第16話:対決!ヴィーナス×ニート女《1》
「どうぞ召し上がれ~♪」
妖艶な美女の一言で朝の食事が始まったーー。
食卓の上には、テーブルいっぱいに皿が並んでいた。
今朝のメニューは和食で、どれも・・朝から胃が受け付けそうな、消化に良さそうな物ばかりだったー。
おかゆに煮魚、ふんわり焼かれた玉子焼き・・他にも様々な野菜料理が、数品並んでいた。
彼女の料理を一度口にしたが最後・・相変わらずの美味しさに、私の箸はどんどん進み・・結局、出された物を全てきれいにたいらげてしまったー!
(・・さっきまで全く食欲がなかったのに・・私という奴は・・。)
ーー空になった食器を前に、思わず自己嫌悪に陥ってしまった・・。
なんというか、彼女の料理は・・一度食べたら止められない(どこかで聞いたセリフ・・?)病みつきになる味なのだったーー!!
己のイノシシの様な食いっぷりに、思わず赤面してしまったが・・そんな私を、可憐さんは最初から最後までニコニコ笑って眺めていたー。
(・・この人は基本的に・・自分が作った料理を「人」に食べさせるのが好きなんだな。)
嬉しそうな彼女の顔を見てそう思った。
本当は凄い人なのに全然偉ぶらないし・・今日だって、これから仕事で一番忙しくなるのは「彼女」なのに、私を気遣って朝食まで用意してくれた・・。
昨日父に言われた『ーあいつは性格がいい。』という言葉を思い出したー。
でも、頭をブンブン振って考え直したー!
(騙されるなーー!! 騙されるなーー!!
・・ああっ・・私って、なんでこう「たやすい」の!? 相手は”女優”だよ? ・・しかも、全国民を騙せちゃうような”凄腕”なんだから・・!!
昨日だって散々騙されて「あんな目」に遭ったくせに・・!! 本っ当~にバカなんだからーー!!)
全く、こんなんじゃ・・この先何度、’詐欺’に遭うかわかったものじゃない・・!!
私は自分を戒めたー。
朝食を食べ終え、当然私が後片付けをしようとしたが彼女が譲らず・・結局二人で片付けた。
その後食卓でコーヒーを飲んだー。
時刻は6時10分だったー。
渚さんが来るまでまだ少し時間があるので、私は思い切って口火を切った。
「昨日、父から聞きました・・。」
彼女はちらりと私を見たー。
「可憐さんはこれから・・『女性』になるつもりなんですね。」
・・彼女は何も答えず黙ったままだった。
私は確かな「手応え」を感じながら、話を続けた。
「・・性別を女性に変えようとしているという事は・・可憐さんはようするに、『心が女性』という事なんですよね?
可憐さんは「同性」である私に・・”ああいう行為”をする事に・・抵抗はないんですかー?」
彼女は黙って私を見つめていたが・・しばらくして、動じる事なく返してきたー。
「・・ない・・わねー。 他の”女性”になろうとしている人達はどうだか知らないけど・・私に関して言えば・・相手が「男性」であろうが、「女性」であろうが・・気持ちの上では差はないわ。」
彼女はきっぱりと答えた。
ーー私は・・なぜか激しく動揺してしまった・・!!
(・・気持ちの上で・・差がない・・!?
・・ちょっと待って。 それって彼女がようするに・・男性でも女性でもいい・・いわゆる『バイセクシャル』って事・・?)
確かに彼女が完全な「同性愛者」であれば・・女性にあんな事をしかけてくるわけがなかったー。
(・・でも・・”性転換”しようとしているんだよね・・?)
彼女の答えを聞いて・・不安は募るばかりだったーー。
・・私は恐る恐る尋ねたー。
「・・それなら・・何故可憐さんは「女性」になろうとしているんですか・・?
このまま性転換しないで「男性」のままでいれば・・こんな風に子供を急ぐ必要なんてないじゃないですかー。
まだ若いんだから、そんなに焦らなくてもいいでしょう?」
彼女はコーヒーを飲みながら私の話を聞いていた。
でもしばらくして、テーブルにカップをコトリと置いて話し始めた・・。
「・・私はとにかく・・はやく『女性』になってしまいたいのーー。」
・・私は(えっ・・?)と思い彼女を見たー。
「正直な所・・男性の私が女性の姿で芸能界にいる事は・・かなりキツイ事なの。
いつ「バレる」かって、常に神経をすり減らしてる・・。 ファンを騙しているっていう罪悪感もあるー。
性転換手術を受けても戸籍の性別は変わらないけれど・・それでも仕事の幅はグッと広がるし、リスクや罪悪感も薄れるわー。」
私は不安な気持ちで彼女の話を聞いていた・・。
彼女の話を聞けば聞くほど・・私には一つの『疑問』しか浮かんでこなかったー。
(ーーこの人の”心”は・・本当に『女性』なんだろうか?)
・・そもそも「女性」になりたいと思う人は・・女性と性的関係を持ってまで・・”自分の子供”を作ろうとするだろうか?
内面が「女性」であるならば・・普通「女性である事」と「子供を持つ事」と・・どちらを優先する?
・・そんな心の声が聞こえたかのように、彼女は付け加えたー。
「・・『女性になろう』って考えは・・私がこの業界に入ってから、ずっと持ち続けてきた事なのー。
子供を持てたらすぐにでも手術を受けるつもりよ?」
・・私はまだ釈然としなかったー。
でもこれ以上この話をしても説得の糸口にはなりそうにないので、とりあえず方向を変えてみる事にした。
「馨さんは・・彼は「男性」だけを愛する人なんですか? ・・その・・「女性」は・・?」
・・そうなのだー。 ・・これもずっとひっかかってた疑問なのだったー。
馨さんがもし同性愛者・・いわゆる”ゲイ”ならば・・可憐さんが性別を変えてしまってもいいのか?
その道の事はよく分からないが・・もし彼女が肉体的に「女性」になってしまったら・・元の木阿弥ではないのか?
「・・馨は元々ノーマルだったんだけど・・私がこの格好で・・本当は「男性」だって事を隠したまま、彼と仲良くなっちゃって・・。
彼はずっと私を「女性」だと思ってたのよねー。 ・・それで『そういう関係』になっちゃって・・。
・・まあ何というか・・私が目覚めさせちゃったと言うか・・アハハ。」
彼女の答えは珍しく歯切れが悪かったー。
私は思わず赤くなったが、目の前の人物を見て納得したー。
(・・まあ、彼女であれば・・女性だと思って接近して・・蓋を開けたら「男性」だったとしても・・そのまま好きになっちゃう気持ちも分かるな・・。)
彼女はそれ程の’美貌’の持ち主だし・・例えその気のない男性でも”その道”に目覚めさせちゃうような、凄絶な『色気』があるのだーー。
私は馨さんに同情した・・。
彼は彼女に会いさえしなければ・・いや、父の芸能事務所なんかに入りさえしなければ・・おそらく普通に女性と恋をして・・普通に女性と結婚していただろうー。
こんな・・隠れるような”日陰の恋”をする事はなかったはずだーー。
ある意味彼は・・父がしでかした事の’最大の犠牲者’なのかもしれなかったー。
・・それにしても・・。
・・私は可憐さんの話を聞いて驚いていたー。
最初はどんな形だったにせよ・・今では二人は”結婚”まで誓い合う仲だ。
もともとノーマルだった人が・・「性別」という垣根を越えて、今後・・通常より遥かに困難の多いであろう・・’同性間の結婚’という道を選択しようとしているー。
それだけで・・彼がどれだけ彼女の事を想っているのか、推し測れるというものだった・・。
なのに彼女は・・そんな彼の「想い」を無視して・・他の女性と肉体関係を持ち、『子供』まで作ろうとしている。
「ーー馨さんに悪いと思わないんですかー!?」
・・私は思わず吐き捨てるように叫んだー!
「・・もともと「ノーマル」だった人が・・あらゆる障害を乗り越えて、あなたと『結婚』しようとしているんですよ!?
こんなの・・彼に対するひどい『裏切り』じゃないですかーー!!」
・・私は彼女を思い切り睨み付けてやったーー!
でも彼女は、さして気にする風でもなく・・軽く息を吐いてから答えた。
「私は確かに馨を愛しているし、女性の体になったら彼と結婚しようと思っている。
でもだからといって、自分の子供・・自分の”遺伝子”を遺したいという欲求を抑えるつもりは・・ないわ。
・・人として生まれてきたからには、自分の『子孫』を遺したいと思うのは当然の事でしょう?」
彼女は真っ直ぐ私を見続けて言ったー。
「・・特に「性別」を変えると決めてからは・・”その思い”はどんどん強くなってるー。
・・正直・・今この場で『事』に及んでもいいくらいよーー。」
ーー彼女はそう言い・・絡めとる様な視線で私を見つめはじめたーー!!
その目は熱く、全身を射抜くようで・・私はまたしても首筋が熱くなり・・思わず彼女から目を逸らしてしまったーー。