第2話:「十二刻の加護と獣王の牙」
お疲れ様です!
ナナシたちの時間軸では、まだ陽が登り切る前――新たに結ばれた「牙の誓い」を胸に、ナナシと三姉妹は今日も動き出します。
最弱と呼ばれた従魔たちがどこまで進化するのか――
牙の刻が、始まります。
―― クラン《鋼鉄の杯》・ミルハイド本部支部 ――
ギルドの大扉が開いたのは、まだ午前の光がやわらかく室内に満ちる頃だった。
静かな空気を揺らして入ってきたのは、背中にちいさなリュックを背負った三匹の獣人の姉妹。プルリ、ミミ、ルルカ。依頼の報告を終えたばかりなのに、何か気がかりな様子でカウンターの前に並んでいる。
カウンターの向こうで帳簿をめくっていた受付嬢ルーシャは、三匹の視線に気づくと、すぐに優しい笑みを向けた。
「どうしました?三姉妹さん。さっきの《獣王子》の件で、まだ気になることがあるのですね?」
プルリはちょっとだけ躊躇してから、小さく手を挙げた。
黎明の刻〈クレーア〉――。
それは、この大陸で一日の始まりを告げる白の刻。
掲示板の前から戻る途中、プルリがぽつりと呟いた。
「ぷる……ナナシ……《クレーア》……いつも……いってる……。」
「クレーア……なに……?」
ミミが不思議そうに見上げる。
ルルカも首を傾ける。
「ルルカ……つよ……?」
「ぷる……ルーシャさん……このまえ……の獣王……《雷牙の咆哮》って、なん……なの……?」
ミミとルルカも、心配そうにプルリの背中に触れている。どうやら三匹とも、依頼の意味がうまく呑み込めずにいたようだ。
ルーシャはふっと笑って、奥の書棚を振り返った。
「なるほど……そうですね。この世界に生きるなら、これを知らずにはいられません。」
金色の飾り金具で補強された、古い革表紙の大きな書物。それを両手で取り出すと、机の上にそっと置く。
パタンと開いたページから立ち昇る、ほんのり甘いインクと革の香り。
「これは、《十二守護者聖典》と言います。わたしたちの世界に満ちる『刻』の力と、守護する精霊たちの記録です。」
ルルカが思わず顔を近づけた。ページには色鮮やかな挿絵が描かれ、月と星、霧や稲妻、草花と獣たちが渦を巻いている。
「ルルカ……きれい……」
ミミが指をさして声をあげる。
「ミミ……ねずみ……いる!」
ルーシャはページを捲り、指先でひとつひとつ示していく。
「ええ、まずは《子刻〈ネズミトキ〉》。この刻は夜の始まり、23時から1時までを司る霧の精霊が守っています。」
ルーシャの声に合わせて、ページの絵がわずかに光を帯びたように見えた。まるで刻の気配がこの部屋に差し込んだかのようだ。
「眷属は《水脈の鼠〈ミズネ〉》。夜霧祈願を受け取って、情報屋や旅人の隠密を守るのです。この時間帯に祈りを捧げると、隠された道を見つけることができると言われています。」
プルリがこくりと頷く。
「ぷる……ぼく、夜、道に迷ったことある……」
ルーシャはくすりと笑い、次のページをめくる。
「続いては《丑刻〈ウシトキ〉》。午前1時から3時。星の守護者と、耕地の牛王が守る刻です。農村では星祭りが行われ、大地に感謝し、知恵を授かると言われています。」
ミミは目を輝かせて、星々の絵を撫でる。
「ミミ……ほし……いっぱい……」
「ええ、夜空に願いを書いた札を捧げるのです。だから《実りの儀式》と呼ばれる試練では、耕して種を蒔き、収穫を成すことが求められます。」
さらにページがめくられると、雷鳴のように青白い虎が描かれていた。
「そして、あなたたちが今直面している《寅刻〈トラトキ〉》。午前3時から5時を司るのは、虎の精霊と眷属《雷牙の咆哮〈バリシャ〉》。戦士の刻であり、雷牙演武で絆を試すのです。」
プルリの耳がぴくりと動く。
「ぷる……バリシャ……それが、獣王子……?」
「いいえ、そのバリシャの配下、あるいは側近に近しい大物と言われているわ。恐らくはこの《雷牙の咆哮》と深い縁を持つ存在です。」
ルーシャは頷き、慎重に本を閉じた。
「刻を無視しては、この依頼の真相は見えません。」
そのとき、重厚なドアがゆっくりと開いた。ルーシャがそっと頭を下げる。
「……ギルドマスター、クラリッサ様。」
カツン、と靴音が響く。
カウンターの奥から現れたのは、漆黒のスーツに銀髪を束ねた女性。クラリッサ・ハーシュ。威厳と優美さを併せ持つその瞳が、まっすぐに三姉妹を見つめた。
「――ルーシャ、ご苦労だったな。」
クラリッサは静かに机に手を置き、壁際の大理石に埋め込まれた紋章へと歩み寄る。
指先がそっと触れると、石壁が淡く輝き始めた。
刻環十二聖王座。
そこには、円環状に並んだ十二の紋章が浮かび上がり、霧、星、虎、森、龍……それぞれの象徴が光と影を織り成す。
「いいか、三姉妹。私たちが生きるこの世界は、十二の刻に分けられ、それぞれを守護する者たちが座す。これが《刻環十二聖王座》。この環は終わることなく巡り、祈りと試練を繰り返すのだ。」
ルルカが息を呑む。
「ルルカ……これが……?」
クラリッサはひとつひとつ指でなぞりながら、刻を語る。
「《卯刻〈ウサギトキ〉》は夜明け前、森の精霊と兎姫。治癒と再生の祈りを司る。」
「《辰刻〈リュウトキ〉》は昇る陽と共に龍神と龍脈の王。王たちはこの刻に繁栄を祈る。」
光が紋章を伝って移ろい、部屋の空気が次第に温度を帯びるようだった。
「《巳刻〈ヘビトキ〉》は井戸の底。蛇の神と女王。秘密を抱く者はこの刻に契約を交わす。」
「《午刻〈ウマトキ〉》は高き太陽。馬の精霊と火馬。火の炉が絶えぬよう鍛冶師は祈りを捧げる。」
「《未刻〈ヒツジトキ〉》は昼下がり、羊の守護者と羊乙女。孤児院の子らが白花を供え、安寧を願う。」
「《申刻〈サルトキ〉》は午後、猿の精霊と猿仙。知恵を求める旅人が木々の梢に願いを結ぶ。」
「《酉刻〈トリトキ〉》は夕刻、鶏の神と鶏姫。空へ声を届ける吟遊詩人の祈り。」
「《戌刻〈イヌトキ〉》は黄昏。犬の守護霊と番犬の守狼。街の門前に牙札を掲げ、外敵を退ける。」
「《亥刻〈イノシシトキ〉》は夜の入り。猪の精霊と荒野の猪神。若者が血を注ぎ、巨岩を砕く牙を得る。」
刻環の光が再び全てを包み込むと、十二の守護者の紋章はゆっくりと輝きを収めていった。
クラリッサは静かに三姉妹を見つめ直した。
「お前たちの牙も、刻に呼ばれている。獣王と相対するならば、己の刻を知れ。そして、祈りを絶やさず、試練を越える覚悟を持て。」
プルリの小さな瞳がきらりと光る。
「ぷる……ぷるり、やる……!」
ミミも負けじと胸に手を当てた。
「ミミ……つよく……なる!」
ルルカはふわりと微笑み、二匹の背中に手を置いた。
「ルルカ……みんなで……まもる……」
クラリッサは満足げに頷くと、ナナシを振り返った。
「お前もだ、ナナシ。この子らの刃となり、祈りを導け。」
ナナシは無言で一歩前に出て、クラリッサと目を合わせた。
「――理解した。ならば準備を進める。」
ギルドの窓から差し込む光が、いつの間にか夕暮れの金色へと変わっていた。
刻は巡り、祈りは重なる。
三匹の小さな決意が、十二の刻を巡る新たな物語の扉を叩こうとしていた。
《つづく》
ここまでお読みいただきありがとうございます!
遂に、モンスター三姉妹がクラン内で認められ始めました!
今回は、その第一歩です。(^^♪
小さな一歩ですが、やがて誰もが振り返る伝説の一頁になります。
次回、さらに加速する“牙の伝説”をどうぞお楽しみに!
引き続き『ナナシの豪腕とモンスター三姉妹 ―最弱から始まる最強クラン伝説―』
略して『ナナクラ』をよろしくお願いいたします(^^)/