小さく鼻を鳴らした。


「ルルカ……にお……きれ……た……。」


「……切れた、か。」


獣の痕跡は跡形もなく、森は再び湿った静寂を取り戻していた。







二日目の夜も、森の片隅に小さな焚火が生まれた。

焚火の炎が湿った薪をはぜさせ、赤い火の粉が夜気に溶ける。


鍋の中では、旅の途中で集めた根菜と干し肉がぐつぐつと煮込まれていた。

ナナシは木の匙で鍋を混ぜながら、小さく息を吐く。


「……尻尾どころか、影一つ見えねぇな。」


プルリが鍋の縁に小さな爪をかけて覗き込む。


「ぷる……くう……。」


「ミミ……はら……すく……。」


ルルカが影から顔を出し、尻尾を焚火の熱にあてて丸めた。


「ルルカ……にく……!」


ナナシは匙を止めて、三姉妹を順に見渡す。


「腹が減ってりゃ牙も鈍る。まずは食って、考えようぜ。」


鍋を火から下ろすと、木の皿に煮込みを盛りつけていく。

煮立った肉の香りが、疲れを塗りつぶすように鼻腔を満たした。


「……この一杯のために歩き回ったと思えば、少しはマシか。」


プルリが嬉しそうに煮込みに口をつけ、ミミは小さな舌で味を確かめる。

ルルカは湯気ごと肉を口に運び、影に隠れながら咀嚼する。


ナナシは焚火の奥を見つめ、炎の向こうに思考を巡らせた。

雷爪のバリシャ、その牙――《獣王子》。

姿をくらますことに長けた相手だと分かっていたが、これほどとは。


――何か、手がかりがいる。







翌朝、ナナシたちは森を抜け、最寄りの集落を目指した。


石畳の残骸が地面を縫う、古い集落だ。

斜面を背にした家々はどれも木材と石を組み合わせ、苔むした屋根が静かな影を落としている。

人影はまばらで、見かけるのは年老いた羊飼いや薪割りの男ばかりだった。


村の入り口に差し掛かると、ミミが耳を立てて周囲を探った。


「ミミ……ひと……おお……。」


「警戒は解くな。」


ナナシは腰に下げた小さな袋を軽く叩くと、集落の真ん中に立つ大きな広場へと足を進めた。

小さな市場が開かれており、干し魚、塩漬け肉、獣の皮などが粗末な木台に並んでいる。


ナナシは一人の老人に声をかけた。


「爺さん。最近、獣の群れが出たって噂はないか?」


老人は皺だらけの顔をさらにしかめ、痩せた指で空を指した。


「……森の奥で、雷が鳴る夜は獣が出る。何百年も前からそうじゃ。」


雷爪の咆哮(バリシャ)の噂を知ってるか?」


「知っとるともさ。だが……わしの爺さまも、そのまた爺さまも、姿を見たとは言わなんだ。」


ナナシは頷き、別の猟師風の男にも声をかけた。

集落のあちこちで同じ問いを繰り返したが、返ってくるのは皆同じような言葉ばかり。


――噂だけが残り、実体はない。


ナナシは舌打ちを飲み込み、三姉妹を振り返った。


「……駄目だな。収穫ゼロだ。」


「ぷる……きこ……え……なか……。」


「ミミ……おと……ない……。」


「ルルカ……にお……ちが……。」


ナナシは頭を振り、もう一度だけと市場の奥に目をやった。

すると、小さな干し肉屋の裏手に、古びた腰巻をつけた中年の男が腰を下ろしていた。


男は、独りごとのように小さく呟いていた。


「……あの影さえなけりゃ、夜道も怖くねぇってのによ……。」


ナナシの耳が微かに反応する。


――影?


足を止め、一瞬だけ振り返ったが、そのときは人通りに紛れて男の姿も声もかき消えていた。


「……影?」


ナナシはすぐにその場を離れたが、胸の奥に、何かが引っかかっていた。








村を離れ、集落外れの小さな小屋を借り、【無銘の牙】の面々は再び焚火を囲んだ。


ナナシは鍋をかき混ぜながら、先ほどの男の呟きを頭の中で繰り返す。


――あの影さえなけりゃ。


プルリは小さな前足で火の粉を追いかけ、ミミは耳を澄ませ、ルルカは尻尾を膝に絡めていた。


「……なぁ、お前ら。」


ナナシは匙を置き、三姉妹に顔を向ける。


「村で聞いたあの言葉、気にならねぇか?」


プルリが首をかしげた。


「ぷる……かげ……?」


「そうだ。“影”だ。」


ナナシは焚火の火が揺れるのを見つめながら、低く続けた。


「雷爪の眷属が現れる夜は雷鳴が鳴る――それは昔からの言い伝えだ。だが“影”って言葉は……普通は使わねぇ。雷じゃなく影ってのは、何を指す?」


ミミが耳を動かし、ぽつりと漏らした。


「ミミ……おと……なく……かげ……しず……。」


ルルカが火の向こうから顔を出し、短く鳴いた。


「ルルカ……かげ……すべ……る……。」


ナナシの目がわずかに光る。


「……すべる?」


プルリが焚火の火に映った自分の影を、小さな爪で指した。


「ぷる……うご……く……?」


その瞬間、ナナシの中で何かが弾けた。


「……そうか。影は“奴”だ。」


ナナシは勢いよく立ち上がり、焚火の火が揺れた。


「影をすべる――《雷爪(ライソウ)》の眷属は、ただの牙じゃねぇ。奴らは影と雷を同時に纏う。足跡を残さず、音を消し、気配を溶かす――それが“影”だ。」


プルリ、ミミ、ルルカが同時に息をのんだ。


「ぷる……いる……?」


「ミミ……きけ……!」


「ルルカ……かむ……!」


ナナシは革紐の手帳を広げ、その古い頁を指でなぞった。


「……《刻環》は雷爪の支配領域にだけ宿る。だが、影はその外縁を漂う。獣王子は影の中で牙を研ぐ。つまり――」


焚火の炎が一際大きく弾けた。


「――奴の尻尾を追う鍵は、“()()()()()”だ。」


三姉妹が小さく鳴き、ナナシの前に身を寄せる。


「ぷる……いく……!」


「ミミ……おと……きく……!」


「ルルカ……かむ……!」


ナナシは焚火の薪を組み直し、ゆっくりと息を吐いた。


「……牙を磨くぞ。影ごと喰らい尽くす。」


夜の風が小屋の隙間を抜け、遠くで再び雷鳴が唸り声をあげた。


――つづく――



ここまでお読みいただきありがとうございます!


さあ、いよいよ《獣王子ビーストロード》のしっぽらしき断片を掴んだ無銘の牙の面々!

これからいよいよ、【刻環】の一柱に挑みます!!


小さな一歩ですが、やがて誰もが振り返る伝説の一頁になります。


さらに加速する“牙の伝説”をどうぞお楽しみに!


引き続き『ナナシの豪腕とモンスター三姉妹 ―最弱から始まる最強クラン伝説―』

略して『ナナクラ』をよろしくお願いいたします(^^)/

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