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Battle no.2 マリアと仲良くなりたい

 その後のことを言うと、大半のメイドは屋敷から離れた。正直全員退職すると思ったから、人が残っているだけましだと思う。

 そして僕も我儘お嬢様から平民お嬢様(?)へ大変身した。

 メイドが数人しか残っていない以上、僕も自分の世話をしないといけない。

 掃除、洗濯、炊事は全部自分でやらなければならない。幸い掃除は自分の生活範囲だけで十分だ、一応他の家族のメイドもこの屋敷を管理しているのだから、僕の世話は全くしないけど。

 前世は一人暮らしだから何とかなったが、この世界の調理器具とかは現代と違うから最初の頃は炊事の仕方すら分からなかった。そこは残ったメイドたちがフォローしてくれた。

 家具の原理を分かると、魔力で動かすこと以外実質現代のものと大差ないので、僕は簡単に慣れた。コンロや冷蔵庫みたいのもあるから意外と便利な生活をしている。

 新生活は大変だけど、それはそれで充実しているから嫌いじゃない。

 そして……


「おはようマリア、今日も一緒に頑張ろう」

「……」

 

 マリアは今日も僕を睨んでいる。


「そんな表情すんなよ、かわいい顔が台無しだよ」

「尻軽女」

「すみませんでした!」


 試しに軽口を叩いたが、マリアに罵倒された。


「僕は何を手伝えればいいかな?」

「服の洗濯をお願いします」

「分かった、僕に任せて」


 マリアと話す頻度は増えたが、やはり対話は長く続かない。

 彼女に拒絶されること自体に思うところしかないが、記憶を思い出した後初めて対話した相手、しかも同い年だから、できれば仲良くなりたい。


「そうだ! 今日の昼は暇かな?」

「時間なら少し」

「じゃあ、よかったら一緒に町に行かない?」

「嫌です」

「だよね……」


 何という即答の速さ、僕でなきゃ聞き逃しちゃうね。

 冗談はさておき、この生活も一か月続いているのに、マリアの態度は昔と変わらない、これは流石にきつい。

 僕はドMじゃない、かわいい女の子にクズを見るような目で見られてもうれしくない。


「お願い! 一緒に行こうよ、ね?」


 仲良くならないと僕のメンタルが死ぬ!


「これは命令ですか?」

「いや、ただのお願いだけど?」


 そう答えると、マリアはため息をついた。


「命令しないのですね」

「だって僕はマリアに世話されてる身だし」

「上下関係はどうするんですか」

「ないない、僕たちは対等だよ」

「……」


 日本での記憶のせいか、僕は中々お嬢様としての生活に馴染まない。

 なんでメイドたちは僕なんかの命令を聞かなきゃならないんだと思ってしまうので、上下関係なんてどうでもよくなった。


「分かりました、一緒に行きましょう」

「本当! やった!」

「主の要望に応えただけです」

「そう固いこと言わずに、楽に行こうよ」

「分かりました」

「分かってねえじゃねえかよ! そうだ! もしマリアが欲しいものがあったら買ってあげる、ぶへへへへ」

「衛兵に通報しますよ」

「しかも何と! おやつは五百円までだよ!」

「五百エンってなんですか」


 家事を手伝いながらマリアとバカな話を喋っていたら、時間は昼になり、僕は平民の服に着替えてマリアと出掛ける。


「やっぱり平民の服の方が馴染むな、動きやすいし」

「本当に貴族ですか、あなたは」


 平民の服を着て走り回る僕をジト目で見るマリア。

 貴族の貴の字すらない僕の行為を見てそうなるのが妥当だろう、でも僕は日本の平民だし、貴族になる方が難しい。


「それよりマリア、その帽子似合ってるよ」

「適当なお言葉ありがとうございます」

「本気なんだよ!」


 マリアは僕と同じ服を着ていたが、なぜか麦わら帽子を被っている。

 白髪と対照して更にかわいく見えた。


「めちゃかわいいんだけど、僕も被ってみようかな?」

「勝手にしてください」

「ほほう、マリアとペアルックになっちまうのか、仲良し仲良し、お熱いですね」

「被ったらぶん殴ります」

「しないから拳を下げて!」


 楽しくお話しをしていたからか、気付けばうちの領地の町に到着した。

 町民たちはきっと予想できないでしょう、まさかオークス家のお嬢様がここにいるなんて。

 今日はいっぱい町を楽しもうぜ!

 そんな考えをした時期、僕にもあった。


「気まずいーよ」


 僕はマリアに聞かれないように小声で文句を言う。

 気軽にマリアを誘ったが、よく考えてみればそれもそうか。この世界は中世に近い、ゲーセンはもちろん、ショッピングモールもおもちゃ屋もない。

 一人の散歩ならともかく、友だちとのお出かけになると現代っ子の僕がこの町で楽しめるポイントなんて分かるわけがない。

 自分で誘ったのにすげえ気まずい。

 そして連れて来たマリアと言うと。


「……!」


 キラキラした目で周りを見ている。

 この歳で奴隷になったせいもあるだろう、僕にとっての殺風景をとことん楽しんでいる。

 とはいえ、僕が黙って歩いているだけじゃマリアを連れ出す意味がない。

 なにかやる事を探そうと周りを見渡すと、人が混んでいる場所が見えた。


「市場がやってるみたい、行こう!」

「うん!」


 マリアが素直に「うん」と答えた、やばっ感動しちゃう。

 市場はかなり大きく、視界の中には露店しかいない。

 これなら僕でも楽しめそうだ。


「何か欲しい物がある?」

「……!」

「聞いてないか」


 露店に並んでいる商品を食いつくように一つ一つ見回すマリアは見て、僕は微笑ましく感じた。

 クールで素っ気ないマリアだけど、やはり彼女は子どもである。子どもには子どもらしく振る舞って欲しい。

 悲しいことに屋敷ではそういう機会がないから、町に連れ出したことが正解だった。


「腹が減ったなぁ……ってマリア?」


 この市場の一番の特徴を言うと、それが匂いである。

 歩いていると、無数の食べ物の匂いが僕を誘惑する。

 マリアは串焼きの店の前で足を止めた。


「おいしそう……」


 こいつ、串焼きを見て涎を垂らしている⁉ キャラ崩壊にも程があるだろうが⁉


「これを食べたいのかマリア」


 我に返ったのか、マリアは普段のきりっとした顔に戻った。


「いや、別に」

「涎、漏れてるけど」

「漏れてません!」


 どうしよう、反抗するマリアを見たせいで口元を降りられないんだけど。

 うちのメイドがかわいすぎて困っちゃうな。

 もう串焼きを買うしかないでしょ!


「おばさん! 串焼きを二本ください」

「あら、かわいい嬢ちゃんたちだね、姉妹でデートかい?」

「いえ、私はメイ……」

「そうそう! 僕たちは姉妹だよ」


 マリアが正体をばらす前に慌てて答える。

 

「ふふふ、そうかい。じゃあとっておきのをあげるね」

 

 嬉しそうな店主は串焼きを四本くれた。しかも量がましまし。


「あの、僕は二本を……」

「いいのいいの、たくさん食べて頂戴」

「ありがとうございます!」

「まいどう!」


 どの世界にも気さくな屋台のおばさんが存在するんだな、ちょっと感動した。


「マリアったら、僕たちの正体がバレたらどうすんだよ」

「どういうことなのでしょうか?」

「これでも一応金持ちのお嬢様だから、拉致とかのトラブルに巻き込まれるかもしれないんだよ」

「あっ……そうでした。申し訳ございません、お嬢様があまりにも貴族らしくないので、意識してなく……」

「言いやがったなこの子」


 マリアは容赦ない言葉で僕を殴ったが、真面目さからかそれはそれで明らかにしょんぼりしている彼女。

 

「今度から気をつけます……」

「いや、そこまで気にしなくても」

「ですが……」

「もう! 串焼きを食べよう、冷めちゃうよ! ほら」

「押さないでください、はうっ」

「味はどうだ」

「……」

「マリア?」

「すっごく、すごいおいしいです」


 串焼きを一口食べて、目がすぐにキラキラした状態に戻るマリアであった。


 その後も、僕たちはひたすら食べ歩きしていた。

 マリアもうずっと目がキラキラのままで、もしかしたら彼女は食いしん坊キャラなのかもしれない。

 今でも市場の全ての屋台を食い尽くす勢いであるマリアを見て、僕も嬉しく感じる。


「このサンドイッチ、具がすごくすごい多いです」

「だよね、これ最早バーガーのレベルじゃないか」

「バーガー?」


 やばっ、思わず前世のものに例えてしまった。

 どう説明するべきだろうか。


「うんん……バーガーはね、たくさん肉と野菜が入ったサンドイッチみたいな食べ物のこと、かな?」

「うぐ、すごそうですね」


 マリアのやつ、バーガーを想像しただけで涎を流しやがった。

 さっきから思っていたが、君の語彙力はどうなってんだ。

 でもマリアと食べ歩きしながら駄弁するの、思った以上に楽しかった。

 そもそも前世では学生が食べ歩きすることにうるさいから、友たちとこういうことするのははじめてかもしれない。その相手が僕のことを友だちだと思っているかどうかは知らないけど。

 お嬢様に転生したことで逆に食べ歩きができるとは、人生ってのは予想できないもんだ。


「うへへ、マリアったら、顔にソースがついてるよ」

「うんうんうん」

「喋るのは飲み込んだ後にしなって」


 用意したハンカチでマリアの口を拭く。

 このはじめての体験を共有する相手はマリアでよかった。

 なんなんだこのかわいい生き物は、口元の筋肉がやばいんだけど。

 この子がゲームのヒロインじゃないなんて、神が許しても僕は許さん。

 

「手を煩わせてしまい申し訳ございません」

「真面目だな、それよりここの食べ物はおいしいか?」

「おいしかったです」


 マリアの食べ物に目がない一面を分かったことによって、今日は最高に充実な日となった。

 空はまだ明るいが、屋敷は町から結構距離があるので、早くしないと日暮れまでに帰れないかもしれない。

 

「帰ろうマリア」

「分かりました」


 そう思ってマリアに声を掛けたが、マリアは僕に気を取られて、前にいるおっさんにぶつかった。

 マリアが転ぶことはなかったが、彼女のかわいらしい麦わら帽子は勢いよく空に舞い上がる。


「私の帽子⁉」


 帽子が外されたマリアはなぜかひどく驚いた声をあげる、まるであの帽子は何か大事なもののように。

 だから僕は帽子を拾い上げようとしたが、それは大きく間違えた選択肢である。

 僕が帽子の方へ歩み寄る時、ぶつかれたおっさんらしき怒声が聞こえた。


「なんだぁ……てめえクソ獣人かッ!」


 不穏な空気を感じ取れた僕がマリアの方に振り向くと、不機嫌なおっさんに怯える、顔が真っ青なマリアが見えた。


「も……申し訳……」

「なんだなんだ、魔物もどきが人間様に喧嘩を売るつもりかぁ、はぁ⁈」

「ち……違います」


 おっさんの声に釣られて、周りから野次馬が増え始める。


「どうした……なんだよ獣人か」

「ったく、ご主人様は誰なのか知らねえが奴隷をちゃんと管理しろよ」

「こんなかわいい子が魔物もどきだなんて、厳しい世の中だねぇ」


 野次馬たちの口から発したのは、全部マリアへの批判的な言葉だった。

 マリアのいつもの冷静な顔は完全に崩れ、今にでも泣きそうな目をしている。

 僕はこの状況を理解できず、帽子を抱えたまま立ち止まった。


「忌々しい」

「何しに来たんだ」

「帰ってくれないかな」


 発言は段々とエスカレートし、野次馬たちがマリアを追い詰めているように見える。

 そこでマリアは耐え切れなかった。


「……!」


 彼女は全速で人混みから走り去った。


「待って、マリア!」


 そこでようやく我に返った僕は、慌ててマリアの背中に追いかける。

 でもマリアは獣人だからか、僕は彼女のスピードに全く追いつけなく、彼女は一歩先に屋敷まで戻り、そのまま部屋に引きこもった。

 結局僕は寝るまでマリアに会うことはなかった。

 眠気が耐えられなくなるまで、僕は自責の念をやめられなかった。

 もし僕がマリアに追いつけたら、僕がマリアを庇っていたら。

 もしそもそも町に連れ出していなかったら。

 意識が薄れる中、僕の頬はちょっと濡れた気がした。

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