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彼が残した奇跡

夕暮れ時、1年の教室。

私は、窓の外を眺めながら、静かに泣いていた。

沈みかかっている際の太陽の光は妙に眩しくて、その光に何故かムカついて、遠くの太陽に八つ当たりをしていた。

自分の情けなさが嫌になった。

「どうしたんだ。」

不意の声に思わず振り返ると、見知らぬ男の子がいた。

いや、見知らぬ訳ではなかった。少し前に落とした紙を拾ってもらった、それだけの繋がり。

「別に、気にしないでいいよ。ちょっと感傷に浸ってるだけ。」

「あまり俺にはそれだけに見えなかったから声をかけたんだけどな。」

「…関係ないでしょ。」

私、今度は全く無関係な人に八つ当たりしようとしてる。最悪だ。

「確かに関係は無いけど、気になったから仕方ない。」

「貴方も、気になったからとか適当な理由つけて本当は…。」

「下心しかないと?確かにビジュアルは良いんだろうがそれは自意識過剰というやつなんじゃないか?」

「自意識過剰?私がこの顔にどれだけ苦しめられてると思ってるのッ!」

「知らないが、そこまで言うなら…ほら、これでどうだ。」

急に後ろを振り向いて、そのまま静止。

「え…?」

あまりの困惑に言葉が続かなくなってしまう。

「これなら顔が見えない。」

「…え?いや君…え?」

「あまりの妙案に言葉が出ないか?」

「妙案というか…妙な案?」

「え?」

「ぷふっ」

思わず吹き出して、笑ってしまった。

「なんなの。貴方。」

笑いながら、泣きながら、心に浮かんだ言葉をそのまま伝える。

「元気出たか。」

「…まだ。」

「笑ってるのに。」

今はただ、この人と話してみたくて。

「だから、話聞いてくれない?」

その人は笑って席に座る。

「良い暇つぶしになりそうだからな。」

「なにそれ。」

眩しい夕日は、ただ、私たちを照らしてくれていた。


「満開だね。お花見日和。」

「そうだな。」

桜吹雪が舞い、草原を優しく撫でて歩く。

少し見渡せばそこら中に顔を出している花たちも、今日を生きている喜びをこちらに主張している。

お花見スポットと銘打たれるだけあり、他にもお花見を楽しんでいる人は多く、皆充実した顔をしていて、何故かこちらまで幸せな気分になってくる。

「やるぞー!!!!花見ー!!!」

「…。」

本日行われるお花見、参加者は桜庭舞、神谷結、春瀬佳奈、乙音幸ぐらいしか聞いておらず、前からの約束だったらしいのもあり、少人数だったのもあり、それで断ることなく来たのだが…。

「なんか…、聞いてた話と違う…んだけど。」

朱里もこの困惑様である。

「俺お菓子持ってきた!!」

「ディスイズマイ弁当!!!」

「桜超綺麗なんだけど!!」

「マジ映え〜!」

この有様である。当然こんな中に混じることができる筈もなく、僕たちは一歩引いて遠くから眺めていた。

ぼーっとどうしたものか考えていると、背中にちょんちょんとした感覚があった。

「わっ!」

「うわ。」

「反応が薄いですよ葉さん〜。もっと楽しい反応してくれなくちゃ。」

脅かしてきた…つもりの背後の子は小豆だった。こんな所で何をしてるんだろうか。

「隣の子、うちのクラスでは無いですよね。何組ですか?」

「あ…あ、えーっと!私は葉くんの…妹…の蓮見朱里です!!ごきげんよう!!」

何かうちの妹が見たことないどもり方をしている。ただ、安心感を覚えた。

「はい、ごきげんよう!」

困惑することもなく、輝かしい笑顔で返答。この人多分カメレオンである。

「妹さんなんですね。道理で可愛らしいと思いました。」

「よく分かってるな。」

「やだなーもおー!」

そう言ってバシンと僕を叩く。

先程の安心感はやはり、気の所為だった。

「妹さん、朱里さんをここに呼ばれたのはどうしてですか?」

朱里の様子がおかしく、元気づけたくて連れてきた、なんてこんなところで話せる訳もない。

「あー…、えーほら、楽しそうなイベントだったからさ。」

「それだけで?」

「元々このお花見会、桜庭さんや神谷さんとかの朱里を知っているグループに僕が参加させてもらう形だったんだ。メンバー的に折角だから朱里を連れて来た方が楽しいと思ったんだ…けど。」

「それで話が違う〜って感じですか。」

「ああ、僕たちも困惑してて。」

そう話が違うのである。元より聞いていた話から変わったことは聞いていなかったのでこの事態になっている理由がわからない。

そして…、こんな中に僕が混じることができるはずもない、だからと言って帰るという選択肢もなく、まさに詰みである。

「じゃあ、私たちでお花見しません?」

「え?」

小豆から突然の提案を持ちかけられ、僕はその場に立ちすくんでしまった。


「桜庭」、「舞ちゃん」、「桜庭ちゃん。」

常に私を呼ぶ声が聞こえ、その対応に追われている。

ありがたいことだ、そう思いながらも私の視線は宙を舞う花弁を追い続けていた。

結ちゃんはいつも通り皆を盛り上げていて、隣で佳奈ちゃんと幸ちゃんも楽しんでいるように見える…、一見。

けど私はこれまでの彼女たちとの経験で、アレが別にそこまで楽しめている訳では無いことを認識している。結ちゃんと仲が良いからすごく明るいのだと勘違いされがちな彼女たちだが、いや実際明るくはあるのだけど、とにかく冷静で落ち着いたところもあるってこと。

ところで先程から葉君が見つからない。まあ彼なら大丈夫だろうけど、ちょっと最近様子がおかしいから心配だ。

クラスメートと話しながらさりげなくぐるりと周りを観察してみる。

「…あ!」

「どしたの舞ちゃん。」

「あ、いや、なんでもない…。」

ホントは私もあそこに行きたいけれど、今行けば間違いなく迷惑になる。

迷惑だから、離れてお花見をしているのだろう。

直線ならば短い距離を遠回りしてなんとか結ちゃんグループに近づくとそれを耳打ちする。

「嬉しいけど、舞ちゃんはどうするの?」

「私はこっちに残るよ!みんなが呼んでるし!」

「いや…でも、舞ちゃんもホントは…。」

「いいの!私は大丈夫!」

「なんで行かないの?」

結ちゃんの純粋な疑問、ただしその目はいつもと異なり笑っていないようにもみえて私は動揺した。

「いや、だって私が行くと迷惑になる

「関係ある?」

「あるよ。人混みを避けたいから離れてるんだろうし。」

「で、行きたいの?」

「え?」

「あっちで葉っちたちと遊びたいの?」

なんだか問い詰められているような気分になってきて目の前の女性が少し恐ろしくも思えてきた。

「それは…、お花見したいよ。当然。」

本音を話したその刹那、彼女はニコッと笑った。

「じゃ、行ってらっしゃい!佳奈ちゃん!さっちゃん!連れてけー!」

「りょーかい。」

「あ…あいあいさ!」

二人に片手ずつを掴まれ、私は連れ出される。

「え…!結ちゃん!?」

「たーのしんで!」

距離が離れるにつれ次第に解像度を失っていき、少ししてもう彼女を抽象的にしか捉えられなくなってしまった。


「美味すぎる…!」

「び…美味…。」

「ふへへ〜そう言っていただけて嬉しいです〜。」

小豆から誘われて三人でお花見をしている訳なのだが、開幕早々、彼女のお弁当に胃袋を掴まれてしまった。

「葉くん…今までありがとう。お世話になりました。」

「引っ越そうとするな。」

しかし、こちらも二人暮らしで料理をしている身なので、どうやったらこんな絶品が出来上がるのかというポイントについては気になるところだ。

桜の木の下、持ち寄ったシートに腰を下ろし、太陽が僕らの上を縦断する前に作ったお弁当を並べ、それを口に運んでいく。

お花見をやったことがあるのかどうかは定かではない。少なくとも、物心が着いたうちには画面の向こうの世界となっていた。

このようなイベントに食わず嫌いを起こしていたためにここまで世界が輝かしく映るとは思わなくて、新鮮な景色が僕を興奮させているのに対してこの胸の心臓は驚くほど穏やかに一定のリズムを刻んでいた。

「美味ひい!このハンバーグは葉ひゃんがつくったのですか?」

「あぁ、昨日の夜ご飯でな。」

口をモゴモゴと動かしながら食べた感想をダイレクトに伝えてくるので、笑いながらそう答えた。

「ん〜、夜ご飯にハンバーグなんて豪華ですねー。葉さんも素晴らしい料理スキルじゃないですか。」

「それほどでもないがな。」

「ありますって〜。」

暫しくだらない話をして、ふと気になったことを思い出したので聞いてみることにする。

ゴソゴソと持ってきていたリュックサックの中身を漁り、一つ本を手に取る。

「ちょっと気になったんだけどさ。」

「あ、その本!もう読み終わったのですか?」

「割と後半に差し掛かってきたぐらいでまだまだ。そうじゃなくてちょっと思い出したんだが。」

頭の中で始業式のことを思い浮かべる。あの時…というほど昔のことではないが、突然迷い込むことになる未知の世界に不安、恐怖を感じていたその心境が印象に残る日だった。

「あの時、小豆さんは何も言わずに僕に本を手渡してくれただろ?あの時は洞察力の高い人なんだな、ということで考えを済ませたんだけど、なにかどうにもそれだけじゃ説明がつかないよなと思ったんだ。」

少なくともあの時僕は何かを探していた動作をしていただけで、それが本であるなんて予想する判断材料はなかったはずだった。考えられる理由づけは小豆が僕を知っていた、つまり小豆は僕と知り合いであり、僕の行動の目的を予想する判断材料を持ちえた、ということだが初めて会った時僕たちは互いに初対面という感じの会話でだからこそ疑問に残るものだった。

「何故あの時本を手渡してくれたんだ?」

「え、勘ですよ。」

「え?」

「勿論。」

「何が勿論なんだ?」

「私非常に勘が鋭いので思い浮かんだことは簡単に当たるんですよ。」

「はあ。」

僕の長い長い考察の結果、答えは勘でした。そんなことがあってたまるか。

「え、嘘だよな?」

「ん〜…、まあ…、強いていうなら、一年生の頃の貴方を軽く見たことがあって。」

「一年?」

一年生の頃…と言っても今の僕の状態であったのは最初の1ヶ月程だけだ。なので当然一年生の日々を僕はあまり知らない。

「どーでしたかね〜、いつだったか、本をよく読んでいたり、読んでいなかったり、最近の貴方のことはあまり知りませんでしたけど。」

軽く見ていた、という割に言い方は"ある程度の期間僕を見ていた"みたいなニュアンスを感じて違和感を覚える。今の僕…?最近の僕についてはあまり注目していなかったようだが。

「なぜ僕のことを見ていたんだ?」

「さあ。見かけた時に貴方が本を読んでいただけです。」

「なるほどな。」

"見ていた"という言い回しでそのことの真偽がわかるかと思ったが引っかからず、まあそこまで追求したい内容でもないのでここらで引くことにする。

「ん〜美味しいです〜!」

なんとなく小豆さんの人となりが掴めた。この人は一言で言うと"探偵"なのだろう。相当に目敏い人間だから会話をしたことのない人でも一定の情報は得ているし、細かな記憶も忘れずに保持している。

…迂闊なことは言わないように気をつけよう。

「…ん。葉くん。」

ちょんちょんと服を引っ張られて朱里の方を見ると、その手がどこかを指し示した。

釣られてそちらの方を見ると、あまり予想だにしていなかった人物の姿形がズームインされていく様に気がついた。


退屈である。

本当に退屈である。

どうしてこんな催しについてきてしまったのか、と思ってしまう。

ため息を呑み込み、体は酸素で満たされているのに何か縛られているような感覚がする。

自分の本当を出さないのはこんなに辛いのか、何故私はここまで落ちぶれてしまったのか、頭の中は不良の溜まり場となり、それを咎めようと乱闘騒ぎを起こしている。

いつからか、頭痛が起こるようになったのはそのせいか。

こうなるとあとは早いものだ。

ストレスが他者への嫌悪へと変わり、それに平行して自己嫌悪は加速、体内でエネルギーを徐々につけて、やがてそれは強大な力を持つ。

そして、それを堰き止めることはできなくなる。

要は私は破滅の道を進んでいるに過ぎない。

道を変えたくても変えることはできない。一本道のストーリーで取り返しのつかない分岐点はもう当に過ぎてしまった。

そして、取り返しのつかない分岐点を私は間違えてしまったのだろう。

分岐点であることも認識できず、前だけを向いていた私はただ道を進んだだけだった。

残るのは、間違えてしまった自分への後悔、そして、その結果。

貼り付けの笑顔を持って日々を過ごす。

磔で、燃え尽きるのを待つ。

届かない星が眩しく映り、

静観を続ける星が憎く映り、

炎は火力をどんどんと増していく。


太陽が徐々に帰路をたどり始めている頃。

青と橙が混ざったような空をボーッと眺めた後に視界を下ろすと、あちらのグループ様はもう解散という流れのようで、各々が荷物をバッグに詰めていた。

「なんか、あっという間だったね。」

「そうだな。」

僕と朱里と小豆3人に、その後合流してきた桜庭、春瀬、乙音含めた6人で今日を楽しむことになった。

このメンバーに神谷が着いてこないのが気になったのだが、追求はせず今に至る。

周りをぐるっと見渡すと、春瀬と乙音は二人で談笑、小豆は1人空を見上げて瞑想?中。

朱里は僕の膝の上で寝ている。

「ごめんね、最初の予定と違っちゃって。こんなつもりじゃなかったんだけど。」

「別に、お陰でこのピクニックを楽しんだ人間は増えたんだからいいんじゃないか。」

本来は6人が、実際は30を超えた人数が思い出に新たな1ページを刻んだんだ、総合の幸せでは増えたのかもしれない。

まあ、彼女が気にしているのはそこじゃないことは認識しているが。

「クラスの皆じゃなくて君が楽しめたかどうかを心配してるんだよ。」

「わざわざ言うまでもない。」

「私たちと離れてピクニックしてたし、君ああいう大勢いる場、得意じゃないんだね。」

「まぁ…、わざわざこっちから関係を作るのが得意じゃないんだよ。」

「…そうなの?」

何故か疑り深い目をしているが、全く嘘は言っていない。

「また行きたいね。」

「機会があれば是非。」

「勿論誘うし、葉くんも私を誘ってくれていいんだよ?」

「あー…まぁ、気が向いたらな。」

不満気な顔をしているが、それは気付かないふりをしておく。

都合の悪いことは耳を塞ぐ主義だからな。

「…にゃむ…。」

「…起きそうかな。」

自分の太腿を枕にしてぐっすりの妹を見て、口に出てしまう。

「僕は、そんなに良い人間じゃないぞ。」

「どうして、そんなこと言うの?」

空が見たい気分になって、それ以外何も見ないように見上げる。

「僕のことは、僕が1番知ってる。僕が僕自身であるからこそ、この厚い面の皮の内側までを特等席で見ることが出来る。」

彼女がどんな顔をして聞いていたのかは分からない。知りたくもない。

「怠惰であるが故にただでさえ厚い脂肪をブクブクと太らせ続けた。」

そうしてメタボリックと化した僕は、すっかり重くなってしまった足を動かすこともできずにそのスパイラルへと陥った。

「遂には、それでも内側を見ようとした人間を拒絶した。酷い物言いで、自分を変えてくれようとする人間すらも突き放したんだ。」

時が経つにつれて、誰しもが経験値を積んで次のページへ進んでいく。

しかし僕の場合、いつかに本は海へ落ちてしまったので、1ページめくることすら困難になってしまった。

「だから僕は良い人間じゃないよ。」

「確かに、葉くんが言ってることは本当のことなんだろうね。」

思わず桜庭に目を向けると、彼女の綺麗な目が僕を貫いた。

貫かれた故に視線を逸らすことも出来なくなった。

「だって、葉くん、そうやって今度は私も拒絶しようとしてる。」

突然に吹き出した風が、積もった葉っぱを吹き飛ばし、明るい黄緑色の草原が顕になる。

「私、今まで君はポジティブで明るい人間だと思ってたよ。でも違うんだよね?私、まだまだ君のこと全然知らないんでしょ?」

何も返すことが出来なかった。そこに起きた沈黙を彼女は肯定と受け取った。

「そりゃあ知らなかったよ。自信に溢れてて、何でもできそうな頼れる君が実はこんなにいじけてて卑屈でカッコ悪くてネガティブなことなんかはさ。」

「え?」

パンチが思ったより強かった。

「でもさ、なんというか、君の人間らしいところを初めて見れて嬉しいんだ。」

彼女は尚も僕を見つめ続けていた。

「君がそんな姿を見せるのは、私のことを少しでも信頼できると思ってくれたからだよね。君に何度も助けられた私が、今度は君を助けたいんだ。」

都度思う。僕は、いや、「蓮見葉」は、記憶を無くしている間にどれ程の影響を周りに与えたのだろう。

少なくとも''彼''は桜庭舞を救ってくれたらしい。

少なくとも彼は人から感謝される素晴らしい人間だったらしい。

少なくとも彼は、人を救えるらしい。

だって、

「私は、''君''を見るよ。絶対に。」

彼の残した軌跡が、今度は俺を救おうとしている。

その日は、眩しかった。

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