第4話:可憐さんの恋人
彼女の部屋は天井が高く広々としていてとても開放感があった。
光が差し込むリビングには、上等な家具や家電製品がセンス良く置かれていた。
部屋の中央には大きな革張りのソファーがあり、そこに一人の男性が座っていた。
「ああ馨、来てたのね。」
渚さんが声をかけるとその男性はペコリと会釈した。
「美月、紹介するわね。彼は黒川馨・・うちの事務所のタレントよ。主にモデルの仕事をしてるの。」
・・わたしはまたしても顎がはずれそうになった!
リビングの中央に佇んでいるその男性の身長は185cm位。広い肩にすらりと伸びた手足を持ち、顔はとても小さかった。
筋肉の付き方がアジア人っぽくなくて・・まるで西洋人みたいだ。
すっきりと高い鼻に涼しげな目元・・形の良い唇。瞳の色は少しグレーがかっていて、国籍のはっきりしない・・とても不思議な顔立ちだ。
毛穴一つなさそうな肌は薄い褐色で、少しだけ長めの黒髪は絹糸のようにさらさらとしている。
何というか・・神秘的な魅力・・
(ぅっわ。かっこいぃ!)
大沢可憐と並んだその姿は、まるで一対の彫像のようだ。
私は己の美意識のハードルがぐんぐん上昇していくのを感じた。こんな世界にいたら美の感覚が麻痺してしまうに違いない。
何にせよ鏡は二度と見たくないと思った。・・落ち込んで二度と浮上できなくなりそうだ。
そう考えているうちに(あれっ?)と思った。
いくら同じ事務所だからって、男女がこうして同じマンションの一室にいるって事は、もしかして・・。
「可憐と馨はつきあってるのよ。周囲には内緒だけどね。」
私の気持ちを読んだかのように渚さんが答えた。
(・・やっぱり!)
私は心の中で納得した。なんかもう・・夫婦のようだからすぐに分かった。
まるでつがいの鳥のようにしっくりくるもの・・この二人。
「馨はこのマンションの10階に住んでいるのよ。しょっちゅう遊びに来ると思うからよろしくね。」
渚さんが念を押した。
それにしてもすごい。
つい一時間前まで自宅の部屋の中に引きこもってたのに・・今は国民的女優のトップシークレットを握っている。
あまりの急展開に高鳴る鼓動をおさえていると黒川馨が私の目の前にやってきた。
「・・よろしくお願いします美月さん、黒川です。」
そう言いながら右手を差し出して来た。
「・・ょ、ょ・・ょろしくぉ願いします・・。」
さっそくどもり、お得意の挙動不審な態度をとりながら右手を差し出した・・その時。
・・ギリッ・・ギリギリッ!!
「・・・ーーーーーーーっ!?」
握り返された右手にちぎれる様な痛みを感じた。
驚いて彼の目を見るとにこやかに微笑んでいる。
・・でも・・でも・・
・・目が、目が・・全く笑っていない!!
威圧するような瞳は氷のように冷酷で・・私は思わず手を振り払った。
「・・どうかしたんですか?」
彼は何事もなかったかのように問いかけた。その瞳に先ほどの冷たい光は宿っていなかった。
私は足の先から震えが来るのを感じながら、渚さんを見た。
彼女はソファに座りながら可憐さんとおしゃべりしていて、今のこの事態には全く気付いていないよううだった。
「・・どうかしたんですか?」
彼は更にワントーン低い声で繰り返した。
「・・・。」
心臓がドクドクと早鐘を打ち喉がカラカラに渇いてきた。
・・何か言おうとするが口から言葉が出てこない・・。
思わず・・一歩、二歩と後ずさりした。
(・・何かがおかしい。)
私は違和感を感じていた。
つい一時間前まで引きこもっていた。・・よりによって15年間だっ!
それなのに・・そんな人間を、いくら社長の娘だからと言って社内1のトップ女優の付き人にするだろうか?
何もかもお膳立てされたような展開に、脳内から警報が出されている。
(絶対に・・おかしい・・。)
目の前にいる青年の態度が、流されかけていた自分にブレーキをかける。
(・・何か裏がある?)
その時だった。
「馨っ!あなたこれから撮影でしょ?」
ハッとして振り返ると、すぐ後ろに渚さんが立っていた。
可憐さんも不思議そうな顔でこちらを見ている。
「事務所で書いてもらいたい書類もあるから一緒に来てちょうだい。さあ行くわよ!」
渚さんはそう言うと黒川馨の腕を強引に掴み玄関に連れていった。
「じゃあ可憐、せっかくのオフに悪いんだけど美月の事よろしくね。明日は七時に迎えに来るから早めに休んでね。」
そういい残すと、二人は部屋を後にした。
リビングには私と可憐さんだけが残された。
私の脳裏には、部屋から出て行く黒川馨の・・不安げな表情がこびりついていた。