Battle No.3 師匠に出会う
マリアと打ち解けてから、人生が一気に明るく見えた。
彼女の態度は相変わらずクールだが、本人曰く「こういう喋り方しかできません」と謝れられた。
別に責めてるつもりじゃないんだけどなぁ。
そして生活面が落ち着いた今、トレーニングを始める時間だ。
最初の目的である鍛えることは、今ならメイドからのサポートによって実現できる。
この考えをメイドたちに伝えたら、なぜか気まずい空気になった。
あのマリアが泣きそうな顔で「ナタリー様の力になれるように頑張ります!」と僕を励ました。
なぜそんなにショックを受けたんだ、家柄的にも鍛えてなかった昔の方がおかしいと思うのだけど……。
ということで、まずは試しに魔法をやってみたのだけれど。
それが全く上手く行かなかった。
普通ならここで何かしらの魔法の先生を雇う場面だが、僕は家から冷遇されているため自力でやるしかない。
僕の妹、アンナは才能があるからちゃんと鍛えて貰えると思うと、ちょっと悲しくなってきた。
しかもどうやら妹は僕に会いたくないらしく、実際記憶を取り戻してから一度も彼女に会ったことがない。
実は前世の家庭では僕に男の兄弟しかなく、同性の姉妹が欲しかったんだ。
だけど原作のアンナはゲームが終わるまでずっと姉であるナタリーに怯えて、避けていた。だから仲良くなるのは結構厳しい。
思う節しかないが悲しくて涙が出ちゃうよ。
それはさておき、魔法の話に戻ると。この世界は人によって火、水、雷、地、風、光の六属性魔法のどれかを扱うことができる。光は主人公、または勇者限定の属性で、僕は家族の遺伝で雷属性の使い手らしい。
書庫にある入門書を参考に、「エレキット・ショック」と言う雷の弾丸を撃つ初級魔法を使う。
本によると、やり方は体内にある魔力を練り、それを放出することをイメージする、そして魔法の名前を唱える。
「エレキット・ショック……あがががががっ」
使った思った瞬間、全身に痛みが走り、手足が痙攣する。
魔法が失敗して、使おうとして電気が全身に回ったらしい。
初級の魔法が暴発するなんて、僕はその時点で不安に思い始めた。
しかも魔法を使った後の体感が何もかもがおかしい。
まずは一発を使っただけで疲れる。
本によると入門者は慣れないせいで魔力を使いすぎて疲れる、それはまだ分かる。
使った魔力の割には全く威力がないわっ。体感している痛みは魔法に撃たれたというより静電気に触れたのと近い。
初手はこんなものだろうと自分を納得させて数日間頑張ってみたが、全く成長が見えない。
ゲームのナタリーも魔法が下手という設定があるが、まさかここまでとは。
そこでなんとなくお母さんに見捨てられた理由を理解した。僕は本当に才能がないのかもしれない。
もういっそ他の方法を探る方がいいかもしれないかと思い、今の自分にできるトレーニング法を考えてみた。
創作の中だとこの状態には三つのやり方がある。
1.世界の抜け道を探す。
原作をやり込んだ人がなんかしらのギミックやゲームにおいてのバグを使って自分を強くする。
だがこの原作はシンプルなRPGで、持っている知識はこの技のダメージが高いらしいくらいのあやふやな印象しかない。そしてバグを見つけるほどやり込んでいない。
2.魔法を諦めて物理を鍛える。
自分も一瞬そうしようと思った。一応前世では格闘マンガやリアルの観戦をしたことあるため、体を張ること自体に抵抗がない。
だけど実際にトレーニングしたことがあるかと言うと完全にエアプ。
メイドたちはもちろん体術や剣術を知らない。聞かれた時のマリアのぎこちない表情は今でも印象に残る。
そして家には関連する本が全くない。体作りの本がなくとも剣術の本ぐらいならあるだろうと思ったが、書庫は感動するぐらい魔法書一色だった。
結局、僕は3.頑張って魔法を鍛えることを選んだ。それしか手がかりがないので。
やり方としてはエレキット・ショックを撃ち続け、疲れたら回復するまで待って、そしてまたやり直す、手足が動けなくなったらマリアに部屋まで運んで貰えて、その繰り返し。
魔法を撃っているだけなのに筋肉痛がやばすぎて死ぬかと思ったが、ファンタジー世界だけあってポーションが常備していて、特に患部に塗る膏薬タイプの痛み止め効果は抜群。いつもマリアに塗らせてもらっていて、そのお陰でなんとか耐えている。
そりゃマリアにめちゃくちゃ心配されたよ。「例え魔法が使えなくても誰もナタリー様をバカにしません、だからご自愛ください!」と言われたこともあった。
マリアの気持ちは嬉しいし、自分でも諦めたいと思っていた。だけど諦めなかった。お母さんのことを思い出すと頭に来てトレーニングに戻るんだ。
元のナタリーの負けず嫌いな性格とお母さんへの思いが僕にも影響を与えたのかもしれない。
結局、疲れきったあの時の僕は「家事を任せっぱなしでごめんね」と誤魔化そうとした。そしてまたマリアに怒られた。
魔法を使うってのは中々難しい。
地道に魔法の修行を続けていたら、一ヶ月が過ぎて今に至る。
僕は今、一人で屋敷の隣に居る危ないとされている森ではーはー言いながらトレーニングしている。
どうやら奥へまで進むと魔物が出るとされているもう一つの森に繋がるらしいので。
なぜ僕はこんな場所にいるかと言うと、普段なら屋敷の庭でトレーニングするが、今日はお母さんから一日中部屋から出るなという伝言があった。
伝言はその一言だけで、実際なにがあったと言うと、どうやら今日は妹のためにすごい魔法騎士を先生として招いたらしい、伝言を頼まれたマリアがそんな噂を聞いた。
すなわち、家の恥である僕は人前に出てくるなってわけ。
理由はともかくとしてそうしたいのなら伝言ではなく本人で僕に説明してくれって思ったね。そうとはいかないのがこの家族であるが。
でも僕が居るせいで妹の印象がマイナスされる発想は理解できなくはない、実際今の僕は使用人とわいわいやっている出来損ないの長女だしね。
だけど一日中部屋で引きこもるつもりはないので、誰にもバレないように人気のない森でトレーニングすることになった。
ルーティンは準備体操、腕立て伏せ、シットアップ、そしてプランクの数セット。思いつく筋トレ方法を少しやってみた。体格が強くなったら魔法にも影響を与えるかもしれないので。
運動の後は倒れるまでひたすらエレキット・ショックを撃つだけだ。
「エレキット・ショック! あががががっ! エレキット・ショック! あががががっ! 痛えなマジで」
成果としては、最近は撃つ後痛みや痙攣は全身ではなく腕だけに限定されるようになった。魔法の操作がうまくなっている。
だけど体力の消耗は減ってないし、魔法が成功したことは一度もない。
側から見ればただの狂人が自分にSMを仕掛けているとしか見えない。
何時間続いたのだろう、このバカみたいな拷問。
自分は一体なにをやっているのだろうと気が抜けたその時、魔法が暴発した。
「あがががががっ! はぐっ⁉︎ うげえええええ!」
今日一番の痛みで、全身が痙攣、しかも吐いてしまった。
そのまま放心して、寝るように地面に倒れた。
疲れ切って回らない頭が、「もしマリアがこの場に居たら絶対心配するんだろうな」と他人事のように考えている。
本当に、いつもマリアを心配させるダメな主だな、僕は。
基本の魔法すら使えず、子供一人が森の中で電気ショックごっこ。なぁにも達成できていない。
なんだか泣きたくなってきた。
「クソっ、クソっ……」
その時、隣りから草むしりが動く声が聞こえた。
もしかして魔物……⁉︎ と心配するも、手足が動かない。
だが、そこから聞こえるのは獣のうめき声ではなく、おそらく女性の綺麗なハスキーボイスだった。
「そこの嬢ちゃん、大丈夫かい?」