Battle no.1ギャルゲーの世界に来ちまった
ナタリー・オークスという少女がいた。
彼女は魔法騎士の名家、オークス家の後継者として産まれ落ちた、そうなるはずであった。
そうならなかった理由は、彼女が魔法をろくに扱えないことである。
それだけならよかった、だが魔法を使えないことは、彼女の父親が病気で死んだ後に気付いた。
再婚したくない彼女の母親、オークス家現当主にとって、普通な方法で後継者を作ることは最早不可能。
だから彼女は母親に恨まれ、冷遇されている。
しかもその後、母が偶然孤児院から才能のある子供に出会い彼女を引き取った。それがナタリーの妹でヒロインでもあるアンナ・オークス。その結果ナタリーは完全に要らない物扱いされていた。
一応オークス家の娘なので、虐待などはなかったが。その代わりに母親に会うことがまずほどんとない、そして周りのメイドもプロな人ではなくメイドにさせられた奴隷なので、まともに彼女の世話をするわけもなく、不自由がないとは言え彼女は周りからも愛されていない。
だから彼女の心は幼いながらひどく歪んでいた。
教育する人も、歯止め役もない。そんな彼女は、他人を痛めつけることで生き甲斐を見出すことになった。
そして彼女はそのまま成長し、いわゆる悪役令嬢キャラになって、滑稽な人生を過ごして行く。
そのはずだった。
……
目覚めたら、知らない部屋のベッドにいた。
時間は朝のようで、窓からの柔らかい陽射しが部屋を照らす。
明らかに、この部屋のデサインは現代の部屋とは離れていて、どちらかというと昔のヨーロッパ的なもの。
いや、知らない部屋じゃない、ここは今の僕の自室だ。
あの頭痛のお陰で、僕はすべてを思い出した。
17歳だった僕は交通事故で死に、ナタリー・オークスという少女に転生したらしい。
彼女、いや僕はメイドや弱者をいじめる最低な人だった。
だからあの時のメイドたちは僕を怖がっていた。
でも鞭に打たれたお陰で、僕は前世の記憶を思い出し、今に至る。
僕が人いじめることには理由があるとはいえ、日本の平民としての前世を思い出した以上、もうむやみに人を傷つけたくない。
てかお嬢様みたいに振る舞うのは僕の柄じゃないし。なんか面倒くさいな。
僕はベッドから起きて、隣にある鏡の中を覗く。
視線の高さが普段より低く、ちょっと不思議な感じであった。
「まじかよ……」
鏡の中の自分を見て、僕はため息をつく。
僅か9歳だが、その長い黒髪、エメラルドみたいに綺麗な瞳、顔の美しさは大人に負けていない。
今の僕は、まるでアニメやゲームに出てくるヒロインみたいだ。
「ていうかゲームのキャラじゃないか」
まだ幼い顔ではあるが、その輪郭には見覚えがあった。
僕のナタリー・オークスに対する認識は二つある。今まで歩んだ人生としての認識と、もう一つだ。
ファンタジー恋愛ゲーム『マジカル・バトル』。
獣人もエルフも魔物もいる王道ファンタジーRPGギャルゲー、それが僕が前世で大好きだったゲームである。
別にゲーム異世界転生小説あるあるのような有名や熱狂なファンがいるゲームじゃない、ただの出来が平均より上な同人ゲームであった。
平民の主人公が偶然勇者の証である光の魔力を目覚め、王立魔法騎士学園に入る羽目になって、そこでヒロインたちに出会う王道な話。
それでも僕がこのゲームが好きな理由はシナリオにある。
僕はこのゲームの主人公とヒロインと掛け合いが大好きだ、それこそシナリオを読むだけで白米三杯を食べれるレベルだ。
不器用な主人公がヒロインを守ろうとする、そしてヒロインはそんな主人公を支える、その関係性が大好きだ。
ぶっちゃけ、キャラ全員が僕の推しキャラだ。
好みの話はさておき、このゲームにはサブヒロインがある。彼女は平民の主人公を見下し、いじめようとするが、いつもかませ犬扱いされる。
そして人気はまったくない、作者の趣味としか思えない意味の分からないキャラ。
それがナタリー・オークス。
そのナタリーは記憶を思い出す前の僕にそっくりだ。
確信を得るために僕は窓の外を見る。
天気は晴れだけど、遠く遠くにある一箇所だけ黒い雲が集まっていて、その下には山頂らしきものが微かに見える。
ゲームの風景と同じだ。それは大陸の中央にある巨大の山、マウンテン・オリジン。
どうやら僕は大好きなゲームの世界に転生した。
「もしかして、これってやばいなのか」
マジカル・ラッシュの世界に転生したのは嬉しいが、それ以上に危険が多い。
別に僕は異世界転生小説あるあるの破滅エンドへ行くわけじゃないが、それでも死ぬ可能性は存在する。
この世界にはスライムやゴブリンなどのファンタジー生物が魔物として存在している。設定だとウンテン・オリジンの中いる巨大な魔力に影響されて異変した生物で、今やこの世界の生態系の一員になっている。
もちろんゲームキャラたちはそれらと闘うことになる、それだけでも危険だ。しかもそのトップには原魔という化け物が存在している。一応百年前に勇者という人たちに討伐されたが、お察しの通りゲームでは復活する、彼らを信仰する狂人組織原魔教の手によって。
このまま生きると僕の身に危険がやってくる。
そして何より、大好きな推したちが危ない。
もちろん原魔教や原魔は推したちによって倒されるが、RPG要素があるこのゲームでは主人公にも死ぬ可能性があるし、死亡エンドだってある。
それだけでもやばいのに、このゲームにはさらにやばい要素がある。
死亡エンド以外に、このゲームにはえっちな、雑に説明すると敵によるNTRバッドエンド的な存在がいる。
18禁にならなければなんでもやるという姿勢で、ギリギリを攻めるシチュの数々、誰得としか言えないこのシナリオ、もちろんこのゲームは大炎上。プレイヤーの僕にもショックを与えた。
今はまだこの世界がどうなるかが分からないが、どっちにしろ推したちが危ない。
何があっても、僕は大好きなキャラたちが悲しむ姿を見たくない!
「よし、やることが決めた!」
僕は今年9歳、そして僕がゲームに登場する時の年齢は16歳。
ならば、僕には最低限7年の猶予がある!
「強くなってやろうじゃないか! 推したちを守るために!」
僕は決めた、ウェブ小説のように強くになって、大好きなキャラたちを守ってやる!
大好きなゲームの世界に転生したことを含めて、僕は興奮しながら叫ぶ。
「やってやるせえええ! しゃああああああっ!」
すると、後ろからものが落ちた声が聞こえた。
後ろに振り向くと、そこにはまるで化け物を見たような、顔が真っ青なマリアが立っていた。
「お邪魔しました、私はこれで」
「ちょっと待てええええええ!」
部屋から出ようとするマリアを慌てて止める僕であった。