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Battle no.2 マリア視点

—マリア視点—


 私がはっきりと言えることは一つだけある、今までの人生は地獄だった。

 私は多分普通の家庭で生まれて来たと思う、あの頃はどうだったのかは全く覚えていないが。

 気付けば私は自分と同じく獣人の子どもたちと牢屋のような場所で閉じ込められていた。

 わけの分からない私たちはそこにいるこわい大人たちに色々とやらされた。

 名前がなく番号で呼ばわれ、まずい泥みたいな食べ物を食べさせられ、鍛錬と称して痛めつけられだったり、実戦訓練と言って魔物と同じ檻に閉じ込められだったり。

 意味が分からなかった、なんで私たちはこんな痛い思いをさせられなきゃダメなのだ。

 でも私たちは反抗できなかった、大人を怒らせたら「獣人のくせに生意気に!」と罵倒されたり、ボコボコまでに殴られてしまう。

 私はこう思った、「私は獣人だからいけないんだ」って。

 こわい魔物たちと似た耳や尻尾が生えているからいけないのだ。

 私は自分の存在に苦手意識を持つようになった。

 でもこわがっているだけじゃ大人たちの怒りは収まらない、だから私たちは必死に大人たちの命令に従う。

 痛い鍛錬を我慢して、魔物を殺せるようになり、いつかこの地獄から脱出できると信じていた。

 そんな生活が数年続いた。

 そして解放は突然やってきた。

 あの日、私は大人に懲罰部屋というところに閉じ込められ、痛みをこらえながら涙を啜った。

 急に周りから雷鳴のような轟音が響き渡り、地面がひどく揺れる。

 やがて周りの壁は崩れ落ち、上を眺めると星空が見えて、私は懲罰部屋だった廃墟の真ん中に立っていた。

 あまりの出来事に何も考えられなかった私の前に、女の人が歩んできた。

 私を見て、彼女はめんどくさそうな顔をした。

 確かに彼女はこう言った。


「ここにも子どもがいるのね、手が焼けるわ」


 心底どうでもいいのような表情をする彼女は私の手を引いて、仲間らしき人たちの元へ連れて行った。

 どうやら今まで私たちを閉じ込めた大人たちは彼女の敵らしく、討伐中に現れた私の存在をどう対応するべきかに困っているらしい。


「この子はわたくしにあつけてもらうわ」


 そう言って、彼女は私を連れ去った。

 これが私とオークス家当主との出会いだった。

 そしてあの日から、私が仲間だった獣人の子どもと出会うことはなかった。

 やっと解放されたと思いきや、私はオークス家の屋敷に連れて行かれ、そこの奴隷にされた。


「貴女の名前は? ない? とりあえずマリアと呼ばせてもらうわ」


 私の名前さえ、こう適当に付けられた。

 これで分かると思うが、屋敷での扱いは良くなかった。

 いきなりメイドにさせられて、馬車馬のように働かされて、態度や口調が出来ていないと罵られ、昔と同じく理不尽に扱わされていた。

 何より私が仕えている主、当主の娘であるナタリーがきつかった。

 わがままだけでなく、人を痛めつけるのが好きで、いつもどうでもいい理由で私たちメイドをいじめる。

 ご飯がまずい、鞭叩き。教育係に怒られた、鞭叩き。とりあえず気分が良くない、鞭叩き。

 その中で、私は別段彼女の不満を買っていた。

 理由は昔と同じく、獣人だからである。


「獣人が! わたくしに歯向かうつもりですの⁉」


 どうやら私の存在は、どこにも歓迎されていないらしい。

 だけど私の環境は昔と変わらないかと言えば、そうでもない。

 奴隷とは言え、金持ちの家の奴隷だからか、待遇は昔よりいい。

 地面ではなくベッドで寝られる、服はボロボロではない、何より食べ物はおいしい、昔で食べた泥は食べ物じゃないと思わせるくらいに。

 それに多分だけど私は仲間に恵まれている。

 私は獣人だから苦手なメイドもいるが、私を心配してくれるメイドもいた。

 彼女らによると、奴隷としてもメイドとしても私のような子どもの存在がおかしいらしい。

 だから彼女らはシンパシーで私の面倒を見てくれた。

 私に常識がないらしく、彼女ら、特に私が先輩と呼ぶメイドは私にたくさんのものを教えてくれた。

 礼儀とか、基本の文字とか、外の世界はどういうものなのか。

 たまに屋敷の書庫からこっそりと本を持ち出して私に読み聞かせてくれた。

 この世にいい大人がいることを教えてくれた。

 だから私は先輩たちを痛めつけるナタリーを余計に許せなくなった。

 せめての反撃として私はナタリーに反抗的な態度を取るようになった。

 その分だけナタリーの不機嫌は他のメイドじゃなく私の方に向けるようになるから、私としては好都合だ。

 でもこの生活もまた突然変わった。


「ごめんね、我慢できて偉いっすよ」


 先まで私は叩いていたナタリーが鞭に打たれた後、急に人が変わったのように私の心配しに来た。

 それだけでなく、今まで大切にしていたドレスを破って、その布で私の傷口を止血しようとした。

 今までの生意気で上品な口調が消えて、ちょっと乱暴なものになった。

 そして今までにないほどのやさしい笑顔で私の頭を撫でる。

 私がそれに反抗すると彼女は申し訳なさそうに謝った。

 あのナタリーが、メイドで獣人の私に謝った。

 その豹変ぶりがあまりにもおかしく、もはや怪談話とでも言えるもので、それを見て顔が真っ青になったメイドもいた。

 私というと不信感と戸惑いで頭がいっぱいになり、普段の反抗的な態度を保つだけで精一杯だった。

その後高熱にうなされるナタリーだが、目覚めた後でもそのおかしな態度を続けた。

 昔では考えられない低い姿勢、そしてずっと見下していた私との交流を望んでいる。

 何より、頭がやられたのかと口走った私に怒るどころか、「やはりそう見えるのか」とちょっと悲しそうに納得した。

 もし他のメイドたちがこれを目撃したら絶対驚きすぎて失神してしまうだろう。

 これだけでも頭がおかしくなりそうなのに、その日の昼で私はナタリーからの驚きの二度打ちを食らうこととなる。


「みなさんは今日から自由になります」


 ナタリーが私たち全員の奴隷契約を破り捨て、このまま屋敷から離れても大丈夫と言い、そしていしゃりょうという大金を渡した。

 常識がないと言われていた私はまだしも、ちゃんとした社会経験のある先輩ですらあの大金に目玉が飛び出るほど驚いた。

 その金があれば一年間仕事せずに豪遊できるらしい。

 いくら金持ちとは言え、一介のメイドのためにそれ程の金を出すものなのか?

 その理由はすぐに分かったけれど。

 奴隷契約が破られた後、メイドのほとんどは一気に屋敷から逃げた。

 一応ここに残っても給料をもらえるらしいが、今まで散々扱わされて、それでも残る人は我ながら結構な神経の持ち主だと思う。

 私が残った理由を言うと、単純に外の世界での居場所がなく、ここから離れると生き残れる自信がないから。

 先輩は私が心配で残してくれたらしく、相変わらずやさしい方である。

 他の人は給料に期待しているとか、今のナタリーを面白がっているとか、本当にとんでもない神経の持ち主ばかりであった。

 みんなの話はさておき、面倒を見るメイドは片手で数えられる以上、ナタリーは昔みたいに自由のままに生活できる訳がない。

 まだ昔みたいに嫌味を言うと思ったら、彼女は家事を始めたのだ、あのナタリーが。

 ここでなぜナタリーが私たちに大金を渡したのかが分かった、単純に彼女が金を気にしていないからである。

 金に無心ではなく、彼女は非常に庶民的なのだ。 

 物語の中のわがままお嬢様が現実にいるようなナタリーが庶民的、訳が分からない、でもそれは事実。

 完璧ではないが、料理や洗濯と言った家事能力をまるでお手の物のように順調に学んでいくナタリー。

 先輩はナタリーのことを「実は一人暮らしでもしたことがあるの?」と驚いた。

 私と同い年の女の子が一人暮らしするはずないけど。

 そんなナタリーは、簡単に洗えるからと言って庶民の服を着る、料理は自分で作りたいと言って私たちメイドと同じものを食べる。

 今の彼女にとって、自分が持ってる金は非常に手に余るものなのだろう。

 先輩は冗談で「お嬢様は悪魔にでも取り憑かれたのかも」と言ったが、案外間違いではない、一夜でここまで人が変わるのはいくらなんでもおかしい。

 私にとっては都合がいいことだから気にしてないけど、何より驚きすぎて慣れ始めた気がした。

 でも私はナタリーに心を許すつもりはない。長年ひどい扱いされてきた、そして彼女は一夜で人が変わったのだ、まだ一夜で元に戻るのもおかしくない。

 肝心のナタリーなのだが、散々獣人と見下してきたくせに、今は私の気も知らずに毎日絡んでくる。

 一緒に料理をするとか、一緒に庭で遊ぶとか、事あるごとに私を誘う、まるで対等の友人のように。

 実際この屋敷でナタリーと年が近い人は、私と、目にしたことはないが彼女の妹しかいない。

 だからか、彼女は余計に私のことを気にかけている。豹変した元わがままお嬢様に絡まれる私の気持ちになって欲しいところだ。

 私はあなたにバカにされたことを忘れていないからな。

 そして今日、私はナタリーに頼まれて町に出掛けることになった。

 どうして彼女の頼みを聞いてあげたのかは、私もよく分からない。だけど頭を下げる彼女を見て、「しょうがない人だな」という気持ちが湧いてきた。別に彼女に心を許した訳じゃないから。

 ケモ耳を隠すために麦わら帽子を被っていたが、ナタリーはやたらと私を褒めにくる。

 どうして獣人の私にここまで心を開いてくれたのか、全く理解できない。

 彼女ののんきな態度と初めて町に出掛けるせいか、私はすっかりと油断した。

 私は人が集まる市場で、帽子を落としてしまった。

 もちろん人にケモ耳を見られてしまった。

 結果は火を見るよりも明らかで、聞き慣れた獣人に対しての罵倒がやってくる。

 こわくて、苦しくて、だから逃げた。

 屋敷まで走って、自分の部屋に逃げ込んで、布団の中に隠れる。

 思い出してしまう、名前すらない頃と、ナタリーが豹変する前から受けていた虐待の数々。

 痛い、もうやめて、許して。

 どうして、どうして私はこんな目に合わなきゃいけないのだ。

 そしてその悲しみは、怒りに変わっていく。

 この理不尽の世界への怒りなのか、私を痛めつけた人たちへの恨みなのか、私を町に連れ出したナタリーへの逆恨みなのかは、さだかではない。

 許せない、私はこんな目に合わせた人、殺したい。


「殺してやる」


 今、私は小さい頃から魔物を殺してきた愛用のナイフを持ち出した。

 僅かな月光しかない暗闇の中、私は他人にバレないようと気配を消し、ナタリーの部屋へ向かう。

 見回りを回避して、ナタリーの部屋のドアロックをロックピックする。

 闇に完全に慣れた目には、のんきに寝ているナタリーの背中が捉えられた。

 ナイフを逆手に取り、狙いは彼女の喉、声も出さないまま死んでもらう。

 足音を殺して、慎重にベッドまで歩み寄る、絶対気付かせない……


「マリア……」


 私の名前を呟くナタリー。

 動きを止める、バレたのか、有り得ない。

 パニックになる私、そして体を動かすナタリー。


「うんん」


 彼女は寝返った、目は開けていない。


「ただの寝言なのか……」


 無駄に緊張したと落胆したが、気を取り直して前に進む。

 そして私はベッドの横に立ち、今なら喉にライフが届ける、ナタリーの生殺与奪の権は私の手にある。

 今なら、彼女を殺せ……


「ごめん、マリア」


 ナタリーの寝言が私の手を止めた。

 よく見ると、ナタリーの目周りは濡れている。

 それは、涙なのか?


「ど、どうして」


 理解できない、楽天家の彼女が悲しむことなんて一つもないはずだ。私に謝ることなんて一つもないはずだ。

 思わず視線がナタリーの顔から逸らしてしまう、そして彼女の後ろに積んでいるものが目に入った。


「本?」


 数冊の本がナタリーの傍に置いてあった。

 別に彼女が本を読むことはおかしくないが、どうしても気になってしまう。

 慎重に本を一冊取り上げて、読める僅かな文字で本の内容を推測する。

 そして一冊から一冊を、読み続ける。信じられなかったからだ。

 すべて獣人に関しての本なのだ。

 特に獣人と人間の関係に関わる本が選ばれていた。

 

「ごめん、マリア」


 もう一度ナタリーの口から出てくる、謝りの寝言。

 なぜ? 彼女は私を嫌っているはずじゃ……

 そこで、私は思い出してしまう、彼女と過ごしたこの一か月間。

 私を引っ張る手、いつも楽しそうな声、うるさくなるほどの笑顔。 

 認めたくないが、だけどあのお人好しの彼女だ、認めざるを得ない。


「私を、心配している?」


 気付けば、持ってきたナイフは地面に落ちていた。


—マリア視点・終わり—


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