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第31話:見えない糸




 可憐さんのマンションに住み始めてから三週間がたったー。


 つい一週間前まで脂がのってパンパンの私だったが、他のマネージャー達のおかげで、わずか一週間で最初の体型に戻っていた。


「美月さん・・痩せた?」


 今朝一緒に朝食を食べている時に可憐さんが聞いてきた。


「・・そ・・そうかな? ・・美味しいものをいっぱい食べて、いっぱい動いて・・健康的な生活を送っているからかな?」


 私はやましい気持ちを悟られないよう、可憐さんから目をそらして答えた。


 痩せた理由は簡単だった。 ・・一日にとっているカロリーが、以前の半分になったからだー。


 二個の巨大タッパーのうち、一つは千葉さんか千花ちゃん・・時々渚さんが平らげていたー。 


 そのあまりの美味しさにみんな大絶賛だー。 私達が集まった時の最近の話題といえば・・専ら可憐さんのお弁当ネタだったー。



「・・そう。」


 何かツッコまるかとドキドキしていたが・・可憐さんはそれ以上何も言わなかった。 そしていつものようにピクニックに行くような大量のお弁当を私によこしてくれた。



 ・・最近の私は本当に体の調子が良かったー。


 可憐さんが作ってくれた栄養満点のお弁当を毎日食べ・・彼女の身の回りの世話をするために、スタジオの中をくるくると駆け回り・・あんなに苦痛に感じていた他人との接触も苦じゃなくなってきていたー。


 仕事にも慣れはじめて・・少し楽になってきた今日この頃だったー。



 でもだからといって、ここにずっと居座り続けるつもりもなかった。


 今日は待ちに待った給料日。 「逃亡資金」を手に入れたら、すぐにも逃げ出そうと思っていた。


 薄給だろうが、この際いくらでもかまわない。 当面生活する資金さえあればいいのだー。


 ・・もともと身一つで出てきた私だ。 準備するものは何もない。 お給料を受け取ったらそのままスタジオを出て、雑踏にまぎれてしまうつもりだったー。



 可憐さんは忙しい・・。 彼女の撮影中に逃げてしまえばいいのだ。


 他の社員には迷惑がかかるだろうが、付き人一人いなくなったところで、仕事には何の支障もないだろう。


 ・・逃げた後で、渚さんに電話の一本でもいれておけば、何の問題もないはず・・。


 後はネットカフェにでも泊まりながら、今後住む場所と仕事を探せばいい・・。


 私はいつでも逃げ出せるように、今日一日は神経を尖らせていようと思ったー。



 今日もいつものようにAテレビのスタジオでドラマの撮影をしていた。 今日のマネージャーは千花ちゃんだった。


 お給料はどういう形でもらえるのかなと思い、彼女に尋ねてみたー。



「・・他の社員は銀行口座に振り込まれているんですけど、美月さんの場合はどうなるんでしょうね・・?」


 千花ちゃんが首をかしげて言ったー。


 銀行の口座なんて作った覚えはなかった。 ・・という事は、私が直接会社に行くのか・・?


 私は不安になり、後でこっそり渚さんにメールを送ってみたー。


 

『 渚さん、私のお給料ってどうなってるの・・? 』


 ・・しばらくして、渚さんから電話がかかってきたー。


『・・美月ごめん。 てっきりお給料の事は知ってると思ってたわー。 可憐といつも一緒にいるから彼女から直接聞いてると思ってた・・。』


「・・どうなってるの?」


 嫌な予感を感じながら私は尋ねた。



『可憐から、直接支給される事になってるの。』


「ーーえっ!?」


 ・・思わず叫んでしまった!



『・・あなたは「付き人」だけど、会社じゃなく・・可憐個人が雇ってる形になってるの。 ・・だからお給料は可憐から支給されるのよ。』


 ・・私は驚いていた。 みるみる不安が広がっていった・・。



『・・てっきりもう、もらっているかと思ってたわ。 服も靴も、私が用意した以外のものをいっぱい着てたし、食事もしっかりとってるみたいだし・・。


 可憐はとても良くしてくれてるみたいじゃない。』


 渚さんが嬉しそうに話したー。



 ーー確かに『物質面』では全く不自由がなかったー。


 服も靴もありすぎるくらいあるー。 食事も住居も・・豪華すぎるくらい豪華だー。 


 ・・欲しいものがあれば、渋沢さんがまとめて買っておいてくれるー。



 ・・そう、「物」はある・・。


 でも、『お金』が・・ない。



 現金がなければどこにも逃げられない。 ・・持っている服やバッグを売ればお金になるかもしれないが・・それをする『時間』がなかったーー。


 他のマネージャー達は週に一度、交替で休みを取っている。 ・・でも、私には休みがなかったー。


 可憐さんと一緒だが・・私の場合、仕事の内容はあまりハードじゃなく、ただ単に「時間」のみが拘束されるのだったー。


 精神的にも体力的にもキツくない。 ただ()()・・可憐さんの目の届くところにいるだけ・・。


 要するに・・彼女は私が逃げるための行動を起こす『時間』を・・与えてくれないのだった・・!


 ・・まるで、見えない糸で拘束されてるみたいだった・・。


 その糸は、甘く柔らかな素材でできているのに・・決して私を離さない・・。




『・・お給料の事は可憐に直接聞いてね・・?』


 渚さんはそう言って電話を切ったー。



 聞こうとしても可憐さんは相変わらず一日中忙しくて・・結局話を切り出せたのは、夜、マンションに帰ってからだったー。



「・・今日は馨さんの所に行かないんですか・・?」 私は可憐さんに尋ねたー。


「うん、明日はいつもより撮影が早く始まるから早めに寝るわ。」


 彼女はそう言いバスルームに入っていった。 ・・その後も明日の準備や入浴などで、結局彼女と話せたのは寝る直前だったー。



「お給料は払ったわよ? 美月さんの銀行口座に・・。」


 ベッドに潜り込みながら、可憐さんが言った。


「え・・? でも私、銀行口座なんか作った覚えないんですけど・・。」


 私はベッドの上に正座しながら首をひねった・・。



「ううん、あるみたいよ? 以前からある口座が。」


「・・えっ?」


「・・そう言えば、社長から手紙を預かってたわー。」



 彼女はそう言って、封のされた白い封筒を私に手渡した。


 ・・この封筒。 忘れもしない。 ’絶縁状’が入っていたのと同じ封筒だーー。


 嫌な予感を覚えながら・・封を開けたー。



『 ーー美月、元気か?



 渚の話だと、かなり健康的な生活を送っているようだな。 可憐とも仲良くやっていると聞いている。


 今お前は、皆が羨むような生活を送っているー。


 だが、鈍いお前はその事に気付いていないんだろうな・・。



 私には、今お前の考えている事が手に取るように分かっているー。


 お前・・給料を手に入れたら、仕事を放棄して・・そこから逃げ出すつもりだな・・?


 世間知らずなお前には分からないだろうが・・今その場を逃げ出せば、一生這い上がれなくなるぞ?



 そうなる事を防ぐために・・私は給料を、昔からあるお前の’銀行口座’に振り込むよう、可憐に頼んでおいたー。


 通帳は私が管理している。 当然、お前に現金を引き出す事はできないー。


 通帳は・・お前が「私に言われた事」をやり遂げた時に返すつもりだー。


 たとえ金がなくても、可憐のおかげで何不自由のない生活を送っている事は知っている。



 美月・・可憐と暮らしてよくわかったと思うが、あいつは本当にいい奴だー。


 私は今回の件を、お前が宝くじに当たったようなものだと考えている。


 ・・だがお前は、その幸運に気付かずに・・この縁を、そのままドブに捨てようとしている・・。


 宝くじも、換金しなければただの紙切れだぞ? 



 きちんと可憐と向き合ってみろ。 ・・そして仕事を最後までやり遂げなさい。


 今のお前には・・それが何より大切だと思う。



 無心で頑張れ。


 抗議は一切受け付けないから、無駄なあがきはやめるように・・。 



                             

                                    ー父ー   』





「・・・。」



「・・美月さん?」       


 可憐さんが心配そうな顔で私を見つめていたー。



「・・大丈夫・・?」


「・・ええ・・。」


 私はうつろな声で返事をしたー。



「・・可憐さん、「お給料の振込先」を変えてもらう事って出来ますか・・?」


 ’無駄なあがき’と知りつつ・・彼女に尋ねてみたー。



「・・それは「絶対するな」って・・社長から言われてるから・・。」 


(・・やっぱり・・。) ・・私は心の中で舌打ちしたー。



「・・それに・・こうも言われたわ。 


『美月が「給料の振込先を変えたい」って言ってきたら・・それは逃げようとしている証拠だ。』って・・。」



「・・・!!」



「・・美月さん、ここから逃げるつもりだったの・・?」


 可憐さんが訝しげな目で私を見つめていたー。 



「・・ま・・まさか・・ そんなわけないじゃないですか~!」


 私は無理矢理笑顔を作っておどけて見せたー。



「・・そうよね? ・・私との『約束』を破って逃げたりしないよね・・?」


 ・・彼女はそう言いながら微笑したー。 ・・でも目が、全く笑っていなかった・・。


 私はだんだん落ち着かなくなってきたー。 心臓の鼓動が徐々に激しくなり・・喉がからからに渇いてきたー。



(・・何で・・よりによって寝室なんかでこの話を始めてしまったんだろう・・。)


 三週間前の恐怖が甦ってくる・・。 ・・私は激しく後悔していたー。



「・・正直に言って・・? ・・逃げるつもりだったの?」


 彼女がなおも問いかけてきた。



「・・ま・・まさか~!!」


 引きつった笑顔で否定した・・。 一瞬でも・・笑顔を崩しちゃいけないと思った。



「なんだか・・信じられないな・・。」


 彼女はぼそりと呟いたー。 そして無遠慮に私を見つめ始めた・・。


 動悸は激しくなる一方だった。 逃げたい体を・・必死でその場にとどめていたー。



「・・そうねぇ・・」


 彼女は・・なおも私を見続けながら呟いたー。    



「それじゃぁ・・逃げる気がないって証明してくれたら、信じるわ・・。」 


  



 






 













 



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