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第29話:眠れぬ夜




 午後からは局内で雑誌の取材と写真撮影が入っていたー。


 撮影用の衣装を準備するため、私は控え室に向かった。


 普通、衣装の準備はスタイリストがするのだが、今日は(あらかじ)め衣装を選んでおいてもらい、私が準備する事になっていたー。

 

 控え室の扉を開けると、中央テーブルの上に巨大なメイクボックスが開いて置いてあった。



(・・紺野さんが来てるんだ・・。)


 トイレに行ってるのかなと思いながら、部屋の奥のハンガーラックの方へ向かおうとしたが、テーブル上の華やかさに、思わず足を止め見入ってしまったー。


 (まぶた)や頬や唇に塗る化粧品(いまだに名前を知らない)が、丸い透明ケースやパレットの上で、見事なグラデーションを作っていた。


 その中のテラコッタ色の固形のパウダーがあまりに綺麗で・・思わず手にとってみたくなった。



「・・何か気に入った物がありましたか・・?」


 ・・背後からの声に、思わずビクリとした・・! ・・振り返るとすぐ後ろに紺野さんが立っていたー。


(・・いつの間に戻ってきたの・・!?) 物音は一つもしなかったー。


 気が付くと後ろにいるなんて・・まるで猫みたいだー。 ・・外見もそれっぽいし・・。


 猫は猫でもこの人の場合は’洋猫’だなと思った・・。 スリムでしなやかな動きをする・・”ロシアン・ブルー”とか・・。


 以前テレビで見た、青灰色の優雅な姿が頭に浮かんだー。 

  

「・・美月さん・・?」


 彼から呼ばれハッとした。 また変な方向に飛んでた・・。



「・・美月さんもメイクをしてみませんか?」 紺野さんがニコニコしながら言った。


 プロのメイクさんにメイクをしてもらえるなんて・・思わず頷きそうになったが・・ぐっとこらえて首を左右に振ったー。


「・・ありがとうございます。 でも私、化粧が肌に合わなくて・・メイクができないんです・・。」


「・・それは・・しょうがないですね・・。」 彼は残念そうに笑ったー。



(・・くそ・・。あのイカレ女装女優め・・。) ・・せせら笑う可憐さんの顔が頭に浮かび、ムカついてきたー!


(・・本当は、私の事なんかどうでもいいくせに! ・・気まぐれに束縛なんかして・・!!)


 彼女が自分の事を、『子供を入れる(うつわ)』ぐらいにしか思ってない事はよく分かっていたー。

 

 あの人は女優だー。 彼女の優しさなんて・・所詮、目的を達成するための「演技」でしかない・・。 あの演技に騙されたら・・後で必ず痛い目をみるー。


 ムカムカしながら部屋の奥へ向かいかけた時・・なんだかいい香りがしたー。


 ハーブというか、メンソールというか・・スッキリとした清涼感のある香りだったー。 ・・思わず息を吸い込みたくなった・・。


「・・いい香りー。」


「・・え・・?」


 紺野さんが驚いた顔をした。


「・・いえ、紺野さん、すごくいい香りがしますね? ・・香水ですか?」


 彼は、キョトンとした顔をしていた。


「・・ど・・どうかしましたか・・?」 彼を見て不安になっていると・・


「・・いえ、女性から「いい香り」と言われたのは初めてだったんで、驚いて・・。」 彼はそう言い、微妙な顔で笑ったー。



「・・やだ、ごめんなさい・・!!」 私は顔を赤くして叫んだ!


(・・だ・・男性に『いい香り』なんて・・。 非常識もいい所だ・・!! ・・私って、何でこうなの・・!?)


 ・・穴があったら入りたかった。 ・・本当、鈍くて無神経で・・最悪ー。



「いえ、嬉しいですー。 俺の仕事はメイクアップアーティストですよ? ・・最高の褒め言葉です。 ありがとうございます!」


 彼はそう言いニッコリと笑った。 ・・絶対フォローだと思い、今後男性にはこういう話はしないようにしようと心に決めたー。



「・・・?」


 その後も・・彼がこちらを見つめているので・・なんだかドキドキしてきた。


「・・ど・・どうかしましたか・・?」 蚊の鳴くような声で尋ねると、彼が優しい顔で言った。


「・・美月さん。俺にできる事があったら・・何でも言って下さいね・・?」 


「・・え・・?」


 突然の申し出に困惑していると・・紺野さんは、照れたような顔をした。


「・・俺からこんな事言われても困っちゃいますよね? ・・でも、何かほっとけなくて・・。」


「・・?」


 更に困惑していると・・彼は苦笑しながらボソリと呟いたー。


「・・・実は俺も昔・・引きこもってた事があるんです。」



「・・えっー!?」


 ・・思わず叫んでしまった・・!


(・・ひ、引きこもり!? ・・こ・・紺野さんが・・!?)


 ・・美容の最前線で活躍している現在(いま)の彼からは・・到底想像できなかったー。



「・・俺、昔からこの世界に興味があって・・。」


 彼はフェイスブラシを優しく指でなぞりながら呟いた。


「・・でも両親共に公務員で、親戚も堅い職業の人ばかりで・・父も母も絶対にこの仕事を認めてくれなかったんです。・・『男のくせに』って・・。」


 ーー男のくせに・・。 今時、時代錯誤もいいところだー。 デザイナーもパティシエも美容師さんも・・女性が多い分野で活躍している男性はいっぱいいるというのに・・。


「ー高校は普通科だったんですけど、その後の進路で親と衝突してしまって・・。永久に平行線を辿りそうだったんで・・ある日、学校に行くのをやめたんです。・・で結局、高校も辞めちゃいましたー。」


 悪びれる風もなく、彼は言った。


「・・高校を辞めた時点で、親は俺の進路に一切口出ししなくなってたんですけど、勝手をしておいて親の(すね)をかじるのもどうかなと思って・・。


 家を出てバイトをしながら金を貯めて、大検(今は高卒認定試験かな?)を受けた後、専門学校に入ったんですー。


 俺、ここまでくるのに結構時間がかかってるんですよ。 年齢も28ですし・・。」



 ・・に・・28・・!? 千葉さんも若く見えると思ったが、この人もだ・・!! 絶対に25歳以下だと思ってたのに・・。 ・・二つしか違わないの・・?


「・・美月さんの境遇が他人事(ひとごと)だとは思えないんですー。 ・・まるで、家を出た時の自分を見てるみたいで・・。」


 ーー確かに似てる・・。 引きこもった後で出直そうとしている所とか・・。


 でも、引きこもりの理由には・・天と地ほどの差があったー。


 『夢』のために引きこもった彼と、『逃げ』のために引きこもった私・・。 全く違うー。 ・・というか”真逆”だー。 


「俺、あの時倉田社長や可憐さんに出会ってなかったら・・こういう現場で働く事なんて、一生なかったと思いますー。


 あの二人には恩があるんです。・・だから社長の娘さんである美月さんの再出発には、是非協力したいんですー。」


 この人であれば・・たとえ父や可憐さんに会わなくても・・必ず独力で道を切り拓いていただろうと思ったー。  



 最初この人を見た時・・肌が雪のように白くて、目が大きくて・・ちょっと女性みたいだと思った。


 ・・でもよく見ると、骨や関節ががっしりしてて、そのアンバランスさに驚いたー。


 この人は見た通りの人だったー。 見た目はソフト・・でも中身は、頑固で骨太で、ものすごく自立心が旺盛な・・大人の男性ー。


「・・俺にできる事があったら、何でも言って下さいね・・?」 彼はそう言って、にっこりと笑ったー。







 ーー夜、リビングのソファーの上で私はうなだれていた・・。 先程父の携帯に電話したら、『着信拒否』されていたからだー。


 確かに以前電話した時、私の電話は二度と受け付けないと言っていた。・・でもまさか、たった一人の身内に着信拒否されるなんて、夢にも思わなかった・・。


 父の過去を知りたかったが、そんな事・・もうどうでも良かったー。


 ・・’拒絶’される事がこんなに痛いなんて・・。


 私が自室に引きこもってた時・・固く閉ざされた扉の前で、父もこんな風に傷ついていたのだろうか・・?



「・・どうしたの? 暗い顔をして・・。」


 顔を上げると、可憐さんが私の顔を覗き込んでいたー。


「・・外出するんですか?」


「うんー。馨の所に行って来るのー。」


 ーー彼女はジーンズ姿だった・・。 髪は後ろで束ね、シャツを羽織っていて、まるで男の人みたいだった。


・・以前「病院にかかる時は男の姿で行く」と言われた時は、内心(ばれるんじゃないの?)と思っていた。 ・・でも実際こうして見ると・・本当に男の人みたいだった。


 ・・これでメイクをとって髪を短くしたら・・完全に『男』だー。



「・・何だか顔が赤い・・大丈夫・・?」 ・・彼女はそう言い、私の頬に触れようとしたー。


 ・・思わずパシリと手を振り払い(・・しまった!)と思った。 ーー可憐さんは驚いていた・・。


「・・何でもないです。行って下さい。・・私はお風呂に入りますから・・。」


 ・・そう言うと、慌ててバスルームに駆け込んだー。 扉をしめる直前・・彼女がじっとこちらを見つめているのが見えたー。




 ーーお風呂からあがった私は、おそるおそるリビングの扉を開けた・・。 部屋はシンと静まり返っていたー。


 寝室に進むと、電気を消し・・だだっ広いクイーンサイズのベッドにダイブしたー。


 ・・あまりに広いので、両手を広げたり左右にゴロゴロ転がってみた・・。


 でも相変わらず室内はシンとしていて、何だかバカみたいに思えて、結局いつも寝ている場所で黙って目を閉じたー。


 すごく疲れていたし、すぐに眠れると思っていた。 ・・なのに・・何故かどんどん目が冴えてきたーー。


 目を瞑ると・・可憐さんと馨さんの姿が浮かんでくるー。 


 ・・馨さんのグレーがかった切れ長の瞳が浮かび・・馨さんが可憐さんを抱きしめる姿が浮かんできた・・。


 ・・思わずその先を想像しそうになり・・私は大きく頭を振った・・!


(・・何考えてんのよ・・!! 私ってば最低・・!!)


 そう思い、何度も頭の中から打ち消そうとするが・・しつこい位にその光景は甦ってきたー。


 その後何故か千花ちゃんの言葉が浮かんできた・・。


『・・恋を知らずに死ぬなんて・・女性として生まれてきた意味がないと言っても過言じゃないと思います・・。』 


 ・・その言葉が脳内を駆け巡り、それと重なって可憐さんと馨さんの姿がチラついたー。


(・・何でこんな事考えてるのよー!? ・・私はーー!?)


 ・・もう・・自分で自分が分からなかったー!!


 ・・でも一つだけ・・わかってる事があったー。 


 それは・・このまま可憐さんの言う通りにしていたら・・この先永遠に・・『こういう夜』を繰り返し続けるという事だったー。



(・・次の給料日が来たら、絶対にこの部屋を出るんだー。)


 お金さえあれば、どうとでもなる。 とにかく・・この部屋を出よう・・。


 私は心に固く誓ったー。



 その日・・可憐さんは、明け方まで帰って来なかったーー。




 





 




















  

 更新が大幅に遅れてしまいすみませんでした。m(_ _)m

 遅れる事を後から報告する時は、今後「活動報告」の方で連絡するようにします。

 この先私の「活動報告」は「更新が遅れる報告」になりそうですが・・。

 次回は『滝川一穂の独白』を更新するつもりです。

 よろしくお願いします。(^^)


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