第10話 「牙を磨く獣たち」
お疲れ様です!
ナナシたちの時間軸では、まだ陽が登り切る前――新たに結ばれた「牙の誓い」を胸に、ナナシと三姉妹は今日も動き出します。
今回の舞台はナナシの秘密の訓練場。
鍛え、磨き、そして牙を研ぐ。
彼らの“朝練”は、ただの準備運動ではありません。
最弱と呼ばれた従魔たちがどこまで進化するのか――
牙の刻が、始まります。
薄紅の光が、訓練場の砂地を照らす。
ナナシの家から石畳を越えた先、
まだ街の目も覚めきらない時間。
冷えた空気が肺を刺し、体を起こす。
プルリ、ミミ、ルルカ。
三匹の小さな魔物たちは、ナナシの後ろにぴたりと並び、
まるで影のように彼の背を追いかけていた。
ナナシは軽く振り返り、笑みもなく、声だけは柔らかかった。
「――初日だ。だが、容赦はしねぇ。」
プルリは小さくぷるぷると震え、
陽に照らされて、その体が微かに光を帯びる。
「ぷる……ぷるぷる……がんば……る……」
ミミは耳をぴくりと立て、鼻先をぴくぴくさせている。
「ミミ……ナナシ……つよ……する……」
ルルカは尾を砂地に叩きつけて、背中の鱗を微かに立たせた。
「ルルカ……まも……る……つよ……」
ナナシは三匹の前に一歩進み出た。
「――お前ら、まずは《型》を覚える。
剣も爪も牙もな、振り回すだけじゃ意味がねぇ。
動きに芯がなきゃ、すぐ折れる。」
地面に小さな枝で円を描き、
その中心にプルリを立たせた。
「プルリ、ここに立て。身体を……そうだ、しっかり纏めろ。」
ぷる、と揺れながらプルリが円の中央に座る。
「ぷる……ぷるぷる……ここ……?」
ナナシは頷くと、両の掌を軽く開いた。
「お前の核は《魔力》。身体を保つのも、力を放つのも魔力だ。
今は小さいが、芯を纏えれば、質は変わる。」
プルリの体に指を近づけると、柔らかな膜がひくりと震えた。
「感じろ。中心に……小さな《灯り》があるはずだ。」
プルリの体の奥が、小さく赤く光った。
「ぷる……ぷるぷる……あか……い……ある……」
「それが《核》だ。これをぶらすな。」
ナナシはそう言うと、今度はミミを呼んだ。
「ミミ、来い。」
小さな足音が砂をかき、小柄なコボルトが前に立つ。
「ミミ……なに……する……?」
ナナシは腰を落とし、ミミと視線を合わせた。
「お前は脚と耳、そして牙を研げ。速さと感知能力、そして牙はお前の命だ。」
右手で指を弾くと、空中に木片がいくつも舞った。
「これを……追え。」
木片が空を舞い、ふわりと砂地に落ちていく。
ミミは耳を伏せ、一瞬だけ後ろ足を屈めた。
「ミミ……やる……!」
ぱっと地を蹴る。
短い脚だが、砂を蹴る音は確かに獣のものだった。
落ちる木片を目で追い、鼻先で押し返すように拾い上げた。
ナナシは唇の端だけ、僅かに吊り上げた。
「――いい反応だ。」
最後にルルカが尾を揺らし、爪先で砂をかいた。
「ルルカ……なに……?」
「お前は《防》だ。
爪も鱗も尾も、全てを刃にも盾にも変える。」
ナナシは砂をすくい、ルルカの背にぱらりと撒いた。
「これを感じろ。
背の鱗で、尾で、全てを受け流せ。」
ルルカは目を細め、砂の感触を鱗で捉えるようにじっとしている。
「ルルカ……かん……じる……」
ナナシは三匹を一瞥し、深く息を吐いた。
(こいつら、檻で弱く縛られてたとは思えねぇ。
芯さえ育てば、牙は必ず光る。)
---
■砂地に刻む、鍛錬の牙
初日の訓練は、とにかく“型”を刻むことから始まった。
プルリは核を揺らさぬように、体を小さくまとめては形を保つ。
「ぷる……ぷるぷる……まる……なる……」
ナナシはプルリの体を軽く棒で突いて揺らす。
だが核が光る限り、プルリはすぐに形を戻した。
「いいぞ。小さく纏めろ。ぶれるな。」
ミミは砂地を駆け、木片を追う。
だが一度すくった木片が風に流され、すぐに落ちた。
「ミミ……おと……す……」
「追いすぎるな。足元見ろ。」
ナナシが指を鳴らすと、木片が二つ三つに増えた。
「視野を狭めるな。お前の目は前だけにあるんじゃねぇ。」
ミミは耳を伏せ、鼻をひくひくと動かす。
「ミミ……にお……い……みる……」
コボルトは元々、鼻が利く獣人だ。
目だけでなく、匂いを頼りに木片の影を追い、
一つ、二つ、確かに落とさず口に咥えた。
「……上出来だ。」
ルルカは砂を掻き、尻尾を左右に振る。
ナナシが木剣を抜き、そっと砂をすくいあげる。
「来い、ルルカ。」
鱗を打つように砂を投げた。
ルルカの鱗が、砂を弾いて微かに音を立てた。
「ルルカ……はじ……く……」
「尻尾も使え。」
再び砂をすくい、今度は下から尾に向けて投げた。
ルルカの尾がぱしんと砂を払い、背の鱗と合わせて守りを固めた。
「……いい反応だ。」
三匹の息が、うっすらと白く上がる。
まだ朝の冷気が残る訓練場で、
三匹の小さな息遣いと砂を踏む音だけが、
確かに新しい牙の音を刻んでいた。
---
■ナナシの檄
ひと通りの動きを終えると、ナナシは腰を下ろし、
肩で息をする三匹を呼び寄せた。
「――今日は初日だ。ここまでは上出来だ。」
ぷるりと揺れたプルリの体が、砂を纏って少し光る。
「ぷる……ぷるぷる……つか……れ……た……」
ミミは小さな舌で鼻先を舐めて、尻尾を揺らす。
「ミミ……もっと……でき……る……」
ルルカは尾を畳み、胸の鱗をぴくりと鳴らした。
「ルルカ……まも……る……もっと……」
ナナシは短く笑った。
「――よし。
じゃあ最後に大事なことを叩き込む。」
三匹が目をぱちりと瞬かせた。
「鍛えるだけじゃ、身体は保たねぇ。
動かしたら、必ず《伸ばす》。いいか?」
ナナシは自分の首を回し、腕を組んだ。
「こうやって伸ばす。無理はすんな。
力を入れたら、抜く方法も知れ。」
プルリが小さく真似をして、体をぷるりと左右に伸ばす。
「ぷる……ぷるぷる……のば……す……」
ミミは小さな手で耳をぐいと引っ張り、声を漏らした。
「ミミ……のば……す……おお……」
ルルカは尾を背に回し、鱗をぴくぴくと伸ばす。
「ルルカ……のば……す……つよ……」
ナナシは三匹の頭に手を置き、ぽんと叩いた。
「――牙は折れやすい。
だが折れなきゃ、研がれるたびに強くなる。」
---
■《従魔守護》と新たな兆し
ナナシは腰に下げた魔具を操作し、
光の板を開いてステータスを確認した。
そこには前日と同じく、《従魔守護〈リンク・ガーディアン〉》の文字。
(……このスキル、まだ何に使えるか分からねぇが……)
プルリがそっと覗き込む。
「ぷる……ぷるぷる……それ……なに……?」
ナナシはにやりと笑った。
「――これはお前らと俺を繋ぐ新しい《牙》だ。
そのうち、きっと必要になる。」
ルルカが小さな声で問う。
「ルルカ……つよ……なる……?」
「そうだ。これも一緒に磨く。」
ミミがぴょこっと耳を立てた。
「ミミ……いっしょ……つよ……なる……!」
ナナシは膝を叩き、立ち上がる。
「……今日はここまでだ。
だが明日からはもっときついぞ。泣いても戻さねぇ。」
三匹はかすかに声を揃えた。
「ぷる……がんば……る……」
「ミミ……やる……!」
「ルルカ……まも……る……!」
砂の訓練場に、
小さな三匹の牙の音が、確かに刻まれていく。
その牙はまだ細く、小さい。
だが折れずに刻めば、いつか誰かを守る《剣》になる。
ナナシはそんな未来を、
冷たい風の先に確かに見ていた。
(続く)
ここまでお読みいただきありがとうございます!
朝の訓練はナナシと三姉妹にとって“信頼”を深める大切な時間。
小さな一歩が、やがて誰もが振り返る伝説の一頁になります。
次回、さらに加速する“牙の伝説”をどうぞお楽しみに!
引き続き
『ナナシの豪腕とモンスター三姉妹 ―最弱から始まる最強クラン伝説―』
略して『ナナクラ』をよろしくお願いいたします(^^)/