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第12話:可憐さんの秘密




 可憐さんのいなくなったリビングはシンと静まり返っていたーー。


 私は座り込んだ床の上で、放心していたー。



 ・・しばらくして・・頬に温かい物を感じ。震える指先で(すく)ってみると・・瞳から涙が溢れている事に気付いたー。



 ・・それを見た瞬間・・私は激しい嗚咽が込み上げて来た。



「・・ぅっ・・くっ・・ふぅっ・・」



 先程の恐怖を思い出し、全身がぶるぶると震えてくる。



「・・ふぅっ・・うっ・・ぅうああ・・!!」



 涙がとめどなく溢れて止まらなかった・・。


 全身から湧き上がる感情のままに・・私は幼子のように声をあげて泣いた・・。



 ・・怖かった。


 ・・もう・・もう・・だめかと思った。



 必死で振り上げた両腕はあっさりと組み敷かれ・・みるみる力を奪われていった。


 逃げ道を必死に探しても退路はことごとく断たれ・・もがけばもがくほど彼の術中にはまっていった。


 ・・まるで・・喉元を食いちぎり・・獲物が息絶えるのを待つ肉食獣のように・・彼はただ私を押さえつけ、私が力尽きあきらめるのを待っていた。


 ・・死体をむさぼるその瞬間をーー



 ・・あの時の彼の眼差し・・。


 私はブルリと震え上がったーー!



 ・・あの眼差し・・!! 愛情も・・憐憫も・・髪の毛一筋分の’欲望’すらも・・何一つ感じられない、あの『人形』のような乾いた瞳ーー!!


 目の前の物体をただ「物」としてのみ認識し、機械のように無表情で私を踏みにじろうとした・・あの時の彼の顔ー!!


 ・・あれは絶対に’女性を求める男性’の眼差しなどではなかった。


 ましてや、その女性に’子供を望む男性’の顔などでは・・断じてなかったーー!!


 彼はあの時自分がどんな()()をしていたか・・私にどんな眼差しを向けていたか・・気付いていただろうか?


 あの顔を鏡で見れば・・おそらく彼は、二度と私に触れなくなるに違いない・・。





(・・絶対に、おかしい・・。)



 ・・私の疑惑は、徐々に”確信”へと、変わりつつあった。


 そもそも彼の話は疑問や矛盾だらけだ。 いろいろと納得できない点が多いー。


 私は立ち上がると、リビングの中央の方へ行きソファーに座った。 そして自分が納得できない点を整理する事にしたー。




 まず第一に・・最大の疑惑は、あの「子供が欲しい」発言だーー!!


 ・・30歳を越え、しかも女性である自分が子供を望むのなら話は分かる。


 しかし、まだ二十歳そこそこの・・しかも男性である彼が、何故「今」子供を作る必要があるのか?


 普通の男性であれば結婚ですら嫌がる年齢だ。 ・・ましてや”子供”だけ望むなんて・・絶対にあり得ないーー。


 いくら女装して芸能界にいるとはいえ化粧を取れば別人のように変わるし、あれだけの容貌を持った人物ならば、少し工夫すればいくらでも母親候補の女性を獲得することができるはずだー。


 『今』このような無理をする必要は・・一切ないーー!




 ・・第二の疑問は馨さんの事だったーー。


 今も可憐さんは彼の所に行っているが・・やはりあの二人は”恋人同士”なのか?


 だとしたら・・二人は「男性同士」の恋人と言うことになる。


 と言うことは、可憐さんも馨さんも同性愛者・・?



 ・・じゃあ何故? ・・やっぱりここに行き着くー。


 何故彼は恋人を裏切って「女性」である自分にあんな事をしようとしたのか?


 ・・そもそも可憐さんと馨さんは本当に恋人同士なのか? 本当は友達同士とか・・?


 本来同性同士なのだからその方が自然だー。



 でも一方で、その考えは・・たぶん間違っているだろうという妙な確信もあった。


 馨さんのあの目・・。 昼間私と握手した時の・・あの冷酷な眼差しー。


 あの目が二人の関係を、何より雄弁に語っている気がしていた・・。


 あれはただの友達の顔ではない。


 愛する人を奪われまいと恋敵を牽制する・・『愛人』の顔だったーー。


 だとしたら、彼はやっぱり可憐さんの恋人?


 しかも、もしかして・・可憐さんが私にしようとしていた事を知っていた!?


 ・・ああっ・・分からない~!! ・・分からない事だらけだ~~!!


 私はガリガリと頭を掻いた。 そしてテーブルの上に置いていた桃色の携帯電話を手に取った。


 それは既に充電を完了しており、時刻は0時5分を表示していたー。


(・・父に電話しなきゃ・・。)


 そう言えば一刻も早く父に’助け’を求めなければならない状況だった。


 何を悠長に可憐さんの事など考えていたのか・・。


 でも何となく、今日彼がこの部屋に戻って来る事は絶対にないような気がしていた。



 父ならば・・”可憐さんの秘密”について、何か知っているのだろうか・・?


 私はそう思い、携帯電話の番号を押そうと指を動かしたが・・押すのをためらった。



『・・社長に電話してみれば・・?』


 先程去り際に、可憐さんが言った言葉が思い出されたー。


 今日彼の言うとおりにした事全て・・それら全ての事に、どんな結果が待ち受けていた?


 私は学習していた。 この番号を押すと・・また何か「罠」が待ち受けているかもしれない・・。


 私は猛烈に不安になった。



『・・あんたの親父は了承済みだ!!』『・・あんたの親父が提案してきたんだぜ・・?』


 先程の彼の言葉が頭の中に甦る。



 ・・しかし私はそんな考えを打ち消すかのように、大きく頭を振ったー。


「・・可憐さんは’他人’・・! 他人の言う事に惑わされるな・・!!


 私とお父さんは30年間一緒に暮らしてきて・・しかもそのうち18年間は二人だけで過ごしてきたんだから!!」


 ・・私は不安を振り払うように、ぶつぶつと独り言を言ったー。


「・・実の親子なんだからー!! あんなの嘘。 絶対に嘘ーー! お父さんは絶対に、私を助けてくれるーー!!」


 私はそう言い、片手で自分の頬を叩き気合をいれると・・思い切って父の携帯の番号を押したーー。


 父、倉田大吾を信じて。


 ”血のつながり”・・ただそれだけを信じて。



 その電話が・・逃れられない『迷宮』への入り口になるなど・・夢にも思わずに・・。




























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