第1話:父に見捨てられた娘
門の外に出ると、そこにはシルバーのワゴン車が止まっていた。
車の運転席には父の会社の副社長兼マネージャーの「渚さん」が座っていた。
彼女は小柄だがベリーショートのよく似合う、とてもスタイルの良い女性だ。
見るからにキャリアウーマンという感じで、爽やかなブルーグレーのパンツスーツがとても良く似合っていた。
年齢は父より10歳年下の40歳。
二十代前半に結婚したが一年足らずで離婚し、その年新しくできた父の芸能事務所にマネージャーとして採用された。
それから20年近く・・父の会社の女房役として働き続けている。
私の母は私が12歳の時に他界していたので、渚さんはある意味私の「母」であり「姉」のような存在だったといえるかもしれない。
こんなでかい娘など迷惑だろうが・・。
とにかく、彼女は会社の仕事だけではなく我が家に何かある時には必ず手伝ってくれた。
・・実は私は昔から、父とこの女性は付き合っているのではないかと睨んでいた。
あの親父に彼女は勿体無過ぎるが、お互い独身の男女のことだ。なにがあっても不思議ではなかった。
車の後部座席に私が座ると彼女は車を発進させた。
「・・どこに行くの?」
結構なスピードで走る車の中で私は質問した。
「うーん、まだ内緒かな?」
彼女は少し困ったように答えた。
「ふうん・・?」
私は不思議に思った。食事にでも連れて行ってくれるのだろうか?
・・ちなみに今の私の服装は上下スウェットのルームウェアだ。もしどこかに行くなら途中で服を買って着替えたい。
「・・そう言えば父がプレゼントがどうとか言っていたけど・・。」
(もしかして・・服か?)と思いながら尋ねた。
「・・これよ。」
彼女は運転しながら白い封筒を渡してきた。
「?」
封筒の中には一枚の手紙が入っていた。私は四つ折りのその手紙を開けてみた。
そこには癖のある父の文字が並んでいた。
”美月へ
美月、誕生日おめでとう。
お前がこんなに大きくなって父さんは本当にうれしい。
思えばお前が12の時に母さんが亡くなり、私達はつらい思いをしてきた。
家族二人で手を取り合い、なんとかここまでやって来たが、決して平坦な道のりではなかったー。
でもこうしてやってこれたのは、優しかった母さんの思い出があったからだと思う。”
その前文を読み、亡くなった母の事を思い出しじんわりしてきた・・。
しかし、手紙の内容は・・徐々に妙な方向に流れていったー。
”お前は幼くして母を亡くした。
思春期に心に大きな傷を負った事は本当に気の毒だと思う。
しかし、だからと言って・・学校に行かなくなるというのはどうだろうか?
しかもそのまま卒業した上、一切外に出ず、自分の部屋に15年も『引きこもる』とは何事か?
亡くなった母さんも、そんなお前を天国から眺めて・・さぞ悲しんでいるに違いない。”
・・話がどんどん嫌な方向に流れていく。
これのどこがプレゼントだ?積年の恨みを綴った手紙ではないか・・!
私はかなりうんざりしながら先を読み進めた。
”ちなみにお前は自分が今何歳かわかっているか? お前は今30歳だ。20歳じゃない。『30歳』だ!”
私はその部分にあからさまに反応した!
(・・そんなに強調しなくてもわかるっつーの! ・・ムカつくあの親父っ!)
しかし手紙の恨み言は、どんどん核心に迫っていった。
”父さんが今までどんな気持ちでお前を見続けてきたかわかるか?
・・お前はとにかく人の目に触れるのが嫌だと言い、家から一歩も出なかった。
学校にも行かず就職もせず、我が家が金銭的に困っていないのをいい事に一切働かず・・自分の部屋に閉じこもり鍵をかけ続けた。
その間にお前の同級生達は、ある者は社会に出て出世し、またある者は恋愛をして自分の人生を謳歌し、子供を持ち家庭を築き、『社会の一員』として立派に過ごしていた。
父さんは待っていた。お前が自ら間違いに気付いてくれる事を。
父さんの庇護の下生きていくのには限りがあると、お前が自分で気付き自分であの扉から出てくる事を。
・・しかし30になっても何一つ変えようとしないお前を見て、私は決心した。”
私はその次に続く言葉を見て、目を疑った。
”お前を二度とうちの家にあげない。”
・・えっ!?
”ーーお前を、勘当する。”
・・思わず目の前が真っ暗になったー。