第3話「遠征準備 ― 牙の備えと、天然の策謀」
お疲れ様です!
ナナシたちの時間軸では、まだ陽が登り切る前――新たに結ばれた「牙の誓い」を胸に、ナナシと三姉妹は今日も動き出します。
最弱と呼ばれた従魔たちがどこまで進化するのか――
牙の刻が、始まります。
翠陽の刻がまだ街を淡く照らす頃。
クラン《鋼鉄の杯》の門をくぐり抜けたナナシと、プルリ、ミミ、ルルカのモンスター三姉妹は、湿った朝靄を踏みしめながら路地を進んでいた。
目指すは路地裏にひっそりと構える、
鍛冶工房と道具屋《ロンバァ商会》。
森に潜む“獣王子”――《ビースト・ロード》。
その噂の真偽を確かめる前に、
磨き上げるべきは、牙と爪、そして腹の足しだった。
「ぷる……さむ……」
プルリが首をすくめて、甲殻の縁に朝露をまとわせる。
ミミは耳を立ててあたりの物音を探り、
ルルカは尾を低く振り、時折影に潜りながら歩を合わせる。
そんな三姉妹を、ナナシはひょいと振り返ると、
突然言った。
「そういや……朝飯、食ったか?」
「ぷる……?」
「ミミ……たべ……?」
「ルルカ……?」
三姉妹は顔を見合わせて首を傾げた。
プルリの腹から、ぐう、と可愛げのない低音が鳴った。
「……ま、腹が減ってちゃ牙も鈍るしな。」
ナナシは何事もなかったかのように頷き、
三姉妹の頭を順番に撫でると、
しれっと言葉を継いだ。
「……ガロンのとこ行ったら何か出してくれるだろ。」
「ぷる……たべ……?」
「ミミ……くう……!」
「ルルカ……!」
心なしか、影が喜びで膨らんだ。
だがガロンは鍛冶屋だ。
飯屋ではない。
その当然の事実に、プルリもミミもルルカも、まだ気づいていなかった。
――
■ 《ガロン鍛冶工房》
通りを曲がるたびに、鉄と煤の香りが濃くなる。
小さな煙突から上がる白煙が、
朝靄の中でぼんやりと滲んでいた。
分厚い鉄扉を開け放つと、
炉の唸りと金槌の音が響き渡る。
「おお、ナナシじゃねぇか!」
振り返ったのは、全身煤で覆われた巨体の男――鍛冶師ガロン。
片手に握られた大槌が、まるで棍棒のように見える。
「刃の研ぎか? それとも新調か?」
ナナシは腰から短剣を抜き、
軽く刃を撫でてから差し出した。
「研ぎを。あと、こいつらに小型の防具を頼む。
それと……銀の刃を一本。」
「ほぉ……噂の《獣王子》ってわけか。」
ガロンはニカッと金歯を覗かせて笑い、
鍛冶台に短剣を置くと、炉に新たな薪をくべた。
プルリは炉の火花をじっと見つめ、
ミミは作業台の上に積まれた端材をつんつんと突き、
ルルカは炉の奥に潜り込みそうな勢いで尻尾を振っている。
「ぷる……つよ……?」
「ミミ……かぶ……?」
「ルルカ……あつ……?」
ガロンは呆れたように笑って、
プルリの頭を大きな手でぐしゃぐしゃに撫で、
ミミの耳をちょんと引っ張り、
ルルカの尻尾をちょんと摘んで炉から引き戻した。
「こいつらにゃ無茶はさせねぇ。
ちゃんと噛み付ける牙にしてやる。
で――」
ガロンはふと、ナナシを見やった。
「……朝飯代わりにって言ったのか?」
「火を囲んでると腹が膨れるだろ?」
あまりにも当然のように言うナナシに、
ガロンはしばし言葉を失い、
振り返って炉の火をぼんっと大きく焚き立てた。
「燃料代、請求すんぞ。」
「……頼んだ。」
涼しい顔で返すナナシに、プルリは首を傾げ、
ミミは小声で「ぷる……たべ……?」と聞き、
ルルカは影の奥で尻尾をぱたぱたさせている。
――
■ ガロンの“飯”
そんな空気を察してか、
ガロンは炉の脇から大きな鉄鍋を取り出した。
鍛冶屋が作る“飯”といえば――
「塩湯だ。」
ガロンが鍋をカンカンと叩く。
プルリは……ちょっと嬉しそうに殻を撫でた。
ミミは匂いを嗅いで首を傾げる。
ルルカは……影に潜りつつ、鍋の中を覗き込んだ。
「……ぷる……しょっぱい……?」
「ミミ……あつ……?」
「ルルカ……くさ……?」
「文句言うな。体あっためりゃ十分だ。」
ガロンは笑って、鍋を火にかけると、
ナナシに鉄槌を渡した。
「じゃあ、その間に自分の刃は自分で研いどけ。」
「……俺、研ぎ下手だぞ。」
「知ってる。だから練習しろ。」
ガロンのどこか呆れた笑い声が、
煤と鉄の響きに混ざった。
――
■ 《ロンバァ商会》
研ぎと小型防具の型紙を預け、
鍋の湯気で温まった三姉妹を連れて、
次に向かったのは《ロンバァ商会》。
路地裏の奥で、分厚い木の看板が軋むように風に揺れていた。
「おう、ナナシ! 久しぶりだな。」
奥の棚から出てきたのは、
屈強な体躯のロンバァ。
腕に革のエプロンを巻き、
大きな木箱を担いでいた。
「遠征か?」
「長期だ。保存食、浄化水、回復薬、マナポーション……全部、一式だ。」
「獣王子絡みだろ。」
「……噂を確かめるだけだ。」
ロンバァはにやりと笑って、
棚から保存食の干し肉、干し果実、蜂蜜漬けを詰め込んでいく。
プルリは干し肉に鼻を近づけ、
ミミは干し果実を摘まみかけ、
ルルカはマナポーションの栓をくんくん嗅いだ。
「ぷる……たべ……?」
「ミミ……あま……?」
「ルルカ……のむ……?」
ナナシはロンバァを振り返ると、
真顔で言った。
「先に味見ってできるか?」
ロンバァは一瞬、箱を持つ手を止めた。
一拍置いて、豪快に吹き出した。
「ははは! ナナシ、お前、
遠征じゃなくてピクニックでも行く気か?」
「……味が分からないと腹に悪い。」
「お前な……!」
ロンバァは腰に手を当てて笑い転げると、
プルリに干し肉をひと切れ、
ミミに干し果実を一欠片、
ルルカに小瓶の蜂蜜水を渡した。
「ほれ、ちょっとだけな。
味見代は……ナナシのツケにしとく。」
「……助かる。」
ナナシは淡々と答えたが、
ロンバァの眉間にはすでに深い皺が寄っていた。
――
■ 牙は揃った
干し肉を口にしたプルリが、
ぽくぽくと甲皮を鳴らして嬉しそうに揺れる。
「ぷる……つよ……!」
ミミは果実の甘さに耳をぱたぱたと震わせる。
「ミミ……あま……!」
ルルカは蜂蜜水を口に含んで、
影にすぅっと潜り込む。
「ルルカ……しみ……る……!」
ロンバァは腕組みしながら、
その様子を見守り、ナナシに釘を刺した。
「……で? 本当に噂確かめるだけか?」
「さぁな。牙が見つけたら噛みつくさ。」
あっけらかんと言い放つナナシに、
ロンバァもガロンと同じく苦笑するしかなかった。
「ま、せいぜい噛まれないようにな。」
ナナシは荷を肩に担ぎ、
満足げに息を吐いた。
「……これで牙は揃った。」
ナナシはふと三姉妹を振り返ると、
おもむろに言った。
「……次は飯だな。」
「ぷる……また……?」
「ミミ……くう……!」
「ルルカ……!」
ロンバァの笑い声と、
ガロンの遠い鍛冶槌の音が、
街の朝に溶けていった。
――牙を揃えたその先に、
誰が獣を狩り、誰が喰われるのか。
その刻は、すぐそこまで迫っていた。
(つづく)
ここまでお読みいただきありがとうございます!
遂に、モンスター三姉妹がクラン内で認められ始めました!
今回は、その第一歩です。(^^♪
小さな一歩ですが、やがて誰もが振り返る伝説の一頁になります。
次回、さらに加速する“牙の伝説”をどうぞお楽しみに!
明日の投稿は、今非常に筆のノリ(脂ノリともいう)がいいから何本か投稿します!
最初は朝6時30分に投稿予定!
片手間で読める時間にまとめ読みしても良し!各話ごとに読んでも良しです!
お楽しみに~~~!('◇')ゞ
引き続き『ナナシの豪腕とモンスター三姉妹 ―最弱から始まる最強クラン伝説―』
略して『ナナクラ』をよろしくお願いいたします(^^)/