Battle no.0 VSファイアードラゴン
辺境の平原にて、一人の少女がそこで魔物に立ち向かっている。
その体格からするに年齢はおよそ15歳前後、綺麗な金髪にポニーテール。活発的な見た目だが、その凛々しい顔つきからは高貴さを感じる。
彼女の名はナタリー・オークス、魔法騎士名家オークス家の長女。そして、彼女はその名に恥じぬ戦士である。
魔法騎士とは、魔法と武器の力を合わさって魔物や人間と闘い、国を守る者。この国においては王からも尊敬される職業。
だが、彼女は魔法騎士ではない。
彼女の身には軽装のチェインメイルのみ。武器すら持っていない。
闘いに詳しい者が見たらきっとそう言うのだろう、脆い、あんまりにも脆過ぎる。
武器も、防具もない彼女はどうやって闘うというのだ。
そんな彼女が今闘おうとしている魔物はただの雑魚ではない。
誰からも恐れられる竜の化け物、ファイアードラゴン、または火竜。
だがそんな相手と対面してもなお、少女の顔は自信満々であった。
「がっかりさせるなよ、ファイアードラゴン」
「キュォォォォォン!」
ドラゴンの叫び声が平原中に響く。
ナタリーの数倍以上の身長、巨大な翼、巨木のように太い四本足、長い首。その姿の恐ろしさは、魔物に不慣れな人が一目見ただけで失神するほどだ。
ナタリーはそんな相手と対峙していた。
「……」
「……」
「あれっ?」
ナタリーは訝しんだ。
なぜかと言うと、ドラゴンは彼女を見ているだけで、全く彼女へ仕掛けない。
「ガルル」
ドラゴンは先とは真逆の小さな声で鳴き、そっぽを向く。
そしてやつは森の方で狩ったと考えられるイノシシの魔物を食べ始めた。
「お、おいっ……」
まるで目の前の相手は脅威じゃないとでも言わんばかりの態度。
だがその考えは理解できなくもない。
相手はただの少女、魔法騎士を含む戦士の中では細い方で、強さの欠片も見えない。
なにより、彼女の身から感じる魔力はあまりにも微弱すぎる(・・・・・)。今まで会った敵や獲物の誰よりも弱い。
こんな少女になにができる?
こんなか弱い少女に対し、ドラゴンが無視を選ぶのもおかしくはない。
だけど。
その舐めた態度が、ナタリーのプライドに傷をつけた。
「思い上がんなよトカゲ野郎オオオオオォォ!!」
「!」
ナタリーは全身の筋肉に力を入れ、原始の本能である攻撃的な笑顔を剝き出し、殺気を全開放する。
その瞬間、地面から、空から、全方位からあらゆる動物や魔物が逃げ出す足音、羽ばたく音が聞こえる。
さっきまでは全く想像のできないほどの殺気がドラゴンに届いた。彼は立ち上がり、翼を広げ、牙を剝き出す、一目で分かるほどの戦闘態勢に入った。
「最初からそうしろよ、トカゲ野郎が」
「グォアアアァァ‼」
やっと脅威を理解したドラゴンが、自らナタリーに仕掛けていく。
走ってくる彼の一歩一歩はそれぞれ小さな地震を起こし、もしか弱い人間がその猛爪に直撃されたら一巻の終わりだ。
瞬間、彼女はドラゴンの間会いに入った。爪攻撃がやってくる。
「カァアアア」
ドラゴンからの猛爪一掃。
早い、そして力強い。並みの冒険者ならこの一撃で死んでしまうのだろう。
だけどナタリーは違う。
「しゃあっ!!」
避けた、彼女は爪攻撃が避け切った。鍛え上げられた彼女の体はそのスピードについていけた。
ドラゴンはまた彼女に爪を振り下ろす。一発、ニ発、三発……。だがそれもまた躱される。
彼女は隙を作り出さず、最小限の動作で、ぎりぎりに爪を回避する。そしてその隙にドラゴンの攻撃パターンを読んでいた。
『ゴオオオオ』
すると、ナタリーの頭の上から轟音が聞こえる。彼女の肌から伝わる熱量からするに、そこには火が燃えているのだ。
即ち、
「待ってだよっ、ファイアー・ブレスト!!」
ファイアードラゴンの火炎弾っ!!
それに応じてナタリーは円を描くように高速で両手を振り回す。
『ドドドドドド』
「しゃあっ!廻し受け!」
ドラゴンの火炎弾がナタリーに直撃。火炎弾の着弾範囲の辺りが火の海へと化す。
だが彼女は、火の海の真ん中で無傷のまま立っている。
彼女が使ったのは魔法でもまやかしでもない。廻し受け、それは現代日本の空手にも通じる防御技。両手で円を描くことで空気の流を乱し、極めると炎が通れない真空の壁を作り出せる。だから火炎弾に直撃されても無傷でいられる。
彼女は拳だけで、その致命的な攻撃を無力化した。
ナタリー・オークス、彼女は生まれつき魔力が少なく、基本の魔法すら使えないほどに。
彼女は魔法騎士ではない。
彼女はただのマーシャルアーティスト、武術家である。
そんな彼女に向かってドラゴンは咆哮をあげる、まるで理解ができない目の前の現象に訴えるように。
「グォアアアァァ‼」
「はじめて見ただろ、君の火炎弾を正面で受けても生き残れる生物を」
だがファイアー・ブレストを無力化しただけでこの戦いが終わった訳ではない。
周りが火の海になったことで、動くスペースが狭くなり、ドラゴンの猛爪が更に避けつらくなる。
ドラゴンの攻撃が襲ってくる。
絶体絶命、だけど、
「危機だからこそっ! 前へ出るっ!」
ナタリーはドラゴンへ走った。もちろん正面で爪を食い止めるつもりではない。
先の接戦のお陰でドラゴンの攻撃パターンを読めるようになり、爪を躱す。目指す先はドラゴンの胴体。
「これなら当てれないっ!!」
大型魔物戦の必勝法その一、魔物とできるだけ密着する。
まず、密着になることによって魔物の手足は充分に伸びない、一撃の物理ダメージは大幅に減少される。魔法攻撃も自分を巻き込まないために手加減を強いられる。
そして、
「グォアアアァァ‼」
「焦ってる焦ってる、僕を捉えられないだろ」
大型魔物、特に四足歩行の魔物と近接になると、魔物の視界は自分の体に邪魔され、ただでさえ小さい人間を捉えることが至難の業となる。
「さっきの、お返しだあ! しゃあっ!」
腰が入れた全力のアッパーがドラゴンの腹で炸裂っ。
「なにっ」
ナタリーは驚いた。
アッパーの衝撃が全くドラゴンに響いていない。
当たった感触は岩、いやっ、それ以上の鋼鉄。
まるで巨大なビルを殴ったのように、堅牢のビルはもちろん拳如きで響かないし、反応もしない。
「やっぱり今の僕じゃ無理か」
そのタフさの秘密は、ドラゴンの鱗。
最上級素材の一つであるドラゴンの鱗はエリート魔法騎士たちの鎧や武器の素材として使われている。
国最強の魔法騎士の攻撃魔法でも耐えられると言われる鱗が、拳一つで砕ける訳がない。
これは危険だ。ナタリーが攻撃したせいでドラゴンは彼女の位置を把握した、そして態勢を変えている。
「それならっ!」
ドラゴンに見つかれる前に彼女は胴体の外へダッシュし、ジャンプ、ドラゴンの背中に乗る。
早めに移動したお陰でドラゴンはまだ彼女に気付いていないようだ。
彼女は腕を挙げる。だがその末端にあるのは拳じゃない、貫手だ。
「貫手!」
鱗に当たった瞬間、鋭い音と火花が散った。砕けてはいないがパンチよりは好感触。
「しゃあっ! 貫手・連打!」
一発、十発、三十発……高速の連撃を食らった鱗から、段々と亀裂が見えてきた。
「キュォォォン!」
「やっと気付いたのかトカゲ野郎!」
ナタリーが背中にいることが気付いたドラゴンは威嚇するが、今となってはもう遅い。
四足歩行のせいで手足は彼女に届かない、首も真後ろまでには回らない、さっきみたいの攻撃手段は一つもない。
こうなったら、ドラゴンに残る手段は振り落とすのみ。
彼女が正面より硬い背中の鱗を狙った原因がそれだ。
『ゴンゴンゴンゴンゴン』
全力で走り回るドラゴン、加速したり急停止したりナタリーを振り落とすために手を尽くしている。
だけど彼女は連撃を止めることはない。
「僕のバランス感覚をなめてんじゃねえ!」
ナタリーはこの世で一番凶暴な牛だと言われるデーモン・タウロスに乗って、暴れ回っている状態でもマウンティングを維持する訓練を受けてきた。だから今の状況はどうということはないっ。
だがドラゴンの方も一筋縄ではない、彼は翼を広げ、このまま空に飛ぶつもりだ。
「それ(飛行)はダメだろっ! 手刀!」
飛ぶことを邪魔するために、ナタリーは手刀で右の翼の根元を真っ二つにする。
鱗は厳しいが、柔らかい翼の破壊なら彼女にとって安い御用である。
「アガガガガガッ!」
「待ってろよ今トドメ刺してやっから」
ドラゴンの悲鳴を無視し、彼女は鱗をひたすらに叩く。
小さな亀裂は大きな亀裂になり、大さな亀裂は穴になって、
「おっしゃあっ‼」
鱗が砕けた。
「アガガガガガッ!」
鱗を砕き、肉を掘り、その先は、
「見つけたっ!」
真珠のように真っ白な背骨だ。
例えファンタジー生物であるドラゴンでも、あるべき身体部位はそこに存在する、背骨も同じ。
そして背骨が破壊されたら、生物である以上それは死に至らしめる。
「これでっ、終わりだあああああ!」
最後の貫手を繰り出そうとした瞬間、ドラゴンの全身が輝いた。
「えっ」
そして高熱と共にドラゴンは爆発した。
本能が危険だと察したナタリーはその前に全速で逃げた。
あのまま攻撃していたら今は死体すら残らないのだろう。
ドラゴンが居た場所は爆発の煙に包まれている。
「自爆? まさかぁ」
ドラゴンが自滅したように見えるが、ナタリーには感じられる。煙の中から溢れ出る凄まじい殺気を。
ドラゴンはまだ生きている、しかもただ生きているだけではない。
煙が散り、そして中から剝き出す彼の姿。
「なっなんだあっ」
ドラゴンが立っている。両足だけで、大地に立つ。
残された片方の翼は小さく、首は先より短くなったが、やつの体は明らかに「筋肉」という鎧に覆われている。
これは最早、ドラゴンというより人型の魔物という感覚だ。
「これが、真の戦闘態勢ってことか」
ナタリーはその姿には見覚えがある。
古い魔物図鑑の中にしか記載されていない、ドラゴン・ロード、即ち龍王。
その腕力は城壁を壊し、その炎は鋼鉄を溶かす、城一個を滅ぼせる超危険魔物。国の魔法騎士が総出するレベルの案件。
まさかあの化け物がこんな辺境にいるとは。
彼女は震えて,そして、
「最っ高じゃないかっ!!!!!!!!!!!」
ナタリーの体からアドレナリンが急激に分泌され、全身の血が昂る。
今までに会ったことがない強敵、計り知れない強さ。
彼女は興奮している。
「ガアアアアアアアアアアアアアア」
その咆哮は、音波だけで町をぶっ壊せそうな迫力がある。
その次元が違うレベルの凄さ。
その感動するぐらいの圧倒的パワー。
ナタリーは決意した。
「ドラゴン・ロード、僕は君の本気を」
彼女は今まで隠していたものを使う。
「今持つ全ての技術で報いる」
「グォアアアァァ‼」
使うのだ。
彼女の真価である、あの流派の技を。
我流、桜陰流の超絶技巧を。
緊張した空気が辺り一帯を包み込む。
なぜ彼女が今ここでドラゴンと闘っているのか、それは過去に遡る。