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未来への天体観望

久しぶりになった分、随分と長くなりました。


「おかあさん。きょうのよるごはんなぁに?」

「今日はね〜、朱里の大好きなカレーだよ!」

「えぇー!お母さんおれオムライスがいいよ!」

「我儘だなー。じゃあ2つ合わせてオムライスカレーにしようか。」

僕のお母さんは、とても優しかった。

時には叱られたし、喧嘩もしたけど、

それでも大好きで、じまんのおかあさんだったんだ。

この日も、そう、ただ俺と、朱里と、おかあさんでただ出かけていただけ。

「葉!!!!!」

でも、つぎの瞬間。

2人の前を歩いていた俺は、良くはおぼえていなかったのだけれど、たぶんきづかぬうちに道路に飛び出していたんだと思う。

「いった…!うぅ…。」

何かに押されて、ころんだ俺はひざのちっぽけなかすり傷の痛みに気をとられていた。

「え…おかあさん…?おかあさん?おかあさん!!!!!!!」

「ん…?」

妹の泣き叫ぶ声に思わずそちらを向いた。

みみはなにもきこえないなにもかんがえられない。めにうつっているものをうたがった。なにかのまちがいだとおもった。

きょうれつにしかいにはいりこんできたのは、あかいろのえきたいと、おかあさんの─


「朝か…。」

元々朝は得意なタイプではない。が、今日はその中でも随一の気分の悪さだ。

今日は学校を休もうか、とそんな考えが過ぎったが、今日行かなかったら明日からも行かなくなりそうで、身体に鞭打って無理矢理動き出す。

こんなに部屋のドアを開けるのが億劫なのはいつぶりだろうか。

…まずは謝ろう。そうして初めて会話する権利ができる。

制服に着替えて、再度ドアに手をかける。深く息を吸い込んで、ゆっくりとドアを開けた。

「あー!葉くんおはよー!」

「…え?」

部屋の隔たりを超えた先に居たのは、昨日からは考えられもしないほどに明るい振る舞いを見せる朱里の姿だった。

とりあえずは昨日の話をしなければならない。

「あの…、朱里。昨日は…」

「昨日?なんかあったっけ!私あまり過去は振り返らない主義でさー。」

なん…なんだ?この強烈な変化は。

「朱…朱里…?ごめん。昨日は、ホント僕が酷いこと言った。本当に申し訳ないと」

「何言ってるのかわかんないけど、ご飯出来てるから食べなよ。早く学校行こ?」

僕の言葉を遮るように言葉を重ねてくる。

この状態、何が起こっているのか分からなかったが、春樹さんの話を聞いた直後だとどうしても良くない考えが頭を遮る。

もしかして僕は、朱里にとんでもない変化を起こさせてしまったのでは…?

目の前の朱里が何を考えているのかが全く分からない。この笑顔は本物なのか?本当は僕に強い怒りを覚えていて、これはその当てつけなのではないか?

しかし、これが仮に本当だとしても僕に文句を言う権利はない。対応が変わらないのに余計なこと、朱里の意図を考えていても仕方がない。

頭に浮かんだいくつもの考えを外に放り出し、ひとまず僕は対話を試みることにした。

「…今日は、朱里が作ってくれたのか?」

「うん!葉君が喜んでくれるかなーって思ってさ!」

「葉君…。」

朱里のわかりやすい変化と言えば、僕に対する呼び方の変化だろうか。昨日までは''お兄ちゃん''、今は''葉君''だ。

小さな変化と言えばその通りだが、何故呼び方を変えたのかは謎だ。それとも、''変えた''のではなく、''変わってしまった''のか?

「葉君今日はどうするの?」

「今日は、と言われてもな、普通に学校行って帰ってくるだけだよ。」

「そっかー。じゃあ時間が合ったら一緒に帰ろうね。」

「あ、あぁ。わかった。」

本当に、常々朱里らしからぬ言葉が飛んできて目が白黒する。

もし、これが僕が疑われうるあの症状と同じものなら、僕の時、織理葉も愛梨も、そして朱里も、いやそれだけでは収まらない沢山の人間がその変貌ぶりに動揺しただろう。

その事実を裏付ける根拠となる、目の前の女の子を見て僕は常々寒気を感じている。

「悪いけど…学校に用事を思い出したから今日は先に行くよ。」

「そっか!私も早めに行こうかな?」

「いや、わざわざ僕に合わせずゆっくり来たらいいよ。」

朱里が付いてくれば早めに学校に行こうとする意味がなくなってしまうので、慌てて静止した。

「そっか、分かった。気をつけて行ってらっしゃい!」

僕の言葉から朱里は素直に引き下がり、今日は別々に登校することになった。


学校に行く道すがら、朱里についてずっと考えていたが、納得できる考えが浮かぶことはなく気づけば学校にたどり着いてしまっていた。

正直学校にはまだ慣れない。僕の記憶がないことが発覚したのも数日前のことである。学校

には一度訪れたけれども、それで対応できる人がいるならば僕はその人を敬意を込めて"カメレオン"と呼ばせていただこう。

教室に入ると、入学当時から特徴的な桜庭さんの緑髪が最初に目に入ってくる。

彼女がこちらを向いて一瞬目が合ったが反射的に目を逸らして席に向かった。

人と目を合わせることは得意ではない。ましてやそれが桜庭さんとなると尚更である。

席に向かうと、隣の席の小豆と目が合った。

「おはよう御座います。」

「あ、あぁ。おはよう。」

拙いながらも挨拶を返すと、笑って頷いた。

折角早く来たので、できた時間は有意義に使うとしよう。

そう思って手に取った本に小豆は気付き、また笑った。

「その本、しっかりと読んでくださっているんですね!」

「ああ、勿論。まだ話の途中だけどこの作品は─」

作品に今のところ感じている魅力について語ろうと思ったが、小豆は手で静止した。

「私、作品について語ろうとすると熱くなっちゃって思わず重要なネタバレしてしまいそうなので、また今度読み終わったらにしてください!」

「そっか。分かった。」

作品について熱くなる気持ちはよくわかる。何せ僕も同じタイプだからだ。

どうせならお互いが作品を読破した上で語り合った方が間違いなく楽しいだろう。

なら、その時を楽しみに早く読み進めることにしよう。

そうしてウキウキで話を進めようと思ったところだった。

…なにかどうにも視線を感じるな。

チラリと様子を見ると、全体像を掴むことは出来なかったが、誰が見ているのかはすぐわかった。

その緑髪はわかりやすいトレードマークで助かるな。

表情までは確認できずとも、視線は未だこちらを捉えているし、なにか目的があるのだろうか。

とはいえ、話しかけに行くのも億劫なので、気づかないフリをする。もし本当に必要な用事なら、彼女の方からアクションを起こしてくるはずだ。

ひとまずは、本に集中するとしようか。

彼らは今日も真相を追い求めて奔走していく。

頭の中で、幕を開けるブザーが鳴り響いていた。


「今日から授業か…。めんどくさいなぁ。」

ホームルームまで、あと30分も余裕がある状態。

ここまで余裕がある時間に来ると、流石に登校している人数も少ない。皆、各々のやり方で暇を潰している。

その内の一人、桜庭凛はボーッと空を眺めていた。今日は澄んだ青が良く見える素敵な空だ。

ちなみに言うと、私は朝毎日こんなに早い時間に登校するほどいい子ではない。

では何故こんな時間に学校にいるのか。

「おはよう、凛。」

「おは!朱里ちゃん!」

そう。蓮見朱里が目的だ。

朱里がいつ登校してくるのか分からなかったので、今日は早めに来てみた。

昨日だけでは足りない。もっと色々朱里ちゃんと話したい。

その後、授業の話や、お互いの話、そんな他愛無い話が始まる。最も望んでいたことに、朝から気分が少しばかり気分が高揚してきた、本当に楽しい。

朱里の印象を一言で言えばツンデレだ。基本クールというか、かっこいい印象を受けるんだけど、その実お兄さん大好きだったり、口ではやめてと言っても、本気で引き剥がそうとはしなかったり、表情からしても、多分喜んでるし。

この子は多分、知れば知るほど人を沼らせる子なのだろうと思う。

このクラスには私達含め総勢34人のクラスメートがいる。

当然いずれ他の人達とも仲良くなるつもりではあるが、同じクラスメートであるにもかかわらず他の人間と朱里を比べると、朱里の方に大きく興味を示している。それは何故か。

理由は語るまでも無いが、蓮見朱里、という人間が蓮見葉、という人間と兄弟関係にあるからだ。

私には、昔からネットでのお友達がいる。

コネクトを通して知り合った人達。蓮見葉は、その中の一人だった。

一年ほど前のオフ会を通して、私達は直接対面した。

それからは幾度も遊ぶこととなり、その人達との絆はもはやただのネット友達の域を超えている。

当然、その妹さんと直接会って友達になれるとなれば、こんなに楽しそうなことは無い。

この子は果たして私にどんな思い出をくれて、私はどんな思い出をこの子にあげられるのか。

それがただただ、楽しみで仕方がない。


「今日はこれで終わりだ。よく頑張ったな。しっかり休んで5時間目からも頑張れよ。」

授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響き、そう言って先生は授業を終わらせた。

今は何人か質問に来ている生徒の対応をしている。

「ほんとはるせんいいわ〜。私超好き。」

「それな〜。」

''はるせん''というのは、恐らく先生のことを言っているのだろう。

だが生憎と友人の名前すら満足に覚えていない僕には、誰が誰で何の先生なのかということは分かるはずもなく、そして正直あまり興味もない。

「お疲れ様〜葉君。」

ぼーっとしていたところで、突然桜庭さんが話しかけてきたので、ギョッとして返答を返すことができず、暫し目が合う時間が続く。

「なんかやっぱり様子が変じゃない?葉君。」

「いや、ちょっと疲れてて…。」

実際は今までの方が様子がおかしかったのだと説くことに意味はないので、そのまま会話を進める。

「授業ではいつも通り大活躍だったのに?」

先程の授業で僕は一度先生に指名された。

当然記憶を失って基礎からの知識もなく、予習をするようなタイプの人間ではない僕は答えられるはずがなかった…はずだったんだけど…。

『あぁ正解だ。よく勉強しているな。』

あろうことか僕は何も知識がなかったはずの問題の、しかも応用レベルを正解していた。

問題を目の前にした時、どのように解いていくべきかが直感的に分かった。

自分が正解した理由もわからず、あれ、『また僕なんかやっちゃいましたか?笑』という台詞が意味もなく頭に響いた。

「なんで解けたんだろうね。」

「葉君が努力家なの、私知ってるよ。」

ということは、僕のことは''知らない''ということだ。

だってこの人が知っているのは僕ではなく、得体の知れない蓮見葉…いや、このことを考えるのはもうやめよう。

「そういえば明日の約束、楽しみだね。」

「え?」

僕には約束をした覚えなど当然あるはずもなく、硬直。

「次の授業の準備行ってくるね。」

その硬直の間に彼女は行ってしまい、複数の意味で置いてけぼりにされた僕の頭の中の議題は、これからどうするべきかということ一色になった。


「ぐて〜…。」

「ぐて〜と言いながらぐて〜としてる…。」

長かった1日の授業も終わり、ホームルームが終わればあとは帰宅するだけという時、

凛は頬を机にくっつけるようにして脱力していた。

「なんで一日の授業って長い上に多いの〜。」

生徒にも一人一人体力というものが存在しているんだからそこを労わらないとさ。

「まぁねー。私も疲れたな。」

「でももう帰れるもんね!朱里ちゃんは大好きなお兄ちゃんと一緒に帰るの?」

にやぁー、と最大限バカにした笑みを送ってみる。

朱里はそれに怒ってしまったのか、目線を逸らすと、少し元気の無いような声を出した。

「いや…。いくら家が同じだからっていつも一緒に帰るわけないでしょー。」

「あはは。ごめんごめん。」

「全く…。」

そう言ってこちらに瞳を向けるが、その瞳に私は見えなかったような気がした。

私は何か嫌なことを言ってしまったのかな。

ちょっぴりとした後悔が生まれた。


「先生遅くねー?」

「もう俺らで勝手に解散にしね?」

「ダメに決まってんだろ。」

クラスの中心格という表現が正しいかは定かではないけど、そのよく届く声で先生がホームルームに遅れていることに気づいた。

こういう暇な時間に私は何をするか。答えは一つである。

先程しまったスケッチブックを再度取り出し、広げる。

私の成長の軌跡が詰まっている1ページをパラパラと捲り、白紙のページに辿り着く。

新たな1ページを作り出そう。


絵を描く、ということは、素晴らしいことだ。

筆を動かし、元々は真っ白であったものに、新たな世界を描き込む、創造する。

そこに存在''させる''。

そこにいるものは、戦っているのか、話しているのか、遊んでいるのか、それともまた別のことをしているのか、その中で、笑っているのか、哀しんでいるのか怒っているのか、楽しんでいるのか。

どんな場面に彼らは存在していて、それによってどんな感情を持っていてどんな表情をしているのか、考え、考え、描き込む。私にとって絵を描くということは、そういうことだ。

これは、''私の世界''。


「うわぁ、絵うっまいね!?」

「…え?」

耳元で叫ばれたことからの驚きで、私の世界からはあえなく退出させられることとなる。

声の方向を反射的に振り向くと目前に顔。

「ひゃ!??」

驚きのあまりバランスを崩して椅子から落ちそうになるが、寸前のところで引き戻された。

「っぶね。大丈夫??ごめん驚かせて。」

「え…うん…。」

「急に話しかけて申し訳ない!俺も絵を描こうと思ったんだけど全然上達しなくて諦めたことがあるからさー。」

「いや…あの。」

今のこの状況に堪らず、話の区切りが一向に見えない彼の話をぶった斬ることにする。

「そういえば自己紹介してなかったっけ!俺の名前はたかみ…」

「いい加減離してください。」

肩を抱き寄せられる形のまま会話が始まっていたが、こんな状態で話をまともにできるわけもない。

「あっ…ごめん、マジで。」

「いや、助けていただきましたし大丈夫です。」

「え…っと、本当に申し

「すみません遅くなりました。ホームルームを始めます。」

何かを言いかけていたようだが、先生が戻られてホームルームが開始される。

その後は何事もなく帰宅することになるが、こちらを気にかけているような彼の目が印象に残った。


意を決して、我が家と外を分つその扉を開く。

「ただいま。」

返事はなく、物音も聞こえない。

まだ朱里は帰ってきてはいないようで、思わずそれにほっとしてしまった。

家族を怖がってどうするのか。

朱里は朱里だ、ただあの時は気まずくてキャラを間違えてしまっただけだ。

そう、何も心配することは無い。

今は、自分のことだけを考えているだけで大丈夫だ。

息を吐き、洗面台に向かう。

一通り事を済ませて部屋に向かうと、暫く触れていなかったパソコンのモニターが目に映る。

気づけばパソコンを起動していて、そしてコネクトを開くといつものメンバーが通話を開始していた。

「─ですねー、その時の妹さんの反応が面白くてー」

「こんばんは。」

「おぉ、やっほー!!」

「おつかれ。」

「こんばんは!」

やはりこの雰囲気には安心する。実家のような安心感というか、何故かコネクトを開いて初めて家に帰ったような安堵感を覚えていた。

「今葉さんの妹さんの話をしていたんですよ!!」

このメンバーとの関係はいつまでも続けていきたい。最初はネットで繋がっただけだった僕たちだが、気づけばリアルでも繋がり、しっかりとしたお友達になっている。お互いの力を認め合い、良い作品を作ろうと高めあっていく姿というのは滅多に味わえるものではない。そういった意味でもこのグループは本当に大事なもので…、

…今なんて言った??

妹の話って聞こえたような…、聞き間違いか?

「葉さんの妹さんすっごく可愛いですよね!」

聞き間違いではないようで、僕はモニターの前で1人絶句。

「…なんで??」

「はい?」

「なんで僕の妹を知ってるの?」

「「「…え?」」」

「…ん?」

全員がこの状況に困惑している。

僕が困惑しているのは当然だが皆は何に困惑している…?

「ちょちょちょ待って待って待ってくださいどういうボケですか葉さん。」

「しかし僕は何もボケたつもりはないんだが。」

「私をストーカーかなにかに仕立てあげようとしてるんですか?」

「だってRinが何故か僕の妹を知ってるし、僕の名前まで知ってるし。」

「ん???」

…今気づいたが、僕が失った1年間の内に彼女と会ってる可能性があるのか。

そうすれば筋は通る。

しかし…、いくら仲の良いとはいえ、妹とまで会わせたとはどういうことだ?

わざわざ妹まで連れてリアルで会うなんて多分僕はしない。

いや…、''僕''はしないけど…。

失った1年間は何が起きててもおかしくないし…。

「あ〜…、そういうことか。」

しばし沈黙が続いたと思うと、愛梨が唐突にそれを破った。

「葉君、あの話していい?」

「あの話?」

「えーと、昨日のさ。」

「昨日…。あぁ…、大丈夫だ。」

昨日といえば、愛梨と織理葉に記憶喪失の話をしたので、その事を言っているのだろう。

「Rinちゃんや、彼記憶喪失なのです。」

「…へ??」

愛梨による僕が記憶喪失である説明が暫し続いた。

「マジですか…、まだ理解が追いついてないんですケド…。」

「で、それとこれとどういう関係?」

突然この話題を出した理由が謎なので、疑問を率直にぶつける。

「確か葉君、恐らく記憶喪失したであろうところの直前の記憶も曖昧なんだよね。」

「…多分な。」

「君が倒れる最後の最後にRinちゃんと遭遇してるの、覚えてる?」

「…え、そうなの。」

「だよね〜そういうことだ。」

どうやら記憶がごっそり抜ける前後にも覚えていないことが沢山あるようで、Rinと遭遇してるのは知らなかった。

しかし…。

「あぁなるほどそういうことか。よく気づいたな。」

「まーね〜。」

「え、全然わかんないんですけど。私着いていけてないです。」

「僕も理解が追いついてない…。」

それとこれとの関係はなんだ?

僕とRinが出会っているからなんだというんだ?

「つまりさ、君が記憶喪失を起こしたことで、本来は互いが知ってるのが、Rinちゃんが一方的に知ってるという関係性になったでしょ?」

「…アッツ!!」

「だ…大丈夫か?」

愛梨が1人でドタバタしている。

「名探偵としてカッコつけてたのに。」

「だから、君たちが学校で遭遇した時、Rinちゃんは一方的に分かったけど葉君は分かんなかったんじゃないの!って話。」

「…あぁ!!」

「…すまんわかんないんだけど。」

「なんで分かんないの馬鹿なの?」

「え僕が悪いの?」

「あぁ…、だから…だったのか…。」

一人でブツブツ何かをRinが言っているが聞こえない、この場で1人僕だけついていけていない。

「葉さん、私桜庭凛です。」

「桜庭凛…、桜庭凛!??」

「ようやっと葉君が追いついたみたいだね。」

「まぁ無理もない、記憶喪失状態じゃ持ってる情報のピースが少なすぎるからな。第三者からは簡単にわかることも本人には追いつかないだろう。」

凛の話を飲み込むのに僕は時間を要した。


「…そんで最初の僕の妹の話に行くのね。」

「ここまで前段階なのマジかい。」

「しかし話が噛み合わないわけですよね。」

「というか、僕の妹についてどこまで話したんだ?」

流石にこことは全く無関係の妹の個人情報を勝手にペラペラとしゃべられては本人も良い気はしないだろう。

「流石に本人もいないですし葉さんもいないのでそんなには話してませんよ。個人情報抜きにして可愛いエピソードを惚気けてました。」

「ホントよホント、ずっとその話しかしないんだからさ。学校楽しんでるみたいだね。」

「しかし凛がそこら辺をしっかりしてる子で良かったよ。」

「確かに、しっかり弁えて話していて偉いな。彼女ぐらいの歳なら外にペラペラ話してしまう子もまだいると思うが。」

「私ぐらいって、もう高一ですし織理葉さんとなんか2年しか変わらないじゃないですか。」

「そうだそうだ。何歳上お姉さんヅラしてんだ〜。」

「実際歳上お姉さんなのは違いないからな。」

「にしても大丈夫なんですか?記憶喪失って、簡単に流れてますけど、笑い事じゃないですよね。」

「…まぁね。」

実際僕も今かなり悩んでるが、まぁ不安を煽っても仕方ない。

「ま、クヨクヨしてても仕方ないかな。結局いまできることはないし、今1番の課題は学校をどう生きるかだな。」

「確かに。記憶喪失で学校ってどう過ごしてるの。先生には言ったの?」

「いや言ってない。」

「言えし、なんで?」

「んー…、まだ日も浅くて言うかどうか迷ってると言うか、不安にさせたくないし…。」

「えー、言った方がいいですよ。先生は頼られるのも仕事ですし。葉さんの力になってくれますよ。」

「うーん。」

それは分かってるんだが、それでも悩んでしまうのが僕で。どうしようかな。

「そういえば学業はどうしてるんだ?記憶喪失なら着いていけないどころの話じゃないだろう。」

「うーわ確かに。先生が何言ってるのかずっと分かんなさそうだね。」

「いや、勉強は間に合ってる。」

「え?そこは覚えてるの?」

「何故か、今日も問題なく解けたばっかりだ。」

そう、何故か勉強は出来ている。

授業の内容も勉強した記憶とかも何もないが、何故か感覚的に解法が思いつく。

もしや僕は…天才というやつか?

「まぁでも、この1年間の葉君超勉強できるって印象だったし、やっぱ努力重ねてたから脳に焼き付いているのかね。」

「だからってそれにかまけてサボってたらすぐ追いつけなくなるぞ。」

超辛辣の言葉が飛んできてグサグサと刺さる。

「そういう織理葉さんこそどうなんですか。

音楽に熱中しすぎて勉強に手が付いていないんじゃないんですか。」

「私は面倒事は全て先に終わらす派だよ。」

「テストの勉強は先にやってるからいつも問題ないと?」

「いや、高校3年間の勉強を既に1年で終わらせた。」

「はぁ?」

「え。」

「レベルが違うねー。」

化け物か?

「ちなみに私も成績優良児でーす。」

「えっと…、私は可愛いので。」

「唐突の自画自賛…。」

まぁ…出来ないのだろう。

僕は勉強に関してあまり苦手意識はないけど、今は何故かブーストがかかっているのにあやかっている以上人をイジるとかはできる立場ではない。

「…葉さん今度勉強教えてください…。」

「…気が向いたら?」

「向けてください…。」

ドアの向こうで足音が聞こえる。

どうやら妹が帰宅したようで、顔は合わせずらいが夜ご飯の準備もしなきゃいけない。

「僕はこれで。」

「はーい。またね!」

「また学校でよろしくお願いします。」

「色々辛いと思うが、頑張れ。」

「どうも!」

モニターの電源を落とし、ドアの前に。

深呼吸をして、開く。


葉さんが退出しても尚、このルームでの会話は依然続いている。

「…にしても、葉君と学校が同じなんて凄い確率だよね。」

「本当に凄い偶然ですよね。」

本当の本当に凄いことで、学校で遭遇した時は驚いたなんて言葉では足りなかった。


桜ヶ丘に通うことを決めた理由に、大したものなどはなかった。

ただ、お姉ちゃんが行っているから、ただ家から近いから、

色々な面で便利であるから、ただそれだけ。

桜ヶ丘の偏差値はそんなに悪くないし、万が一頭の良い大学を狙うとしても可能性はあるし。

面倒くさがりで、将来の展望もない私にはあまりに都合が良かったので、高校を決めるのにそんなに時間はかからなかった。

お姉ちゃんもそんな私を歓迎してくれた。安心していた。

中学時代の私は、自分で言うのもなんだけど、人気者であったと思う。

クラスのみんなから頼られることが多かったし、私もそれを断ることはなかった。

いっぱい誘われたし、それにはなるべく行くようにしていた。

人気者となった私は、それを維持できなくなることに恐怖を感じていた。

やる気が本当はなくても、進んで仕事を引き受けた。

相談を持ちかけられた。人が何を考えているかわからない。

『大丈夫、人の評価なんて気にしなくても良いんだよ。』

実際一番気にしていたのは私自身だった。

何故そんなにも拗らせていたのか、多分姉の完璧さが羨ましかったからだと思う。

才色兼備、と言う言葉が似合う姉は、美人だし、勉強も沢山できる。

ピアノも弾けるし、美のセンスもあるので、それ関連のことは初めてでも大体できる。

唯一運動は苦手そうで何かと転んでいたけど。

でもあんなに天才なのにズッコケ属性もあって、本人は天才であることに気づかないから謙虚だし、努力も欠かさない。

そんな姉が何かと羨ましかった。

そんなこんなで勝手に何かと我慢していた私は、学校が嫌いだった。

コネクトで話すことが日々の楽しみで、そのために一日を頑張っていた。

コネクトの皆は、私の歌を凄いと言ってくれて、才能があると言ってくれて、唯一自信が着いた。

唯一、認められた気がした。

唯一、自分を褒められた。

両親も姉も友人も私を認めてくれていたけど、

私の心はまさに心臓のように、外側からの優しい圧力を弾いてしまった。

逆に怒られた時は、驚くほど簡単に私の心を刺した。

最近気づいたことだが、コネクトのこの人たちの言葉が簡単に私の心に響くのは多分、私のことを知らないからだと思う。

私のことを知っている人は私のことを悪く考えてると自然と勘ぐってしまう。

これは私の''病気''だ。

春野愛梨ちゃん、佐藤織理葉さん、そして蓮見葉先輩、この音楽サークルの3人は、類稀なる才能の持ち主だ。

案外皆能力を持っていると思うけど、3人共にそれをしっかりと自覚して周りに誇れる''力''と信じていること、それが一番凄いことだ。

そして、そんな人たちから褒められることが本当に嬉しかった。

話が大きく逸れてしまったが、短くまとめると私はコネクトの人が大好きで尊敬しているということだ。

だから桜ヶ丘で葉先輩と出会えた時、ほっとしたし凄く嬉しかった。

学校は嫌いだけど、それだけで好きになりそうな予感がした。

それだけじゃない。妹さん、蓮見朱里ちゃんが私と同じクラスで、どんな奇跡だろうと思った。

本当に、この先が楽しみなんだ。


「なんだ?考え事してたみたいだな。」

「心の内で一人語りを楽しんでましたよ。」

「何だそりゃ。楽しいの?」

「案外やってみたらハマるかもしれないですね。」

「じゃ今夜寝る前にやってみようかな〜。」

「そういえば、葉さんが記憶喪失っていう話ですが、今更ながら本当のことなのかいまいち信じきれないです。」

「まぁそりゃそうだ。でも、そんなくだらない冗談はつかないと思うよ。つくような人間じゃないでしょ。」

「まぁそうですね。」

「蓮見君、なんて事ないみたいな話し方をしていたが、実際は異なるだろうな。」

「そうね〜。私もそんな状況下に置かれたら絶対病むし。」

「凛ちゃん、君がケアしてあげてくれ。」

「え!ケア…?」

「君が一番彼に近しいからな。」

「確かに学校は同じですけど…、学年違うんですよ?」

「そんなの会いに行けば良いだけジャン!」

「そんな簡単に言ってますけど!」

「まぁね〜、確かに凛ちゃん葉くんのこと大好きだから会いに行くの恥ずかしいだろうけど。」

「ななな…好きじゃないですよ!!!」

「え好きじゃないのか。」

「ないですよ!!!」

「何想像してるのか知らないけど、今はlikeの話であってloveの話じゃないよ。どうしたのそんな動揺しちゃって〜!」

「なななな…。」

「おいおい、本当のことを言ってからかってやるなよ愛梨。」

「あ!確かに〜、ごっめ〜ん凛ちゃ〜ん!」

「この…!いい加減にしてくださぁい!!!!」

沢山の光が主張する広い海に、その声は流れ星となって響いた。

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