表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/34

第15話:浮上する女




(・・順番をまちがえたー。)



 深夜の物音一つしないリビングの中央で、私は激しく後悔していたー。


 ・・完全に’順番’を間違えた・・。


 私は先に父などではなく「渚さん」に電話すべきだったーー!!



 ・・でもしばらくして・・それは不可能だったと思い直した・・。


(こんな時間に渚さんに電話なんて・・。家族じゃないんだから無理だ。 


 ・・ただでさえ、あんなに忙しい人なのに・・。)



 ーーせめて朝まで待って・・父じゃなく「渚さん」に最初に相談するべきだった。


 ・・そうすれば、今のこの『最悪の状況』だけは免れていたのに・・。



 そして・・そうなった経緯を思い出し・・歯軋りした・・!


(・・ああ・・!! あの時可憐さんに言われた”一言”を実践したばかりに・・。)


 ・・くやしさに涙が滲んできたーー!


(・・あれはやっぱり『罠』だったんだーー!!


 可憐さんは・・私が父に電話したら「こうなる事」が分かっていたー。 だからあの時、()に電話するように促したのだ。


 ・・ああ・・なんで私はあの時、あの”冷血親父”なんかを信じてしまったんだろう・・。


 あの時・・思ったのにーー!! 彼女の言う事だけは信じちゃいけないってーー!!


 バカ、バカ、バカーー!! ・・・宇宙一の大バカ~~~!!!)



 ・・しかし、後悔先に立たずだったー。


 私はあの二人の見事な連係プレーにより・・もはや完全に「逃れられない状況」に追い込まれてしまっていた。


 私の両目からは再び大量の涙が溢れてきた・・!


 もう・・自分のアホさ加減が・・周りの非情さが・・ムカついてムカついて・・いつまでたっても涙が止まらなかった・・!!


 ひたすら涙が涸れるまで泣きじゃくり・・嗚咽しまくったーー!!


 そして終いには泣き疲れて・・そこから先は・・意識がなくなった・・。








 




























 ーートントントントン・・。



 ・・昔、よく聞いた音で目が覚めたー。


 ・・瞼がほとんど・・持ち上がらない。 


 ・・頭の芯がボンヤリとして・・重い・・。



 ーーカチャカチャカチャ・・。



 ・・目はほとんど開かないが・・辺りは真っ暗だった。


 ・・時間が経つと、少しずつ周りの物が見えてきたー。



 私はリビングの大きなソファーの上で、横向きの’くの字型’で眠っていた。


 ・・どうやら昨日はあのまま泣き疲れて眠ってしまったようだったー。



 ーー時計を見ると5時8分を表示していたーー。


 冬のため・・外はまだ真っ暗だったー。



 ・・起き上がると・・体を覆っていた厚手の毛布が、スルリと床に落ちたー。


 私はそれを手に取り、音のしている方向を見た・・。



(・・可憐さん・・帰って来てるんだ・・。)


 ・・手元の毛布は彼女が自分に掛けた物らしかった。


 毛布の掛かっていた部分が・・じんわりと・・暖かかったーー。



 ・・彼女に会うのがなんだか怖くて・・私はソファーの上で体育座りをしていた。


 ・・カチャリと音がして、キッチンへ続く扉が開いた。


 隣室のまぶしいライトの光が、リビングに差し込んだーー。



 ーーそこには可憐さんが立っていた・・。


 私は一瞬固まったー。



「・・起きてたんだ。」


 彼女はそう言い、室内のライトをパチリとつけたー。


 私はまぶしくて・・思わず目をつぶった。



 ・・見ると可憐さんは、既に化粧も身支度もバッチリ済ませて・・エプロン姿だった。


 いつ何時(なんどき)だろうと、彼女の美しさは「無敵」だった。


 今の姿は・・まるで新婚の’美人妻’だー。

 

 こんなお嫁さんが家で待ってたら・・旦那は働くだろう・・それこそ”馬車馬”の如くーー。


 

「・・すごい顔だよ・・? シャワーでも浴びてくれば? ご飯作ってるから。」


 彼女はまるで・・昨日の事が’夢’であったかのように普通に話しかけてきた。


 私は本当に夢を見ていたのではないかという気がしてきた・・。


 でも・・時間が経っても持ち上がりそうにない鉛のような瞼が・・これは現実なんだと訴えかけていたー。 


 ・・私はノロノロとソファーから立ち上がった。



(・・そう言えば・・朝食を作るのは私の仕事じゃなかったっけ・・?)


 ・・そう思いながら、ふらふらとバスルームに向かった。



 ーー洗面所で鏡を見ると、なるほど・・私の顔はひどかった。


 本来二重の瞼は・・泣きまくったせいで赤く腫れ、完全に一重になっていた。


 瞼全体が潰れて、まるで”お岩さん”のようだった。



(・・っていうか土偶でこういう顔の奴あったな。・・もしくは出目金ーー?)

 

 ・・フハハ・・。 ・・あまりのブサイクさに・・ちょっとウケてしまったー。



 笑った事で少し元気になり・・私は服を脱ぎバスルームに入った。


 全身熱めのシャワーを浴び・・特に顔は・・冷たい水で何度も洗った。


 ・・鏡を見ると少し目が戻っていた・・。


 その後脱衣所に行き・・髪をドライヤーで乾かし、歯を磨いた。


 ・・寝室に戻って服を取ってくると、昨日可憐さんと一緒に選んだ服に着替えた。


 化粧水と乳液をつけ、髪を一つにまとめ、もう一度全身を鏡に映したー。



 ーーひどい顔ではあるが、鏡に映した自分は・・一応’働く人間’の姿になっていたーー。


 頭はかなりスッキリしてきていたー。



(・・落ち着こう。 今日から生まれて初めての『仕事』をするんだからー!)


 私はそう思い、自分の顔を両手でバシンとはたいたー。



(・・昨日は絶望的な気持ちになってしまったけれど・・彼女は結局「一年待つ」と約束してくれたんだし・・”逃げ道”は・・・必ずあるはずだー。


 昨日だって・・あの絶体絶命のピンチの状況で、私は『あの条件』を勝ち取ったじゃないかー!


 15年も引きこもってた「中卒女」にしちゃ・・上出来だ! ・・大丈夫、なんとかなるーー!)


 ・・私は鏡の中の自分を真っ直ぐ見据えたー。


(・・とりあえず、父や渚さんにはもう頼れないし・・父の会社の人にも・・今後一切頼っちゃいけない。


 頼るとしたら・・父の会社に関係のない「他社の人間」ーー。


 いずれにせよ・・当面は、自分自身で乗り切っていくしかない・・!


 ・・可憐さんは・・とにかく油断のできない人だけれども・・”良識”はある人だー。


 それは・・昨日、彼女が結局「やめてくれた事」で、良く分かったー。


 ・・あの人は・・性転換する前に、どうしても’自分の子供’を残しておきたくて・・本来絶対しないような無茶な事をしようとしているだけだー!


 むしろ・・時間が経つと冷静になって、考え直す可能性のほうが大きい・・!


 何と言ってもまだ若いし・・周りが見えなくなってるだけ・・。


 おそらく時間が経てば・・もっといい『条件』を見つけて、こんな馬鹿げた約束・・向こうから破棄してくるに決まってるーー!!


 私はとにかく’それまで’・・彼女が早まらないように・・「変な流れ」にならないように・・気をつけて行動するだけだー。


 ーーでも、()()()の事も考えて・・今後彼女が「考えを変えない」という事も想定して・・『逃げる準備』も同時にしておかなければならないー。


 ・・とりあえず・・今は朝だし、もう少しで渚さんも来るし・・彼女は「今」なら無茶な事はできないはず・・。


 考えを変えるよう「説得」するなら・・絶好のチャンスだーー!!)



 私は決意を込めて・・もう一度両手で顔をバチンとはたいたー!


 そして、洗面所の扉を開けたーー。



















 










 美月・・しぶといです・・。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ