第19話:嵐の後は・・
(さっきのあれは・・なんだったの・・?)
会社に向かう車の後部座席で私は考えていた・・。
隣では可憐さんが・・まるでファッション雑誌から抜け出たような完璧な装いで(・・というかこの人モデルもやってんだっけ・・?)座っていたー。
(・・確か数十分前に『私に指一本触れない』とか、ぬかしてなかったっけ・・!?)
・・その舌の根の乾かぬうちにアレだーー。
彼女の発言がいかに信用できないか・・自ら証明したようなものだったー。
(・・大体この人、無茶苦茶手が早いと思う・・! ・・こんなのと一緒の部屋で暮らしてたら、三日で妊娠させられちゃうよ・・!!)
・・私は恨みがましい目で彼女を見つめたー。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか・・彼女は私と目が合うと、あのお得意の’天女’のような笑顔でにっこり笑ったー。
(・・ふんっ! もうその笑顔には騙されないんだからね・・! その・・天使のような笑顔の下には・・とびきり性質の悪い『悪魔』を飼ってるって・・知ってるんだからーー!!)
・・私は鼻を思い切りフンッと鳴らしてやったー!
・・とにかく『一年待つ』という約束をしたが、一刻も早く逃げるに限る!(・・バレたら怖いけど・・。)
・・とりあえず・・財布には二万円。 ・・隙を見て、逃げるか・・!?
私は考えを巡らしていたー。
「・・可憐と美月がすっかり打ち解けたみたいで良かったわ・・。」
運転席の渚さんが喜びを隠しきれないという声で話しかけてきたー。
「美月ったら・・いつもは他の人と目も合わせれないのに、可憐の前ではすごく堂々として・・。 まるで別人みたい・・すごいわ・・。」
(・・そりゃそうだ。 ・・昨日一日で、すっかり肝がすわりましたー。
・・人生30年足しても足りないような『濃厚な一夜』を体験させられたんだからーー!!)
やたらとウキウキしている渚さんを前に・・私は内心毒づいていたー。
ーー先程・・渚さんがマンションに私達を迎えに来た時・・彼女は私の顔を見て驚いたー。
「・・どうしたの美月・・? ・・目が、目が、凄い事になってるわよ・・!? ・・まるで一日中泣きはらしたみたいじゃない・・!!」
彼女はそう言うと、不安気な目で可憐さんを見つめたー。
その時私の脳裏には・・父の『もし渚から’この話’がでたら・・あいつをクビにするー。』という言葉が浮かび・・慌てて言い訳をした・・!
「・・ひどい顔だよね? ・・私ってば、昨日お父さんに勘当されちゃったもんだから悲しくて・・!
昨日渚さんと別れた後、大泣きしちゃったんだー。 ・・いい年して恥ずかしいったら、もう・・。」
・・私はひきつった笑顔でニッコリ笑ったー。
そんな私を見て・・渚さんが仰天した・・!!
「・・美月、どうしたの・・? すごいじゃない・・!! ・・いつもなら、社長と私以外の前ではどもっちゃうのに・・そんなにも堂々として・・!」
彼女は今まで見た事がない程、目を見開いていたー。
そして、ミラー越しに可憐さんを見ると・・
「・・可憐・・あなたすごいわ・・。・・どんな魔法を使ったの・・?」と、賞賛の溜息を洩らしたー。
「まあ・・とびきりのヤツをねー。」
そう言いにっこり笑う可憐さんを見て・・私は内心、彼女に飛びついて’タコ殴り’にしてやりたい衝動に駆られたが、グッとこらえて微笑み返したー。
・・それを見た渚さんは更に仰天し、それからこうして・・会社に向かう車内で、しきりに「可憐はすごい。」とか「可愛い子には旅させろって本当だわ。」とかブツブツ言い続けているのだった・・。
そんな彼女を見て・・私は内心溜息を漏らしていたー。
(・・この人は・・本当に私にとって”最大の弱点”だな・・。)
ーー12の時・・私は母を失った・・。 ーー突然死だった・・。
夜寝る前に私の寝室に来て「おやすみなさい」と優しく微笑んだ彼女は・・朝になると、まるで人形のように動かなくなっていたー。
心臓の病気だった・・。
・・その日、会社に泊まりこんでいた父が・・朝、服を着替えに家に戻ってきて、母の死に気付いたー。
・・大切な人とのあまりに突然の別れに・・まだ幼かった私は、物凄い喪失感を味わったー。
その後塞ぎ込み・・元々口下手で人付き合いが苦手だった私は、学校でも人間関係で挫折し・・中三から学校に行かなくなってしまったー。
それでも学校側の計らいで、なんとか卒業できたが・・その後進学も就職もせず、完全に”引きこもり”と化してしまったーー。
そんな傷心の私の前に・・彼女は現れたー。
その時渚さんは26歳・・父の会社では入社三年目の一社員に過ぎなかったー。
・・母より一回り小さな彼女からは、母のような優しい香りがした・・。
人間恐怖症で・・ビクビク、オドオドしている私に・・彼女は温かく、根気強く接してくれたー。
・・彼女はなんと、高校へ行かない私のために・・家庭教師まで買って出てくれた・・。
仕事があるからたまにだけど・・中三や高校の教科書や問題集、参考書などを買ってきて、勉強の仕方を教え・・私はそれに従って、毎日数時間コツコツ勉強したーー。
・・もともと本を読むのは苦痛ではなかったし、教科書通りそのまま進めていくと、ある程度は理解できたー。
どうしても理解できない所はそのままになっているけれど・・結局、高校卒業程度までの教科書は一通り学習でき・・おかげで私は今でも学力面では、あまり卑屈にならずにすんでいる・・。
・・そうやって、彼女は私の心に入り込んできた・・。
最初はどもって会話にならなかったが、数年後には・・この世の誰よりも心を許せる人物になっていたー。
私が・・人が怖いと思う反面、人の’優しさ’や’温かさ’を認識できるのは・・ひとえに「彼女」の存在のおかげだったと思っている・・。
ーー私は渚さんを見るたびに・・母を思い出していたー。
母を思い、苦しくなると・・彼女の笑顔を思い出し・・ほっとしたー。
・・自分でも少し異常だと思うが・・それはもう「執着」と呼んでいい感情だったー。
こんな私の気持ち・・彼女に話したら・・おそらくあまりに重過ぎて’ビビる’だろうから、決して言わないけれど・・。
・・とにかく私は・・他の何を失っても、『彼女』だけは絶対に失いたくないのだった・・!!
父は・・ムカつく位、私のこの「気持ち」を理解していたー。
こうして・・実の父が’他人’を盾に取り、娘を脅迫するという・・ワケの分からない図式が完成したのだった・・!
・・先程マンションで・・渚さんに、可憐さんとの事を必死で弁解する私を見て・・可憐さんは意味ありげに笑っていた・・。
その顔を見て・・最悪の敵に「最大の弱点」を知られた気がして、ギクリとしたのだったー。
「・・可憐は’あの事’・・美月に話したのよね・・?」
渚さんの声が聞こえてハッとしたー。
・・そうだった。 ・・今は会社に向かう車の中だったー。
「ええ・・。昨日の夜にね。」
可憐さんが答えたー。
渚さんは気まずそうな声で謝ってきた。
「・・ごめんね、美月・・。 可憐の’本当の性別’の事、隠してて・・。
昨日言おうと思ってたんだけど『・・怖がらせるから自分が直接話したい。』って可憐に頼まれちゃって・・。」
・・それは絶対に”奇襲攻撃”をかけるためだと私は確信したー。
「・・昨日可憐に誕生日のお祝いをしてもらったんでしょ・・? ケーキは私が買いに行ったのよ? 美味しかった?」
・・そうですね・・。 ・・そしてその後『私』が食われかけましたー。
・・あらゆる事実を飲み込んで・・私は明るい調子で答えたー。
「うん。美味しかったよ! 可憐さんも優しくしてくれるから大丈夫!! ・・ありがとうね、渚さん!」
それを聞いて、彼女は「良かった」と嬉しそうに呟いたー。
・・そんな私達のやり取りを聞いていた可憐さんが、渚さんから見えないよう・・俯きながら肩を震わせ笑いをかみ殺していたー。
(・・もう、無視無視!! ・・こんな笑い上戸の女装女優の反応に、いちいち腹を立ててたら・・キリがないからー!!
・・平常心、平常心・・。)
私は目を瞑り、大きく深呼吸したー。
「・・可憐の本当の性別を知っているのは・・社長と、私と・・あと長年ウチの会社に勤めている社員一人だけだから・・。
・・こういう業界だから、うかつに’本当の事’は言えないのよね・・。
・・とにかく他の社員達は、可憐が完全に「女性」だと思ってて「男性」だって事は隠してるから・・くれぐれもよろしくね・・?」
渚さんは真剣な顔で繰り返したー。
「・・美月。 ・・可憐の事、本当に頼んだわよ・・?」
・・私はこっそりと溜息をついたー。
・・三人を乗せた車は、それぞれの思いを乗せて・・国道を進んでいったーー。
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