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第2話:渚さんの提案


 車は大通りの並木道を走っていた。

 三車線のこの通りでは、どの車も制限速度ギリギリのスピードで走って行く。

 車内には、対向車の走行音のみが響いていたー。


 手紙を読み終えた私はしばらく放心していたが、ボソリと(つぶや)いた。

「・・家にひきかえして。」


 渚さんはミラー越しに私の顔を見つめていたが、首を横に振りながら答えた。

「今帰っても社長はもう、家の鍵を付け替えてると思うわ。」


 それを聞いて私はピクリと反応した。

「・・渚さん、手紙の内容知ってるの?」

 彼女は悪びれる風でもなくこくりと頷いた。


「・・ひどい。」 

 私は彼女を(なじ)った。

「渚さんは私の味方だと思ってた。父のこんな仕打ちに加担するなんて・・あんまりだよっ!」


 でも彼女は動じなかった。それどころか、クスリと笑いながら言った。

「だって、私が社長に勧めたのよ?あなたを家から出したほうがいいって・・。」


 私は信じられない気持ちで彼女を見つめていたー。


「・・どうして?」


「このままじゃ良くないからよ。」


 私は・・込み上げて来る怒りで震えが止まらなかった!

(・・いくら何でも踏み込みすぎだ!何の権利があってこの人は・・ここまで私の人生に介入してくるの!?)


 そう考えていると・・まるで私の心の声が聞こえたかのように彼女は叫んだ。


「・・同じ女だからよ!」


 彼女の真剣な声に思わずハッとした。


「・・同じ女で同じ道を歩んで来た者だから分かるの。あなたが感じてきた苦しみも、これから待ち受けているだろう苦しみもね。」

 

「・・あなただって本当はわかっているんでしょう?今心地よく感じているあの部屋での生活は・・長引けば長引く程、自分を腐らせていくだけだって!」 


「・・・。」


 私は何も答えなかった。

 車のルームミラーの中で、悲しげな二つの瞳が私を見つめていた。


「・・たぶん私は、あなたが思っている以上にあなたの事を大切に思ってる。

 私は家族がいないし、あなたと社長は私にとって本当の「家族」みたいなものだから・・。

 ・・だから、大事なあなたが奈落の底に落ちて行こうとしているのを黙って見過ごす事なんて・・絶対にできないわ!!」


 彼女は声を荒げて叫んだ。


 ・・私はそんな彼女の言葉に胸が熱くなっていたー。

 母が亡くなって自分の味方は父一人だけだと思っていた。


 親戚でさえ、いい年で引きこもっている私を白い目で見ていた。

(自分の子にはあんな風になって欲しくない)と・・まるで伝染病患者を見るような目で私を見ていた。

 なのにこうして、本来父の仕事でしか共通点のない彼女が『母親』のように真剣に私の心配をしてくれている・・。

 わずかにつながっている糸が切れないよう・・優しく引っ張ってくれている。


 でもそれでも・・そんな彼女の厚意に、どうしても納得できない自分がいたー。

 彼女には私の気持ちは理解できないだろう・・。社会の中に見事に適応できている彼女には・・。 



 ”人が怖い。”


 小さな子供の頃にはそんなこと・・感じたこともなかった。

 でも思春期を迎えるあたりから、それはどんどん顕著になっていったー。


 周りの人とのコミュニケーションが上手くとれない・・。”知り合い”が怖い。

 自信がなくて自分の口から紡ぎ出される言葉はとんちんかんな事ばかり・・。

 せっかく話しかけてくれた子供達もどんどん離れて行った・・。


 その度に傷ついた。深く、深くーー


 ・・苦しくて、寂しくて・・

 それならいっそ、一切関わらなければいいと思った。

 関わらなければ傷つくこともない。・・心は常に平穏だ。


 ・・だから隠れてきた。

 まるで最初から存在しなかったかのように・・。


 12畳の自分の部屋に閉じこもりしっかりと鍵をかけてきた。

 心を荒らされないように・・。


 ・・でも、このままここにいても・・何も残さず朽ちていくのみだという事も良く分かっていた。

 30歳という年齢は、何かを成し遂げたり残したりするにはデッドラインだった。


 崖っぷちなのだ。私はー。

 だから父も渚さんも強硬な手段に出たのだ。

 ・・嫌われることを覚悟して。

 ・・私のことを思って・・。



「・・でもどうすれば?」

 思わずポロリと出た言葉をこの有能な女性は聞き逃さなかった。

 まるで、私の心の動きを読んでいたかのように即答してきた。


「・・まずは働くのよ!」

 私はギョッとした。


「・・でも、中卒で資格もない私を雇ってくれるところなんて・・。」

 彼女は待ってましたとばかりに答えた。

 

「何を言ってるの、社長の娘さん。あなたなら・・我が社では無資格でも一発採用よ!」


「えぇっ・・?」


 私は唖然とした。

(父の会社?・・って言うことは、芸能事務所!?)


「・・でも私、何もできない!・・書類も書けなきゃ電話一つとれない!そんな私にどんな仕事ができるって言うの!?」


「タレントの付き人をやってもらうわ。」


 渚さんはきっぱりと答えたー。


「ーー付き人!?」

 私は目を丸くして叫んだ。


「・・そう。私がマネージャーをしているタレントの付き人よ。 

 あまり責任は重くないから、初めての仕事にはもってこいだと思う。 

 分からないことは私が全部教えてあげるから大丈夫よ。美月もそれなら安心でしょ?」


 確かに渚さんがいてくれるなら安心だー。・・徐々に仕事も覚えていける。


「住む場所もバッチリよ?そのタレントのマンションの一室に、住み込みで働かせてもらうの。」


「ええぇっっ・・!?」


 私は更に仰天したー!!


(・・住み込み!?それっていきなりハードル高くないっ!?)


「・・だって、無一文じゃない。」

 渚さんが当たり前のように言った。


(・・それならお父さんにお金を貸してもらうとか渚さんのマンションに泊めてもらうとか・・。)


 そういう甘い事を考えていた私だったが、そんな私の心を見透かしたような彼女の鋭い視線に思わず黙り込んでしまった。

 もう、彼女への弟子入りは始まっているらしい。



「・・大丈夫よ。彼女いい子だから。」

 渚さんはポツリと呟いた。


「・・それにあなたじゃなきゃできないのよ・・。」


 そう聞こえた気がしたが、後方からのけたたましいクラクションに・・その声はかき消されてしまったー。

























   

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