第13話「牙を磨く獣たち──初陣」
お疲れ様です!
ナナシたちの時間軸では、まだ陽が登り切る前――新たに結ばれた「牙の誓い」を胸に、ナナシと三姉妹は今日も動き出します。
今回の舞台はナナシの秘密の訓練場。
鍛え、磨き、そして牙を研ぐ。
彼らの“朝練”は、ただの準備運動ではありません。
最弱と呼ばれた従魔たちがどこまで進化するのか――
牙の刻が、始まります。
さらに5日後、鍛錬場の裏手に広がる、小さな林。
まだ朝霧が残る獣道の奥で、ナナシは三匹の小さな従魔たちを連れていた。
プルリはいつもより少し形が固まっていて、ぷるぷると震えながらナナシの足元にまとわりついている。
ミミは耳をぴんと立てて周囲を見渡すが、時おり尻尾を足に巻きつけて小さく吠えるだけ。
ルルカは爪を立てて地面を引っ掻きながらも、時折ナナシの背中を覗き込んでいる。
「お前らにとって、今日が初めての“外”での狩りだ。」
ナナシは低く呟いた。
腰には愛用の片刃剣。足元には、昨晩仕掛けた小さな餌罠。
「相手はゴブリンだ。人族の集落を荒らす厄介者だが、牙の研ぎ石にはちょうどいい。」
小枝を折り、ナナシは足元の土に線を引く。
「ここが境界線だ。ここから先、何があっても無駄に声を上げるな。敵は声に反応する。」
プルリは小さく身体を震わせる。
「ぷる……ぷるぷる……ぷる……こわ……」
ミミは牙を見せて、震える声を絞り出した。
「ミミ……ナナシ……まも……る……!」
ルルカは尻尾をぴんと立て、短く答えた。
「ルルカ……やる……がんば……!」
ナナシはにやりと笑うと、小さな檻の隣に膝をついた。
罠に掛かったゴブリンは、縄で縛られ、ぎゃぎゃっと低い声を上げて暴れている。
緑色の肌に獣のような牙、小柄だが素早い動きをするのが厄介だ。
「……まずは俺が見せる。目を離すな。」
ナナシは立ち上がり、剣を抜く。
ごくりと喉を鳴らす三匹の視線を背に受けながら、ゆっくりとゴブリンの正面に立った。
「ぎゃぎゃっ!」
縄を噛みちぎろうと暴れるゴブリンの目がナナシを捉えた瞬間、ナナシの動きが影のように消えた。
一歩、二歩。
踏み込むと同時に、刃が月光のように閃く。
「ぎゃ――」
音は一瞬だった。
ゴブリンの首筋に斜めの線が走り、そのまま力なく地面に崩れた。
血の匂いと冷たい空気が、三匹の鼻を刺す。
プルリは小さく身体を縮めた。
「ぷる……ぷるぷる……ぷる……つよ……ナナシ……」
ミミは牙をかちかち鳴らして、視線を逸らさずにいた。
「ミミ……ナナシ……はや……!」
ルルカは目を細め、しっぽをぴんと張った。
「ルルカ……ナナシ……すご……」
ナナシは剣を一度振って血を払い、三匹に向き直った。
「分かったか? 命を奪うのは一瞬だ。迷えば死ぬ。」
三匹はそれぞれ、小さく頷いた。
「今度はお前らの番だ。」
ナナシは近くに置いていたもう一つの小檻を蹴った。
中にいた二匹のゴブリンが、ぎぎっ、と低い声を漏らして飛び出す。
「ぷる……ぷるぷる……!」
プルリはびくりと身体をすくめる。
ミミは牙を見せるが、後ろ脚が少し震えている。
ルルカは喉の奥で声を絞り、爪を地面に立てた。
ゴブリンは二匹、小柄とはいえ鋭い牙と棍棒を手にしている。
「構えろ。逃げてもいい。だが、一度噛みついたら離すな。」
ナナシの声に、三匹の瞳が揃った。
プルリが先に動いた。
ぷるぷると地面を滑り、ゴブリンの足元にまとわりつく。
「ぷる……ぷるぷる……!」
足を取られたゴブリンが棍棒を振り上げる。
そこに、ミミが飛びかかった。
「ミミ……がうっ……!」
小さな牙がゴブリンの腕に食い込む。
鋭い爪が棍棒を落とさせた。
ルルカは尻尾をしならせて、もう一匹のゴブリンの腹を打つ。
「ルルカ……やっ……!」
尻尾の一撃がヒットし、ゴブリンの体勢が崩れた。
だが――
「ぎぎゃあっ!」
棍棒を失ったゴブリンが、プルリを蹴り飛ばした。
小さなスライムの体が、ぐにゃりと地面に弾かれる。
「ぷる……ぷるぷる……!」
「プルリ、下がれ!」
ナナシの声に、プルリは震えながらも体を再構成しようと必死だ。
「ミミ……ルルカ……おね……がい……」
ミミが吠える。
「ミミ……まも……る……!」
ルルカも目を細め、再び尻尾をしならせた。
「ルルカ……おわ……ら……せ……!」
ミミの牙がゴブリンの首筋に喰らい付き、ルルカの尻尾がもう一匹の脇腹に打ち込まれる。
苦しげに呻くゴブリンの叫びが、林にこだまする。
(――ここで怯むな!)
ナナシは声を出さずに拳を握った。
三匹は確かに怯えている。
それでも、その小さな牙と爪が、確かに獣の命を奪おうとしている。
「ぎゃ……ぎゃぎゃ……!」
最後の一声を残し、ゴブリンが地面に崩れ落ちた。
静寂が訪れた。
ぷるぷると揺れるプルリ。
肩で息を切らすミミ。
尻尾をとんとんと叩いて動きを止めないルルカ。
ナナシは三匹の前に膝をついた。
「……よくやった。」
プルリはちいさく体をすぼめて、ナナシの手に触れた。
「ぷる……ぷるぷる……ぷる……でき……た……」
ミミは牙を見せて、小さく吠えた。
「ミミ……かて……た……!」
ルルカは尻尾をぴんと立て、低く鳴いた。
「ルルカ……つよ……なっ……た……」
ナナシは小さく笑った。
「これが、外の牙だ。これが、獣の誇りだ。」
三匹は震えながらも、確かにその小さな身体に、初めての血の匂いを刻み込んだ。
まだ心臓は速く打ち続けている。
まだ恐怖は残っている。
けれど――
(――お前らはもう、“落ちこぼれ”じゃねぇ。)
ナナシは心の中で呟いた。
「さあ、帰るぞ。血を洗え。体を休めろ。そして――」
剣を背に戻し、三匹を見下ろした。
「次は、もっと強い敵を喰らう準備をしろ。」
小さな従魔たちの瞳が、血に濡れた林の奥で光った。
(続く)
ここまでお読みいただきありがとうございます!
朝の訓練はナナシと三姉妹にとって“信頼”を深める大切な時間。
小さな一歩が、やがて誰もが振り返る伝説の一頁になります。
次回、さらに加速する“牙の伝説”をどうぞお楽しみに!
引き続き
『ナナシの豪腕とモンスター三姉妹 ―最弱から始まる最強クラン伝説―』
略して『ナナクラ』をよろしくお願いいたします(^^)/