第6話:蝋燭とケーキ
・・カチャカチャカチャ・・
遠くでガラスのこすれる様な音がして目が覚めた。
ぼんやりしながら目を開けると、そこは一面・・闇の中だった。
しばらくポーッと宙を眺めていたが、暗闇に目が慣れてくると・・部屋の中の様子が見えてきた。
部屋の広さは12畳くらいだろうか。壁には大型のクローゼットが埋め込まれていた。
そこは、余分なものが何一つない部屋だった。あるのは今自分が寝ているかなり広いベッドと、時計の置かれたサイドテーブル位だった。
時計を見ると19時20分だった。
私は目を瞑り、今の状況を整理してみた。
そしてあまりの情けなさに・・思わず「はぁっ。」とため息をついた。
(・・さっきの私ときたら・・。)
自分の醜態が生々しく甦ってくる。
つい先刻・・私は可憐さんを前に無様に取り乱し、終いにはパニックを起こした。
それを見た彼女は、冷静に私をなだめてくれた。
まるで母親が赤子をあやすように・・。
「・・私のほうが八つも年上なのに・・。」
・・そうなのだ
先ほど私をあやしていた女性は・・まだ二十歳そこそこのお嬢さんで、あやされていた自分はもう立派な大人・・というか、立派な『おばさん』なのだった!
いくら彼女が若い頃から芸能界という戦場でもまれて来たとは言え、私はあまりにも情けなさ過ぎた。
・・おそらく彼女はこんな大きな「子供」を見て・・内心かなり苦笑していたに違いない。
「・・あぁ。このまま二度と目覚めなきゃ良かったのに・・。」
明日から仕事をすれば、今日とは比較にならない程の恥をかき続けることになるのだろう。今まで散々サボってきたツケを、一気に払わされる事になるのだ。
あまりの恐怖に・・私は背筋が寒くなるのを感じた。
恥の歴史はどこまで更新され続けるのか・・?
その時だった。
コンコンコン
ドアからノックの音がした。
「・・美月さん、起きてる?」
扉の外から可憐さんの声が聞こえてきた。
私は思わず布団から飛び起き「・・はっ、はいっ!」と返事をした。
「・・ご飯ができたから一緒に食べない?」
・・そう言えば、今日は昼にカップラーメンを食べて以来何も口にしていない。(しかも食べかけ)
私はお腹がクーッとなるのを感じた。
「ぃっ、ぃただきますっ・・!」
急いでベッドから起き上がり部屋を出た。
寝室から出ると、あたり一面に洋食系の美味しそうな匂いが漂っていた。
私はキッチンのダイニングテーブルの上を見て驚いた!
(う・・わっ!! すっ・・ご!!)
テーブルの上には見事なイタリアンのフルコースがのっていた。
メインの牛肉の煮込みはとろっとろに煮込まれ・・色鮮やかな野菜ののった魚のグリルにはたっぷりのオリーブオイルがかけられている。
チーズか何かのクリーム系のパスタは手打ちらしく平麺で、海老や魚貝ののったサラダもあった。
「あははっ。久しぶりのお客さんで嬉しくてはりきっちゃった~♪」
そう言いながら、彼女はワイングラスに赤ワインを注いだ。
私は席に着き、さっそくメインの牛肉の煮込みを一口頬張った。
「・・おっ・・おいしいぃ・・!」
・・あまりの美味しさに全身までとろけそうだ。他の物も食べてみたがどれもこれも物凄く美味しい!
彼女の料理の腕は間違いなくプロ級だった。・・この人には、出来ない事がないのだろうか?
私は食べている内にだんだん不安になって来た。・・実は明日からは私が彼女の料理を作ることになっているのだ!
渚さんからは、彼女の「付き人兼家政婦」をするように頼まれていた。
まさか彼女がこんなにも舌の肥えている人だなんて思っても見なかった。
それに渚さんから彼女の美容のために、一日に摂らなければならない食品の種類や摂取量まで書かれたノートを渡されていた。
料理は15年も家にいたからそこそこ作れるが、栄養バランスを考え・・なおかつ彼女の舌を満足させるような料理を作るなど、今の自分には到底出来ない気がした。
そんな事を考え青くなっていると・・可憐さんがプッと笑った。
「・・大丈夫よ?私は仕事で忙しくて家でほとんど食事をとらないから。
・・食べるとしたら朝くらいかな?それに料理は趣味だからオフの日は自分で作るし。」
可憐さんは、更にぶぶっ・・と吹き出しながら続けた。
「・・それに部屋の掃除は定期的に家政婦さんを頼んでるし・・洗濯物はほとんどクリーニングに出すし・・下着類はさすがに自分で洗うし・・家の事はそんなに心配しなくていいから。」
・・そして終いには肩を揺らし、アッハッハッと大声で笑い始めた!
私はぎょっとした。
「・・どうかしましたか?」
彼女はなかなか笑い止まず、「ちょっと待って。」と右手で私を制したまま笑い続けた。
・・しばらくして笑い止んだが、まだかすかに震えながら言った。
「・・だって美月さん分かりやす過ぎ・・!」
「・・えっ?」
思わず頬に手をあてた。
「さっきから思ってる事、全部顔に出てるし。」
私はまたしても顔が茹でだこの様に赤くなるのを感じた!!
それを見て・・可憐さんはふふっと笑い「ちょっと待っててね。」と言って席を立った。
そして冷蔵庫を開け、中から何かを取り出した。
私は彼女が持っている物を見て(あっ!)と思った。
それは、ホールのケーキだった。
生クリームに色々なフルーツがデコレーションされた大きなケーキ・・。
彼女はそれに蝋燭を三本立てるとライターで火をつけテーブルの中央にのせた。そして室内のライトを消した。
薄暗い部屋の中央には、蝋燭の光でキラキラと輝く純白のケーキがあった。
私はそれを不思議な気持ちで眺めていた・・。
この光景を見るのはいつ以来だろう。
私が生まれた日をこうして祝ってくれた人が一人だけいた。
小さな頃から社交的じゃなかった私は・・友達もほとんどいなくて、誕生日も友達と祝ったことなんて一度もなかった。
でも、ひとりだけ。
私が生まれた日をきちんと覚えていて、必ずこうして丸いケーキを買ってきてくれた人がいた。
父は忙しくていつも家にいなかったけれど・・彼女だけは、こうして毎年私の生誕を祝ってくれた。
私が12の時にかえらぬ人となってしまったけれども・・。
私がぼんやりとそんな事を考えていると、可憐さんがテーブルの向こうから私の頬を突付いて来た。
彼女の大きな瞳は、オレンジ色の蝋燭の炎が映りキラキラと輝いていた。
彼女はにっこりと微笑みながら言った。
「ハッピーバースデー美月さん!・・これからよろしくネ♪」