第7話:渚さんの手紙
私はリビングでダンボールをあさっていた。
ダンボールの中には新品の衣類や下着類が入っていた。
・・これらのダンボールは私が先程寝てる間に渚さんが置いていった物らしかった。
箱の上の方に入っている服や靴の包装紙には、渚さんの字で「明日これを着てくるように。」と書かれた付箋紙が貼られていた。
(・・相変わらずそつのない人だな。)
思わず苦笑した。
二つ目のダンボールにはオレンジ色の紙とリボンで包装された直方体の箱が入っていた。
それを開けてみると、中には薄桃色の携帯電話と説明書が入っていた。
箱の外には一通の封筒が貼り付けてあった。私は封筒の中から手紙を取り出して読んでみた。
”☆ハッピーバースデー美月☆
いよいよあなたも三十路デビューね。
大分時間がかかったけど、あなたにこういうプレゼントを贈れて本当に嬉しいです。
この携帯を使って、明日からバリバリ働いてもらうわよ~!
覚悟してね♪
追伸
さすがに無一文じゃキツイと思うので、二万円だけ同封しておきます。
次のお給料まで、これで凌ぐ事!
あんまり渡すとあなたのためにならないから、これで我慢するように!
・・可憐の事、くれぐれもよろしくネ!
渚
封筒を良く見ると、確かに二枚の一万円札が入っていた。
私はそれを見て再び笑った。
(渚さん・・あなたこれじゃあ、まんまお母さんですから・・。)
意識してやってるのか無意識なのか分からないけど、本当にあの人はもう・・。
私は胸の中がじんわり暖かくなり、思わず手紙を抱きしめた。
(・・それにくらべてあの親父は・・!)
フツフツと怒りが込み上げて来た。
(他人の可憐さんや渚さんでさえ、こうして誕生日を祝ってくれているというのに、実の娘への誕生日プレゼントが”絶縁状一枚”ってどういう事よ!?)
しかも・・! 真冬の寒空の下スウェット一枚で家から放り出しやがった!!
・・しまいには、全て他人に任せて完全放置・・。
(・・最悪だ。あの親父・・。)
私はぐったりとうなだれた。
・・昔からあの人はこうだった。
仕事が一番で家庭は後回し・・。
子供の頃の記憶は母とのものばかりだった。
母が亡くなってからは一人の記憶しかない。
そりゃそうだ。父は忙しくて家に帰らず、私は部屋に鍵をかけて引きこもり・・。
接点があるわけがなかった。
(久しぶりに干渉してきたかと思ったらこれかよ・・。)
私は思わず苦笑した。
「・・何さっきから百面相してるの?」
・・気が付くと、後ろには・・お風呂から上がったばかりの可憐さんが立っていた。
濡れた髪をタオルで拭きながら・・いつもより数倍甘い香りを撒き散らしている。
その色っぽさは鼻血が出そうなほど凄まじかった・・!
・・でも?
私は(あれっ?)と思った。
メイクをとったスッピンの彼女は、いつもの様にとてつもない美女だった・・が・・何ていうか、その・・。
「メイクをとると私って別人みたいでしょ?」
「・・えっ!?」
・・私はドキリとした。
また心読まれちゃってるし・・。可憐さん、あなたはエスパーですか?
・・そんな心のつぶやきを知ってか知らずか・・彼女は色っぽい顔で「ふふっ」と笑った。
「仕事の時のメイクは相当癖をつけているんだ。・・特にアイライナーかな?
あまりにも変わるから、私がスッピンで外出しても誰も気付かないんだよね。」
確かに物凄い変わりようだった。
今の彼女を見ても、誰も大沢可憐だとは気付かないだろう。
メイクをしてる時の彼女は『女の子~~!』って感じだった。
大きな黒目がちの瞳にバッサバサの長い睫毛。柔らかそうな唇にほんのり桃色の頬・・。
ゆるく巻いた髪の毛の相乗効果もあって・・もう、ふわっふわのうるうるの『乙女』って感じ!
・・でもそれらの要素を全てとった彼女は、何ていうか・・そのぉ・・
「・・どうかした?」
可憐さんが不思議そうな顔で私を見ていた。
私はドキリとして、大きく首を横に振った。
・・何だかまたしても心臓がバクバクしてきて思わずうつむいた・・。
彼女は「う~ん。」と言い「そうだ!」と突然手を叩くと、洗面所に行き箱らしきものを持ってきた。
「美月さん、メイクしてあげる!!」
「・・はいっ!?」
・・素っ頓狂な声をあげると、彼女は「まかせて?」とウィンクし、有無を言わさず私の顔に化粧水を塗り始めた。