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初めてのプレ保育

 隣にいる二歳のたんたんがお澄まし顔でちょこんと座っている。家ではギャンギャン泣く子なのに珍しい。ひとまずぐずることなく落ち着いていることにホッとする。

 久しぶりに朝からバッチリメイクをした。たんたんと二人、買ったばかりの小綺麗な洋服を着て、今日は近所にある素敵な幼稚園のプレ保育に来ている。

 カトリック系の幼稚園で、制服も可愛くて、モンテッソーリで……と言っても、正直それがどんな教育手法なのかよく知らないのだけど、なんだかおしゃれで賢そうな響きじゃないか。

 ひよママは少し緊張した面持ちでキョロキョロと周りを見た。

 やっぱりお母さん達もみんなおしゃれできちんとしている。ブランドに疎い自分でもわかるような有名ブランドのバッグがちらほらと目に入る。そういえば、幼稚園の駐輪場も高価な電動自転車ばかりがズラリと並んでいたっけ。

「本日は来てくれて、ありがと、ございまーす。私は◎△$♪×¥●&%#?!です。スペインから、来ました。シスターです。日本に来て五年になります」

 ニコニコしながら少し変な日本語で修道服を着たスペイン人のおばさん先生が挨拶した。シスターの陽気な雰囲気にひよママの緊張も少し解ける。でも申し訳ないが名前はまったく聞き取れなかった。スペイン人の名前ってこんなにも難しいのだろうか。

 隣に座っている見知らぬお母さんが小声で

「お名前、なんておっしゃったのかしら? ジュホジョボジェへ……???」

 と、首をかしげて私を見たが、わからないので答えようがない。

「さあ……?」

 と声に出さずにひよママも同じように頭をかしげるしかなかった。

 他のお母さん達はわかっているのかもしれない。というのも、この幼稚園のプレ保育は、二歳の誕生日を過ぎれば参加できる。満三歳児保育という、年少より前に入園できるシステムがあるからだ。初参加なのはひよママと先ほどシスターの名前を聞いてきた隣にいるお母さんくらいかもしれない。

 今は二月末、四月入園予定の子が多く参加しているようだった。たぶん二歳の子は少ない。

 スペイン人のシスター以外に日本人の若い女の先生もいて

「みな先生と呼んでください。普段は年少さんのクラスを担当しています」

 と挨拶をしていた。


 今日のプレ保育では、赤と青の折り紙で雛人形を作る。ひなまつりが近いからだ。

 折り紙やペン、のりなどの材料がみんなに行き渡る。みな先生の指示を聞きながら、たんたんと一緒にまずは赤い折り紙でおひなさまを作ることになった。

 たんたんが、真剣な顔で折り紙を折る。が、思いっきり折りがズレている。

「ちゃんと端っこと端っこを合わせて折らないと」

 たんたんが折ったおひなさまを一度元に戻して、折り直す。

「ほら、これで綺麗になったでしょ」

「うん」

 たんたんが、こくんと頷いた。

 次はおだいりさまに挑戦する。が、やっぱり折りがズレている。

 ひよママは、さっきと同じように、折り紙をもう一度開いて、綺麗に折り直した。

 今度は顔をペンで書いていく。たんたんはまだ上手には描けない。

「おめめと口、一緒に描こうか」

 たんたんを膝の上に抱っこして、ペンを握りしめる小さな手を持って「おめめ、この辺ね」と描いていく。

「ちょっと可愛くしようか?」

 そう言って、ひよママは最後にピンクのペンでほっぺたを付け足した。完璧だ。我ながらよくできた。できた折り紙のおひなさまとおだいりさまを台紙に貼って完成となる。

 様子を見ていたスペイン人のシスター先生が私たちの席に回ってきた。

「あら、上手にできましたね〜。とってもすってきでーす」

 ひよママは誇らしくなって、たんたんの顔を見た。でもたんたんはどういうわけか不満げに口をへの字にしていた。

「ママ、見て見て、できた!」

 斜め前に座っていた男の子が、できたものをお母さんに自慢げに見せている。

 ひよママはハッとした。

 男の子が作った折り紙の雛人形は、へたくそ極まりない。折り目はめちゃくちゃだし、顔のバランスも悪い。台紙に真っ直ぐ貼れていないし、のりでベタベタだ。でも、それは子供自身が作った、とても子供らしいものだった。

 周りを見回すと、他の子も同じだった。実に表情豊かで個性的なおひなさまとおだいりさまである。それをスペイン人シスターとみな先生が褒めて回っている。

「このおだりさま、すっごく強そうな顔でーす。あら、この子の、このおひなさま、お口がハート、かわいいですね〜」

 ひよママは急に自分が恥ずかしくなった。たんたんの手元にあるのは、まるで大人が作った見本のような折り紙の雛人形だ。

 それもそのはず、たんたんがせっかく折ったものを、ひよママが折り直してしまった。顔だって、どうせ上手に描けないからと、たんたんに描かせるふりをして、自分が描いた。

 不満げなたんたんとは対照的に、周りの子はとても満足げだ。そこには自分で作ったという達成感があるようだった。

 なんということをしてしまったんだろう。へたくそでもいい、たんたんを信じてやらせてあげるべきだった……。落ち込むひよママを見てたんたんが「ママ、よくできたね。よしよし」と頭を撫でてくれた。

 かぁーと顔が赤くなった。穴があったら入りたい。さっき、たんたんに向けられたと思ったシスターの褒め言葉も、もしかしたら自分に向けられたものだったのかもしれない。

 道具を片付け、おかえりの準備をして、最後に幼児向けの讃美歌を歌った。

「イエスさーま、イエスさーま、わたくしたちを〜あなたの良い子にしてくださ〜い♪ はい、では今日はありがと、ございました。また来て、くださいね〜」

「さよなら〜、バイバイ」

 スペイン人のシスターと子供達の元気な声に見送られ、プレ保育は解散した。


 家に帰ると、すぐにかばんから台紙に貼られた折り紙の雛人形を取り出す。夫にこれは見せたくない。破って捨ててしまおうかとも思ったが、気を取り直して、リビングの一番目立つ場所にそれを飾った。

 これは戒め、教訓だ! 今日はたんたんのおかげで、親として一つ学んだ。子供の感動を親が奪うような真似をしてはいけないのだ。おもちゃ箱から折り紙を引っ張り出す。

「たんたん、幼稚園で習ったおひなさま、おうちでも作ってみようか?」

「うん!」

 たんたんは、たんたんらしいおひなさまとおだいりさまを、満足いくまで沢山作った。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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