第12話「牙を磨く獣たち──小さな誇り」
お疲れ様です!
ナナシたちの時間軸では、まだ陽が登り切る前――新たに結ばれた「牙の誓い」を胸に、ナナシと三姉妹は今日も動き出します。
今回の舞台はナナシの秘密の訓練場。
鍛え、磨き、そして牙を研ぐ。
彼らの“朝練”は、ただの準備運動ではありません。
最弱と呼ばれた従魔たちがどこまで進化するのか――
牙の刻が、始まります。
翌日、夜明け前の冷気が鍛錬場を包み、白い息がほんのりと空へと立ち上っていく。
ナナシの拠点に作られた小さな修練場には、朝焼けの光がわずかに差し込み、昨夜の鍛錬の跡がまだ地面に残っていた。
スライムのプルリは、昨日の跳躍で擦れた地面の上に、ちいさく身体を弾ませる。
コボルトのミミは、前脚で土を掘り返し、まだ少しだけ震える足を確かめるように。
リザードのルルカは、丸太を尻尾で小突いて感触を確認する。
「……ん。」
ナナシは三匹を見回して、ゆっくりと頷いた。
夜明けの空気を肺いっぱいに吸い込む。
「さて――昨日の成果を見てやるか。」
そう言って、ナナシは腰に下げていた古びた革製のポーチを開いた。
中には、冒険者ギルドでもよく使われる簡易の【ステータス確認結晶】が収められている。
粗悪だが、最低限の能力値くらいは映し出してくれる代物だ。
「いいか、順番に手を当てろ。」
プルリはぷるぷると震えながら、ちいさな身体を伸ばした。
「ぷる……ぷるぷる……ぷる……こわ……ない……」
ミミも耳をぴくぴく動かしながら、一歩前へ。
「ミミ……つよ……なった……みる……!」
ルルカも尻尾をとんとんと地面に打ちつけ、声を漏らす。
「ルルカ……ちょっと……ドキ……する……」
ナナシは微かに笑みを浮かべると、結晶の中央を指で押した。
淡い光が揺らめき、プルリの体に触れる。
水のような身体の奥に、赤い光がちいさく点滅し、ナナシの瞳に映る。
【種族:スライム/名前:プルリ】
『能力値』
攻撃:★☆☆☆☆☆☆☆☆☆
魔法:★★★☆☆☆☆☆☆☆
機動:★☆☆☆☆☆☆☆☆☆
防御:★★☆☆☆☆☆☆☆☆
多能:★★☆☆☆☆☆☆☆☆
幸運:★★☆☆☆☆☆☆☆☆
合計:11
種族:スライム族(未進化)
性別:女性
髪:なし(ゼリー状の体で不定形)
瞳の色:淡い水泡のような光。
体型:直径30cm程度の水玉状。
備考:
序盤の冒険者が「初めて倒す相手」としておなじみのスライム。
知性はあるが、それを理解してもらえることはなく、研究機関では「素材以下の失敗作」として冷遇される。
わずかな光魔法を放てるが、威力は小さな松明ほど。
特異スキル①:《液状体制御》—ゼリーボディー、触ると気持ちが良い。
特異スキル②:《ぷるぷる跳躍》— その場で少しだけ弾む。
特異スキル③:擬人化進化×2段階(0/2)
数字が小さいのは否めない。
それでも、確かに――伸びていた。
「え?、私……ほんと……に役立たず……なの……?」
「いや、そうでもない。魔法特性が3つもある。将来有望ということだ。」
「ぷる……ぷるぷる……ぷる……つよ……!」
プルリはちいさな体を嬉しそうに波立たせ、ナナシの足元にまとわりつく。
柔らかい液体がぬるりとナナシの足首を包み込む感触に、ナナシは苦笑いをこぼす。
「おいおい……服が濡れる。」
次はミミだ。
プルリの代わりに、前脚をそっと結晶に触れさせる。
『能力値』
攻撃:★★☆☆☆☆☆☆☆☆
魔法:★☆☆☆☆☆☆☆☆☆
機動:★★★☆☆☆☆☆☆☆
防御:★★☆☆☆☆☆☆☆☆
多能:★★☆☆☆☆☆☆☆☆
幸運:★★★☆☆☆☆☆☆☆
合計:13
種族:コボルト族(未進化)
性別:女性
髪:淡桃色の毛並みがぼさぼさ。狼耳は垂れ気味。
瞳の色:琥珀色。
体型:小柄な獣人風。腰は常に引けている。
備考:
「臆病すぎて役に立たない」と研究機関で失笑された実験個体。
牙も爪も人間の剣にすぐ折られる。俊敏さはあるが、恐怖心から逃げ腰になりがち。
群れを持たない孤独な存在で、常に震えていた。
特異スキル①:《嗅覚探知》— 鼻が効く。敏感でもある。
特異スキル②:《逃走本能》— 危険を察知すると即座に退避。
特異スキル③:擬人化進化×2段階(0/2)
「だ、だって……怖いん……だもん……。」
「その怖いという感情がお前の長所でもある。機転を利かせる良い一手になる可能性だってある。卑下する必要はない。」
「ミミ……つよ……! ミミ……がんば……た……!」
ミミは短い爪を自分の胸に当て、ぷくっと膨らんだ胸を小さく叩いた。
まだ小さな体には不釣り合いな誇らしさがそこにあった。
最後はルルカだ。
尻尾を丸め、ちょっとだけ緊張した顔で前脚を伸ばす。
【種族:リザード/名前:ルルカ】
『能力値』
攻撃:★★★☆☆☆☆☆☆☆
魔法:★★☆☆☆☆☆☆☆☆
機動:★★★☆☆☆☆☆☆☆
防御:★★★☆☆☆☆☆☆☆
多能:★★★☆☆☆☆☆☆☆
幸運:★★☆☆☆☆☆☆☆☆
合計:15
種族:リザード族(未進化)
性別:女性
髪:まだ生え揃っておらず、頭部に小さな鱗が点在。
瞳の色:暗緑。
体型:細身で筋力も弱く、しっぽも小さい。
備考:
研究機関では「中途半端」と切り捨てられた落ちこぼれ。
戦闘では一撃で倒され、魔法も火花程度しか出せない。
だが仲間意識は強く、プルリとミミを庇う姿だけは誰よりも勇敢だった。
特異スキル①:《尻尾分裂再生》—しっぽを身代わりにできる。
特異スキル②:《冷血耐性》— 寒さに少しだけ強い。
特異スキル③:擬人化進化×2段階(0/2)
光が収まると、ルルカは瞳をきゅっと細めて、尻尾を左右にぶんぶんと振った。
「……弱い……。私に……できる……ことは、……盾になる……くらい……。」
「そう卑下するな。盾ということは、防御面に特化しているということだ。戦い方は色々ある。これからお前の特異な戦い方を身に着けていけばいい。」
「ルルカ……ガンバるッ……つよ……なっ……た……!」
三匹は互いに顔を見合わせると、小さな声を重ねた。
「ぷる……つよ……ぷる……」
「ミミ……つよ……!」
「ルルカ……みんな……つよ……!」
ナナシは結晶をしまいながら、小さく肩を揺らした。
「……たった一日でこれだけ伸びる奴はそうはいない。」
そう言って、ナナシは三匹の頭をぽんぽんと撫でる。
プルリはぷるぷると震え、ミミは耳をぴくりと動かし、ルルカは尻尾をとんとんと足に絡ませた。
「でもな――」
ナナシの声が少しだけ低くなる。
「これに満足したら、すぐに追いつかれ、追い越される。」
三匹の目がぱちりと開く。
「獣の世界じゃ、弱いってだけで終わりだ。今お前らが誇れるのは、伸びしろがあるってことだけだ。」
プルリは小さくぷるぷると震えながらも、揺らめく身体を前に出した。
「ぷる……ぷるぷる……もっと……ぷる……つよ……!」
ミミも牙を小さく見せて、ナナシの手を引っ張る。
「ミミ……まだ……のび……る……!」
ルルカは尻尾を地面に叩きつけ、小さく吠えた。
「ルルカ……もっと……つよ……なる……!」
ナナシは短く息を吐き、鍛錬場の奥に視線を向けた。
「よし――なら、次の鍛錬に移る。」
そう言って指さした先には、大きな石柱が三本、地面に並んでいる。
「これは《耐久柱》だ。殴る、蹴る、尻尾を打つ、牙を立てる――何でもいい。自分の力でどれだけ傷を残せるか、試せ。」
プルリはぴょこんと飛び跳ね、柱の前に進んだ。
体を丸めて、弾丸のように石にぶつかる。
「ぷる……ぷるぷる……!」
ミミは爪を立て、吠えながら飛びかかる。
「ミミ……やる……!」
ルルカは尻尾をしならせ、渾身の一撃を叩き込んだ。
「ルルカ……どーん……!」
石柱に響く衝撃音。
小さなヒビが走り、かすかな粉塵が舞う。
(――いい顔になってきたじゃねぇか。)
ナナシは心の中で小さく笑った。
あの日、石を投げられて泣いていた三匹の面影は、もうそこにはない。
「次は――休む。」
ナナシがそう言うと、三匹は一斉に首をかしげる。
「ぷる……やす……む……?」
「ミミ……まだ……する……!」
「ルルカ……おわ……ら……ない……!」
ナナシは笑って、三匹の頭に手を置いた。
「力を伸ばすのは、休む時間だっている。お前らはちゃんと体を作ってる最中だ。無理すれば壊れるだけだ。」
プルリは小さく震え、ミミは耳をぴくぴく、ルルカは尻尾をとんとんと叩く。
だが三匹の目には、昨日よりも確かな輝きがあった。
「ぷる……ぷるぷる……また……やる……!」
「ミミ……もっと……つよ……なる……!」
「ルルカ……ぜったい……なる……!」
ナナシは鍛錬場の端に用意した小さな水桶を指さす。
「水を飲んで、体を拭け。体の傷は俺が見てやる。……次の獣の牙を磨くのは、そのあとだ。」
小さな獣たちの声が、朝焼けの空に届く。
小さな誇りを胸に、三匹は確かに、昨日より一歩強くなっていた。
(続く)
ここまでお読みいただきありがとうございます!
朝の訓練はナナシと三姉妹にとって“信頼”を深める大切な時間。
小さな一歩が、やがて誰もが振り返る伝説の一頁になります。
次回、さらに加速する“牙の伝説”をどうぞお楽しみに!
引き続き『ナナシの豪腕とモンスター三姉妹 ―最弱から始まる最強クラン伝説―』
略して『ナナクラ』をよろしくお願いいたします(^^)/