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第1話 「帰還 ― 鋼鉄の杯、揺らぐ誇り」

お読みいただきありがとうございます!

本作は、第3章へと突入します。

ここからは、クラン《鋼鉄の杯》に帰還したナナシたちが、組織の中で直面する「揺らぎ」と「対立」を中心に描いていきます。


これまでの戦いで得た“覇雷獅王バリシャ”の祝福は、彼らに大きな誇りを与えました。

しかしそれは同時に、ギルド全体を揺さぶる“外部からの視線”と“内部の不安”を呼び寄せることとなります。

仲間を守り抜くための決意と、大人たちの政治の中で試される彼らの立場――

第3章は、その最初の衝突を描く重要な幕開けです!


どうぞ、没入してお楽しみください。

夜明けの街道を抜け、街の輪郭が次第にはっきりしてくると、ナナシたちは肩の力を抜いた。


旅の疲労はあるが、胸の中に残るものは疲労以上の確信だった。あの夜の雷と祝福――覇雷獅王バリシャの視線と《雷禍恩寵(ライカ・グレイス)》の燦然たる印。仲間の背後で風がそよぎ、四つの影が一列に揺れる。



往路とは反対側の門から、彼らは《鋼鉄の杯》の本館へ戻った。


外壁に掛かる誇り高き紋章――鋳鉄の杯が朝日を受けて鈍く輝く。門の前にはいつもの顔ぶれがいたが、視線はいつもと違う。噂は街を越え、道行く人を走らせていたのだ。


「お......お疲れ様ですッ!お待ちしておりましたッ、ナナシさん、そして無銘の牙の皆さんも長旅ご苦労様です!どうぞ、こちらへ!!」


守衛の一人が立ちすくみ、声を掠らせる。だが、言葉の裏にあるのは恐れと畏敬と僅かな期待。プルリの肩に残る光の刻印が朝陽にちらつくのを見て、誰もがそれに目を奪われた。



中に入ると、石張りの大広間はざわめきで満ちていた。普段は正確で張り詰めた秩序が、この日だけは一種の「動揺」に変わっていた。情報とは厄介だ。噂は既に本館の石壁を越えて、床の隅々にまで浸透していた。


扉が重く閉まると、居合わせた者たちの視線が一斉にナナシたちへ注がれる。歓声と、冷たい囁き、そして問い。ナナシは深く息をついた。プルリは小さく震えながらも、ミミは背を丸めて顔を上げる。ルルカは尾先を静かに揺らし、気を引き締めていた。





◆ ◆ ◆




やがて主室の扉が開き、クラリッサ・ハーシュ――《鋼鉄の杯》のギルドマスターが静かに出迎えた。彼女の顔には慌てや驚きの色はなく、しかしその瞳は真剣そのものだった。周囲の長老や幹部、数名の実力者が背後にずらりと並んでいる。クラリッサの唇が極めて冷静に、しかし確かな響きで動いた。


「報告をしなさい。事の経緯を、ありのままに」


ナナシはゆっくりと一歩前に出た。胸の中で戦場の記憶が迸るが、言葉は平静であるべきだと彼は自分に言い聞かせる。長々とした喧騒は、ここでは何も生まない。必要なのは事実だ。


「……我々は《影葬の追跡》を受け、そこで《一の牙》および《二の牙》と対峙しました。影を操る術と、試練の結界。戦いの末、我々は《覇雷獅王バリシャ》より祝福を受けました。名は――公に刻まれました。少々長いが、経緯はこれが総括です」


言葉は簡潔だが、場内の空気は一瞬で変わった。


歓声を上げる者、顔色を変える者、書面に走り書きをする者。だがそれと同時に、鋭い視線がナナシの言葉の端々を解釈しようと襲い掛かる。


ここは《プラチナ》級のギルドだ。情報と人心の動きを見抜く者が多い。


「祝福だと……?」幹部の一人が低く呟いて、頭を振る。「《覇雷獅王》直々の祝福は、稀だ。いや、そもそも、聞いたことがないッ!!これは、世界が動くレベルだぞ!?」


この言葉に会場がざわつく。噂がさらに輪郭を得る。だが、それと同時に、別の色の動揺が生まれていた——警戒である。


古参の中堅リーダーの一人、ベテラン傭兵の雷槍使いが顔をしかめた。「我々の行動とは独立に、他国の王座が介入した。好ましくない。彼らは道具にされるかもしれぬ」


その発言に、幾人かが頷く。溢れる不安。クラリッサの額に薄く皺が寄る――だが彼女は冷静に、静かに口を開いた。


「よろしい。まずは落ち着くこと。外部の祝福は確かに重大だ。だが、我々は組織だ。感情で揺れるべきではない。詳報を整理し、理事会で討議する。

だが、ナナシ殿、まずはあなたと仲間たちに休息と、安全の確保を約する。

公の場での扱いは慎重に——だが、()()()()()()。」


その「可能性を見た」という言葉が、本館の空気を一変させる。賛辞と警戒、それがこの組織的判断の核心だ。


――だが場内にはさらに鋭い声があった。ギルドの実績重視派、派閥を重んじる者たちだ。


「我々が、彼らの盾であり続けるべきか」若手の幹部が挑発的に言った。

「もし彼らが別の力の手駒になれば、我々の名声も危うい。クラリッサ、貴女はどうするつもりか?」


言葉はあからさまな牽制である。ナナシたちは一瞬、沈黙した。幼い頃からクランにすがってきた者たち、実績で築いた秩序を守ろうとする者たち。ここが《鋼鉄の杯》なのだ——強者の均衡を守るため、内部の秩序は何よりも重い。


プルリはかすかな震えを抑えつつ、ナナシのズボンの袖を握った。ミミは歯を覗かせ、低く唸る。ルルカは無言で(しっぽ)を揺する。


彼らにとって、それは初めて味わう「大人の政治」だった。


クラリッサは静かに息を吐いた。彼女の視線は、窓から差し込む朝の光に一瞬透かされた後、再びナナシへ向き直った。


「まず、あなた達は、我がギルドの一員である。名誉も、責務も与えられる。だが公は複雑だ。今後、外部勢力からの接触は増えるだろう。勧誘、恫喝、取引、そして陰謀——それらを我々は想定し、守らねばならない。まずは安全のために監視体制と専属の保護班をつける。次に、公式な報告書を作り、王都の関係部署に通報する。最後に——」


クラリッサは一呼吸置く。声は穏やかだが、その一語一語には重みがある。


「公式に彼らの戦功を認めるかどうかは、理事会で決する。しかし私は言いたい。個人的には“見届けたい”という気持ちがある。ナナシ殿、プルリ殿、ミミ殿、ルルカ殿。あなた方が今回得たものは、単に力ではない。世界を揺るがす目線を得たということだ。それは、ギルドにとっても重大な機会(チャンス)だ。だが同時に危険でもある。よろしいか?」


ナナシはうなずいた。重苦しい決断を引き受ける表情ではない。もっと根源的な、譲れぬものがあるのだ。


「我々は道具にならない。俺達が選ぶ道を、俺達で歩く。それと、仲間を守ること。これが最優先だ」


ナナシの声は静かだが、会場の雑音を切り裂いた。周囲に沈黙が訪れる。だがその沈黙はためらいではない。重みのある宣言だ。


クラリッサの顔に、わずかな安堵が走る。彼女はゆっくりと笑みを浮かべた。


「ならば、我が手で守ろう。門は固くする。必要なら、外交窓口を開いて調整する。だが皆、聴け——」


長老席へ視線を投げる。


「これを機に、我々は再検討を行うべきだ。才能とは時に暴風にも似ている。正しく保てば豊饒をもたらす。放てば、破滅を呼ぶ。今は守る時だ」


だがその言葉に対して、別の声が上がる。若い傭兵、かつて蒼月の牙と交渉を行ったことがある者が、拳を机に叩きつけた。


「守る? それで終わりか? 我々が育てた者の価値を、外部が奪い取るのを黙って見ているのか。ナナシ殿が賞賛を受けたのは我々の土台あってのことだ。報奨と役職が必要だ」


その物言いは遠慮がない。正論の様で嫉妬でもある。大広間に不穏な緊張が走る。


プルリが小さな声で呟く。「それって……うれしいけど、ちょっと怖いぷる」


ミミが歯を見せて言う。「どんな手を使ってでも、あたしたちを自分たちのブランドにしようとするだろうね。いい気味だけど、気を付けないと」


ルルカは冷たく一言。「どんな名も、持つ者の行動で意味が変わるだけだ。俺たちが示す」


ナナシは仲間たちの顔を一つずつ見渡し、短く笑った。そこには確かな決意がある。


「まずは静かにする。騒ぎは必ずや外に漏れる。だが、我々がやるべきことは変わらない。鍛える。研ぐ。守る。それ以外はいらない」


クラリッサはその様子を見て、深く頷いた。彼女は一瞬の判断で指示を下す。


「よろしい。暫定的に、あなた方を“特別任務隊”に登録する。表向きは訓練強化と保護措置。非公開での任務適応と、外交に関する窓口の封鎖。だが——」彼女は言葉を切った。


「正式な序列や報酬は理事会の決定を待つ。騒ぎが大きくなる前に、内部の足並みを整える」


それは妥協だ。だが同時に、彼らへの手が差し伸べられたことに変わりはない。ナナシたちは公式に“保護”され、同時に“育てられる”位置に置かれた。外の世界から見れば、それは栄光の始まりだ。内部から見れば、それは新たな試練だ。


広間の片隅で、一人の年老いた傭兵が静かに呟いた。


「よくも悪くも、世界は変わる。おまえらの刃は、やがて誰かの盾にも刃にもなる」


ナナシはそれを聞いてほほ笑んだ。刃は研がれ、使い方は自分たちが決める——それが彼の信念だ。仲間の手を取り、三人の顔を見渡した。


外では、風が再び吹き抜け、街の鐘が一つ鳴った。古参と若手。賞賛と嫉妬。保護と掌握。すべてが同時に流れ込み、ギルドの血脈のように混じり合っていく。だがナナシたちの中では、ひとつだけ変わらないものがあった。


「俺らは、牙だ」ナナシの短い言葉に、プルリがぷるっと小さく跳ね、ミミがにやりと笑い、ルルカが静かに相槌を打つ。――それは、彼らの最初の誓いであり、これから幾多の嵐を越えるための礎でもあった。


クラリッサが最後に立ち上がり、皆へ冷静に告げた。「理事会は午後に開かれる。今日は一旦、公式発表は控えよ。だが非公式には、静かに伝える者には恩恵を与えるかもしれぬ。だが覚えておきたまえ、我らは実力で示す組織だ。噂や称号だけでは何も救えぬ」


長い議論が始まる前に、ナナシたちは静かに席を外した。




◆ ◆ ◆





廊下に出ると、夕刻の淡い光が差していた。プルリが一歩前に出て、ナナシの袖を引く。


「ねぇ、ご主人様。今日、すっごく怖かったけど、でも……あったかかった。みんなが……守ってくれるって言ってくれたぷる」


ミミは拳をぎゅっと握りしめ、「うちら、これからも戦うよ。今度はもっと大きな敵が相手だって。ご主人様と一緒に!それって楽しみじゃない?」と口を尖らせるが、その目は真剣だ。


ルルカは少し照れくさそうに首をかしげた。「ワタシたちが変わったのか、世界が変わったのか。どっちでもいい。これからも、皆で確かめるだけ」


ナナシは仲間たちの頭を順に撫で、深く息をついた。

「よし、帰って寝よう。明日は訓練に戻る。だが、その前に約束だ。俺たちは何があっても、仲間だ。外の風に流されて、同胞を忘れるなよ」


三人はそろって頷いた。夕べのざわめきはまだ彼らの耳に残るが、胸のなかには確かな炎が灯っていた。刃を磨き、牙を研ぐ。――それこそが、これからの彼らの道である。


鋼鉄の杯の門が静かに閉まり、ナナシたちは明日のために体を休めるべく、

それぞれの寝所へと向かった。外では、情報屋が暗がりで携帯のような装置で囁きを売り、酒場では“覇雷獅王の印を受けた者”の話題がいつまでも尽きなかった。


だが、ナナシの胸にあるのはただ一つ。

「牙を、研ぐ」——それだけだった。



――続く――


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

第3章「帰還 ― 鋼鉄の杯、揺らぐ誇り」の第1話は、ナナシたちが組織に属する者として、初めて本格的に“内部の壁”と向き合う物語でした。


喝采と疑念。保護と掌握。

その狭間で、彼らは自らの「牙」としての誇りを確かに握りしめました。


次回は、理事会での議論、そして外部からの接触へと物語が動きます。

ナナシたちが任される“特別任務”とは何なのか――?

ぜひ次回もお楽しみに。


感想やブックマークをいただけますと、今後の執筆の大きな励みになります!



さらに加速する“牙の伝説”をどうぞお楽しみに!




次話の投稿は、本日夕方17時10分の予定です!('ω')ノ




引き続き『ナナシの豪腕とモンスター三姉妹 ―最弱から始まる最強クラン伝説―』


略して『ナナクラ』をよろしくお願いいたします(^^)/

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