第5話「刻を越える晩餐と小さな誓い」
おはようございます!
ナナシたちの時間軸では、まだ陽が登り切る前――新たに結ばれた「牙の誓い」を胸に、ナナシと三姉妹は今日も動き出します。
最弱と呼ばれた従魔たちがどこまで進化するのか――
牙の刻が、始まります。
街の喧騒が、夕闇にゆるやかに溶けていく。
クラン《鋼鉄の杯》を拠点にするナナシと、
その眷属ともいえるモンスター三姉妹――
プルリ、ミミ、ルルカの小さな影が、
石畳の大通りを歩いていた。
鋭い風が昼間の熱気をさらい、
街路灯に火が灯り始める。
遠征に必要な装備と備品はすべて揃った。
あとは――腹ごしらえだ。
「ぷる……おな……」
「ミミ……ぺこ……」
「ルルカ……はら……」
三姉妹が足元で順に腹を鳴らすたび、
ナナシは小さく笑いを漏らした。
「まぁ……今日は特別だ。
しばらく街に戻れなくなるかもしれんしな。
……ちょっと贅沢させてやるよ(二ヤリッと笑うナナシ)。」
三姉妹の目が一斉に輝いた。
――
■《夕暮れの大饗宴亭〈ユルミル〉》
ナナシが選んだのは、
港町から伝わる海獣の燻製や、
森の奥から運ばれる幻獣の蜜焼き、
雪山でとれる氷魚の刺身など、
この街でも上等な客しか足を運べない店――
《夕暮れの大饗宴〈ユルミル〉亭》。
古木をふんだんに使った店構えは、
外からも溢れる灯りが暖かい。
店先には、すでに金貨の匂いが立ち込めている。
ナナシは扉を押し開け、
三姉妹を伴って中へと入った。
店内には魔法灯が幾重にも吊られ、
大理石の床には異国の紋章が埋め込まれている。
数組の客が銀の器を囲み、
珍味を口に運んでは香の酒を傾けていた。
三姉妹は初めての光景に、思わず声を漏らした。
「ぷる……きら……」
「ミミ……ぴか……」
「ルルカ……ほか……」
案内役の従業員が、ナナシを一瞥して
三姉妹を見て眉をひそめかけたが、
ナナシが懐から金貨袋をちらりと見せると、
何も言わずに頭を下げた。
――
■ 贅沢の皿
席に着くと、魔導布のナプキンがひとりずつに置かれた。
運ばれてきたのは、まずは前菜。
銀の皿に盛られた小さな丸い果実の蜜漬けと、
竜蜂の卵を和えたクリーム。
ナナシはゆっくりとフォークを手に取り、
目の前の皿を見つめた。
(……ほぉ。果肉が口の中で弾ける。
蜜は……あれだ、花の香りと土の甘さが混ざって……
卵の舌触りは……ふむ……滑らかだが、
妙にねっとりしてて……あとで喉に残る……
だが……悪くない。)
気付けば、三姉妹はもう手掴みで頬張っている。
「ぷる……あま……!」
「ミミ……とろ……!」
「ルルカ……まる……!」
従業員が慌てて取り分け用の小皿を差し出すが、
三姉妹は一向に気にしない。
次に運ばれたのは、
白銀の燻煙に包まれた海獣の炙り肉。
塩を弾く熱が、卓の上で立ち上がる。
ナナシは肉を一切れ箸で持ち上げた。
滴る脂を見て、無意識に喉が鳴った。
(……焼き加減が絶妙だ。
海の塩気が残ったまま、炭の香りで引き締めてる。
脂は……獣の癖がほのかに香って……これも……うまいな。)
目の前ではプルリが骨ごと噛み砕き、
ミミが耳をひくつかせて舌鼓を打ち、
ルルカが尻尾をぶんぶん振っている。
「ぷる……ほろ……!」
「ミミ……じゅわ……!」
「ルルカ……かり……!」
やがて、雪山でとれる氷魚の刺身が、
氷の皿に並べられてきた。
ナナシは小皿に醤油のような藻塩を少し落とし、
薄く切られた刺身を一切れだけ口に運んだ。
(……冷たい。舌の上で溶ける。
水の味……いや……氷の奥に、
微かに山の草の匂いがある。面白い……。)
ミミは刺身の冷たさに目を瞬かせ、
プルリは甲皮を小さく震わせ、
ルルカは刺身の皿に頭を突っ込みかけた。
「ぷる……つめ……!」
「ミミ……しろ……!」
「ルルカ……すべ……!」
静かなはずの晩餐は、
三姉妹がうまいを連発する声で満ちた。
ナナシは、ゆっくりと椅子にもたれた。
(……これが、この街の味だ。
こいつらが覚えてくれれば……
どれだけ遠くに行っても、帰ってくる理由になる。)
――
■ 満腹の帰り道
腹を満たし、店を出る頃には、
夜空に無数の光粒が瞬いていた。
三姉妹はそれぞれ小さな腹をさすりながら、
石畳の上をふわふわとした足取りで歩いている。
ナナシは、その小さな背を順に見やった。
「……帰るぞ。」
「ぷる……くる……」
「ミミ……かえる……」
「ルルカ……」
街外れのナナシの住処に着く頃には、
三姉妹のまぶたはとろんと垂れていた。
――
■ 自宅で
ランプの灯りだけが灯る、木造の小さな部屋。
ナナシは三姉妹に毛布をかぶせると、
寝かしつけるように腰を下ろした。
だが、すぐに声を落とす。
「……お前ら。」
プルリが甲皮をぱちぱちと鳴らし、
ミミは耳を立てて、
ルルカは影の奥から瞳だけを光らせた。
「明日からの探索は……今までとは違う。」
言葉は淡々としているのに、
部屋の空気が少しだけ冷たくなる。
「獣王子ってのは、名ばかりじゃない。
……もしかしたら、俺もお前らも……シヌかもしれない。」
プルリが小さく肩を震わせた。
ミミは耳を揺らし、ルルカは影を揺らがせた。
「それでも……やるか?」
長い沈黙のあと――
最初に声を上げたのは、プルリだった。
「ぷる……こわ……でも……ごしゅ……まも……ぷる……つよ……」
ミミは耳を伏せて、それでも真っ直ぐに顔を上げた。
「ミミ……にげ……ない……ごしゅ……ちか……」
ルルカは影から抜け出し、
ナナシの膝に手を置いた。
「ルルカ……こわ……でも……くう……ごしゅ……まも……」
ナナシは、火のように温かく笑った。
「……そうか。」
立ち上がり、ランプの火を小さく絞る。
「バリシャの側近と言われているやつを退けたら……お前らは、もう立派な冒険者の一人だ。」
三姉妹の瞳が、ぽうっと光った。
「……今までお前らを馬鹿にしてきた奴らを、全部見返すチャンスだ。牙を磨け。爪を研げ。
……必ず喰らい付け。そして、シンでも生き抜け!そして全員で、必ずこの街に戻ってきてクランのやつらに俺らの牙の証明を堂々とするぞ!」
小さな手が、甲皮が、耳が、影が――
震えながらも、ナナシの声に応えた。
「ぷる……がん……ば……!」
「ミミ……きる……!」
「ルルカ……まもる……!」
ナナシは窓の外を見た。
夜空には《時輪の十二王座》を象る星が瞬いていた。
(……さて、噛みつく先は……
あの星の先か――)
外では、遠い森の奥で、
低く、獣の遠吠えが木霊した。
部屋の小さな灯りが揺らぎ、
夜が深く飲み込んでいく。
――刻を越える牙は、もう研がれた。
(つづく)
ここまでお読みいただきありがとうございます!
遂に、モンスター三姉妹がクラン内で認められ始めました!
今回は、その第一歩です。(^^♪
小さな一歩ですが、やがて誰もが振り返る伝説の一頁になります。
次は、夕方いつもの時間17時10分ごろに投稿予定です!
さらに加速する“牙の伝説”をどうぞお楽しみに!
引き続き『ナナシの豪腕とモンスター三姉妹 ―最弱から始まる最強クラン伝説―』
略して『ナナクラ』をよろしくお願いいたします(^^)/