第21話:初めてのCM撮影
『大沢可憐様』と書かれた紙の貼られた控え室の扉を開けると、部屋の壁際一面に贈答用の花が並べられていた。
それらには、送り主の名前や社名の書かれた札が差し込まれていた。
その量に・・私は圧倒されたー。
そのまま進むと、部屋の中央に来客用のテーブルとソファーが並んでいて、そこに一人の青年が座っていたー。
テーブルの上には特大のメイクボックスが開いて置いてあり、その中にカラフルな化粧品がズラリと並んでいた。
彼はそれらを整理していた。
「・・紺野君!」
渚さんが呼びかけると、彼はニコリと微笑んだー。
「美月、紹介するわね。 彼は紺野透君。 専属で・・可憐のヘアメイクを担当してもらっているの。
彼のおかげで可憐の仕事は一気に増えたのよ?」
渚さんがニコニコ笑って言った。
「・・いや、俺はそんな・・」
彼は即座に両手を振って否定した。
「イ~ヤ!! ・・どう考えても紺野君のおかげだね! 可憐のメイクは、今や・・若い女の子達の「お手本」なんだからー。
彼、すごい売れっ子のメイクさんなんですよ?」
千葉さんもべた褒めだー。
「可憐さんのおかげで、俺の仕事が増えたんです・・。」
褒められるたびに・・彼は何故か小さくなっていった。
それを見て私はピンときた。 ・・身に覚えのあるこの感じー。
(・・この人『口下手』だー。)
・・究極の口下手、口下手キング(・・ク、クイーン?)の自分だからこそわかるこの感覚・・。
私は少し仲間意識のようなものを感じてしまった。 そして、ジッと彼を観察した・・。
・・とにかく色白な人だ。 千葉さんも白いと思ったが、この人の比じゃない。
この人の白さは・・まるで「雪」のようだ・・。 男性でこの肌は反則だと思う。
身長は177~8cm位だろうか? 細いのに肩幅が広く、関節や体の節々がしっかりしている。
なんというか・・骨太な感じだー。 メイク道具を持ってる手がとにかくデカい・・! ・・デカいのに、指先は女の人みたいに繊細で綺麗だった・・。
瞳は大きくツリ目がち・・。 キレイな一重で、ちょっと猫っぽい。
短く真っ黒な髪の毛に、シャツとジーンズの服装・・なにもかも無造作で、特にオシャレをしている様子もないのにオシャレに見える。 ・・こういう人は得だなと思った・・。
彼は不思議そうな目で私を見ていた・・。 それを見た渚さんが慌てて私を紹介した。
「紺野君、彼女は倉田美月。 今日から可憐の付き人をしてるの。 ・・これからいつも可憐のそばにいるからよろしくね?」
それを聞き・・彼は少し考え込んでから質問した。
「・・倉田って、もしかして倉田社長の・・?」
「そう、娘よー。」
渚さんが即答した。
彼は困惑した表情を浮かべた・・。
私は彼の顔を見て・・こっそりと溜息をついた。
(・・そりゃそうだよね。 「社長」の娘がこの年でタレントの『付き人』って・・。)
付き人はいわゆる使いっ走り・・「雑用係」だー。 マネージャーならともかく付き人をするのに・・私はどう考えてもとうが立ち過ぎていたー。
彼が困惑するのも無理はなかった・・。
それを見ていた渚さんが、「・・そうだわ!」と呟いた。
「美月。せっかくだから・・紺野君に挨拶の練習相手になってもらおう・・!」
(う・・うそでしょ~~!?)
私は絶句した! ・・イ、イヤだ・・。
「ほら、来なさい!」
渚さんが手招きしたー。
・・彼は『何事か?』という顔で私を見ていたー。
(・・は・・恥ずかしい・・。)
私は首から上が熱くなるのを感じた。 挨拶の練習って・・私は小学生か!?
(でも・・でも・・上の立場の人の前で失態を演じるわけにはいかないし・・確かに彼は’いい練習相手’だったー。)
実際に挨拶で失敗して・・可憐さんの足を引っ張るような事になったら大変だ。
私はおずおずと、一歩足を踏み出した・・。
「・・美月! そこから見られてるよ・・! ・・きびきび動くっ!!」
渚さんに怒鳴られて、私は背筋をピンと伸ばして早足になった・・!
(・・ええい!! もう、恥は覚悟の上だー! ・・自業自得なんだから・・強くなれ、アタシ!!)
半ばヤケクソになりながら・・私は彼の前に立ったー。
「・・紺野君。 ウチの社員はみんな知ってる事なんだけど・・あなたは身内みたいなものだから、言っておくわね?
美月は・・今まで15年間・・引きこもってたのよ。」
「・・じゅっ・・15年ーーー!??」
・・彼は大きな瞳をひんむいて叫んだー。
「・・そう。 ・・だからよろしくね? 至らない点が多いと思うんだけど、大目に見てやってね? ・・年は30なんだけど・・何から何まで初心者だからー。」
私は恥ずかしさのあまり・・失神しそうだった。 気が遠くなりかけていると、渚さんが付け加えた。
「・・でも、仕事に慣れたら・・可憐のマネージャーに昇格させるつもりなのー。」
(・・えっ!?)と、思った。 ・・そっ、そうなの・・?
渚さんを見つめると、彼女は「・・さっ、早く!!」と私を促したー。
私は背筋をピンと伸ばし・・彼を真っ直ぐに見つめた。
「・・倉田美月です。よろしくお願いします・・!」
そう言って、両手を前で組み・・深々とおじぎをした。
彼は一瞬、唖然とした顔をしていた。
でもしばらくして・・私の顔を真っ直ぐに見据えると、ニッコリと笑って言った。
「・・こちらこそ、よろしくお願いします・・美月さん!」
彼がとても優しい表情をしていたので、私はホッとしたー。
「・・よし!」 渚さんが呟いたー。
「じゃあ、可憐がメイクしてる間に・・私と美月は関係者達に挨拶してくるわね? 千葉ちゃんは可憐をお願いね?」
「・・わかりました!」
渚さんの後ろにいた千葉さんが笑顔で答えたー。
渚さんの後ろに続き、控え室から出て行こうとすると・・後方から声がした。
「・・美月さん・・!」
・・私は驚いて振り返ったー。
なんと・・呼び止めたのは紺野さんだった!
「・・頑張って下さい! ・・俺、応援してますから・・。」
思いもよらぬ優しい言葉に・・私の顔は紅潮し、胸がじわじわと熱くなったー。 ・・でもどう反応したら良いか分からず・・とりあえずペコリと一礼した。
顔をあげると・・紺野さんと千葉さんがニコニコ笑っていたー。
可憐さんだけが・・無表情でパラパラと雑誌をめくっていた・・。
それがちょっと気になったが・・あまり考えない事にして、扉を閉め、前にいる渚さんの後についていったー。
「・・今から紹介する人の顔と役職を・・しっかり頭に叩き込むのよ・・?」
渚さんが長い廊下を早足で歩きながら話したー。 ・・そして、突き当たりの部屋の扉を開けたー。
(・・わああぁぁっーーー・・!!)
眩しいライトの光に目が眩んだー。
広い室内は・・どこもかしこも機材だらけだー!!
そこを、スタッフらしき人達がごちゃごちゃと歩きまわっている。
その先に・・巨大な舞台のような物があり、そこにライトの光が集められていたー。
真っ黒な背景に、白い柱が何本か建っていて・・床一面、純白の花々が敷き詰められていたー。
まるで・・闇夜に浮かぶ真っ白な花畑だーー。
(・・すっ、すごい・・!! これが”セット”ってやつ・・!?)
こんな場所に・・こんな異空間が作り出されるなんて・・。 ・・私は唖然としていた。
「・・美月! こっちに来なさい・・!」
渚さんに呼ばれ、私は彼女の所に走っていったー。
その後・・渚さんが可憐さんの挨拶をするついでに、CM制作に関わる様々な人達に紹介されたー。
今後もお世話になる可能性があるので、私はそれぞれの人物の顔と名前と立場を懸命に頭にインプットした。
どの人も、私を「付き人」と紹介すると意外な顔をした。 そしてその後必ず・・「倉田って、倉田社長の・・?」と、聞いてきたー。
「・・そう、娘です。」
渚さんが答えると「・・へぇ。」と、何ともいえない顔をしたー。
(・・恥を宣伝してまわってるようなものだ・・。)
一様に同じ反応をされ・・頭からつま先までじろじろと見られるたびに、私は・・消えてなくなりたい気持ちになった・・。
自分だけじゃなく・・父や、会社や、他の社員や・・当然「可憐さん」の顔にも泥を塗っているようで、いたたまれなくなった。
・・こういう思いをするだろうとある程度予測はしていたものの・・早くもくじけそうだったー。
(・・これからこれを・・彼女の仕事先一つ一つでやっていくのか・・。)
想像しただけで気が遠くなり・・私は大きく溜息をついた。
ーーその時だった。
「・・おはようございますっ!!」「・・よろしくお願いします!!」 周りのスタッフが次々に動きを止めて、一つの方向に向かって挨拶し始めた。
・・その挨拶の波の中から、明らかに・・周囲の人々と異なるオーラを放つ人物が出てきた・・!
その人物を見て・・思わず溜息がもれた・・。
(・・うっ、美しい・・。)
彼女は春らしいピンクのドレスを着ていた。
肩には透けた素材の・・ピンクのショールのようなものが掛けられている。
柔らかな薄手の素材で、体のラインの出た・・細身のドレスだった。 ・・それが、彼女の完璧なプロポーションを、見事に演出していた・・。
髪の毛はストレートに伸ばされ・・無造作におろされている。
ストレートの可憐さんは、顔の造りの美しさが、より際立っていたー。
メイクはプロの手により・・朝より一層、美しく仕上げられていた・・。
(・・本当に’男’・・なんだろうか?)
私はまたしても騙されているのではないかという気がしてきた・・。
実は「女性」というオチだったりして・・。 ありえないだろう・・この人が「男性」なんてー。
人ごみの中の彼女はまるで・・闇夜に輝く一点の「星」のようだったー。
彼女はそのまま、周囲の人達に挨拶をしながらセットの中に入っていった。
その後セットの中央で・・可憐さんとスタッフ達は入念に打ち合わせをして、立ち位置の確認などをしたー。
「・・それじゃ、そろそろ本番いきまーーす!!」
・・しばらくして、どこからか声が聞こえてきた。
暗い室内で・・中央のセットに、一斉にライトの光が集められたーー!!
ーー真っ暗な・・中世の「庭園」のような場所に・・彼女は佇んでいた。
頭からは緋色のベールをかぶり、彼女の顔は良く見えない・・
そこに・・ひとひらの花びらが舞い降りてきた。
彼女は片手を差しのべ・・そのピンク色の花びらをすくった。
すると・・花びらは・・次から次へと舞い降りてきた・・
彼女がベールをはずすと・・’ぶわり’と風が吹き・・大量の花々がいっせいに吹き上げられたーー!!
・・宙を見上げる彼女に・・緋色の花々が・・まるで粉雪のように、優しく降りかかっていく・・
・・ゆらゆら揺れながら・・緋色の世界が・・白の世界を覆っていく・・!!
花びらのシャワーの中、一人佇む彼女の姿は・・言葉に言い表せないほど美しかった。
・・その情景に・・私は・・自分が何をしに来ているのかも忘れて、ぼんやりと佇んでいた・・。