第28話:美形だらけのプロダクション
スタジオには病室のセットが組まれていたー。
昨日のCM撮影の時もそうだったが、この’セット’の造りのリアルさには本当に驚かされるー。 まるで本物の病室のようだったー。
隅の方にはカメラやマイク、照明など、いろいろな機材が置かれていて、相変わらずADや他のスタッフ達が、セットの周辺をごちゃごちゃと動き回っていたー。
ベッドには弟役の少年が座っていたー。
今日は死体の役だから、メイクが凄い事になっているー。 まるで幽霊みたいだー。
なのに他の役者さん達と、にこにこ笑いながらおしゃべりしていて、かなり異様な光景だったー。
ベッドの横には白衣を着た医師役の男性と、二人の看護士役の女性がいたー。
医師役の俳優さんはテレビで見た事があるー。 最近売れ始めている若手の俳優さんらしいー。
「こんなかっこいい医者、世の中にいねーよ!!」というくらい、かっこよかったー。
看護士役の女性の一人はベテランで、よくテレビドラマで見る人だー。 中高年向けの刑事ドラマや、サスペンスドラマで常連の女優さんだったー。
もう一人の看護士は見た事がないから新人さんだと思うー。 ものすごい美人だったー。
この業界・・本当にこんな人ばかりなんだろうな・・と思った。
そんな事を考えていたら、ディレクターの「そろそろ本番いきまーす!!」という声が聞こえてきたー。
先程からリハーサルばかり重ねていたが、やっと本番の撮影に入るらしいー。
ドラマを作るって、本当に手間がかかるんだなと思った。 見るのはあっという間なのに・・。
先程までふざけていた男の子はベッドに横になり、ピクリとも動かなくなったー。
俳優さん達もベッドを囲んで立ち、神妙な顔になったー。
シンと静まり返った室内に、「・・スタート!!」という声が響き渡ったー。
室外からバタバタと駆け足の音が聞こえてきたー。 ・・間もなく扉を叩きつける音がし、可憐さんが入ってきたー。
彼女は地味な事務員の姿をしていたー。 髪は後ろで束ね、ベージュ系の口紅を塗り、アイメイクも抑えていて・・まるで本物の事務員みたいだったー。
昨日のCM撮影で髪の毛をストレートにした時もそうだったが、外見を地味にすればするほど、持ち前の美しさが強調されるから不思議だー。
本当に美しい人はこういう物なんだろうなと思ったー。
「・・ゆ・・裕太・・。」
彼女はベッド上の弟のもとに駆け寄ったー。
「・・裕太・・・裕太・・・!!」
憔悴した顔で、弟の顔をバシバシと叩き続けるー。 彼女の顔は土色で・・まるで死人のようだったー。
・・どんなに叩き続けても・・弟は微動だにしない・・。
やがて彼女は・・すがるような眼差しで、横の医師とその横の看護士達を見たー。
医師は、ゆっくりと首を横にふった・・。
それを見た瞬間・・
「・・・い・・やあああーーーーーーー・・!!」
乾いた絶叫が部屋中に響き渡った・・!!
・・そしてそのまま、がくんと床に崩れ落ちてしまった・・。
・・気が付くと・・私の目からは涙が溢れていた・・。 ・・横の千花ちゃんを見ると・・彼女も泣いていた・・。
物音一つしないけれど・・周囲を見回してみると、他のスタッフ達も目を拭っていたー。・・男性も女性も・・みんなだーー。
喪失の・・絶望が・・悲しみが・・骨の髄まで染み込んで来るーー。
「・・カットーー!!」
ディレクターの声でハッとしたー。 周囲が一斉にうるさくなったー。
見ると、セット上の可憐さんは他の出演者達と談笑しているー。 先程までの演技が嘘みたいだー。
(私のこの涙はなんだったの・・?) そう思い赤面していると・・
「・・天才ですよね・・。」
・・横の千花ちゃんがボソリと呟いたー。
「彼女・・『十年に一人の女優』って言われてるんですー。・・こんなすごい人のマネージャーをやれて・・私、本当に幸せです・・。」
彼女は熱い眼差しで可憐さんを見ていたー。 ・・それが、テレビの前の視聴者の視線と重なり、ドキリとしたー。
ドラマを見てる人達も、こんな眼差しで彼女の事を見つめているのだろうか・・。
憧れと尊敬の混じった、熱っぽい眼差し・・。
『・・とにかく・・早く「女性」になってしまいたい・・。』 そう言った彼女の顔が頭に浮かんだー。
当事者でない私でさえ、こんなに罪悪感を感じるのだー。・・当の本人は・・どんな気持ちでこの仕事を続けてるんだろう・・。
・・・もしもバレたら・・?
・・考えるのも恐ろしかったーー。
(・・本当に一蓮托生だ・・。) 私はブルリと震えあがったー。
・・彼女も・・会社も・・そして’我が家’もーー。
「・・美月さん・・?」
千花ちゃんの声にハッとしたー。 彼女は不思議そうな顔で私を見つめていたー。
「・・美月さんは結婚するつもりはないんですか?」
千花ちゃんが突然、切り出したー。
「・・はあ・・!?」
私はいきなりの質問に、目をパチクリさせたー。
彼女は・・キラキラした目で、私の返事を待っているーー。
「・・う~ん。・・ないかな・・? うん、ない。」
私はキッパリと告げたー。・・可憐さんに変に伝わったら困るー。 ここはキッパリ否定しとかないとー。
「え~~~!! もったいない!! 男の人とつきあったら楽しいのに・・。」
千花ちゃんが、さも残念そうに叫んだー。
(・・それは私以外の人間の場合だと思う・・。) 私は心の中で呟いたー。
「・・男性とつきあうと、世界が180度変わりますよ? ・・いや・・”恋”をしても・・かな・・?
それを知らずに死ぬなんて・・”女性として生まれてきた意味がない”と言っても過言じゃないと思いますー。」
彼女はそう言い、悪戯っぽい目で私を見つめたー。
「・・美月さんは・・誰かに恋した事ありますか・・?」
(・・恋・・?) ・・私は首をひねったー。
小学校・・中学校・・15年の引きこもり生活・・。・・あれ? 私って・・恋した事あったっけ・・?
私が斜め上方を見上げて考えこんでいると、千花ちゃんが希少動物を見るような目で私を見つめたー。
「・・美月さん・・すごいです・・。ある意味”国宝級”だと思います・・。」
・・私は赤くなって俯いた・・。
自分が病気じゃないかと真剣に疑い始めていると、彼女はニッコリ笑って呟いたー。
「私はいますよ。付き合ってる人ー。 大学2年から付き合ってるから、もう6年になります。
大学時代から、ずっと一緒に住んでるんですー。」
(・・わあ・・。)と思ったー。 同棲ってヤツか。 六年・・って長いよね。 という事は、そろそろ・・
「ーー私、結婚するかもー。」
千花ちゃんが宣言したー。 私はやっぱりと思ったー。 6年つきあって26で結婚・・。うらやましい程、順調な人生だー。
「結婚したら仕事はどうするの・・?」 ・・私は恐る恐る尋ねたー。
「う~~ん。 続けるつもりですけど子供も欲しいし・・結婚後は「産休」とか取るようになるかもー。
たぶん副社長は、私の代わりに美月さんを’可憐さんのマネージャー’にするつもりでいると思いますよ?
私、’彼’の事は・・だいぶ前から伝えてますし・・。」
私は仰天したー!! ・・そういえば、昨日そんな事を言ってたような気がする・・。よく考えたら時期もぴったりだー。
「・・車の免許とっといた方がいいですよー。」
千花ちゃんがぼそりと呟いたー。
(・・た・・確かにマネージャーに運転免許は必須だ・・。)
私は動揺しつつ、免許をとる手順などを具体的に考えてみた・・。 可憐さんが許してくれたら可能かもしれない・・。
「・・ところで・・ウチの事務所って、かっこいい人が多いと思いませんー?」
わたしは再びギョッしたー。 なんでこう、ころころ話が変わるんだろうー。
・・でも、よく考えてみたら、確かにウチの事務所の関係者は、顔立ちの整ってる人が多いーー。
渚さんも千花ちゃんも美人だし、千葉さんもかっこいいー。 北園さんなんかモデル出身だー。モデルの黒川さんや可憐さんは言うまでもないー。 社員じゃないけど、紺野さんもキレイな顔をしていたー。
まだその分しか会ってないんだけど・・確かに美形だらけだー。
「モデル事務所だからモデルがかっこいいのは当然なんですけど、『社員』まで粒ぞろいじゃないですか~!!
結構評判なんですよ? 美形ぞろいのプロダクションってー。」
へえ・・と思っていると、千花ちゃんがうっとりした目で呟いたー。
「・・社長からしてかっこいいじゃないですか。 社長って・・元モデルなんですよね? 身長なんて、あの年で180越えてるじゃないですかー。
・・かっこ良すぎですよ。 私・・社長となら、親子ほど年が離れてても構いませんー。」
話を聞き、私は驚いたー。 彼女が密かに’ジジ専’である事も、あの親父がモテてる事も驚きだけど・・何より・・
(ーー元モデル!? ーーそんな事、初めて聞くんだけど・・!!)
あの父にそんな過去があるなんて、全く知らなかった!!
確かに子供の頃から、周囲の父親に比べて、やけに目立つなとは思ってたんだけど・・。
・・それにしても・・誰も、ひと言も言ってくれないなんてーー!! なんで父親の過去を、他人から聞かされなきゃなんないのよ!?
・・私は後で父に電話してみようと思ったー。 ・・一応声も聞きたいし・・。
「私、この業界に入って、正直早まったなって思いましたー。」
千花ちゃんがクスクス笑いながら呟いたー。
「もう、本当素敵な人ばかりで・・自分の彼氏が平凡に見えちゃって・・。 つきあった当初はかっこいいと思ってたのに、業界の人ばかり見てたら、感覚が麻痺しちゃって・・。」
・・そういえば可憐さんと初めてあった時にそう思ったっけ・・。
もしかしてそれは・・’この業界に住む人’共通の悩みなのかもしれなかったー。
「・・まあそう言いつつ・・結局、自分の彼が一番なんですけどね~?」
千花ちゃんはノロケて、「エヘヘ♪」と照れたように笑ったー。
なかなか暦が進みませんが、この日が終わったら一気に進みます。
数週間から一ヶ月単位で進めるつもりです。
季節が完全に逆転してしまい服装とか暑苦しいですが、よろしくお付き合いください。(^^)
次回は『滝川一穂の独白』を更新しますので、そちらもよろしくお願いします。