短奏──ライアー家メイド隊秘話『カレン・ライアー』
登場人物
カレン・シャーマン……亜人の少女。人間を恨み、人間は亜人の悲鳴を栄養にして生きているとすら信じている。
オルステッド・ライアー……王都に所属する聖騎士長直属の聖騎士部隊、聖天の四騎士の一人。友人全員が引くレベルのお人好しであり、人助けのために国境を股ぐこともしばしば。
シルフィア・ライアー……オルステッドの妻。
アルガ・ライアー……もしかしなくても:シスコン。
アイリス・ライアー……幼いライアー家の長女。
これは、とある辺境の国の話。
──もう大丈夫だ。みんなを助けに来た。
炎に包まれ、倒壊した建物。というより私たちは、一切の光が届かない地下で鎖に繋がれていたから……突然鼓膜を突ん裂くような爆音がしたかと思うと周囲が火に包まれていたのだ。
火が燃え広がり、頭上から崩れ落ちる建材。頬を焼くような痛みに耐え続け、いつ自分を直撃するかもわからない落石に怯えて身を縮こまらせる。
とっくに限界だった。心も、身も。
そこにいた亜人のほとんどが死を覚悟した。
だけど。あの爆発から十数分後──
英雄は、現れた。
突然現れた大人の人間。全身を黒いコートで包み、右手には長身の刃を握っている……暗殺者のような風貌の男だ。機能性以外を一切合切排除した、冷たい格好の男性。
私たちは、人間という生き物は醜悪で悪辣。自己中心的で血も涙もない。私たちの悲鳴と涙を栄養に生きている生き物なんだと、その時は本気で思っていた。それほどまでに十分な教育も、待遇も得られなかったから。保護する、と嘘を並べて……同胞の命を散々奪った最悪の生物。
憎むべき怨敵、人間が、漆黒の刀で道を塞ぐ瓦礫を破壊し歩み寄ってくる。
──あ……ごめんな。この格好だと怖いよな。安心してくれ、俺は悪い人じゃないから。
言った男は、刀を腰の鞘に戻し、闇色の手袋を外してごつごつとした大きな手をこちらへ差し伸ばした。
その時──不思議な、ことだけど。私たちは冷たい格好をした男性に……初めて会った、それも人間の行動に。
確かな暖かさを、感じたのだ。
その男はライアーと名乗った。
──悪い人じゃない。その言葉通り、彼は人身売買を目論んでいたマフィアの拠点の地下に監禁されていた私たち希少種亜人族を救い出し、それぞれの故郷、家族の元へ送った。多額の支援金と共に。
数日か、数週間か、はたまた数ヶ月か。よく覚えていないけど……肩を寄せ合った仲間が、みんな一緒ならこの地獄も少しはマシになる、そう思っていた仲間たちが、皆離れていくのを感じた。幸せという、光の中へ。私たちには一生縁が無いはずの世界へ、仲間たちが旅立ってしまう。
少し前までは活気……ってほどじゃないけど、ライアーと名乗る男に救出された希少種亜人族の気配で溢れていた孤児院から、人っ子一人いなくなった。
でも、私だけが……いつまでもその孤児院にとどまったままだった。
私の家族は、もうこの世にいない。みんな、みんな、奪われてしまった。沢山の亜人のうち、私の家族と同胞の命だけが……人間のせいで失われた。
私は捕らえられていた希少種亜人族の中でも特別稀な──魚人の一族だった。腕力や脚力といった身体能力、聴覚や嗅覚といった感覚器官が発達した他の亜人は、奴隷として売買される予定だったのだろう。だから、人としての権利を奪われても、命までも奪われることはなかった。英雄が助けに来れば、帰るべき場所に帰ることができる。
だって……帰るべき場所も、迎えてくれる家族も、そこに在るのだから。
じゃあ──魚人族は? なぜ私の父さんと母さん、同胞たちだけ殺されたのか。
答えは単純、魚人族の特徴。
私たち魚人族は、美味いそうだ。当時8歳──まだ幼く小さい私を除いて、私の同胞は皆、命を奪われた。
目の前で、親の腹が裂かれた。人間は──多少の差異はあれど、自分たちと同じような容姿を持つ魚人の臓器を、食べられないからと捨てた。丁寧に。優しく、やっくりと。『物』のように大切に、壊された。
私にはもう、帰る場所なんて残されていない。
活気を失った孤児院。貸し出された部屋の中で、涙も枯れ果て植物のように動かない私の元に、ある日再びライアーと名乗る男が現れた。
「ライアーさん、どうも。カレン・シャーマンの引き取りですか」
──いや、まだ決まってない。彼女は?
「すぐそこの部屋です。元々精神状態が極めて不安定で、他の希少種亜人族がここを去ってからは人形のようにぐったりですから…………何かあったらすぐ駆けつけられるようにと思って」
──お前に任せて正解だったな。
「それはどうも。彼女、身体的な傷よりも、精神的な傷の方が問題です。奴ら、食用として捕縛しやがったから、他の子らと違って……この子だけ傷つけなかったんでしょう。自分は傷つけられず、家族や友人を文字通り捌かれる……。想像しただけで怖気を払います。それもあって、もうまともに歩く気力もない、病人のようです」
聞こえる。私の話を、している。
「気をつけてください。最後の希少種亜人族が孤児院を離れる前夜、オーバードーズを試みたらしいですから」
──そうか。
「ライアーさんが訪問される前、あっしの方で彼女を診察しましたが……その他にも、幾つも自死未遂の跡が見受けられます。くれぐれも、彼女の扱いは慎重に」
私の部屋を、ライアーと孤児院の管理人が訪れた。
明かりを点けておらず、光源一つ無い真っ暗な闇に包まれた部屋だ。管理人はいつものスーツ姿。ライアーは……今日は、仕事ではないのか、私服と思しき格好だ。紅のジャケットを着込み、首元をネックのフードで覆い隠している。右肩に手提げの鞄を引っかけていて、その中には幾つかの食べ物……いや、調理前の食材が入っている。かなり家庭的な印象の格好だった。
まるで…………幼稚園に子供を迎えに来た父親のような。
少なくとも……あの時、希少種亜人を救い出したあの冷たい装束ではない。
──カレン・シャーマン。お前には、帰る場所が無いのか?
「……私を、嘲笑うために来たのか……?」
──例え家族がいなくても、君の故郷には君と家族の思い出があるはずだ。戻ってやるべきだ。
「お前に、何がわかる……。下劣な人間如きが、私に話しかけるなっ……」
「ライアーさん、気をつけて。彼女、歩く気力はありませんが、人間そのものを強く恨んでいます」
──お前の同胞は、皆お前の故郷に埋めた。簡素だけど、墓を作ったよ。
「私を、騙そうとしたって、そうはいかないっ」
──生き残ったお前には、その足で故郷に帰って、彼らに祈りを捧げる責任がある。生きて、元気にやっていると伝える、責任が。
ライアーは淡々と。私や管理人の言葉を一切聞き入れなかった。でも、私の意見や返答を全て無視しているのに……私の意思と権利を最大限尊重してくれている気がして──
「ふざけるなっ、全部っ、ぜんぶぜんぶ! お父さんもお母さんもみんなみんな死んだのは、全部お前たち人間のせいだろ!」
怖かった。
人間って、他人の不幸を食事としている生き物じゃなあの? 人間って、私たちを傷つける生き物でしょ?
何の敵意も無い私たちを傷つけて、尊厳を踏み躙って……愉悦を覚える──化け物。
人間なんてみんな、揃いも揃って化け物ばかりのはずなのに。
なんでこの人は……私に優しくしてくれるの?
──だからお前には、幸せになる権利がある。お前がその足で歩けるようになるまで、俺がお前を幸せにする。
怖い。怖い。意味のわからない優しさが、ただひたすらに恐ろしい。
「やめろ……」
──家に来い。
「やめろ……やめろ!」
──そこには、お前を虐げる奴はいない。
私はもう、誰も信じないと決めたんだ。人間に、大切な人を奪われたあの時に。
だから──やめてくれ……。
「頼むからっ……もう、信じさせないでくれ……」
干からびた心は、差し伸べられた手に希望を求めてそれを握った。
こうして私は、ライアー家に引き取られることとなった。
思えばこの時から私は、とっくに絆されていたのかもしれないな。
数日後、辺境の国から遠く離れた王国──茈の王都アルカンシェルの、私のような貧しい亜人が住むにしても、四人家族らしいライアー家が住むにしても、少し大きすぎる館のリビングにて。
ライアーこと、オルステッド・ライアーは、私たち希少種亜人族に語りかけていた人間と同一人物とはとても思えない、心底楽しそうで無邪気な笑顔を浮かべた。
「と、いうことで! 今日からウチの一員になるカレンだ。みんな、よろしく言ってくれ」
「カレン・シャーマンですどうもこんにちは死ね」
ちなみにその時の、地獄のような空気感は今でも忘れられない。ああこいつ浮気しやがったといったリアクションがまだ幼く純粋な長女以外から発せられていた。ほれ見ろ、歓迎されてないじゃないか。
「オルステッド……あなた、どこからそんな可愛らしい女の子を連れて来たの?」
「いや、シルフィア。冷静に考えてくれ。俺が10にもならん子供に欲情したと言いたいのか」
「──冗談だよ」
言うと、オルステッドの妻、シルフィアが苦笑する。瞬間、今までリビング内に充満していた張り詰めるような空気感が霧散する。本当に冗談だったみたいだ。もう彼女からは私やオルステッドへの敵意を全く感じない。
「よろしく、カレンちゃん。オルステッドから聞いてると思うけど、私はシルフィア・ライアー。この子たちはアルガとアイリス」
言って、シルフィアは私よりも歳上の長男と、歳下の長女を抱き上げる。
「にしてもあなた、珍しい尻尾が生えてるんだね。これは……尾びれ、なの?」
シルフィアが首を傾げると、オルステッドは私と肩を組み(無理矢理)、ワシワシと子供をあやすように私の後頭部を撫でた。髪の毛が荒れた……。
「おう。この子は魚類の亜人なんだ」
「へぇ。とにかく、ようこそカレンちゃん」
「……私は人間を信用できない」
この女……自分の旦那が他の女の頭を撫で回して何で何も感じないんだ。
「ご、ごめんシルフィア……この子ちょっと事情があって」
「ま、オルステッドがわざわざウチに連れて帰るくらいだし、そうだろうなとは思ってた。まぁ別に大丈夫だと思うよ」
「なぜ? 魚人の牙は鮫の牙だ。私はその気になればお前たちを殺すことができるんだぞ」
私が言うと、なぜかその時、見た目からいって3、4歳の長女以外の全員が笑った。爆笑、というよりも、今し方私がそれなりに面白いギャグを言ったかのような、小さな笑みだ。
ライアー家に住むことになった私は、ハッキリ言って混乱していた。
鎖に手足を繋がれ、食事も睡眠も、排泄さえ自由に行えない劣悪環境の檻に閉じ込められていたのがついこの間。数ヶ月前だ。
孤児院でも、ここでも。一日三食は当たり前。オルステッドとシルフィアは、私が頼めば何でもしてくれた。いや、正確には、頼む前から私が欲しいものを何でもくれた。
今まで触れることのなかった人間の優しさを知り、私はもうどうすれば良いのかわからなくなってしまった。常識が覆されそうだ。人間を信じてはいけないという、当たり前の常識が。
「よおカレン。すまんが、付き合ってくれないか?」
私がライアー家に住み始めて数日経った頃。長男、アルガ・ライアーは、ニマニマと信用して良いのが悪いのかわからない笑みを浮かべて私に声をかけた。
「魔物退治だ、海でな。陸となるとどんな魔物も俺の敵じゃないが……水中となると勝手が違う。魚人としてのお前のスキルが必要だ。頼まれてくれるか?」
「私に触れるな。次は無い、殺すぞ」
「そう言わずに頼む。可愛い兄ちゃんのお願いじゃないか」
アルガが馴れ馴れしく私の肩に触れる。
「ッ!」
瞬間、臀部の上辺りから生えている大きな尾びれを叩きつける。石くらいだったら叩き割ったことがある……数十キロの衝撃のはずだ。ひとたまりもないだろう。忠告はしてやったんだ、自業自得だが。
「酷いじゃないか」
アルガは、丸太のように太い私の尾びれを、強く結ばれた糸の壁により容易く受け止めて見せたのだ。
「なっ……な、なぜ……!」
衝撃で埃が舞った。これだけ広い豪邸だ。部屋はともかく、廊下までは掃除が行き届いていないのだろう。アルガは服に付着した埃を払う。
「鋼糸・蜂巣──別に俺が大怪我でも負ったところで父さんと母さんはお前を捨てたりはしないだろうが……そもそも俺が怪我を負うことは無いので杞憂だ。安心して家での生活を引き続き楽しむと良い」
「な、なぜ私の尻尾を受けて、立っていられる……?」
私はあの日──私がライアー家に来た初日のこと。あの時の私の「その気になればお前たちを殺すことができるんだぞ」という発言が長女以外の家族の笑いを誘った理由を察した。
この家の住人は皆……人間よりも身体能力や魔力出力が高い亜人である私よりも、ずっと強いのだ。故郷ではそれなりの力自慢だった私が、全く歯が立たないほどに。
彼らはその気になればいつでも私を取って食えるというのに、私に、幸せを享受させる。
「……悪魔の子め」
なぜ? なぜ? 人間のような悪魔が、どのような打算を持って私に優しく接する? 私を幸せにして、一体何の得がある?
怖い。怖くてたまらない。
人の悪意にしか触れてこなかった私は、オルステッドたちの善意に何か裏があるように思えて仕方がなかった。結局私は、ライアー家の中でしかまともに歩くことができない……この館に閉じ籠った哀れな家畜の子のまま……数ヶ月を過ごした。
その日は長女アイリスの4歳の誕生日だった。常に夥しい量の仕事に忙殺されているオルステッドがなんとかして作った休暇……家族で二泊三日の旅行に出かけることが決まった。
「でもカレンちゃんは? この子……まだ外に出られないんでしょ?」
「父さんが潰したマフィアの連中なら心配ない。俺がいる限り指一本触れることはできないさ」
「確かにお前の鋼糸なら護衛として完璧だけど、カレンの場合、そっちよりも心の方に問題があんだよ」
「ほむ……?」
アルガは首を傾げる。オルステッドは、家族にまだ私の事情を詳しくは話していないようだ。フン……当然、こいつらが私の味が上質であると知って目の色を変えないとも限らない。誰もがオルステッドのように馬鹿なわけじゃないんだ。おそらく彼も、万が一私の身体が食用の肉でできていると知り、悪意の一つでも芽生えることを恐れてその事実を口にしなかったのだろう。
「気にするな。どこへでも勝手に行くと良い」
オルステッドたちは最後まで私を案じていたようだが、さすがに実の娘の誕生日の方が大切なのだろう。やがて館に私を一人残して出て行った。
「行っちゃった……」
やることがない。
真夏の時期だったが、館の中には冷房魔導具が設置されていて、水の中のように涼しい。とても住みやすい空間だった。人間は便利を好む生き物だな……私の故郷にはこんな魔導具なんかなかったから、夏は少しでも涼しい場所を探してその場にとどまるばかりだった。
「これか……?」
オルステッドたちが操作している様子を見たことがある。多分これだ。扉のノブのようなツマミがついていて、どうやらこれを回すことで室内温度を調節しているみたいだ。説明書には難しい文字が沢山だけど、かろうじて読める部分を解読してわかった。
赤く色塗られている方向へ回すと暖房、青く塗られている方は冷房。とはいえこれはあくまで参考程度のものらしく、真ん中の緑の位置にツマミを固定して室内を適温に保つのが主な使用用途らしい。これは冷房魔導具じゃなくて、温度調節魔導具なんだ……,
ライアー家の温度調節魔導具は、青の方向へ最端──最低温度に固定されていた。
「なんで……」
他にも、私はライアー家の館の中に、恐ろしいほどの優しさの欠片を発見した。今まで私が知ることのなかった……否、知ろうとしなかった、オルステッドたちの思いやりの数々。
母、シルフィアの部屋。机上には、何十枚もの手紙が大切に保存されていた。その内容は……友人と思しき人間からの挨拶。たわいもない世間話だった。文末には「最近遊びに行けてないけど、いつかライアー家に行けると良いな」と。考えるまでもなく、私のことだ……。それまでは何度もこの館に遊びに来ていた友人が、私のせいで手紙のみのやり取りになっているんだ……。
父、オルステッドの部屋。真新しい本棚には、精神病の人間に対する接し方をまとめた本が詰められていた。これはあの孤児院の管理人からもらった資料らしい。彼は普段読書をするような人物ではないらしく、それ以外の本は「トゥバーン英雄譚」と記された小説だけだった。幼少期に読んでいた童話だろうか。その小説の主人公は──亜人に対する真っ直ぐで優しい価値観が描写されていた。
長男。アルガの部屋。彼の部屋には家族の写真が壁や天井一杯に飾られていて、よっぽど家族のことが大好きなんだとわかる。とはいえ百枚はくだらないであろう数の写真が飾られた部屋は、一種の狂気すら感じる。中でも妹──アイリスの写真は七割、いや八割以上を占めていた。
彼の机上には、数枚の家族写真が並べて飾られていた。左から右へ、結婚式場のオルステッドとシルフィア、今より幼いアルガと二人、アイリスも加わった四人の写真。
そして……最端には、むすっと唇を尖らせた反抗的な私が加わった写真が。
「なんでっ……なんでお前たちはっ──」
わからない。ずっ、ずっと。どうして彼らは、私を本物の家族のように愛し、慈しむのか。
「なんで……みんな、そうまでして私を愛してくれるのっ……?」
そっか。この人たちは皆、揃いも揃ってどこまで行っても……どうしようもないお人好しなんだ……。
その日は──豪雨が降り、雷が落ちた夜だった。
私はライアー家を出た。荷物は何もない。何も持たない私が荷物をまとめて家を出るとしたら、それはオルステッドたちから何かを奪うってことだから。
もうこれ以上……彼らに迷惑をかけたくはない。
──私は故郷に向かって歩き出した。
指先と脚が震える。気分が悪くなって、胃の中のものが全部出て来てしまいそうだ。目の焦点が合わず、視界がチカチカと明滅する。
それでも私は、歩みを止めるわけにはいかない。私がいるだけで、オルステッドたちはずっと必要の無い苦労をする。
私が会った……初めての優しい人間。
他の人間が優しいかどうかなんてわからない。むしろ私の全てを奪ったマフィアたちが特別で、人間は皆心優しい生き物なのかもしれない。でもそんなのどうでも良いんだ。私は私のことが好きな人間が好きだ。他の人間がどうとか関係ない。
私はオルステッドという生き物に……これ以上の迷惑をかけたくないんだ。
同胞が目の前で殺された時の無力な自分にすら殺意を覚えたのだ。人間を憎む私なんかに寄り添ってくれた優しい人たちに迷惑をかけ続けながらタダ飯を食い貪るような家畜として生き続けていたら、私は本当に自分を許せなくなってしまう。
「はぁっ、はぁっ、はぁ……」
どれくらい歩いただろうか──雨に打たれた身体が冷える。数年前までは人間にとっての空気と同義だったのに…………あの館で暮らすうちに、私はすっかり人間の都の環境に慣れてしまったみたいだ。
「も、ぉっ……ダメ……」
街を出た辺りで。私は体力を使い果たしとうとう倒れてしまった。でも……これで良い。私は故郷に帰りたくてこの足を外へ運んだんじゃない。ただ、オルステッドたちと二度と会わない場所まで行ければ……それで良いのだ。
遠くに雷が落ちる。
「…………はぁ」
寂しいな。
冷えた自分の身体にも多少なりとも体温を感じる。オルステッドたちが私にくれた、人としての大切な暖かさが、まだ残ってるんだ。
「寂しいな」
残虐な人間を憎んで、残酷な世界を憎んで……何もできない無力な自分を憎んで。心が死んだ私を、生き返らせてくれた。普通の暮らしを思い出させてくれた、何もかもを失った私にとっては、何よりも大切な人たち。そんな人たちに迷惑をかけたくないから、私は、誰の手も声も届かない場所へ旅に出たはずだ。
「やっぱり…………寂しいよ……」
冷たい雨が身体を叩く。雷が近くに落ちた音がした。
人の優しさに触れ、すっかり幸せの味を思い出した私が死に直面した時感じたのは「あぁやっと天国のみんなに会える」とか「これでオルステッドたちに迷惑をかけないで済む」とかそんなドラマチックな感情じゃなくて──ただの一点。
また雷が落ちる。鼓膜を叩くゴロゴロという音。暗雲をじっと見つめる私は振り絞るように、自分にすら隠していた本音を溢した。
「──こわいよ……」
光の一線が落ちる。視界が真っ白に焼きつき、鼓膜を突ん裂くような爆音がしたかと思うと、身体がふわりと浮き上がった。
一瞬、天にでも召されたのかと疑う。しかしその浮遊感の正体は、光に焼かれた眼が癒えるとすぐに判明した。
「もう大丈夫だ。カレン、お前を助けに来た」
オルステッド・ライアー。英雄が、私を抱き上げていたのだ。
「外に出ることが深いトラウマになってるはずなのに…………俺たちに迷惑をかけたくなくて、心の拒否反応を家出したんだな。ごめん……俺たちのせいで」
あの日と同じ、全身を黒一色で包んだ冷たい……しかし確かに暖かい格好。右手に握った漆黒の刀は頭上に掲げられており、私目がけて落ちた雷を吸収したのかパチパチと火花と紫電を飛ばしている。
「この時期の豪雨は雷エレメントの幻影魔術師がうろついてるんだ……王都から出ちゃダメじゃないか」
「オルス、テッド……なんで、旅行、に、行ったんじゃ…………」
震える声を何とか紡ぐ私に、オルステッドは手ニコリと微笑みを見せた。
「お前の様子が気になってさ。やっぱりみんなで引き返して来た」
「そん、なっ……じゃあ、それじゃぁ、アイリス、の、誕生日はッ?」
「あの子には今、シルフィアとアルガが着いてる」
「ちがう……ちがうっ、ちがうよオルステッド! あなたが、必要なんだ……特別な日だから、って、仕事を明けて来たんだろっ……?」
アイリスは、何週間も前から、ずっとこの旅行を楽しみにしていた。今日で4歳の彼女は、仕事で中々会えない父親と一緒にいられるこの日を、ずっと心待ちにしていて…………。
なのに、なのにっ……私のせいで、台無しにしてしまった…………。
「オルステッド……」
「なに?」
「私は……ダメダメだぁっ……! ずっと、ずっと! いつも、いつも! オルステッドたちに迷惑かけてばっかりで……私は、オルステッドたちの大切な時間を奪ってばかりだっ……!」
「…………あのさ。誕生日は、一年待てば、必ず帰って来けど──」
彼が私を抱える左手の力が強くなる。ふと気づいたが……彼の手には、仕事の際必ず着用している黒の手袋がつけられていなかった。
冷たい……雨に打たれて、死体のように冷たい手だ。
私は彼の手を、そっと握る。
「お前の命は、一度見過ごしたら、もう二度と戻って来てくれないんだ」
──ああ、やっぱり……暖かいっ…………。
「俺は後悔なんて一度もしてないよ。そりゃ、苦労は多いけど…………お前たちを助けたことも、お前を家に招いたことも、お前を助けることも、何も、後悔なんて無いんだ」
「なんでっ……なんでそこまでして……! 本当の家族なんかじゃない、亜人の私のためにっ……!」
「そうだな…………家族を殺されて、人間を憎んでるお前を混乱させちゃった。助かって、もう二度と苦しい思いをしちゃいけないお前を苦しませた……。そこは一つ、失敗したなと思ってる」
「そ、そんなことは──!」
「否定しなくて良い。気を使わなくて良いんだ」
「でも……」
オルステッドは私を地面に立たせると、私の両手をぎゅっ、と握りしめた。
「──そうだよな、俺にもわかるんだ。俺も外から他人と家族になったクチだからさ。空っぽの俺に、新しい家族が普通の人間らしい幸せをくれたから」
なぜ人間を憎む私を家に招き入れた?
「形だけ家族になろうったってそうはいかない。見返りを求めない優しさが恐ろしくて……何か裏があるんじゃないかって勘繰っちゃう」
なぜ反抗的で無礼な私を愛する?
「俺たちはただの同居人で……お前のお父さんとお母さんの代わりにはなれないし、辛い軟禁生活を支え合った希少種亜人族の仲間の代わりにもなれない」
私は人間を信用なんてできない。私は同胞──家族以外の、何も信用しないと、決めたんだ。
「だから。だからね──カレン」
漆黒の刀を鞘に収めたオルステッドは、手袋を外した冷たく暖かい両手で、私が初めてライアー家に来たあの日のように、わしわしと頭を撫でてくれた。
「俺たちを、お前の新しい家族にしてくれるか?」
この日は、間違いなく私の運命決定日だ。
「………………うんっ」
○●
水中にでも潜ったみたいにびしょ濡れのまま、私とオルステッドはシルフィアたちと合流した。魚人族なのに、水に濡れて服がじっとりと肌にくっつくのが気持ち悪い……もうすっかり人間じゃないか。
何はともあれ、帰って来た。
ライアー家の館。四人……いや、五人家族のライアー家が住むにしては、少し大きすぎる、あの館に。
「カレンちゃん!」
玄関の扉を開くなりシルフィアが私に飛びついて来た。殺意一つない不意打ちだったので、反応一つできなかった。
シルフィアはびしょびしょの私の身体をぺたぺたと触って、傷が何一つないことを確認してほっと一息。そして私の肩をがしっと掴んだ。
「ごめんね……ごめんねぇ……私の不注意で、あなたを追い詰めてしまって……」
「い、いや……シルフィアは、わるく、ない」
それに、冷たいだろ……。倒れてたから、泥まみれなのに……シルフィアは少しも離そうとしてくれない。
「ううん。私が謝りたいんだよ。大切な家族の気持ちに、ちっとも気づけなかったから──ごめんね」
シルフィアがそっと微笑む。そして、次に彼女が口にした言葉が……私の心を殺していた傷を解きほぐした。
「──お帰り。カレンちゃん」
「……!」
シルフィアの言葉を合図、オルステッド、アルガ、アイリスが笑って、口々に。
「フッ……そうだな、お帰り。
「お帰りなさい、カレン。んま、俺は言われる側だけど」
「おかえりー!」
「うっ、うぅ……ごめ……みんな、ありがとう……わたし、わたしっ……!」
大粒の涙が目尻に浮かぶ。さっきオルステッドに顔を殴ってもらったばかりなのに、涙が溢れそうだ。
「カレンおねーちゃん、かなしいの?」
次々と溢れ出て来る涙を出すまいと、天井を仰いで瞬きを繰り返す私を、アイリスが心配そうに見上げる。
「やっ……いやっ、だ、だいじょうぶだ……! 悲しくなんか、むしろ、むしろっ……」
「…………えいっ」
一瞬。時間が止まったように感じた。
アイリスが、ぐんっ、と背伸びをして。小さな、小さな、まるで石ころみたいに小さな手で、私を抱きしめたのだ。
「アイ、リス……?」
口をぱくぱくと、本当の魚のように動かして、かろうじて彼女に問うことができた。
「パパとママがいってたの! あたしとハグすると、げんきになれるって!」
「ああ……ああ、あぁっ……!」
「おねーちゃんがないちゃうのは、きっとかなしいからだよね? だから──」
幼いアイリスの力は弱く、誰にだって解けそうな儚い抱擁だった。
でも……それでも。
「あたしとこうしてれば、きっとおねーちゃんもかなしくないよねっ!」
ぽろぽろと、壊れた玩具のように…………ううん。これは、違う。まるで、修理し立ての玩具のように、感情のダムが決壊して、私は沢山の涙を溢した。
「わわっ、どーしたの、おねーちゃん!」
鼻水も出てる……きっと前からみたら、とても不細工な顔だろう。
でも良いんだ。この時以上の幸せは、過去にも未来にも、無いだろうから。めいいっぱい、泣いてやるんだ。
「ちがう、ちがうよアイリスっ……! わたしは、嬉しくて、楽しくて、元気になれたからっ……泣いてるんだ…………!」
「……? よく、わかんないけど……おかえりなさい! カレンおねーちゃん!」
守りたい。
他人の幸せを心から想ってくれる、誰よりも優しいこの子を──私を救ってくれた、この子に。
生涯を尽くして、守りたい。
「メイドになる、だと?」
翌朝。アイリスは幼稚園に、シルフィアはその送りで、オルステッドはいつものように仕事で王都を去って……ライアー家に残っているのは私とアイリスの兄アルガだけだった。
アルガは、今日は学校に行く気分ではないらしい。なんて奴だと思ったが、相談したいことがあったし好都合だ。
「ああ。メイドとは主人に忠誠を沢くす従者なのだろう? それで良い。それで頼む」
よほど面食らったのか、アルガは手に持っていたカップをそっと机上に戻す。飾られた写真に中の紅茶が跳ねないよう、細心の注意を払って。
「俺は妹を奴隷のように扱うつもりは無いが?」
「私はお前の妹ではない。あくまで家族、だろう?」
「ほむ……お前が俺たちに求める家族の形、それが、娘や妹ではなく……メイドというわけか。だがわからんな、どうして俺たちに仕える必要がある」
「感謝しているからだ。お前や、アイリスに。守りたい。こんな私を家族だと、受け入れてくれたこの家を」
「…………こき使うつもりは無いぞ。俺はただ単に、お前に戦術を叩き込むだけだ。同じ、アイリスを愛する者として」
アルガが、右手の人差し指をぴん、と立たせる。その瞬間、私の視界が180度回転した。
「うわっ!? な、なにっ!?」
「暴れるな、鋼糸で吊るしただけだ」
見やると、私の手首、足首に、アルガ愛用の武器鋼糸……文字通り鋼鉄の糸が巻きついており、体勢が逆さまになって吊るされていた。
「そのまま体勢を維持しろ。体幹の訓練だ」
「ムリだ! 普通の訓練にしろ! と、というか尾びれに巻きついてくすぐったい……や、やめろっ!」
苦言を呈するが、アルガはフルシカト。
「お前は俺の妹だ。家族である以上、主従の関係は必要無い。要らない。求めていない。お前の要望はあくまで兄や妹に尻を叩かれたいというお前の変態的嗜好によるものとする」
「お、おいっ! なに人を勝手にドMの変態と断定してるんだ!」
「俺の自慢の妹は可愛い上に優しいからな。メイドとして、妹を見守ろうとしている。ついでに俺たちにこき使われていることに快感を抱いている」
「おい……一応言っておくが、私は奴隷としてマフィアに捕まったんだぞ。人のトラウマを刺激しないようにしようという気概が少しはないのか、クソ兄貴」
「奴隷じゃなくて食用だろ?」
「クソが」
よりトラウマを抉りやがる。いや、今ではもう大した傷じゃないから良いんだが。
「というか自分からメイドになりたいって言ったんだろう? 理不尽すぎてお兄ちゃん傷ついちゃったぞ」
「とにかく……アイリスを守れて、アイリスのためにこの身を捧げられるなら何でも良い」
「傷ついちゃったなー」
「私をメイドとして鍛えてくれ。アイリスを守り、アイリスを幸せにできるよう……」
「傷ついちゃおっかなー!」
「やっぱオルステッドに頼んでくる……」
鋼糸を引きちぎり、そそくさと部屋を出ようとする私をアルガが笑いながら引き止めた。
「すまんすまん、冗談だ。だがメイドは認めない、これだけは譲れん」
「どうしてだ?」
アルガは椅子に腰かけると、紅茶のカップの取っ手に再び指を通した。
「お前が俺を何と思おうと、俺にとってお前は妹だからだ……俺は妹を、俺のために動かすことなんてできない」
「じゃあお前だけには普通に接する」
「それはそれで仲間外れみたいでヤダ」
「なんて真っ直ぐに我儘を言う奴なんだ」
呆れた。でも……オルステッドとは別方向で、家族をこよなく愛する男みたいだ。まず間違いなくキモイから治してほしいんだけど。
「あの、そんなに嫌か……? 私が、お前のメイドになることが。これでも私はお前にも感謝しているんだ。できることならば、お前も守りたい。アイリスと同じように、私を救ってくれたから」
「そんなことをした覚えはないが……」
アルガは紅茶を一口、味わうようにしてゆっくりと飲み込むと、ため息を吐き出した。
「はあ…………俺は父さんや母さんほど優しくない」
なんだ、突然。
「……亜人の私を、疎ましく思うのか?」
「突然家に来た女を、確実に信用に足る人物と判断できるまで。例え父さんが連れて来た女だとしても、抜かりなく徹底的に調べ尽くした」
「っ……」
否定してくれると思っていたから、ちくりと胸の奥側が痛む。なんだよ、この痛みは……。アルガが初対面の私をどう思おうと、彼の勝手じゃないか…………。
「そ、それでっ…………私が人間を強く恨んでいたという情報が、孤児院の管理人からでも入手できたのか?」
「いや? わかったのはお前の味とやらだ」
「ッ!?」
アルガが平然と口にしたソレ。
ソレは……オルステッドと私が、家族にすらひた隠しにしていたおぞましい事実だった。どこから情報が漏れるかもわからない、決して口外してはならない、負の歴史。
その味は、欠点の無い麻薬。食した人物を極上の快楽へ誘う、至高の食材となる……。
家族を愛するオルステッドが、妻のシルフィアにすら話さなかった魚人の秘密だ──
「最初から知ってたさ。お前の事情も。味とやらも」
「何も思わなかったのか? 私の正体を知って……何も! お前からはこの数ヶ月……ただの一瞬も悪意を感じなかったぞ!?」
私の身体が食用の肉だと知って……私に対する態度に一切の影響を表さないことなんて、不可能に決まっている。そういう性質や過去を持った私へ、悪意じゃないにしろ、哀れみに値する感情が現れるはずだ。私は彼からそれらしいものをこの数ヶ月間──少しも感じたことはなかった。
「俺には人間の姿形をしたお前を美味しくいただく趣味なんて無い。それ以外に理由が必要か?」
「だが……私は亜人だぞ? 私を殺して食らったとして、誰も文句は言わない。貰える物は貰っておこうとか、そういう気持ちが少しも芽生えなかったのか?」
もちろん、今のアルガにその気持ちが微塵も無いであろうことは百も承知だ。
だが……しかし、初対面の時、他にも、暮らし始めてまだ僅かな時間しか流れていない頃。
全てを知っていたこいつは……なぜ私への態度に、一切不自然さが現れなかったんだ?
アルガは再度紅茶を啜って、ため息を吐く。
「お前がこんなだから、父さんはゆっくり歩み寄ろうなどと寝言を吐くんだ」
「はぁ?」
目を見開く。自分でも驚きだが、身体が勝手に動いていた。気づけば、私は今直ぐにでも尻尾を彼に振り下ろせる体勢だった。
今、アルガは片手がカップで塞がっている。糸は複雑だ……私の尻尾を防いだあの時のような壁を作るには相応の時間を要するはず。
「お前、なぜ父親をそうも悪し様に言えるんだ?」
「家族愛だ。ちょっぴり遠慮が無いくらいが丁度良い」
彼はせせら笑った。その間も、カップから手を離すつもりはないようだった。反撃を諦めているのか、それとも……。
その表情から……嘘の色は認められない。本気でそう思っているみたいだ……。あまりにも悪びれる様子のない姿を見て、こっちがおかしいのかと混乱してしまう。
「俺は家族と距離を置こうとはしない。考えたこともない」
「え……っと」
「迷惑ならば迷惑と言う。ありがたいことをされたのならば感謝をする。至って当然の節度、人間として当たり前の対応、家族ならば当然の愛だ。父さんへの不満は俺の最大限の家族愛だと……なぜ伝わらないのか。お兄ちゃん泣きそう」
よくわからない、が……こいつにオルステッドへの悪意が無いのはわかった。私が尻尾を下ろしてから、アルガは言った。
「それと一つ──」
彼の指が一本、ぴんと張る。
「お前の身に降りかかった凄惨な過去、お前の家族を弄んだ醜い悪意──他人に言われて一朝一夕で克服できるトラウマじゃないだろうが、これだけは断言しよう」
「え……?」
「──俺は妹を傷つける存在を許さん。俺の糸は無敵だ」
疑念一つない、清々しいほどの自信満々の一言だった。
「何が言いたい……?」
「もうお前は何にも怯える必要が無い、ということだ」
「む……」
「──最初の質問に答えよう」
私がメイドになることをなぜ忌避するのか、その質問の答え。
「俺は父母を除いて、妹以外の家族を知らない。家族であるお前がメイドやペットとか、考えられんのだ。妹でない家族であるお前を……いつか俺は傷つけてしまうかもしれない。それに──」
アルガの表情は、相変わらず何を考えているのかわからなくて。でも……どうしようもないくらい、家族を愛しく思っているんだろうということは、痛いほどよく伝わってきた。
彼は笑った。他の家族が浮かべる、自身の幸福を表す笑みではなく──長男として、他人を幸福にさせるよう、宥めるような、落ち着かせるような、優しい朗らかな笑顔。
「──お前は、少なくとも、これ以上誰かの下につくべき人間ではない。そう考えただけだ」
「…………そうか」
私は彼の目前まで歩み寄り、静かに頭を下げた。
「やっぱり、鍛えてくれ……。アイリスのメイドとして。そしてお前の──」
アルガ・ライアーは兄だ。存在そのものがお兄ちゃんなんだ。
家族を大切に思うアルガは、新しい家族である私を守ろうとしてくれている。私の身も、心も。両方。彼が一番よく知る方法──兄として、妹に寄り添おうとしてくれているんだ……。
じゃあ、それじゃあ、長男であるアルガは、誰が守ってやるんだ?
私は決めた。いや、こうなることを求めて、アルガに頼み込んだのかもしれない。
アイリスと、アルガを守る、メイドになるために。
「妹として」
私は、カレン・ライアー。妹であり、メイドだ。
戦う妹──格好良いじゃないか。アルガも同意してくれたのか、ニコリと微笑んだ。
「じゃあ俺もアイリスのメイドになろう」
「キモイからせめて執事にしろ!」
こうして亜人である私は、妹であり、メイドとして、ライアー家の新しい一員となった。
いかがでしたでしょうか。初めて短編というものを書いてみました。お楽しみいただけましたら幸いです。こちらは閃光の祝福ギーゼルというシリーズの短編になります。作者がバリバリの受験生なので本編を投稿するのはもう少し後になりそうですが。
ちなみに余談ですがオルステッドが扱う黒い刀は帯電性で雷を帯びた斬撃を繰り出すことができます。絶対に強い。