第10話:ヴィーナスの豹変
今回はR15でお願いします。
直接的な描写はありませんが苦手な方はお控えください。
「・・今、何て言った・・?」
私は聞き間違いかと思い、思わず聞き返した。
今この人、私に子供産めって言った?・・いやいや、ありえないって。いくら多様化の時代とは言え、今日初めて会った人にいきなり「自分の子を出産しろ。」なんて・・。
ハハハ・・聞き間違い、聞き間違い。
私は心の中で繰り返した。
「俺の・子供を・産んでもらうー。」
聞き流そうとした私の努力も空しく・・彼はもう一度、はっきりと、繰り返した。
「こっ、こっ、子供~~~~~っ!?」
私は可憐さんの耳元で叫んだ。
・・これは効いたらしく、彼は片手で耳を押さえていた。
「こっ、子供って、子供って、何で私が・・!?」
私は・・今起きている『あり得ない展開』より、さらに上を行く『すっとんだ要求』に、目を白黒させた。
(こっ、子供って・・普通愛し合う男女が結婚し、その愛の結晶として生まれる・・あの「子供」だよね?)
少なくとも、初めて会ってから数時間後に要求されるものではないはずだ。
それに、子供って・・『家庭』を作るって事だよ・・?『一生のつながり』だよ・・!?
こんなに魅力的な可憐さんなら・・よりによって「私」じゃなくたって・・!
「・・可憐さんならその気になればいくらでも相手がいるでしょ?」
私はボソリと呟いたー。
そうだ。・・よりによって私なんかじゃなくたって・・。
もっと若くて美人でスタイルも良くって・・まちがっても引きこもりなんかじゃない、明るい女の子を・・あなた程美しい人なら、いくらでも選べるはず・・。
こんなおばさん押し倒すなんて・・いかれたとしか思えない!
「・・いないから・・こうしてる。」
彼は自嘲的な笑みを浮かべて答えた。
「俺は女優だし顔が知られてるー。・・他の女は『危険』だ。」
・・た、確かに。・・でもだからって・・何で「私」!?
「・・でも・・あんたなら・・絶対に安全だー。」
(・・?)
・・どういう事?私なら・・『安全』・・?
・・ああ・・もう混乱して上手く考えがまとまらない・・!
とりあえず・・とりあえず、逃げなきゃ・・!!
私は全神経を集中させて、逃げる方法を考えたー。
・・見たところ、私の方が彼よりかなり体重がありそうだ。(とほほ・・)
物理的に考えれば・・私が全体重をかければ、彼は持ち上がるはず・・。
で、ここを突破したら・・ああっ~~!扉の南京錠~~!!
(・・くそぉ~!用意周到だな・・。)私は歯軋りしたー。
いつから計画してたんだろう・・。完全に女の人だと思って油断したー!
ケーキまで買って、メイクのアドバイスまでしちゃって・・。くそっ、さすが女優・・!!・・本当、演技派だよ!
気が付いたら逃げ場を完全に断たれてた。・・ムカつく・・!
・・そんな事を考えていたら、彼の顔がどんどん近付いてきた!
(うっわ・・こんな事考えてる場合じゃない・・!ヤバイッ!逃げなきゃ、逃げなきゃ~~!!)
私は渾身の力を込めて可憐さんを押しのけた・・・つもりだった・・
「~~~!?」
簡単に持ち上がると思っていた体はビクともしない・・。
反動をつけて全身の力を込めて動こうとしてるのに・・・全く動かない!
両腕も両足もそれぞれ思い切り振ってみたが、無駄だった。
ーー私は全身から血の気が引いていくのを感じた・・!
(・・やばい・・。)
体中から嫌な汗が滴り落ちるー。
渾身の力を込めて全身をバタつかせるが・・まるで鉄の錘を載せたみたいに動かない。
それでも逃げなきゃと思い必死に暴れたら・・どんどんだるくなってきたー!
(・・本気で・・やばい・・。)
・・まるで・・砂浜に打ち上げられた魚のようだー。
干上がるその瞬間まで、ビチビチと・・無意味に動き続ける。
疲れ切った私は動きを止め・・彼を見つめた。
彼は・・何の感情もない・・どこまでも無表情な眼差しで私を見つめていたー。
その眼のあまりの冷酷さに、私の背中は一瞬で凍りついたー
(・・今逃げなきゃ・・一生後悔する・・)
私は本能的に確信した。
(・・逃げなきゃ・・・何がなんでも!)
・・もう一度全身に力を込めるー
腕も腰も足も・・それこそ全身波打たせて・・必死で、全身全霊で暴れたー!
それなのに・・結果が変わらない・・
私は泣きたくなった。
まるで・・出口のない迷路に迷い込んだみたいだったー。
(だめだ・・力じゃかなわない・・!! ・・じゃあ、どうすればいい!? ・・どうすれば・・!?)
・・私は・・必死で脳内を駆け巡らせたーー
(・・絶対、絶対あきらめちゃいけない・・!!)
・・心とは裏腹に・・体はブルブルと震えていたー。
そんな自分が嫌で・・落ち着こうとすればする程・・ガタガタと、震えは増大していったーー!!
・・そんな私を黙って見ていた可憐さんが・・フッと笑ったー。
「・・本当あんた面白いね。 ・・同じ女でも・・あんたが相手で良かったよ。」
・・そう言うと、私の首筋に唇を這わせてきたーー。
「・・~~~~~っ!!?」
体がビクリと反応した・・!!
冷え切った体に・・一気に血流が駆け巡るーー!!
「・・ちっ・・父に・・言うから・・!!」
とっさに小学生のような一言が飛び出した・・。
・・でも、効果はあるはずだー。・・絶対に・・!!
・・私は期待を込めて、彼の目を見たー。
しかし彼は、予想すらしていなかった言葉を吐いたー。
「・・言えば? あんたの親父は了承済みだけど・・。」
・・はっ・・?
「・・って言うか、あんたの親父が提案してきたんだぜ・・?」
ーー私はしばらく固まっていたーー。
・・提案? ・・私の実の父親が他の男に対して『自分の娘を襲ってください。そして子供を孕ませて下さい。』って提案したって事・・?
・・私は自分が考えた「孕ませる」という単語のリアルさに、思わず赤くなりながら・・大きく頭を振ったー!
・・うそだ! ーーいくらあの人でも、そんな事あり得ない!! ーーあり得ない!!
「・・うそだ・・!!」
私は渇ききった喉元から声を絞り出すようにして叫んだーー。
・・可憐さんはそんな私の顔を見て、クスリと笑ったー。
そして今度は私の両腕を頭上で一つに束ねて、片手で押さえつけたー。
・・首筋に唇を落としたまま・・彼の右手が腹部を這い回り始めたーー!!
・・私の頭の中では、先程の彼の言葉が繰り返し流れていたー。
でも今は悠長に父の事なんか考えている場合ではない・・!!
とりあえず・・この場から逃げる方法を、なんとか考えなくてはー。 ・・そう思い、脳内をフル回転させたーー。
・・力では全くかなわない・・それは良く分かったー。 ・・だから、暴れたりするのは『逆効果』だー。
力ではかなわない。・・ならば、”口”で勝負するしかないーー!!
本来自分が最も苦手な分野ではあるが、彼がこの「行為」をやめる気になるように、”言葉”で勝負するのだーー!!
追い詰められ、開き直った私は、もはや先程までの私ではなかったー!
・・とても今までの自分とは思えないようなはっきりした口調で・・私は宣言した・・!!
「・・私・・同意してないから・・。」
彼は動きを止め、私の顔を見つめたー。
「・・これは犯罪だわ。・・もしこのまま続けたら・・後で必ず警察に通報する!」
彼はフッと笑い、まるであらかじめ用意していたかのように反論してきたー。
「ーー言えば? 俺が「男」であんたを襲いましたって・・。 俺が男ってバレれば・・あんたの親父の会社が大変な事になるだろうけど・・。」
私はハッとしたー。 さっき言ってた’私なら『安全』’ってこのことか・・!!
「俺が警察に捕まれば、今進んでる仕事は全てキャンセルになるー。 ・・そしたら払いきれないほどの多額の違約金が発生するよー。
・・おそらく、俺一人でもってる会社は確実に『倒産』するーー。」
(・・と・・倒産・・!?)
私は絶句したーー!!
「・・そうしたら、あんたの親父もあんたも・・「借金地獄」に陥って、一気に”転落人生”だなー。」
・・私の頭の中には、そうなった自分と父の姿がありありと浮かんできた・・。
真冬の空の下、ボロボロの衣服を身にまといながら連れ立って歩くあわれな中年男女の姿が・・!!
「・・あんたも社長もその年からじゃ、仕事探すの大変だろうね・・。」
彼は耳元で囁いたー。
・・こ・・の・・悪魔~~~!!
「・・それでも・・通報する・・。」
私は力なく答えた。
「いや・・あんたはできないよ・・。他の誰かにはできるとしても・・「あんた」にだけは・・絶対に・・出来ないー。」
彼はきっぱりと断言したー。
そして今度は右手を服の中に滑り込ませてきたーー!!
・・私の頭の中には、もはや”敗北”という二文字が、浮かび始めていたー。
このまま私は、彼の思い通りになってしまうのか・・?
・・自分の力で何一つ抗えない自分が・・とにかく情けなかったー!!
とにかく・・ムカついたーー。
・・八つも年下のくせに、私を意のままにできると思っているこの青年がーー。
・・八つも年上なのに、この事態に何一つ対処できず、’なすがまま’になっている自分がーー!!
・・今、陥落してしまったら・・もう二度と彼を拒めないとわかっていたーー。 ・・これから全て彼の思惑通りになるだろう・・。
彼の言うとおり、本当に彼の子供を身籠らされるかもしれない・・。 そしてその子を産み、育てるー。
そしてそのまま・・他人が決めた「レール」の上を生きていくのだー。
ーー私はもう、それでもいいんじゃないかと思い始めていた・・。
こんな自分の体でも誰かの役に立つなら、それも一つの人生なのではないかと・・。
ーーそう思いあきらめかけた時だったー!
・・ふいに脳内に、母の顔が浮かんだ・・。
・・そして、厳しい顔で一言、言ったー。
『ーー美月。・・まちがってるよーー!』
ーー私は、バッと目を見開いたーー!!
・・そうだ!! そんな自分で本当にいいのか!?
そんな自分で亡くなった母に顔向けできるのかー!?
・・これでは本当の『負け犬』ではないかーー。
私はかつて流行した『負け犬』と言う言葉が大嫌いだった!!
婚期を越えた独身女性を蔑むひどい言葉ー。
でも、ここで負けて彼の意のままになってしまったら、私は本当の意味での「負け犬」になってしまうのではないか・・?
私は意志の無くなっていた全身に、再び力を込めたーー。
そして、可憐さんの瞳を真っ直ぐに見つめたー。
それを見て、可憐さんが一瞬躊躇した・・。
私はそんな彼を見て、確信したー。
(・・まだ、いける・・!)