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異世界令嬢

偽りの聖女と罵るならお望み通りにこの国を出て行きます。あとはどうぞお好きにお過ごしください

 突然だけど私は婚約を破棄されるらしい。


 それは煌びやかなパーティー会場での出来事。高い天井に吊るされたシャンデリアが柔らかい光を放ち、着飾った貴族たちが優雅に談笑している。間違いなく今この国で一番華やかな場所だろう。

 そんな中、第二王子であるリオン殿下の声が静寂を引き起こしたのだ。


「エリナ・クロウノート。君との婚約をここに破棄する」


 私に向けられた冷たい声、咄嗟に言葉を失った。それでも、動揺を表に出してはならないと自身に言い聞かせる。

 会場中の視線が一斉にこちらに集まる中、なるべく冷静を装って問い返した。


「殿下、そのような決定を突然告げられる理由がわかりません。どうかお聞かせ願えますか?」


「理由は簡単だ。君が偽りの聖女であり、本当の聖女であるリシアを虐げてきたからだ」


 殿下の隣には、私の妹であるリシアが立っていた。


(どういうこと……?)


 状況に取り残される中、彼女は大粒の涙を浮かべて俯き、震える声でこう言った。


「お、お姉様は今まで私を無能な妹として振る舞うように命じていたんです……っ。私はずっと怖かったけれど……やっと真実を話せましたっ!」


 周囲の貴族たちはざわめき、一斉に非難の視線を向けてきた。

 リシアは人一倍その容姿に自信を持っており、現に美しい顔が涙で濡れたその姿に多くの人が心を動かされているのが分かる。


「嘘ですっ!」


 私は強い声で否定する。

 まるで意味がわからず、悪人として仕立て上げられた事が認められないからだ。


「リシアは偽りを語っています。御存じでしょう? 私は聖女として神託を受け、その役目を今日という日まで果たしてきた。そのつもりです。一体、彼女の言うことに何の証拠があるというのですか?」


 しかし、殿下は私の言葉の聞く必要もないと言わんばかりに、遮るが如く冷たく言い放った。


「証拠など必要ではない。このリシアの純真の涙を見れば分かる。君のような醜い下衆と婚約を続けるわけにはいかない! この国の王族として、このような悪縁は断ち切らなければ国の災いにもなりえるからな! 私とて非情な決断に苦しいのだ。わかってもらえると信じているぞ」


 そういう彼の言葉は、到底己の判断に苦しんでるようには聞こえない。

 私は拳を握りしめた。冷静であろうと努めたが視界が滲む。

 いつも私が支える存在だったはずの殿下が、こんなにも簡単に私を見限るとは思わなかった。


 こんなに……!


「お姉様、もういい加減認めてください!」


 リシアが追い打ちをかけるように言う。彼女の声には確かな勝ち誇りが含まれていた。


 私は屈辱に塗れながらも深々と礼をし、その場を立ち去った。

 これ以上話をしても意味がないと悟ったのだ。誤解だとかは関係ない、私の存在そのものが彼らにとって疎ましいとわかった。




 翌日、私は国外追放を言い渡された。

 リオン殿下の命令だった。最低限の荷物だけを持ち、国を去る馬車に強引に乗せられた。護衛すらつかない冷遇には、さしもの苦笑を漏らすしかなかった。


 追放の旅路の間、私は考え続けた。


(リシア……あの嘘つき、昔から気に入らない事には同情で従わせる。リオン殿下にもあまり近づかないように忠告はしておいたはずなのに……。なぜそこまで簡単に私を見限った)


 しかし、答えが出ることはなかった。


「結局、私は私の役目を果たすだけ」


 そう自分に言い聞かせることで、なんとか前を向こうとした。

 現実は変わらない以上、そこに囚われる訳にもいかない。聖女といっても、王族の命令を撥ね退ける程の力は無いのだから。



 馬車が着いたのは隣国の小さな村だった。

 その国では、魔物の被害が頻発しているという噂を耳にしていたが……、それは予想以上に深刻だった。

 いつ襲い来るともわからない魔物に村の人々は怯え切り、荒れ果てた土地がどこまでも広がる。


「ここで出来ることがあるはず」


 私はすぐに行動を開始した。

 聖女としての祈りを真摯に捧げ、魔物の被害を受けた土地を浄化。

 何においても人々を助けることに専念し続けた。


 その甲斐あってか、この地に近づく魔物は居なくなり、そして作物がすくすくと育つ程の土壌が復活してくれた。


 やがて私の行動が村を救ったという噂は広がり、隣国の王子であるアルノルト殿下の耳に入る程になった。

 そして今日、殿下が訪れることとなったのだ。


「貴女が、この国を救った聖女様なのですね」


 アルノルト殿下は穏やかで誠実な人柄だった。今まで出会った男性の中には居ないタイプ。

 その眼差しには疑念や偏見はなく、ただ純粋な感謝が込められていた。


「私は己の使命に殉じたまでのこと。わざわざ殿下が訪れる程の者ではありませんわ」


「そのような事、おっしゃられるものではありませんよ。貴女のおかげで、我が国の民が救われたのだから。むしろ王族として、挨拶の一つもしないなど……それはあってはならない事です」


 彼との交流を通じて、私は次第に自分の心を取り戻していった。




 一方、私の母国では混乱が続いていたようだ。

 私を追放したことで聖女の守護が失われ、魔物が頻発するようになったらしい。リシアは聖女としての力を母から受け継げなかった未熟者、その嘘は次第に明るみに出ていったとのこと。




「お前は偽りの聖女だったのか!」


 国王の怒声が響き渡る中、リシアは震えながら事実を認めるしかなかった。

 さらに、リオン殿下の行動もまた問題視された。


「第二王子として、無実の者を追放し、国を危機に陥れるとは……。もはや王位継承権を持つ資格もない」


「な!? お待ちを父上!!」


「黙れ! 誰かこの阿呆共を外へ連れ出せ」


「は、離せ!!? 私は王子だぞ!!」


「いや、離して!!? 離して下さい! これは何かの間違いです! 私の身に何かあればお姉様が黙ってはおりません!」


 国王の言葉により、リオン殿下は王位継承権を剥奪された。

 リシアも共に処罰され、魔物の蔓延る辺境の砦へ追放されることが決まった。




 そんな噂を耳にしても、今更思うところもなし。

 私は隣国での活動を続ける中で、今日、アルノルト殿下から不意にその想いを告げられていた。


「エリナさん、貴女と共にこの国を守りたい。私の妃となっていただけますか?」


「私などでよければ……っ」


 その言葉に、私は静かに涙を滲ませ微笑み、そして頷いた。



 こうして私は新たな国で、新たな人生を歩むこととなった。

 過去の傷は完全には癒えないかもしれない。


 それでも、今の私は確かに幸せだと心から言える。

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