【第1話】名もなき傭兵と最弱の三匹
名もなく、誇りもなく、それでも歩き続けた一匹のオーク。
捨てられたモンスターたちと出会ったその日から、運命は静かに牙を剥く。
――これは、最弱と呼ばれた者たちが、最強へと至るまでの、ささやかで壮絶な記録。
第1話です!
よろしくお願いします!
アークランド王国・ミルハイド都市圏。
王都から南西に位置するこの都市は、古くから傭兵や冒険者たちの往来が盛んで、城壁の外には深い森が広がり、街中にはギルドや交易商たちが軒を連ねている。戦場帰りの剣士、魔導具を抱えた魔法使い、荷車を引く行商人、騒がしい鍛冶屋。そんな喧騒の中、今日もまた、傭兵ギルド《鋼鉄の杯》は活気に満ちていた。
「はい次! 依頼達成の確認書はこちら!」
「おう、こっちはゴブリン退治完了だ!」
「っもう、だからいつも言ってるじゃないですか!血まみれのまま来ないでくださいって。湯浴みしてから来てって!」
受付嬢が元気に応対し、冒険者たちが冗談を飛ばし合うその場に、ただ一人、異質な空気を放つ存在がいた。
ギルドの中央カウンターに無言で立つ大柄な男。
全身を黒布で覆い、唯一露出した目元からは沈着な光が覗く。
背中には大剣とメイス。鍛え上げられた肉体。
露出した頬や鼻筋は赤黒く艶めき、まるで焼けた肉のような光沢を放っている。
「……あれ、“ナナシの豪腕”だ」
「オーク族の金等級だろ。名前……ないんだよな?」
「名乗ってねぇだけだってさ。怖ぇけど、腕は確か」
周囲の囁きを意に介さず、男――ナナシは静かに依頼完了の書類を提出し、無言で報酬袋を受け取ると、そのままギルドを後にした。
街の門前へ。
活気ある中心部から離れた静かな場所。
そこに、奇妙な光景があった。
「ご、ご主人サマになっテくだサいっ……!」
透き通るような青い身体をぷるぷる震わせる小さなスライムが、通りすがりの冒険者に懸命に懇願している。その隣に、小柄なコボルトと尻尾を小さく揺らすリザード。三体のモンスターが寄り添い、声にならない思いを必死に伝えようとしていた。
「お願イ……わたシたち、行き場がナいの……」
スライムが、拙いながらも頑張って人語を話していた。
だが、コボルトは「クゥン……」と悲しげに鳴くだけ。
リザードは「シャア……」と震える尻尾と目で訴えるだけだった。
「お前ら、野良か? モンスター牧場にでも戻れ」
「ギルド前にウロつくなって言われてんだろ!」
冷たい視線と罵声。
それでも三体は動かない。
誰か、たった一人でも、自分たちに手を差し伸べてくれることを信じて。
――そんな様子を、ナナシは黙って見つめていた。
(……こんな弱っちいの、誰が引き取るかよ)
スライム、コボルト、リザード。
いずれも序盤のダンジョンに現れる雑魚モンスター。
人間からは「素材」にすらならぬ扱いを受け、せいぜい初心者用の訓練相手。戦力として数えられる存在ではない。
ナナシは足を止めることなく、その場を通り過ぎようとした。
だが、その背後。
「キャうっ……!」
乾いた音とともに、スライムのプルリが崩れるように倒れた。
透明な体の一部が濁り、地面に小さな石が転がっていた。
誰かが投げた――それは明らかだった。
ナナシの眉が、わずかに動いた。
ギィ、と音を立てて、彼は振り返る。
石を投げた若い傭兵が、仲間たちと笑っていた。
無邪気な顔。いや、無自覚な悪意。
「……おい」
ナナシの低い声が、その場を凍らせた。
傭兵たちはギクリと肩を跳ねさせる。
「な、なんだよ……? 別に、モンスター相手にちょっと冗談でさ……」
ナナシはゆっくりと傭兵に歩み寄る。
その足取りは静かで、重く、一歩ごとに空気が張り詰めていく。
「石は冗談か?」
「……あ、あぁ……そ、そうだよ。あんな雑魚モン、痛くもないだろ?」
ナナシは足を止めると、傭兵の胸元を指先でそっと突いた。
だが、その圧はまるで鉄槌のように重く、男は息を飲んだ。
「だったら、俺が同じ“冗談”をしても問題ないな?」
「えッ……アガッ……!」
ナナシはさっき男がスライムに向けて投げた石を回収して手に忍ばせていたが、
一瞬、指で挟み弾いた。バチンッと鈍痛な音を響かせ、石は目の前にいた男の額に当たり、男はよろめいて呻いた。
近くにいた傭兵は顔面蒼白になり、仲間を置いて後ずさりした。
周囲の人間も息を飲み、誰も声を発せなかった。
「二度と、“遊び”を間違えるな。――次は、遊びで済むと思うなよ」
その目には怒りも興奮もない。ただただ冷たい底光り。
だからこそ、言葉よりも深く、傭兵たちの背筋を凍らせた。
無言で視線を払い除けたナナシは、ゆっくりとスライムの前にしゃがみこんだ。
「……立てるか」
プルリは目を潤ませながら、頷いた。
「ゥ、うん……! ご、ご主人サマ……!」
「……俺は主人じゃない」
そう言いながらも、ナナシの手は優しかった。
「クゥン……!」
「シャア……」
コボルトが彼の足にすり寄り、リザードが尻尾を巻きつけて離れない。
「……ちょっとついてこい」
ナナシは三匹を引き連れて、森へと歩き出した。
道すがら、プルリが不安げに話しかける。
「わ、わタしたち……もウ、あの街にハ戻れナくて……」
「……知ってる」
「そレでも……ご主人サマが一緒にいテくれタら、うレシい……」
「……勝手にしろ」
ナナシはそう言ったが、歩みを止めることはなかった。
そして、その背中に、三匹の小さな影がぴたりと寄り添う。
誰にも名前を呼ばれなかった者。
誰にも居場所を与えられなかった者たち。
だが、この瞬間。
“宵闇”のようにひっそりと、だが確かに――
最強クラン《無銘の牙》が生まれる一歩が踏み出された。
(続く)
お読みいただきありがとうございます!
「名もなき傭兵と最弱の三匹」、いかがでしたか?
次回は、森の中で巻き起こるささやかな“初めての共同生活”編です。
プルリの天然発言、リザードの意外な一面(?)、そしてナナシの無口な優しさにもぜひご注目ください!
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今後の執筆活動の励みになりますので('◇')ゞ
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引き続き『ナナシの豪腕とモンスター三姉妹 ―最弱から始まる最強クラン伝説―』略して「ナナクラ」をよろしくお願いいたします(^^)/