第8話:初めてのメイク
彼女は私の腕を掴みソファーに座らせた。そして両手にたっぷりと化粧水をつけると私の両頬をはたいた。
ビタンッ!
「・・ぅぎゃあっ!!」
「・・あっ、ごめ~んっ!強くはたきすぎちゃった~!」
可憐さんは「アハッ☆」と片手で頭を叩く真似をしながら謝った。
・・可愛いけど・・可愛いけど・・。
お相撲さんの張り手並みの威力がありましたよ?可憐さん。
彼女は次に優しく私の頬に乳液をつけ、その後スポンジでファンデーションを塗りこんだ。
まっすぐな視線が自分に注がれているのを感じ、私はまたドキドキしてきて視線を右に左に泳がせた。
次に彼女は片手で私の顎を持ち、クイッと上に持ち上げた。
(・・うわわわわっ★$&%!?)
ムリヤリ顔を正面につき合わせられる。
柔らかな息が顔にかかり・・私の心臓はまたしても大暴走を始めた。
体中の血流が、顔一点に集中する。
(・・何の拷問よ?これは・・。)
ギュッと目を瞑り泣きたい気持ちを懸命にこらえながら耐えた。
私のこの惨状を知ってか知らずか・・可憐さんは黙々とメイクを完成させていった。
睫毛をビューラー(?)で持ち上げ、アイ・・なんとかをつけ、アイ・・なんとかを引き、アイ・・なんとかをはたいて、仕上げに口紅(?)らしきものを塗った。
「・・完成~♪」
彼女はご機嫌な顔で私に手鏡を見せた。
「~~~~~~!?」
思わず手鏡を可憐さんから奪い取った!
(・・誰!?これは・・?)
鏡の中には今まで見た事のない女性が映っていた。
何て言えばいいんだろう。テレビや雑誌で見るようなキャリアウーマン風お姉さんと言うか・・トレンチコートを着てハイヒールをコツコツ鳴らしてビジネス街を闊歩してそうな感じの。
要するに、メイクをすれば年相応の顔になると言う所だろうか。・・かなり膨らんでるけど。
いつものヨロッとした自分はどこへ・・!?
あまりの衝撃に、私は口をポカーンと開け鏡を凝視していた。
「・・もしかして美月さん、メイク初めてなの?」
可憐さんは、その事実にこそショックを受けたような顔をしていた。
それを見て私は再び顔を赤らめた。
(30歳で化粧デビュー・・。い、痛すぎる。アイタタタッ・・)
可憐さんは私を見てしばらく「ウ~ン」と考え込んでいたが、
「・・美月さん、明日はどんな服を着てくつもりなの?」と聞いてきた。
私は渚さんが用意してくれたパンツスーツ一式とパンプスを見せた。
「ちょっと着てみたら?見てあげる。」
彼女がそう言うので、私は寝室に行きそれを着用してみた。
鏡を見て・・私は愕然とした!
(・・アンタ誰?)
鏡の中には完全に「別人」と化した自分が立っていた。
(本当に誰?この人。)
本来私を形容する言葉は「ヨロヨロ」か「ボロボロ」だった。
なのに・・今、鏡の中にいる女性は「ビシ!」とか「シャキッ!」っという音が背後から聞こえてきそうだ。
(・・すごく仕事ができそう!)
私は鏡にかじり付き、困惑・・と言うか驚愕していた。
その時、コンコンコンとノックの音が聞こえた。
「・・入っていい?」
可憐さんの声が聞こえた。
「・・どうぞ。」
答えるまもなく彼女が部屋に入ってきた。
「・・ぅわあ!!」
さすがの可憐さんもびっくり顔だ。・・そりゃそうだ、驚くよこれは。
可憐さんは目を丸くしたまま私の隣にやって来た。
(・・うっわ!こ、こないで・・!)
私が死んでもしたくなかった事・・それはあなたと並んで鏡に映る事。
(・・ぃっ・・いやああああぁぁ~~~!!)
私の心の叫びに気付かない可憐さんは、親しげに私の隣で肩を並べ鏡を見た。
(~~~~~~!!)
案の定・・一人で鏡に映っていた時はスタイリッシュに見えていた自分が、一瞬で「膨れたおばさん」に早代わりだ。
身長がほぼ一緒だから体型の違いがより際立つ。
もう・・顔の大きさも腰の位置も全体的な肉付きも・・全てにおいて異次元の人間だった!
いったい何キロ違うんだろう。10キロ・・いや、もしかしたら20キロくらい違うかもしれない。
中年にさしかかっている上に引きこもりで、運動らしきものを一切していない私は少々メタボ気味だった。
ああ・・今までの生活が悔やまれる。今更だけど・・。
私はこの視覚的拷問を呪った。
全く・・自覚がないから性質が悪い。
・・そんな私の気持ちを知ってか知らずか、彼女は腕組みして「う~ん」と呟いた。
(・・う~ん?)
私は一人ごちた。
(・・『う~ん』なんだろう・・? う~ん似合わない? う~ん丸い? う~ん・・おばさんっ!?)
気張る私の気持ちに反し、彼女は拍子抜けするような事を言った。
「すっごく似合ってるよ!」
(・・なっ、なんだ。)少しホッとした。
「でも、すっごい『キャリアウーマン』って感じ。」
彼女はそう言い苦笑した。
(・・確かに。それ私も思った・・。)
思わず心の中で同意した。
「美月さん初めての仕事なんでしょ?バイトとかも経験ないって聞いたよ?
・・その格好で仕事に行ったら色々と誤解を生みそう・・。」
た、確かに。・・こんな格好で行ったら渚さんばりの「出来る女」と勘違いされそうだ。
・・それはヤバイ。
蓋を開けたらいい年こいて何も知らない女。イ・・痛すぎる!
「もしよければ私が服をコーディネイトしようか?」
「・・えっ!?」
彼女の提案に私は目を輝かせた!
・・ものすごく助かる!・・そもそも「付き人」って微妙な仕事で、どんな服装で出勤するのか見当も付かなかったのだ。
可憐さんと私はリビングに戻り渚さんが持ってきてくれたダンボールの中身をあさった。
「・・これとこれとこれなんかどう?」
彼女の選んだ服は適度にヨロッとしていておしゃれじゃなくて・・今の自分にピッタリ合っている気がした。
「メイクは止めた方がいいかも。・・美月さんお肌綺麗だし。」
お肌は全く綺麗ではないが(・・って言うかあなたが言うのはイヤミにしかならないですから!)・・私はこの際、全て彼女にお任せしようと頷いた。
「メイクをとってくれば?これクレンジングだから。」
彼女はそう言って高級そうなコールドクリームを差し出した。
私は洗面所へ行きメイクを落としてきれいに洗顔した。
お風呂は先程仮眠をとる前入っていたので、トイレに行きそのままリビングに戻った。
リビングでは可憐さんが薬のような物を飲んでいた。
彼女は私に気付くとその袋をバッグにしまった。
「・・さっ、明日は朝早いから、もう寝ましょう?」
彼女はそう言うと寝室に入っていった。
私は不思議に思いおずおずと尋ねた。
「あ・・の私はどこで寝れば・・。」
「えっ?寝室のベッドだよ?・・私と一緒に寝るの。」
彼女は当たり前のように言った、
「・・ぃっ、一緒ぉ~~~!?」
思わず大声で叫んだ。
「そりゃそうよ、だって他にお布団ないもん。私のベッド、クイーンサイズで余裕で二人寝れるし♪」。
「・・ぃや、私はソファーで十分ですから・・。」
私は間髪いれずお断りした。
「何言ってんの?お客さんをソファーで寝せるなんてありえないから。」
可憐さんは少しキレ気味に私の腕を掴んだ。・・そしてそのまま強引に、私を寝室へ引っ張っていった!
「・・*$%#★¥&☆~~~!?」
私は後ろ向きに小走りになり・・転びそうになりながらベッドのところに連れて行かれた。
「・・さっ、明日から忙しくなるんだからしっかり休まなきゃ・・。」
彼女はそう言い私をベッドに座らせると、踵を返して部屋の電気を消しにいった。
ーーパチンーー
寝室は再び闇に包まれた。
その時カチャリと鍵がかかるような音がしたが・・私は全く気付かなかった。