第22話:マネージャーに見えないマネージャー
午後は別のスタジオで、雑誌の写真撮影と取材が入っていたー。
夜から可憐さんが主演しているテレビドラマのロケがあるという事で、私達はその撮影現場に車で移動する事になったー。
このロケで・・マネージャーの一人が、渚さんと交替することになっていた。
私達四人はスタジオの廊下を外に向かって移動していた。 千葉さんと可憐さんが並んで前を歩き、私と渚さんが後ろを歩いていた。
歩きながら渚さんが私に言った。
「・・さっき言ってた事は本当だから・・。」
「・・えっ?」
何の事かと思い聞き返したー。
「・・あなたを『マネージャー』にするって話よ。 ・・いつまでも「付き人」にしておくつもりはないからね?」
「・・ああ。」
さっきのアレねー。 てっきり私に恥をかかせないための作り話かと思ってた・・。
「美月がこの業界の事をよく知って、仕事に慣れたら・・いずれ『現場マネージャー』に昇格させるつもりだからー。」
渚さんはキッパリと宣言した。
「マネージャーの仕事は、今やってる”タレントの同行”以外に、スケジュールの管理やタレントの売り込み営業・・場合によっては新人タレントのスカウトなんかもするのー。
・・いずれは自分もやるものだと思って、他の先輩達の仕事をよく見ておいてね?」
私はそれを聞き、首をひねった。
売り込み営業や・・スカウト? ・・「人間恐怖症」で「引きこもり」の・・この私が・・?
・・どうもピンとこなかったー。
私は前を歩いている可憐さんをちらりと見た・・。 彼女は千葉さんと、なにやら話し込んでいたー。
(みんな・・言ってる事が違う・・。)
思わず大きな溜息が出た・・。
父も、可憐さんも、渚さんも・・それぞれ思惑があって、その思惑に・・勝手に私をあてはめようとしているー。
決定的な違いは・・父と可憐さんが将来私を’外’で働かせるつもりがないのに対して・・渚さんは・・私をこのまま”キャリアアップ”させていこうとしている点だー。
今は確かに精神的にキツイけれども・・この茨の道を、逃げる事なく進んでいけば・・私もいつか渚さんみたいな”自立した女性”になれるのだろうか・・?
そんな事を考えながら歩いていると・・いつの間にかスタジオの外に出ていた。
目の前に一台のワゴン車が停まっていた。 私が父から家を追い出された時に渚さんが乗っていた・・あのシルバーのワゴン車だ!
・・思わず目の前の車をボコボコにしてやりたい衝動に駆られていると、車の運転席から一人の男性が降りてきたー。
(・・うそ・・。)
私はその人物を見て・・目を疑った!
(・・この人が「マネージャー」ですって・・!?)
その男性の身長は・・どう見ても、軽く180を超えていたー。
体型は・・あの「馨さん」とほとんど変わらない・・見事な八頭身だ・・!
年齢は30代半ばという所だろうか? ・・少しだけ長めの黒髪を後ろになでつけているが・・そのあらわになった額の美しい事!
地味な眼鏡をかけ、地味なスーツを着ていても・・その美貌は、全く隠しきれていなかったー。
少し褐色の滑らかな肌に、柔らかそうな黒髪ー。
いかにも’ビジネスマン’という感じの、飾り気のない銀ぶちの眼鏡のレンズの奥には・・夜の闇のような二つの瞳が煌めいていたー。
(・・本当にマネージャー・・!? タレントかモデルさんじゃないの・・?)
思わず凝視していると・・「男前でしょう?」と、渚さんがこっそり耳打ちしてきた。
「・・彼はウチの会社のチーフマネージャーの北園友也。 年齢は34歳よー。 ・・昔、モデルだったから、御覧の通りの容姿なの。」
渚さんが苦笑しながら紹介した。
「・・正直、隣には並びたくないです・・。」
千葉さんがボソリと呟いたー。
(・・わ、わかる・・その気持ち。 私もそれ、常に感じてるから・・!!)
そう思いながらチラリと可憐さんを見ると、彼女は欠伸をしていた。
「・・それじゃあ、明日の朝は私が迎えにいくから。 ・・この後もしっかり頑張るのよ?」
渚さんはそう言い残し、北園さんの乗ってきたシルバーのワゴン車に乗り込んで、事務所に帰ってしまったー。
「・・なんか渚さん、美月さんのお母さんみたいですね。」
千葉さんがボソリと呟いた。
私は恥ずかしくなり・・またもや赤くなった。
「・・それじゃ、行こうか。」
北園さんがクスクス笑いながら言ったー。
(・・う・・わ・・この声・・!!)
・・思わず腰が砕けそうになった!
男性の色っぽい声って・・こういう声を言うんだろうか?
お腹の底に響くような低音で・・まるで心地いい音楽みたい。 ・・うっとりする・・。
思わずポ~ッとしていると・・横から刺すような視線を感じ、ゾクリとして我に返ったー。
・・恐る恐る右側を見てみると・・
(・・ヒィィ~~!!)
・・み、見てる・・! すっごい凝視してる・・! ・・無表情で!!
誰が・・とは、あえて言うまい・・。
ガラス玉みたいな目が、リアルなフランス人形を思い起こさせたー。
(・・な、なによ・・自分なんか「結婚相手」までいるくせに・・!! ・・そんな顔する権利なんか・・ないんだからね・・!?)
そう思いながら歩き出した時・・何故彼が「モデル」じゃないのかわかった気がしたー。
・・右足をひきずってるー。 ・・わずかだけど・・。
先程乗ってきた大型車で・・運転席に北園さん、助手席に千葉さん、後部座席には私と可憐さんが乗り込み出発したー。
「・・倉田さんはあまり社長に似てないんだね・・?」
運転席の北園さんが言った。
「・・えぇ。 私は・・どちらかというと・・母似で・・。」
・・さっそく私の悪い癖が出てきた。 ・・どんどん声が小さくなっていく・・!
声が出ない・・。 話が続かない・・。 前はダンマリだったから・・少しはマシになったけど・・。
(・・くそ! ・・私って・・なんでこうなの・・? ”心の中”ではこんなに雄弁なのに・・!!)
私は泣きたい気持ちになった・・。
「ーーでも、大柄な所は社長そっくりですよ? ・・社長はあの年で180ありますからね。 美月さんも170あるでしょ? 女性にしては、かなり大柄な方ですよね?」
助手席の千葉さんが私のかわりに答えた。
たぶん・・わたしが口下手なのを聞いてて、フォローしてくれてるんだと思う。 ・・この人、本当にいい人だ・・。
(・・なんとか・・この人の厚意に応えたいー。)
・・千葉さんの優しさに後押しされ・・私は思い切って、自分から話をふってみる事にしたー。
脳内をめぐらせて、会話が続きそうな’ネタ’を探す・・。
(どもるかな・・? 大丈夫かな・・?) ・・ドキドキしながら口を開いたー。
「き、北園さんは・・も、元モ・・モデルさんなんですね・・?」
・・いっ・・言った・・!!
し・・心臓がバクバクしている・・。 赤くなりながら・・思わず自分の胸を両手で押さえたー。
その時・・横の可憐さんが俯いたー。
・・口元が笑ってる・・! たぶん・・今の私を見て、また「ツボ」に入ったんだと思う・・!
・・くそっ・・いっその事・・朝みたいに笑いやがれ・・! 本性見せろっ!! ・・この二重人格人間め・・!!
運転していて彼女の異変に気付かない北園さんは・・淡々と自分の過去を語りだしたーー。
「・・20代の頃は確かにモデルだったんだー。 ・・そろそろ俳優業に転向しようかなと思ってた時に、事故に遭っちゃってね。
綺麗に歩けなくなっちゃったんだー。
・・それでそのまま所属していた事務所のマネージャーに雇ってもらったんだけど、2年前にクビになっちゃってね。
・・そんな時、倉田社長に拾ってもらったんだー。」
私は驚いてしまったー。・・見かけによらず・・苦労してる人なんだ・・。
こんなに容姿に恵まれてたら、’苦労’なんて・・一生無縁なものかと思ってたー。
・・それにしても・・私・・もしかして”地雷”踏んじゃった・・? ・・バカバカ!! ・・慣れない事をするから・・!!
どうしてよいか分からずあたふたしていると・・横から声がした。
「・・ウチの事務所は元々モデル事務所でしょ? テレビや映画の業界にうとくて・・。
その点、彼が前にいた事務所は・・俳優や女優の多い大手事務所だったのよー。
・・しかも彼自身がその事務所の”看板女優”を担当してたものだから・・彼がその事務所をやめると聞いたその日に、ウチの社長が速攻でスカウトしにいったのよね・・。」
・・そ・・そうなんだ・・。 この人見るからに「仕事ができそう」だもんね・・。
「まさに、’渡りに船’ってやつだよ・・。」
そう言って、彼はハハハと笑ったー。
(・・なんで・・やめたんだろう・・。)
・・私はそこが気になったー。
(・・看板女優のマネージャーをしていたって事は、かなり優秀だったはずだよね・・。
しかも・・父が自らスカウトしに行く位だもん。 ・・相当優秀だったはずー。 ・・なんでクビになったんだろう・・?)
そう思い・・ミラー越しにちらりと彼を見つめたー。
(・・それにしても、もったいないな・・。)
目の前の男性は・・確かに「敏腕マネージャー」なのだろうー。 ・・でもどんなに仕事ができたとしても・・この『容姿』以上に優れていると言えるのだろうかー?
この容貌は・・神様が、彼だけに与えた贈り物だー。
先程彼を見た瞬間に・・可憐さんを見た時のような『選ばれた者の輝き』を・・確かに感じたのにー。
足を引き摺っちゃうって、そんなに致命的なものなんだろうか?
・・モデルはダメでも・・「役者」なら・・?
それとも年齢が行き過ぎちゃってるんだろうか・・?
・・そんな事を考えていると、いつのまにか車が停まっていたー。
「・・この先の橋が、今日のロケ現場だよー。 ・・かなり冷えるから、車の後ろに積んであるダウンジャケットを着ていってね?」
・・どこからどう見ても「マネージャーに見えないマネージャー」は、ニッコリ笑って言ったー。