第23話:栄光と挫折
ロケ現場に着くと、可憐さんはメイクを直すためにロケバスに直行したー。
その間に北園さんと私は、先程のCM撮影の時のように、ドラマの関係者達に挨拶してまわったー。
相変わらず紹介される時に、相手から’奇異なもの’を見るような目でジロジロ見られたが・・人は打たれ強くなっていくものらしい・・。
前よりは気にならなくなっていたー。
それにこれは連続ドラマの撮影で、一度関係者に挨拶してしまえば・・今後はこんな風に挨拶してまわらなくてすむのだった。
私には・・それが何より嬉しかったー。
一通り挨拶し終えると、北園さんと私は、可憐さんと千葉さんのいるロケバスに戻った。
今日の可憐さんの出番は、最後の方の少しだけだが・・待ち時間が長かった。
・・今現在、別の出演者の撮影が行われているのだが、それが長引いているらしかったー。
「夜は冷えるな・・。膝が寒いだろう。」
車の中は暖房が効いていたが、スカートで足がむき出しの可憐さんを見て、北園さんが呟いたー。
「倉田さん。車の後ろに毛布を積んでるから持ってきてくれる?」
北園さんはそう言いながら、私に車の鍵を渡したー。
私はいそいそと・・先程車を停めた駐車場に戻っていった。
車の荷台から毛布を取り出し、もと来た道を帰ろうとした時だったー。
「・・可憐さんの新しい付き人見た・・?」
どこからか声が聞こえてくる・・。 私はきょろきょろと辺りを見回したー。
駐車場の隅の方に自動販売機があり、そこに3人の男性スタッフがたむろしていたー。
車の陰になっていて・・彼らからはこちらが見えていないようだった。
私の存在に気付かない若いスタッフらしき人達は、そのままベラベラと会話を続けたー。
「・・彼女・・倉田社長の一人娘らしいよ?」
「・・マジで!?」・・と、驚いたような声が聞こえてきた。
「・・なんで事務所の社長の一人娘が「付き人」なんてやってるわけ? ・・まさか女優志望とか・・?
ありえねえだろう・・あの年でー。」
「・・なんかあの年まで・・ずっと家に引きこもってたらしいよ?」
「・・はああぁ~~!?」
叫び声が、あたり一帯に響いた・・。
「イタすぎるだろ・・それ・・」
もう一人の男性が「信じられない」という声で呟いたー。
「・・大体、今日のあの服見たか・・? ・・どこのババアだよって感じだよな!?
それにあれ・・スッピンだろ? なんの自信があって、あの年でノーメークなわけ・・!? ありえなくね・・?」
3人の・・嘲笑するような笑い声が聞こえたー。
「・・でも・・アレと結婚したら「逆玉」じゃね・・? 大沢可憐の事務所の社長になれるかもー。」
「・・それに”引きこもり女”が相手だったら・・浮気し放題だ!! 浮気に気付いても・・ぜってー何も言ってこねーって!!
ある意味最高の生活かも・・うひゃひゃ・・!!」
「・・上手くいけば大沢可憐とも・・お近づきになれたりして!! やべぇ・・!! オレ、マジで狙っちゃおうかな・・?」
・・ギャハハハと・・下品な笑い声が、駐車場内に響き渡ったーー。
私は・・踵を返し、急いでその場を去ろうとした・・。
・・その時・・目の前に大きな壁があるのに気付き、立ち止まったー。
首を上の方に上げていくと・・濡れるような二つの黒い瞳が・・じっとこちらを見つめていたー。
北園さんだった・・。
「・・遅いから心配になってね・・。」
彼は少し気まずそうな声で呟いた。
私は・・穴があったら入りたい気持ちになった・・。 もしあったら・・ヤドカリの如きスピードで駆け込んだろう。 ・・うう・・
私達は、並んで撮影場所に向かった。
私は下を向きっぱなしで・・顔を上げる事ができなかった・・。
「・・僕も・・モデルをやめてマネージャーになったばかりの頃、いろいろ言われたよ・・。」
北園さんが重苦しい雰囲気を断ち切るかのように呟いたー。
「・・モデルのほうでそこそこ売れて・・顔が知られていたから・・なおさらね・・。」
・・そう言えばさっき・・事故にあったのは、俳優業に転向しようとしていた頃だって言ってた・・。
俳優にまでなろうとしてたって事は、おそらく・・そこそこどころか”トップクラス”のモデルさんだったに違いないー。
・・なにせこの容貌だー。 事務所も大手だったって言ってたし・・。
・・そんな人が「モデル」から「マネージャー」に転身・・。
周りにどんな事を言われたか・・容易に想像できたー。
「正直、最初の頃はキツかったよ。 特に前の仕事で一緒だった人達に会うのが怖くてね・・。」
・・モデルとして祭り上げられてた人が、一転・・今度は「マネージャー」として、タレントの世話をする立場に・・。
・・私だったら絶対無理だ・・。
彼は正面を見据えて淡々と話し続けたー。
「・・でもね。・・そこで逃げずに頑張り続けたら・・認めてくれる人がどんどん増えていったー。
・・むしろ最初にツラくあたってきた人達ほど・・信頼して、協力してくれるようになったんだー。
・・僕は・・そうだったよ?」
彼はそう言って優しく微笑んだー。
(・・大人だな・・。)
・・つくづくそう思ったー。
こんな話・・本当は、あまりしたくないに違いない。
でも・・へこんだ私を元気付けるために・・あえて話してくれている。
彼と私の境遇じゃ’月とスッポン’だろうに・・まるで同じ事みたいに話して・・。
・・大人だ。
そう思い、両目をギュッと閉じたー。
思い返してみると・・会社の人達は、皆いい人ばかりだったー。
渚さんも、千葉さんも、紺野さんも、北園さんもーー。
いくら私が社長の娘だからとはいえ・・皆、私が社会生活の「スタート」でつまずかないように・・いろいろと気遣ってくれた。
こうしてほんの少し外に出ただけで、こんなにも”いい人達”が溢れているというのに・・はるかに人の多い学校に、こういう親切な人達がいないはずがなかった・・。
なのに私は彼らを”怪物”のように思い・・完全に心を閉ざし続け・・終いには逃げ出してしまった・・。
・・そもそも”怪物”は・・どちらだったのか・・?
人の心を理解しようとせず、無視し続けてきた「自分」こそが・・本当の『怪物』だったのではないか?
私は、大きく溜息をついた・・。
・・しかし、そこでハッとしたー。
気が付くと・・周りに誰もいない・・。
驚いて後ろを振り返ると・・10メートル後方に、北園さんが立ち止まっていたー。
「・・ど、どうしたん・・ですか・・?」
慌てて北園さんの所まで戻り、彼の横に並んだー。
「いや・・いつになったら気付くかなと思って・・。」
彼はそう言ってクスクスと笑った。
(・・うう。 からかわれた・・。)
そう思い赤くなっていると・・彼がじっと私の顔を見つめているのに気付いたー。
私は動揺しながら「・・な、何ですか?」と呟いた。
辺りが暗くて良かった・・。 ・・顔が・・燃えるように熱い・・。
「・・いや。 さっきの人達じゃないけど・・ちゃんとメイクをしてくればいいのにと思って・・。」
「・・は・・?」
私は変な声をあげたー。
・・メ・・メイク・・?
・・で、でも・・昨日可憐さんからは・・やめた方がいいって言われたのに・・。
「・・すごく可愛い顔をしてるじゃないか。・・女性にとっては一番綺麗な時期なのにもったいない・・。」
「・・かっ・・かわ・・!?」
・・初めて聞くセリフに・・私はゆでダコのように赤くなった・・!
・・リップサービスとは分かっちゃいるけど、冗談はやめて欲しい・・!! ・・心臓に悪いから・・。
「・・いや、本当に。 ・・僕も一応この業界で長く生きてきてるから、目は肥えてるつもりだよ・・?
君、磨けば光ると思うよ? ・・絶対に・・。」
彼はそう言うと、私の顔をじっと見つめた・・。
そして・・右手を差し出してきたー。
(・・なっ・・何・・!?)
大きな手のひらが目の前を通過して・・上の方に上っていく・・。
・・私はパニック状態だった・・!! ・・心臓がとんでもない事になっているーー!!
・・その時
「・・美月さん!!」
後方から・・鋭い声が聞こえてきたーー。
恐る恐る振り返ると・・そこには本来いるはずのない人物が立っていたー。
「・・可憐さん・・。」
彼女は蝋人形のような顔で立ち尽くしているー。
それがなんだか怖くて・・私はヒヤリとした・・。
・・でもその直後、彼女は頬をぷっくり膨らませてムクれた顔をしたー。
その顔がものすごく可愛くて・・ちょっと萌えた・・。
「・・もう、遅い~二人とも~!! 心配したんだからね~~!?」
そう言いながら・・パタパタとこちらに駆け寄ってくる・・。
そんな彼女を見て、北園さんがクスクス笑って呟いたー。
「・・君といる時の可憐って・・まるで年上女房の浮気を恐れる・・「かわいい年下男」みたいだと思わない・・?」
その言葉に・・私はギクリとしたー。
ーーその時・・ギュッと左手首を掴まれた・・!
「・・さあ、行くよ~? 美月さん♪
・・付き人は、タレントから・・離れちゃダメなんだからね~!?」
可愛い声とは裏腹に・・とんでもない力でぐいぐい引っ張っていく・・!!
暗闇で・・北園さんから見えないかと思って・・やりたい放題だーー!!
ーーそのまま、がっちりと腕を組まれ・・半ば引き摺られながら、私は撮影現場に戻っていった・・。
社会に出てから美月は苦い経験ばかりです。
でも、次回はお家で甘い展開が待ってる(?)・・かもしれません。(^^)