【第2話】宵闇の庇護者と三匹の影
第2話です!
今回のお話はちょこっとセンチメンタルぎみな話なので、ハンカチ&ポケットティッシュが必須かもしれません!
まず、この世界の事について説明しておこう。
この世界において、唯一無二の大陸がある。それが、リゼルダ大陸である。
――世界は、ひとつではなかった。
遥か古の時代、リゼルダ大陸は四つの大陸に分かれていたと伝えられている。
北の《フレイムヘイム》は炎の民と魔族の根城。
東の《リュミエール》は聖と理の魔法国家。
南の《ゼムロス》は蛮族と獣人たちの王国群。
そして中央の《アルヴァレス》――現在のアークランド王国を中心とする、人族と混合種たちの繁栄する大地。
このリゼルダ大陸では、冒険者ギルド、傭兵ギルド、王国騎士団が秩序を保つ柱として存在している。
モンスターとの戦いは日常であり、数日で命を落とす者も少なくない。
特にモンスターは「階層等級」と「知性等級」で分類され、
最も下層の存在は《雑種》《最弱種》と呼ばれ、人間社会では軽視――いや、差別されていた。
そんな世界で、一人のオーク族の傭兵が、今まさに最も“無価値”とされる存在を背負い、歩いていた。
◆
ナナシの拠点は、ミルハイド郊外の森にある。
かつては小さな砦だった遺構を再利用し、石造りの壁と簡素な屋根が施された無骨な隠れ家。
「……着いた。中に入れ」
ナナシの声に、三匹のモンスター――スライム、コボルト、リザードはおずおずと後ろからついてくる。
扉を開けると、中は簡素だが整然としていた。
大きな机と椅子、焚き火の炉、壁には武器がいくつも掛けられ、奥には寝床が三つ分敷けそうなスペースがある。
「スゴイ……ヒトリ、スンデル……?」
スライムがぷるぷる震えながらぽつりと呟く。
「まぁな」
ナナシは淡々と答え、物資の棚から薬箱を引っ張り出した。
「傷、見せてみろ」
「ハイ……」
スライムが身を震わせながら前に出る。
ナナシはそのゲル状の体を覗き込み、濁った一部に目を細めた。
「……回復薬・弱しかねぇな」
ナナシは薬瓶の封を切り、彼女の体に直接数滴垂らす。
透明なゲルが薬を吸収し、じわじわと濁りが引いていく。
「シミル……チョット。デモ、アッタカイ……」
ナナシは布を取り出すと、見事な手際で包帯代わりに巻いていく。
その無駄のない動きに、コボルトが「キュゥ……」と目を丸くし、リザードが
「シャ……」と興味深そうに見つめた。
「いつも、自分で? ケガ、ナオス?」
「戦場じゃ誰も助けてくれねぇ。自分の傷は自分でどうにかするのが基本だ」
リザードが尻尾を揺らしながら「リ……リコ……テキ……」と呟いた。
「今まで……コンナ、テアテ、ナカッタ……」
「朝まで安静にしてりゃ治る」
ナナシは手当てを終え、スライムに頷いてみせた。
「アリガトウ……ッ」
「……俺は主人じゃねぇ」
「デモ……マモッタ」
スライムがふにゃりと笑い、他の二体もぴたりと左右から寄り添った。
ナナシは床にどっかと座り、焚き火に小さな火をつけた。
「お前らの状況を整理する。名前と出身……って言いたいとこだが、名前がなさそうだな」
スライムがうつむきながら頷いた。
「……ナマエ、ナイ。ワタシ……研究所、イキモノ、ツクラレタ。失敗品……
ポイ、サレタ」
ナナシが視線を向けると、スライムは言葉を続けた。
「コボルトとリザード……さっきは、コワクテ、ハナセナカッタ。でも、ふたり、イツモ、イッショ。ココロ、アリマス。言葉、マダ……ムズカシイ」
「……なるほど」
「ワタシたち、みんな、従魔収容所……デ、ソダッタ。人間の戦士、騎士、従魔……買ウ場所。でも、売れナイ、ツカエナイ……“ハイキ品”ト、言ワレテ、オイ出サレタ」
「だから……三匹で、イッショニ……生キタ。ギルド、サガシタ。ダレカ、イルカト……」
ナナシはしばし黙し、炎を見つめたまま語り出す。
「……俺もな、自分の名前は……とうの昔に忘れた」
三体が一斉に顔を上げる。
「ギルドの奴らは、“名無しのオーク”って呼んでた。そのまま『ナナシ』って渾名が定着した」
「ナナシ……」スライムが小さく呟く。
「昔、東の端のオーク村に住んでた。小さい村だったが、みんな穏やかで、俺も……家族がいた」
焚き火がぱちりと音を立てた。
「だがある日、人型の魔物に村ごと襲われてな。皆殺しだった。生き残ったのは、俺一人だった」
コボルトが鼻を鳴らし、リザードが尻尾をぎゅっと丸めた。
「そっからは……一人で生きてきた。誰の助けも受けず、誰も信じず、そうやって今までやってきた」
ナナシは、静かに言葉を継ぐ。
「あの時……お前らが門の前で怯えてたろ? あの光景が……昔の俺に重なって見えた。ただそれだけだ。イライラしただけで、助けたわけじゃない」
スライムが首を横に振る。
「デモ……タスケテクレタ。ホント、ナナシ、アリガトウ」
「……ナナシ、アリガト」
「……ナナシ、タスカッタ」
その名を、静かに、確かに、三体が呼ぶ。
焚き火の灯りが、四つの影を淡く照らす。
名もない者たちが、今、ここに寄り添った。
そして――夜は静かに更けていった。
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「宵闇の庇護者と三匹の影」、いかがでしたか?
次回も、森の中で巻き起こるささやかな“初めての共同生活”編です。
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引き続き『ナナシの豪腕とモンスター三姉妹 ―最弱から始まる最強クラン伝説―』略して『ナナクラ』をよろしくお願いいたします(^^)/