第16話「牙を磨く獣たち──足りないものを埋める」
お疲れ様です!
ナナシたちの時間軸では、まだ陽が登り切る前――新たに結ばれた「牙の誓い」を胸に、ナナシと三姉妹は今日も動き出します。
最弱と呼ばれた従魔たちがどこまで進化するのか――
牙の刻が、始まります。
――《暁の鐘〈アリステラ〉》が、群青の空を仄かに染めた頃。
ナナシの家の裏手に広がる鍛錬場には、朝露の匂いと共に、小さな獣たちの気迫が漂っていた。
プルリ、ミミ、ルルカ。
敗北の夜を越えた三匹は、昨日よりも確かに強くなろうと、静かに並んでいる。
ナナシは大剣を肩にかけ、三匹を順番に睨んだ。
「――さて。お前らが昨日言ったこと、覚えてるな。」
三匹は同時に、小さく声を上げた。
「ぷる……ぷる……なが……く……」
「ミミ……もっと……はや……」
「ルルカ……かた……く……」
ナナシは顎をしゃくった。
「よし。なら、今日からはそれを徹底的に身体に叩き込む。
泣いても逃げるな。牙を研ぐなら血も吐け。」
プルリは震えながらも、ぷるん、と身体を膨らませる。
「ぷる……ぷるぷる……がんば……る……」
ミミは牙をむき、小さく尻尾を立てた。
「ミミ……まけ……ない……!」
ルルカは尻尾をゆっくりと叩き、鱗をきしませた。
「ルルカ……まも……る……もっと……かた……い……!」
ナナシは低く笑った。
「――よし。やるぞ。」
――
■プルリの特訓
ナナシはまず、プルリを鍛錬場の中央に連れてきた。
「お前の鍵は《射程》と《持続》だ。
近づけば捕れるが、近づく前に叩かれる。それを覆せ。」
プルリはぷるぷると震えながら、透明な体を細長く伸ばす。
「ぷる……ぷるぷる……とど……け……」
ナナシは目の前に木の棒を立てた。
「今からこの棒を触手で叩け。距離は……二十歩先だ。失敗したら、また最初からだ。」
プルリは触手を伸ばす。ぷるん、と揺れ、先端が棒に触れる寸前で弾けてしまう。
「ぷる……ぷる……ああ……とど……か……」
ナナシは黙って別の棒を立て直す。
「まだだ。もっと伸ばせ。」
プルリは再び体を膨らませ、触手を震わせる。
何度も失敗するたびに体の魔力が揺れ、時に形が崩れる。
だが、プルリは泣かなかった。
(ぷる……ぷるぷる……ナナシ……まも……る……なが……く……とど……く……)
失敗、また失敗。五十回目。
触手がようやく棒を叩き、乾いた音が鍛錬場に響いた。
「――よし、そこだ。」
ナナシの低い声が、プルリの核に熱を宿す。
「今度は持続だ。叩いて戻すだけじゃなく、繋いだまま溶かせ。
お前の牙は《溶かす牙》だ。届かなきゃ意味がねぇ。」
プルリはぷるぷると震えながら、棒に絡んだ触手をじわじわと這わせていく。
――棒の表面が、煙を立てて溶け始めた。
「ぷる……ぷる……とど……け……とけ……る……!」
ナナシは黙って見つめ、ゆっくりと頷いた。
――
■ミミの特訓
次にナナシはミミを呼んだ。
「お前の武器は《速さ》と《感覚》だ。だが速いだけじゃ意味がない。
“避けて”“当てる”。この二つを同時にやるぞ。」
鍛錬場の端に、複数の吊るし玉が揺れている。
ナナシはロープを引いて、玉を次々に振らせた。
「避けながら、爪で的を割れ。一つも残すな。」
ミミは小さく尻尾を立てて、息を呑む。
「ミミ……はや……よけ……あて……!」
玉が左右から飛んでくる。
ミミは頭を低く伏せ、一つを避けながら爪で玉を裂く。
だが、次の玉が背を掠める。
「ギッ!」
鋭い音を立てて毛が逆立つ。
ナナシは声を上げない。ただ一度、ロープを引き直す。
「まだだ。もっと身体を低く使え。」
ミミは牙を鳴らし、小さく呻く。
「ミミ……もっと……はや……!」
また玉が飛ぶ。今度は左右の玉を同時に爪で裂き、後ろへ跳んで避けた。
割れた玉の破片が地面に落ちる音が、鍛錬場に響く。
「――上出来だ。」
ナナシは一言だけ声を落とす。
ミミの鼻先に、獣の誇りが灯った。
――
■ルルカの特訓
最後にルルカが前に立つ。
「お前の強みは《守り》と《硬さ》だ。硬さは最大の武器だが、ただの盾じゃ駄目だ。」
ナナシは木の棒を何本も持ち、ルルカの前で構えた。
「今から俺の攻撃を受けてみろ。だが耐えるだけじゃなく、どう弾くか、どう捌くかを考えろ。」
ルルカは低く唸り、尻尾を振った。
「ルルカ……まも……る……かた……く……!」
ナナシの棒が振り下ろされる。
ルルカは腕の鱗を立て、受け止めるが、重さに地面が抉れる。
「もっと腰を落とせ。」
二撃目、三撃目――五撃目――九撃目――十三撃目――――――――――三十撃目。
棒の先が鱗を叩き、硬い音が鍛錬場に響く。
ルルカは歯を食いしばり、尻尾を支点にしてナナシの棒を弾いた。
「いいぞ。そのまま力を流せ。」
汗が鱗を濡らし、呼吸が荒くなる。
「ルルカ……まも……る……まけ……ない……!」
ナナシは最後の一撃を振り下ろす。
ルルカは両腕を交差させて受け、尻尾で地面を叩き、力を逃がした。
――棒が空を裂き、勢い余って地に落ちる。
「……上出来だ。」
ナナシの声に、ルルカは荒い息を吐きながらも、小さく尻尾を振った。
――
■小さな成長の証
陽が昇り切る頃、三匹は鍛錬場に並んで倒れ込んだ。
ナナシは小さな石板を取り出し、三匹の額に触れる。
《ステータス確認――》
■ プルリ
Lv.4
HP:18 → 20
魔力:30 → 34
特性:【触手延長】【溶解持続】
■ ミミ
Lv.4
敏捷:17 → 27
特性:【回避強化】
■ ルルカ
Lv.4
防御:16 → 26
特性:【受流(低)】
三匹は震える息を吐きながら、目を丸くする。
「ぷる……ぷる……ふえ……た……!」
「ミミ……はや……もっと……!」
「ルルカ……かた……な……った……!」
ナナシは低く笑った。
「まだ道の途中だ。だが、牙は磨かれている。
次は……あのホブゴブリンを喰らうために、だ。」
三匹は同時に声を重ねた。
「ぷる!」「ミミ!」「ルルカ!」
小さな獣の誓いが、鍛錬場に凛と響いた。
(続く)
ここまでお読みいただきありがとうございます!
特訓の成果が出たようでよかったですね!
今回も、ナナシと三姉妹にとって“信頼”を深める大切な時間。
小さな一歩が、やがて誰もが振り返る伝説の一頁になります。
次回、さらに加速する“牙の伝説”をどうぞお楽しみに!
引き続き『ナナシの豪腕とモンスター三姉妹 ―最弱から始まる最強クラン伝説―』
略して『ナナクラ』をよろしくお願いいたします(^^)/