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■間話「黎明の刻《クレーア》とナナシの胸の内」

『ナナクラ』番外の間話にお越しいただきありがとうございます!

今回は本編の合間をつなぐ、小さな静寂と、

ナナシの胸の内に灯るわずかな炎を覗いていただければ幸いです。


黎明クレーアの刻――新たな朝の名は、彼の孤独と決意を映す時間帯。

豪腕の影に隠れた、名も無き男の弱さと、誰も知らない優しさが、

ここに滲みます。(^^♪



闇がまだ色を変えぬ頃――

幽明の刻(ユウメイ)(夜明け3時過ぎ)と呼ばれる、夜の最も深い刻。


街は凍りついたように静まり返り、

外では吹き溜まりに冷たい夜風がひとつ唸る音すらない。


だが、古びた屋根の下にだけは、息を潜めた小さな命が灯っていた。


暖炉の火はさすがに力を失い、橙の芯がわずかに残るだけ。

その代わり、3つの小さな寝息が、部屋の隅に新しいぬくもりを生んでいた。


ナナシは革の上衣を脱ぎ、床にあぐらをかいていた。



大きすぎる毛布にくるまれたプルリが、時折ぷるりと震え、隣のミミが耳を伏せながら寄り添っている。

その隣のルルカは尻尾を小さく巻いて、鱗のきらめきを半分だけ明かしていた。


「……寝苦しくねぇか。」


独り言に応えるものはいない。

三匹は、遠い夢の底を彷徨っているのだろう。

あれだけ小さな体で、あれだけ大きな恐怖を抱え込んで生き延びた。


ナナシはそっと立ち上がると、まだ慣れない寝具をひとつずつ整えた。


スライムには布団はどうなんだろうか――

プルリの頭には小さな布切れをそっと被せてやるだけでいいのかもしれない。

ミミは耳が冷えないように、毛布の端をふわりと首元まで引き寄せる。

ルルカの鱗には布の重さが気になるかもしれないと、尻尾の先だけを包んでやった。


(……檻でも、石でもねぇ。)


部屋にわずかに残る薪の香りと、三匹の寝息だけが満ちていた。


ナナシはソファの脇に腰を落とし、背を壁に預けた。

額に手を当てる。

指先に残るのは、まだ乾ききらないかすかな痛み――

従魔契約の痕。


魔物と血を分け合う。

人によっては忌避され、ある者にとっては羨まれ、

だが多くは、絆よりも支配の道具にされる。


ナナシは昔、そういう契約をいくつも見てきた。

従魔が主人の首輪であることを疑わぬ主人も、

魔物を従魔にしながら最後には裏切る人間も。


思い出すのは、まだ若く浅はかだった頃の自分だ。


――もっと力があれば、もっと強ければ。


何度も失い、何度もすり減った。

剣だけがすべてだった頃、誰かを守るより先に、誰かを切り伏せることしかできなかった。


あの頃の自分なら、あのギルド前で石を投げていた側にいたかもしれない。


「……俺は、変われたのか。」


声に出してみると、誰も答えない。


それでいい。


答えをくれるのは、自分だけだ。


眠っている三匹が、これから何度目を覚まして、何度泣いて、

何度また怯えるかは分からない。


それでも――

二度と檻には入れさせない。


何があっても、石を投げさせない。


魔物であろうが、人であろうが、

その小さな声に応えられる強さを、今度こそこの手に刻む。


燃え残りの薪がぱちりと音を立てた。


ふと、プルリの体が小さく光ったように見えた。

三匹の胸に刻まれた魔核が、血の契りに応えて眠りの中でわずかに脈を打つ。


ナナシは膝を立て、立ち上がった。

まだ《クレーア》――黎明の刻は遠い。


だが、目を閉じる気にはなれなかった。


(眠れるだけで、十分だ。)


誰も自分のために石を投げ返してはくれない。

だからこそ、あの日、門前で背中に浴びた石の感触だけは忘れない。


小さな寝息を確認してから、ナナシは手近な革の外套を引っ張り、三匹にかけてやった。


「……お前らが寝てる間ぐらいは、何もさせねぇよ。」


囁く声が届いたのか、プルリが微かにぷるりと揺れた。


ナナシは小さく笑った。


夜が少しずつほどけていく。


暁光のギョウコウ(朝4時)――夜明けを告げる最後の刻が近い。


炉の火に新しい薪をくべようとしたそのとき、

寝床の奥から、かすかな気配がした。


――もぞり。


プルリが体をひとつ揺らし、ミミが小さく鼻を鳴らす。

ルルカの尻尾がとんとんと、今度は力強く畳を叩いた。


「……起きるのか。まだ《クレーア》には早ぇぞ。」


ナナシは小さく息を吐く。

だが心の奥で、何かがゆっくりと温まっていくのを感じていた。


(……そうだな。これから毎朝が楽しみだ。)


鍛えてやる。

磨いてやる。

戦い方も、生き延び方も、何度でも教えてやる。


剣を振るだけだった頃の自分にはできなかったことを、

この小さな牙と鱗と毛並みに、全部教えてやる。


小さな寝床の奥から、かすかな声が漏れた。


「ぷる……ぷるぷる……」


「ミミ……おきた……」


「ルルカ……つよく……なる……」


ナナシは外套の裾をひと振りして肩にかけると、

暖炉に新しい薪を投げ入れた。


ぱちりと火がはぜて、闇が一筋だけ裂ける。


黎明のクレーアがすぐそこにあった。


「――よし。まずは、飯だな。」


三匹の朝は、これから何度も続く。

石を投げる奴らの何倍も強く、誰よりも誇り高く。


今日から始まる朝練と修行が、

彼らにとっての新しい《牙》になる。


ナナシは扉を開けた。

冷たい外気が流れ込む。


それすらも、三匹にとっては初めての自由な朝の匂いだった。


(続く)


最後までお読みくださりありがとうございました!

『黎明のクレーアとナナシの胸の内』は、

力だけではない彼の人間らしさを、少しだけ描いてみました。


誰かを守るために強さを選び、

強さの裏で弱さを抱えたまま立ち続ける――

そんなナナシに、これからも小さな光が届きますように。


次はまた、クランと三姉妹の物語へ!

引き続き『ナナシの豪腕とモンスター三姉妹 ―最弱から始まる最強クラン伝説―』

略して『ナナクラ』をよろしくお願いいたします(^^)/

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