第14話:父、倉田大吾という人
今後話の内容に’同性愛’の要素が加わってきます。
BL描写などは一切入れませんが苦手な方はご注意下さい。
ーーああ、そういう事か・・。
私は妙に納得してしまったー。
(・・そういう事か・・。・・あの人は・・あの人は『女性』になろうとしているんだー。)
普通であれば性転換する事は、かなり衝撃的な事かもしれなかったー。
でも彼女は・・彼女に関して言えば・・『女性になる』・・その方がむしろ自然な気がしたー。
・・それどころか彼女の場合「男性の言動をとる」・・その方がはるかに違和感を感じさせるのだった!!
(・・そういう事か。)
私は今まで気になっていた様々な疑問が、一気に氷解していくのを感じたー。
馨さんの事、彼女が「子供」にこだわっていた事、・・そして、先程の彼女の行動から感じた”違和感”の数々ーー。
本当に彼女は「相手」なんてどうでも良かったんだ・・!!
本当に欲しかったのは・・自分の血の繋がった『子供』ー。
そして”それ”を生み出してくれる『女性』ーー。
・・私は自嘲的な笑みを浮かべたー。
確かにそれなら私は、彼にとって最高のパートナーだ。
『秘密』を共有している社長の娘であり、真実がばれる心配がないー。
その上、私自身が「引きこもり」で「人間恐怖症」だから、ほとんど人前に出ず・・『秘密』は確実に守られる。
年齢は30歳ー。 普通未婚の女性なら「結婚」を強く意識する年齢ーー。
・・なのに結婚願望がなく、他の男性に割って入られる心配もない・・。
・・まさに私は彼にとって完璧な『理想の相手』だったーー!!
彼がなぜあんなに自分にこだわったのか・・分かってきた。
『・・可憐は馨とつきあってるー。』
父の声で・・自分が今、電話の最中だった事を思い出したー。
『あの二人は、可憐が性転換手術を受けたら・・すぐに海外で挙式するつもりだ。
まあ、二人とも結婚後もそのまま仕事を続けるつもりだから・・当然’秘密’でだがな。』
ーー結婚ー。
・・私は驚いていた。
そこまで話は進んでいるのか。 もう、まさに二人は・・『運命の恋人同士』ではないか・・!!
『だが問題は・・可憐が「子供」を欲しがってる事だったー。・・あいつは自分の血の繋がった子供・・『実子』を望んでいる。』
「・・・。」
・・話がだんだん見えてきた・・。 私は嫌な予感を感じながら・・話を聞いていた。
『しかし「男同士」で子供ができるはずもないー。 馨は子供には全くこだわっていないんだが、可憐がな・・。
・・自分の子供を実際手に抱かない限り・・「性転換」しないと言っているー。』
・・ああ、もうやめて欲しい・・。
『まあ、あいつは男だし、子を残す方法はいろいろあるんだろうがな・・。
何せあいつは「立場」がな・・。 性転換後も女優を続けるつもりだし、いろいろ面倒でな・・。
下手をすると出産してくれる女性次第では・・せっかく子供が生まれても、一生会えなくなる可能性もあるーー。』
もうそれ以上、話を聞きたくなかったー。
でも・・そんな私の気持ちなどおかまいなしに、父は語り続けた・・。
『だから私は・・あいつに「お前」をすすめたーー。』
・・思わず両目を閉じたー。
携帯を持ったまま、両手で顔を覆ったー。
・・目など閉じなくても、すでに目の前は真っ暗だったーー。
『・・お前は「結婚したくない」が子供を必ず産まなきゃならない女性・・。
一方、可憐はお前とは「結婚できない」が、子供は必ず残したい男性ー。
ーーこれが・・神の導きじゃなくてなんだと言うんだ?』
(・・私が『子供を産まなきゃなんない』って考えてるのは、アンタだけでしょうがーー!!)
私は喉元まで出かかった言葉をなんとか飲み込んだー。
しかし父は・・その「汚らわしい話」を、さらに「汚らわしい言葉」で塗り固めていったー。
『・・あいつはお前が’自分の子供’を産んでくれたら・・養育費代わりに、子供一人につき年間所得の10%を会社に還元すると言っている。 ・・要するに給料の減額だなー。』
(・・一人につき・・? 一体「何人」産ませるつもりよ・・!?)
・・私はもう泣きたかったー!! ・・目の前の携帯電話をへし折ってしまいたかったーー!!
しかし父は淡々と・・『金』の話を続けたー。
『言ってっておくが・・お前が一生働いても稼げない額の金が、毎年入ってくる事になるー。』
・・ああ、お願い・・。 頼むからその口を・・閉じて欲しい・・。
『・・しかも子供の養育権は、完全にこちらに譲ると言っている。 ・・あいつもいつでも家に来て子供に会う事ができる。
まあ性転換後は、一生子供に「自分が父親」だとは言えないだろうが、それでも・・自分の子供にいつでも会えるのは大きいー。
・・私には念願の『孫』ができ、倉田家の家系は守られ、お前は嫌がっている”結婚”にしばられる事なく、養育費で一生金に困らず生きていけるーー。
ーー美月、こんなうまい話を断ったら・・お前は正真正銘本物の『阿呆』だーー!』
・・私は両膝を抱えてうなだれたー。
・・そういう事か。 ・・これでやっと納得がいった・・。
何故彼が、私なんかに”あんな事”をしようとしたのかもー。
何故彼が、社長の娘である自分に・・あんなに強気でいれたのかもー。
何故彼が・・”あんな事”をする程、あせっていたのかもー。
何故彼が・・こんな「自分」にこだわっていたのかもーー!!
・・本当にこれは・・馨さんとは別の意味で・・まさに『運命の出会い』だったーー!!
彼にとって、これ程『都合のいい女』は、世界中・・どこを探しても・・私しか・・いない・・!!
『・・美月。 可憐はお前との間に子供が出来れば、性転換後も・・今後一切、他社に移籍も独立もしないと言っているー。
まあ”秘密”もあるし、移籍はあり得ないとは思うが・・仮にもし、あいつが今後いなくなったら・・・我が社は一気に傾くー!!』
・・そうだねー。 あなたが「命」を捧げて来た・・家庭も妻も犠牲にして守ってきた「あの会社」が潰れるのは・・まずいものねー。
そもそも・・父の会社のような弱小プロダクションに、彼女のような『大物』がいる事自体不思議なのだったーー。
こんなすごい”秘密”がなかったら・・おそらくとっくの昔に大手の会社に移っていただろう・・。
・・ああ、これって・・あれにちょっと似てるかもー。
・・戦国時代とかの「政略結婚」ってやつーー。 ・・まあ、あれで結婚させられたのは十代の・・年端も行かない少女達だったか・・。 ハハ・・まさか30の「おばさん」がこんなのの対象になるなんて・・。
私はあまりの滑稽さに笑ってしまった。 ・・笑い声など一つも出なかったがーー。
『・・それにあいつは性格がいいー。 性転換後に馨と結婚しても・・あいつなら「友人」として・・一生、お前と子供をサポートし続けるだろうー。』
ーー友人ーー。
・・私はその言葉に、ものすごい違和感を感じたー。
『・・美月、あいつの気が変わらない内に・・急げ!!』
・・私は困惑していた・・。
・・父の話は私が今まで抱いていた、様々な「疑問」に全て答えていたー。
・・予想通りだった。 全て思っていた通り・・。
引きこもりで・・デブで、年増で・・挙動不審・・。
こんな自分に、何故彼が”あんな事”をしてきたのかと言うと・・もう純粋に・・清々しい程に・・私の『体』目当てだったーー。
しかも、体は体でも・・「女性」としてではなく、自分の子供を産んでくれる『器』としてーー。
ーー分かりきってた事だったー。
’それ’しかない自分になったのも・・’それ’しかない自分を作り上げたのも・・全て自分自身だったーー。
・・なのになぜ私は・・「そんな自分」にショックを受けているんだろう?
・・誰からも’それ’以上のものを期待されない自分・・。
なんで・・なんで・・「こんな気持ち」になるんだろう・・!?
・・・『くやしい』・・・なんて・・。
なぜ・・自分はこんな・・身の程知らずな感情に支配されているんだろう・・。
私は予想外の自分の感情に戸惑っていた・・。
『・・美月ー。』
・・何も言わない私に、父が新しい提案をしてきたー。
『お前がどうしても・・可憐がイヤだと言うなら、別の男と結婚すればいい。』
彼はキッパリと言った。
「・・はあああぁ~~~!?」
私は父の提案に仰天したー!!
『・・それでその男に、可憐から守ってもらえばいい・・。そうしたら可憐は引き下がるしかないからなー。
・・もしそうなっても、あいつは「あの秘密」がある限り・・どうも出来んだろう・・。
女優は一生、辞める気がなさそうだからなー。』
・・そ、それってあんた・・思いっきり可憐さんを裏切ってんじゃない・・!!
可憐さんとの約束は、どうなっちゃったの・・!?
私は改めて・・この男の非情さに呆れていた・・。
『・・可憐の子供の懐妊報告か、他の男との結婚報告・・それ以外で、今後一切お前に我が家の敷居はまたがせん!!』
「~~~!??」
・・なっ・・なっ・・何ですってぇ~~~!?
『・・ちなみに我が社の人間に、この事を少しでも話したり助けを求めたり、他の奴の家に逃げ込んだりしたら・・そいつは即刻・・『クビ』だーー!!』
「・・はっ・・はああぁぁ~~~!!??」
『・・特に渚ーー!! ・・あいつはこの件について一切知らない!! 可憐は完全なゲイだと思っていて、お前を一番安全な所に送り届けたと思っているー。 可憐がお前との間に「子供」を儲けたがってるなんて・・夢にも思っちゃいない・・。』
・・私は渚さんが”この事”を知らなかった事に、少しホッとした・・。
『・・あいつはお前に過保護だからなー。 この事を知ったら、必ずお前に助け舟を出すに決まってるー! ・・自分の事は顧みずなーー!!
・・だが、あいつに横槍出されて我が家の家系が絶えたらかなわん!
だから・・お前が渚に”この件”について一言でも話したら・・・私はあいつを『クビ』にするーー!!』
・・なっ・・なっ・・なんですってぇ~~~!!??
じゅ・・15年以上尽くしてきた「会社の副社長」を・・・クビ・・!?
・・あんなに会社のために、我が家のために、尽くしてきた人を・・!? ・・こんな事で・・!?
・・あんたどんだけ”最低”なんだーー!?
『・・あいつには悪いが、我が家の家系の存続には変えられん。 それに・・あいつの変わりはいくらでもいるー。
・・美月。 私はやると言ったら必ずやる男だーー。
もしあいつから・・この話が少しでもでたら・・私はその場であいつを『クビ』にするーー!』
「・・な・・な・・な・・」
わなわな震える私に・・父はビシリと告げたー。
『ーいいか、・・お前に与えられた道は二つだー!
・・一つ目は・・可憐の要求を呑む道ーー。
・・ちなみに私はこちらをすすめる。 ・・どう考えても、こちらが万事丸く収まるーー!!
・・二つ目は・・別の結婚相手を探し結婚する道ーー。
こちらは金銭的にはあまり得にはならなそうだが・・孫さえ出来れば文句はつけんーー!!』
反論しようと口を開くと・・
『・・とにかく・・!! 「子供」か「結婚相手」・・どちらか連れて来るまで・・今後一切、家にはあげん。
・・それまでは、電話も一切受け付けん!! ・・・以上だ!』
ーーーブチッ!!
・・・ツーッ、ツーッ、ツーッ・・・
・・切れた電話を片手に持ち・・私は完全に・・思考が停止していたーー。
可憐と馨は同性のカップルです。
同性愛を含む小説を読むつもりのなかった方々には本当にすみませんでした。
でも、今後は可憐と美月の関係を軸に書いていきます。
個人的には、同性であれ異性であれ、本当に好きな人と巡り会える事は素晴らしい事なんじゃないかと思っています。